第17話チンピラ、邂逅する。

 ドルガー村から聖都ロンドメルまでの旅路は、ほとんど特筆することのない単調なものであった。魔族どころか魔物一匹でやしない(俺の横に座るエルシャは除く)せいで、「魔族に襲われ、奇跡的に生き延びた少女」という演技をし続ける羽目になってしまった。


 荷馬車を護衛する勇士たちも、その面持ちは明るくなかった。なんでも、ドルガー村を警備していた二人の勇士は顔が広かったらしく、顔見知りが何人かいたようだ。あの魔獣が二人の遺体を残さず平らげていたせいで、遺品の回収は不可能だったこともあり……俺の輝かしい学園入学の道のりは通夜ムードであった。


 中でも一番沈痛な面持ちだったのは、言うまでもなくフリッガ先生もといエルシャだった。「フリッガ先生、あの二人のこと教えていたし……」「また教え子が亡くなったんだからな。俺らより辛いのは当たり前だろ」なんて会話がひそひそと聞こえてきて、本当に笑いを堪えるので大変だった。


 こいつ、教え子を殺した妹が惨殺されて泣いてるんだぜ? いやあ、演技スキルが無かったらだいぶ危なかったな。よしよししてやろうか? 嬉しくない? ああ、そう。惨めったらしく死んだテメエの妹は喜びそうだがな!


 そうそう、ロゼアンの服や靴といった遺品は暖を取るために燃やしてしまった。たいして寒くはなかったが、人間心が荒んだときは焚火を見るに限る。フリッガ先生は「村を襲った魔族について手がかりになるものを……」なーんてそれらしい理由をつけて魔族の遺品探しに躍起になっていたが。俺にはまったく関係ないことだ。


 ちなみにこれも関係のないことだが。俺はそこら辺りで偶然拾ったが小物入れに保管してあったりする。神聖兵装初ゲット記念のつもりで取っておいたのだが……ここは俺とフリッガ先生の出会いを記念して、いつかペンダントにでもしてプレゼントしてやろう。きっと泣いて喜ぶに違いない。


 まあ、こんなつまらない想像ができる余裕があるほど、この道中はつまらなかったわけだ。これならおっさんの荷馬車に乗っていたほうがまだ楽しかったな。


 ◇


 七歳の女児が尻の心配をしたくなるほど長い旅路を終えて、俺はようやく聖都ロンドメルにたどり着くことができた。道中の苦楽を共にしたおっさんと男衆とは名残惜しいが別れを告げ、俺の身柄はフリッガ先生が預かることとなった。


 よしこれで学園に一直線だ、というところで、今にも小石に躓いてぶっ倒れそうな状態のフリッガ先生は、街中で教え子の姿を見るなり彼女らに俺を任せてどこかへ行ってしまった。姉妹揃って最後まで面倒が見れんのか、テメエらは。


「わあ、シャロンちゃんって言うのね! 私はリナ・サンドリヨン。よろしくね!」


 そんな俺の心の悪態を知る由もない、赤髪の美少女が俺に話しかけてきた。年はだいたい十五か十六といったところか。少なくとも成人はしていないだろう。あの軍服と学生服をごちゃまぜにしていい感じに整えた服装ということは、勇士……いや、その見習いということか。


 対し、リナの隣に立つ少女は……まあ、なんというか。リナの隣に立たせるのは、少々残酷な顔立ちである。名誉のために予め言っておくが決して不細工というわけではない。栗色の癖毛を短くまとめ、そばかすを隠したいのか、あるいは垂れ目を隠したいのか……とにかく大きな眼鏡を掛けるというファッションだ。学校のクラスで例えるなら「リナに告白したら結果は見えるだろうけれど、この子ならワンチャン」といったところか。俺は前世も今世も恋愛に興味はないから正確ではないかもしれないが、多分、きっと、こんな塩梅だろう。


「あ、あー、えっと。私、モニカ・ハウゼル。よろしく」


 そして笑顔がド下手くそだ。やれやれ、手本でもみせてやるか。


「はい、こちらこそ! リナお姉ちゃんにモニカお姉ちゃん!」


 くらえ、演技レベルカンストの笑顔の威力を!


「きゃー! かわいい! シャロンちゃん、私の妹にならない? 私、お姉ちゃんはいるけれど妹はいないから憧れがあってね。どう? 駄目?」


「んー、駄目です!」


「駄目かぁー!」


 ……なんだ。この世界の女は幼気な少女によからぬ劣情を抱くのが一般的なのか?  

だとしたら、俺はなんと罪作りな身体に転生してしまったんだ。割とマジで切実に大人になりたいんだが。


「……いや。いやいや。こんなんシャロンじゃないでしょ」


 対し、モニカの方は俺をまるで知っているかのような独り言を小声で呟いている。んん? 俺がシャロンじゃないってのはどういう意味だ。


「モニカお姉ちゃん、どうかしたの?」


「……いや、ごめん。なんも。えっと、シャロン。なんの目的であなたはフリッガ先生とここに来たの?」


 ……なんの目的で、だと? 普通なら俺とフリッガ先生との関係を聞くもんじゃないのか?


「実は、私の住んでいた村が魔族に襲われてしまい……。母は私が幼い頃に他界し、父は魔族侵攻の折りに徴兵され、帰っていませんので。勇士見習いとしてガレリオ魔法学園に入学すれば、卒業までの生活が保障されると聞いてここ聖都ロンドメルを訪れたんです」


 というのは表向きの理由だ。おっさんにもフリッガ先生にも、俺の経緯に興味を持つ連中には同じことを何度も言っている。どこにでもありそうな、健気で薄幸な美少女の身の上話。このどこにでもありそうな、というのがミソだ。ありふれた話だからこそ、誰もが信じてくれる。


 しかし、このモニカという女は違ったようだ。


「……別にガレリオ魔法学園である必要はなくない? シャロンくらいの子は、ウチより先に普通の孤児院に行くけど。それに、勇士っていうのは子供が思っているよりも格好良くなくて辛い仕事だからね。そこんとこ、分かってる?」


「ちょっと、モニカ。少し言い過ぎだよ?」


 ……子供の夢に冷や水を浴びせるクソガキ、というわけじゃなさそうだ。モニカの瞳には疑念と、うっすらとした恐怖が見え隠れしている。おいおい、俺は普通の七歳の子供だぞ。なにをそんなに怯えているんだ?


「もちろん、覚悟の上です! それでも――聖剣を手に取り魔族を殺せれば、父のように犠牲となる人を減らせますから。そのためなら不格好で辛くても! 私、頑張ります!」


 もちろん、そんな高尚な理由はない。ただ俺専用の聖剣が欲しいだけだ。その次に学園で肥え太った魔族どもをぶち殺す。それさえできれば、こんな街に用はない。


「……リナ。今日の予定は変更。理由は後で話すから、この子を学園に連れて行っちゃ駄目。外の壁門まで連れてくわ」


「ちょ、ちょっとモニカ! いくらなんでも横暴だよ。フリッガ先生にも頼まれたでしょ? ほら不良っ子、先生に睨まれるのは嫌じゃないの?」


「時と場合によりけり! リナこそ、こんなが魔族殺しますって言ってんのに異常って思わないわけ!?」


 そんなモニカとリナの少ないやりとりに、俺の疑惑が少しずつ確信へと形を変えていく。


 ――おいおい、お前、どうして俺が七歳だって知っているんだ。


 それに俺を学園に連れて行かない理由なんて、俺が聖剣を手に入れることを恐れているからとしか考えられない。つまり俺の実力を知っていて、かつ魔族を殺すための戦力が強化されると困る立場の存在。


 そんなの、俺のことを調べ上げ、これまでの行動をどこかで観察していた魔族しかいねえよなあ? モニカさんよ。

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