第14話チンピラ、先生と出会う。

 かくして、ここドルガー村を襲った悪逆非道の魔族は一人の勇敢で可憐な少女によって救われたわけだ。男は全員死に、家々もぶっ壊れているものがいくつかあるが……そういった事後処理は俺の仕事じゃない。俺は説明書のない中古品の操作確認で忙しいんだ。


 ロゼアンを殺した何者かは、いつも通り勇者の亡霊ということになった。目撃者は十人の村娘のみということもあって、口裏を合わせることなど容易だ。まあ、七歳の小娘が魔族を殺したと言っても誰も信じないだろうし。この一件で俺と勇者の亡霊が結びつくことはないだろう。


 一つ意外であったのはおっさんだ。なんとロゼアンの「村長代理人」という嘘を疑い、リガルド氏の所在と彼の所有する馬車の目撃情報、そしてロゼアンと名乗る代理人の有無を一日で調べ上げて翌日の早朝に突撃をかましてきたことだ。警告もしたのだから、危険も承知の上での行動だろう。


「すまなかった、嬢ちゃん……! そんな魔族が支配していた村に一人だけ残しちまって! 怪我はしてないか?」


 ドルガー村での惨事。その一部始終(一部編集済み)を聞かされたおっさんは、俺の身体をぺたぺたと触って無事を確かめるほど狼狽してしまった。


「くすぐったいですよ、おじさま。……いえ、ご心配おかけしました。とっても強い御仁に助けていただいたので、このとおり。傷一つありませんよ」


 背中に焼き鏝を押し付けられたことは黙っておこう。あんなの鍼灸みたいなもんだ。それに俺の身体じゃ火傷の跡も残らないしな。

 

 残っていた女性だって心の傷はともかく、身体の方はロゼアンが楽しむ前に俺が殺してしまったことで無傷である。あまり積極的に動く性質じゃないだが、図らずも勇者っぽいことをしてしまったなと自嘲する。


「その話、我々にも聞かせていただけませんか?」


 一件落着したのだから、ちっとは穏やかになるだろう――そう思っていた矢先、なにやら物々しい集団の頭領がドルガー村に断りもなく俺たちの会話に立ち入ってきた。

 

 十人ほどの集団だが、軍服と学生服を足して二で割ったようなファッションはまるでゲームのキャラみたいだ。いや、スキルやら聖剣なんてゲーム筆頭の単語がある世界で突っ込むのも野暮というものなのかもしれないが。それにしたって、この場で俺やおっさん、村娘の服装と比べれば明らかに異質である。


 その先頭に立つ、背の高い女。金の刺繍が入ったマントをなびかせ、まるで生徒の引率をする教師のように集団の先頭に立って俺たちの会話に割り込んできやがった。


「どちら様でしょうか?」


 名前くらい名乗ってから発言権を得て欲しい。こっちは七歳の女児だぞ、どんな大人だろうと犯罪者に仕立て上げるのは簡単なんだからな。


「……名乗りが遅れて申し訳ありませんね。私はナターシャ・フリッガという者です。ガレリオ魔法学園で教鞭を取る一介の教師でして、此度の一件でドルガー村の調査を任されてここに。魔族の襲撃とそれを撃退した勇者の亡霊について、お話を伺えればと」


 とのことらしい。ああ、まあ、そうなるよな。


 そうなるんだが――ちょっとばかり行動が早くねえか? それにどうして学校が事件の調査なんて乗り出すんだ。


「これは、これは。私、ダリオン商会にて雑貨や食料などを扱わせていただいております、アダム・ドートでございます。聖都よりはるばるお疲れでしょう。私でよければなんなりと」


 言うや否や、おっさんはいいもん食ってデカくなった身体でずいっと俺を隠す。おお、ありがたい肉盾だ。今後も有効活用させてもらおう。


「アダムさん、ですか。先ほど生き残った方々からお話を伺いましたが……村の男性はみな殺されたと。あなたも生き残りでしょうか?」


「あ、いえ……。私はこの子の保護者でございます。お恥ずかしい話ではございますが、村を襲った魔族に騙されて彼女をこの村に置いてしまいまして。この一件の顛末についてはすべて聞いておりますので私がお答えします。ですので、この子はどうか……」


「申し訳ありませんが、それはできません。勇者亡き今、ヴァシオン聖国が勇者の亡霊などというありもしない噂に惑わされている暇はないのです。この有事を乗り越えるためにも、どうかご理解ください」


 さすがに国を出されては一介の商人ではどうしようもあるまい。なにより今度の相手はガレリオ魔法学園の教師というご立派な身分がある。村長不在の間に急に生えてきた村長代理などという、嘘臭い身分ではない。

 

 

 まあ、もっとも。それはガレリオ魔法学園が魔族に掌握されている、という大前提が無ければの話だ。



「おじさま。今度は本当に大丈夫ですよ。ガレリオ魔法学園の先生なんでしょう? 人類の――いいえ、魔族の犠牲になった人のためにも。私、お話したいです」


「お嬢ちゃん……」


 おっさんの善意を無下にするのはもったいないが、こればかりは俺の仕事だ。


「……ごめんなさい。心も身体も休む間もなく聞いて。協力に感謝するわ。ええっと……」


「シャロン・ベルナです。こちらこそよろしくお願いしますね、フリッガ先生!」


「あらあら。あなたは先生と呼ばなくていいのよ?」


「いえ! 私、将来の夢は勇士ですので!」


 なんつってな。テメエの目の前にいるのは現在進行形で勇者だぜ?


 二度も同じ手が通じると思ったか? それともテメエの馬鹿な妹は逃げ惑う村娘の前でテメエの名前を出さなかったとでも思ったか? 


 魔族の間じゃ人間に化けるのが流行りのファッションらしいなァ? 本気で俺を騙すつもりなら不細工に化けるべきだったな。


 ――なあ、エルシャ・カリスト。お前、ロゼアンと目鼻立ちが似すぎだ。


「ですが、その。フリッガ先生、少し勇者の亡霊についてお話したいことが。あまり他の方に聞いてほしくない話ですので……」


「内緒話、ということね? いいわ、みんなはここで。村の状況を確認しながらでいいかしら」


 もちろん、ここで殺しはしねえさ。だが、ちっとばかし俺の遊びには付き合ってもらうぜ?

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