第13話チンピラ、神聖兵装を手に入れる。
でかいハンマーを虚空から取り出したときは驚いたし、受けてみればほとんど半身を壊された。有象無象の魔族が持っていた武器では成しえなかった威力だ。
しかし、防御してみれば俺の膂力で十分抑えられる。やたら勿体つけて殴りかかるもんだから、もう少し威力があると思ったんだが……さて武器が悪いのか、使用者が悪いのか。評価に困る実験結果であった。
《
「――はぁあっ、はあっ、ぐぅうっ!」
そして、その瞬間は思ったよりも早く訪れた。ハンマーの噴射口から出ていた魔力の炎は勢いを弱め、握力を失ったのかロゼアンは聖剣を手放していた。
もう少し楽しめると思ったが、どうやらガス欠らしい。顔面は蒼白で、大量の汗を流しながらロゼアンはガチガチと歯を鳴らしている。魔力切れ寸前まで使い込んだこともあるだろうが……涙目になりながら、俺に慈悲を乞うように身体を屈めている辺り、自分の運命を察したようだな?
「魔力切れ、一歩手前といったところですか? それともほかの切り札でもあるのでしょうか。ロゼアン様、この通り私の身体は傷一つありませんのでもっと技を見せてください!」
「……なさい……」
ん?
「ごめんなさい……! 僕が、僕が悪かったから! 命だけは……!」
んん? なんだかよく分からんが、ロゼアンはいきなり謝罪してきた。
なんで謝罪? 俺は彼女に謝罪なんて求めちゃいないのに。
とりあえず、よく分からないから彼女の右足を蹴って折っておこう。
「ぎぃっ……ああっ!?」
「ロゼアン様、なにか勘違いなさっていません? 私、あなたが何か罪を犯したとは考えていないんですよ?」
「え……?」
「だってそうでしょう? 魔族は人間を殺すもの。呼吸をするように当たり前のことをあなたはしていたんです。だから謝罪は不要ですよ。あなたはなにも悪くありません!」
断言しておかねばならない。そう、ロゼアンの行動はなにも悪くない。
「私も呼吸をするようにあなたを殺すだけですから!」
だから、俺だってなにも悪くない。もしもロゼアンが人間であれば、俺のこの行動は私刑であり、違法行為。こいつは駄目だ、俺の順法精神に反してしまう。
だが、ロゼアンは嬉しいことに魔族である。勇者とは魔族を殺すものだ。つまり、ロゼアンがどれだけ無抵抗だろうと俺が死ぬまで殴ろうが蹴ろうが斬ろうが叩こうが絞めようが潰そうが――それはとっても自然なこと。悪じゃあないんだ。
この弱肉強食の食物連鎖を悪と誰が罵れよう。どうしても善悪を付けるっていうなら――ロゼアンに恨み言や泣き言を言って死んでいった人間だろうし、こうして俺に命乞いをするロゼアン自身だろう。
おいおいおいおい! じゃあこの場で純然な善は俺だけかァ? 大変だなァ、勇者ってやつはよォ!
「そん、な……」
だけどまあ、命乞いまでされちゃあしょうがない。俺だって鬼じゃないんだ。
「ですが、ロゼアン様に朗報です! 私の前に神聖兵装を持ってきてくださった、記念すべき一匹目の魔族ですから! 死に方くらいは選ばせてやりましょう!」
殺さない選択肢? はは、最初っからそんなもんあるわけねぇだろ。
血反吐が吐けなくなるまで魔力を放出するか、俺の格闘系スキルの実験台になるか。
ロゼアン、テメエの選ばなかった方の殺し方で徹底的に甚振って殺してやるよ。
◇
「嫌だ、お前なんか可愛くない! お前なんて要らない! 来るなっ、来るなぁああああああああ!」
タダでおっさんから買い取っておいて酷い言い様だ。飽きたら犬猫を捨てる馬鹿な飼い主じゃあるまいに、最期まで責任くらい持ってほしいもんだ。
「酷いこと言ってくれるじゃねえか、ロゼアン! 俺ともっと愛し合うんだろォ!? さっさと出てきやがれ、あの犬畜生みてえにぶち殺してやるからよォ!」
ロゼアンが逃げ込んだリガルド邸に向かって、比較的穏やかな声音で声を掛けてやる。やれやれ、困った飼い主だ。さすがの俺も愛情に飢えちまうなァ?
もう回復に回すだけの魔力すら残っていないだろう。そこらの人間でも殺せるほどには痛めつけたつもりだ。これまで殺してきた魔族の中ではしぶとかったが、むしろ頑丈な分、苦しい時間は長くなるばかりだろうに。
「来るな……! それ以上、踏み込んでみろ。この女どもを殺す!」
鼻歌混じりにリガルド邸に入ってみれば、そこではロゼアンがボロボロの身体を奮い立たせて女たちを人質にしていた。
なんてこったい、ロゼアンが命惜しさに罪のない女たちを人質にしてしまった! これでは勇者である俺は手も足もでないじゃないか! ――ってのがロゼアン、お前の描いた逆転の一手か?
「そんなぁ。人質は卑怯ですよぅ。……で?」
どうでもいい。「だからなに?」と言う他ない。なんなら全員殺してくれた方が俺にとっては好都合だ。俺が勇者の亡霊と結びつくような要因は少ないに越したことはない。気付かなかったか? リガルド邸に逃げ込むお前を俺は見逃したくらいだぞ。人質が痛手になるっていうなら、その前にさっさと殺しているさ。
ロゼアンの満身創痍ぶりと、俺に怯える様子から察したのだろう。部屋の女たちは人質として、無力な人間らしく俺に助けを求めてきやがった。
「助けて……!」
さて。この女たちも何を勘違いしているやら。焼き鏝を俺が自ら受けたことで、俺が慈悲の体現者だとでも勘違いしているのか?
「助けて、と言われても。なにを助ければ良いのでしょうか」
ロゼアンも部屋の女たちも。まるで俺の言葉を予想していなかった、と言わんばかりに揃いもそろって絶望したような顔を浮かべやがる。
「そのロゼアンという魔族は虫の息です。魔力は枯渇しているので、再生力も腕力も人のものとそう変わりません。皆さんの力でも逃れることくらいはできますよね? 正面切って戦え、とまでは言いませんが……この状況をどうにかしようという勇気くらいは見せてはどうでしょうか」
残念ながら、彼女たちの窮地に颯爽と駆けつけ恐るべき魔族に一太刀を浴びせるような、誰もが憧れる勇者はもう死んでいる。
ここにいるのはただの順法精神豊かな人畜無害のチンピラだ。なにもしなければ、なにもしない。喧嘩を吹っ掛けなければ、ガンを飛ばすことも難癖つけて手を出すこともない。人質になってただ自分の運命に絶望しているだけの連中を助けることも、またないのだ。
だが。生きようと足掻き自ら奮い立つ勇気を見せるというのなら――ほんのちょっぴり助けることくらい、やぶさかではない。
「嫌だ……嫌だあああああ! 僕に触るなっ! 引っ張るな! 死にたくない、あの化け物を僕に近づけるなああああああ!」
この場の空気が変わったのをロゼアンも肌で感じたのだろう。一人か、二人に押されるくらいならまだ耐えられただろうに。欲張って十人も集めてしまったがために、ロゼアンはジリジリと俺の元へと引きずり出されてしまった。
「兄さんも父さんも殺したくせに!」「報いだけは受けさせてやる!」「お願い、コイツを殺して!」等々、恨み辛みの祝福を受けながらの出棺だ。こうはなりたくないもんだな。
「助けてっ、姉さん! 姉さん――!」
ロゼアンの叶いもしない断末魔を聞きつつ、俺は貫手をずぶりと彼女の胸元、魔核を目掛けて叩き込む。
「安心してください、ロゼアン様! ――テメエの姉貴もすぐそっちに送ってやっからよォ」
バキン、という確かな手ごたえ。魔族を殺す、この瞬間が最高に気持ちいいんだ。
《演技スキルが上限に達しました。神聖兵装、
ロゼアンの絶命を報告するかのように。静かな機械的な女の声が、俺の脳内でそう告げた。
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