第16話『聖剣を抱きし者たちへ』
私、モニカ・ハウゼルは転生者である。もちろん、ここが『聖剣を抱きし者たちへ』、通称『剣抱き』の世界ということも知っている。
『剣抱き』の世界に転生したと知ったときの、私の絶望は筆舌に尽くし難いものだった。そりゃあ、誰だって一度や二度くらい「ゲームの世界に入ってみたいなあ」ってことくらい考える。考えるけども! 『剣抱き』はいわゆる「ゲームとしては神だけど、この世界のキャラクターにはなりたくないっすねえ」という、モブどころか主要キャラにも厳しい世界観のゲームだからだ。
しかもこれ、なんと全三部作のシリーズもの。無印や初代と呼ばれる主人公は、この世界なら誰もが知る――あの魔王に殺された勇者だ。ファンの間では無印、あるいは剣の章と呼ばれる、始まりの物語である。内容としては王道のファンタジーとなっているが、ストーリーも一本道。そのエンディングといえば「魔王に致命傷を与えるも殺すに至らず」「そのうえで自分も仲間も全員死に、聖剣は魔族に奪われる」というものであった。
二作目の主人公は、ガレリオ魔法学園に通う一人の少女だ。彼女の名をリナ・サンドリヨン。――後に勇者と祭り上げられる、ただの勇士である。
この章は偽りの章と呼ばれている。彼女が勇者へと祭り上げられるには、いくつかの過程があった。ドルガー村出身の彼女には一人の姉がいるのだが、その姉をロゼアン・カリストという魔族が殺してしまうのだ。それに激昂したリナはロゼアンを殺し、果ては『勇者の亡霊』と呼ばれる最強の勇士へと昇り詰めることになる。
その順調で血に塗れた旅路は、すべて私たちの先生であるナターシャ・フリッガ改めエルシャ・カリストによって仕組まれたものであった。目的は言わずもがな、最愛の妹を殺されたことへの報復。いやあんたもあんたの妹も大概ヤバいことやってんだろ、というのはナシだ。そういう善悪の話ではなく、きっとこれは感情の話なのだ。
二作目、ということもあって学園ものの色が強く、魔獣や魔族の対応以外の自由な要素も多いことが特徴だが……やはり最も大きい鬱要素は『ヘイトシステム』だろうか。
なんとこのゲーム、必要以上に味方キャラと訓練したり絆を育てすぎると魔族に殺されてしまうのだ。はっきり言ってクソゲーである。……もっとも、抜け道がないわけじゃない。魔族側の看破スキルを妨害できるほどの演技スキルや偽装スキルがあれば、好きなキャラとの恋愛を楽しめるから、そこは安心してほしい。
まあ、一部のキャラは演技や偽装が下手くそすぎて死にまくるんですけどね。
恋愛要素はさておき、この世界で現時点における最重要ポイントは主に三つ。
一つ、ロゼアン・カリストは殺さないこと。
二つ、リナの姉を死なさないこと。
……いわゆる、原作改変だ。リナがただの女の子なのに勇者として祭り上げられるのは、エルシャに目を付けられてしまうから。その問題となるのは、ロゼアンの死、そしてリナの姉の死。
なぜそこまでエルシャ・カリストを警戒するのかといえば。彼女がバカみたいに強いからだ。偽りの章で実質的なボスを務めるだけあって、紅魔臣の中でも有数の実力者になる。彼女の逆鱗に触れることは絶対に避けねばならない。
リナの姉さんについては……大丈夫。私には一つ、奥の手がある。絶対に成功するとは限らないけれど、彼女だけを救う手段なら私にはうってつけのものがあった。
そして、三つ目は――シャロン・ベルナを決して勇者にさせないこと。
『聖剣を抱きし者たちへ』第三章は、もっともプレイヤーが介入できるゲームであり、同時にこの世界を簡単に地獄へと変えることができる章でもある。
通称、勇者の章。剣の章と偽りの章で見てきた鬱要素に納得し、魔族を許すか。それとも報復のため魔族を皆殺しにするか。――あるいは。魔族も人も殺し、この大地から争いを無くすか。
もしも自分がシャロン・ベルナに転生できていれば、この点は考慮しなくてよかった。さすがに魔族も人類も皆殺しにするような、馬鹿な選択肢をするわけがないからね。……だけど、この世界のシャロンがどのような判断を下すのか。
ゲームであればセーブとロードでいくらでも挑戦できるが、どっこいここは現実だ。いやゲームと同じ世界なんだけれど、現実なのだ。自分で言っていてもややこしいが、つまるところ……やり直しは利かないわけで。
幸い、シャロンのストーリーは偽りの章から八年後。今頃であれば、確か七歳だろうか。彼女も彼女で世知辛い出自なのだけど、さすがにリナを放っておけない。
ようし、しっかりしろ、モニカ・ハウゼル。お前はモブの分際でチートスキルもないくせにリナのコバンザメをやっているんだ、少しくらいハッピーエンドに貢献しろ!
「モニカ、どうしたの? 最近、やけに難しい顔をしているけれど」
「あ、あーうん? そういえば学園生活が忙しくって、家族と連絡できてないなーと思いまして。リナはどう? お姉ちゃんと連絡してるの?」
「もっちろん。昨日も手紙を出したし、今日も出すよ!」
「うぉ、日記かよ。姉妹愛が重すぎる……」
確か、システム的にはドルガー村襲撃事件以前はこの手紙がセーブの役割をしていたはずだ。嫌なこと思い出しちゃったよ。
うららかな春の午後。学園近くの街を歩くリナは私の顔からなにかを読み取ったようで(なんかそういうスキルがあったはずだ)、心配そうに声を掛けてくれた。
よしよし、原作には存在しないモニカなるオリジナルキャラクターも、原作キャラに気を掛けてもらえるくらいには出世したようだ。立ち絵くらいはもうついたんじゃないだろうか?
これでチートスキル……とまではいかなくても。せめて、強い神聖兵装があれば文句はなかったのだが。他人よりちょっと魔力に自信はあるが、まあそれだけだ。
聖都ロンドメルはヴァシオン教のお膝元ということもあって、この世界で最も安全であり、魔族の動きが活発化している最中であってもその賑わいは衰えていない。我が校の中枢が魔族に掌握されていることに目を瞑れば、快適と言って差し支えないだろう。
「あ、フリッガ先生だ。おーい!」
そのときだった。
探知スキルが馬鹿みたいに高いのか、素の視力が滅茶苦茶いいのか。あるいは、その両方か。ともかく、リナはその類稀なる能力でフリッガ先生を道行く人々の中から見つけ出した。
「……」
ようやくここで私もフリッガ先生の姿を確認する。おーおー、確かにモブ顔の中で燦然と輝く美女がいるじゃありませんか。キャラデザってやっぱ偉大だわ。私の顔面のデザイン変更も受け付けてくんないかな?
なんて言っている場合ではない。私はリナを盾にするように、そそくさと彼女の背に回った。
「もー、モニカ。フリッガ先生は怖くないでしょ? なんでそんなに緊張するの?」
「いいかね、リナくん。優等生は感じないだろうけれど、劣等生というのは常日頃から教職に携わる方々の視線が気になるんですよ。お分かり?」
「ええ? そういうものなの?」
「そういうもんなの」
いや、ガレリオ魔法学園の先生方には本当に目を付けられたくないんだよ。
リナが余計なことをしたせいで、フリッガ先生もこちらに気付いたようだ。まあ、このくらいで殺害リストに載ることはないだろうけどさ。やっぱ怖いもんは怖いよ。
「あなたたち、ちょうどいいところに。少し、頼まれごとを任せてもいいかしら?」
……頼まれごと? ゲームでこの手のミニイベントは多発したが。さて、こんなイベントはあっただろうか。
「フリッガ先生の頼み事なら断れませんね。なにをすればいいんですか?」
私なら対価をふっかけるか、渋って断るのに。優等生のリナは二つ返事で了承してしまった。
「ありがとうね、リナさんにモニカさん。頼み事というのは、この子を学園に連れて行って欲しいのだけど……」
フリッガ先生がその台詞を口にする瞬間を待っていたかのように、彼女の後ろから小さな影がすっと姿を現した。
その姿が目に入った瞬間、私の呼吸は確かに一瞬止まった。
「シャロン・ベルナです! よろしくお願いしますね、お姉さん!」
……なにがどうなってんのよ。あんたの活躍はもうちょっと先でしょうが。
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