第10話チンピラ、貞操の危機を覚える。

 ロゼアンの目的は漠然としたものだった。傷を癒す、ということでいいのだろうか。見たところ、そういった外傷は見当たらないし、そもそも人を傷付けるか愛されることでしか癒せないというのも不思議な話だ。あれか、心の傷というヤツだろうか。


 あいにく、俺は医療に関しては門外漢だ。治してやりたいとも思わないが、この村に隠れるモンスターをどのように手懐けているのか。治療の対価に教えてもらうことができたかもしれない、と思うと歯がゆいものがある。


 魔法が発展したこの世界で、わざわざ医学的な研究をしている人間がそう多くないのも事実だ。俺も自分の身体の怪我は自然治癒スキル任せで、医療の必要性はあまり感じられなかった。


 塗り薬や飲み薬は常備薬として存在するが……重い怪我や病気の大抵は回復魔法によって治すことができてしまう。それがこの世界の常識だ。


 もちろん、重篤になればなるほど、治療に掛かるコストは高くなる。ロゼアンの傷がどれほどのものかは分からないが、村を巻き込んで傍若無人に振る舞えるのに、怪我の一つ治せないのは不可解だった。


 まあ、ここはファンタジーの世界。そういう怪我や病気があるのだろう、と納得しておく。


 問題はなぜ、ロゼアンがモンスターを従えることができているのか。モンスターと一言で括っても、より正確に言えば聖獣と魔獣に二分されているらしい。そのうちの聖獣は女神を信奉する種族であれば心を通わせることができる、という話だ。が、魔獣の類は魔族と同じ、人類とは相容れない害獣らしい。


 ならばロゼアンは聖獣を使役しているのか? その可能性はなくはないが、聞いた話では聖獣はよほどのことがない限り人間を襲わないらしい。同時に、この村のそこかしこから漂う死臭はロゼアンだけで行ったとは思えない。


 ペットは飼い主に似るというが、あのロゼアンに飼われたら聖獣と言えど化け物になってしまうのか。恐ろしい話だ。


 だが、もし仮に人間の身で魔獣を飼い慣らせるとしたら? そいつは見過ごせない現象だ。背中を焼かれることなど、どうってことないくらいには。


 なにせ、そういった常識外れの現象に絡むのは大抵スキルの存在だ。ロゼアンにできて俺にできない道理はないだろう。


 とはいえ、おっさんをずっと待たせるわけにはいかない。二、三日でロゼアンの手の内が分からなければ、さっさとこの場から抜け出そう。リガルド邸に監禁されている女たちは見捨てることになるが、俺には関係のないことだしな。彼女たちなら逞しく生きていくことだろう。


「さあ、シャロン。こっちにおいで。傷が痛むだろうから、今日は激しくはしないけれど……これから君は、ずっと僕と愛し合うんだからね。まずはその練習からしようか」


 そんな俺の算段を知る由もないロゼアンは、やたら布の薄いネグリジェに着替えて俺を手招きしている。この女の頭の出来をいまさら評価するつもりはないが、背中を焼かれたのに、なんでコイツを愛さなきゃならないんだ? 恋愛に興味がない俺でも、ロゼアンのアプロ―チが間違っていることくらいは分かるぞ。


 リガルド邸を離れ、別の家(ロゼアン曰く、男が住んでいなかった家だそうだ)の一室である。察するに、母と娘、あるいは姉と妹の二人暮らしの家だろうか。男物の服は一着もなく、サイズの違う女物の服が何着か衣装棚にしまってあったから、俺の推理はあながち外れてもいないだろう。


 しかし、七歳にして貞操の危機とは我ながら難儀な人生である。それも相手は変態女。久しぶりのベッドだっていうのに、これっぽっちも嬉しくねえ。魔族をぶっ殺してスキルを育てるという、極めて人畜無害の人生設計だったのにどこで間違えた?


「……その。いくら女同士とはいえ、初対面なのに裸同然の姿で愛し合うのは……」


「恥ずかしいかい? 大丈夫、この村で僕たちの愛を知るのは誰もいないよ。野蛮な男はみんな殺したし、残った女も僕の所有物さ。いずれ姉さんも知るだろうけれど、大丈夫。姉さんもきっと君のことを受け入れてくれるよ」


 げえ、姉もいるのかよ。この場にいない人間をどうこう言うつもりはないが、気分はゴキブリの生態を知ったときと同じだ。まさか三姉妹とか言わねえだろうな。こいつ一人でお腹いっぱいだって言うのに、姉はどんな性格なのやら。想像するだけで楽しくなってくる。


 というか、それよりも重要なことをポロっと吐きやがったな。


「……やはり村の男性がいない理由はそれでしたか。とするとリガルド様も?」


「もちろん。生かす理由がなくってさ。シャロン、君は隠していたようだけど、僕には分かるんだ。勇敢で優しくて、そして。その様子じゃ僕のペットの存在には気付いていたんじゃないかな」


 隠す気もなかったくせによく言うぜ。


「では、男性の皆様はモンスターのお腹の中、と」


「うん、正解。僕を騙すなんていけない子だ。本当だったら罰を与えているところだけど——いいよ、許してあげる。君は特別だからね」


 テメエに罰せられる謂れはねえんだよ。しかし、これだけの大量殺戮を告白するとはいい度胸だ。俺がストックホルム症候群を発症したと思っているのか?


「なぜそこまで男の人を憎むのですか? 好き嫌いならわかりますが、ロゼアン様のそれは度が過ぎます。なにか……理由があるのでしょう?」


 しばし、悩むような素振りをロゼアンは見せた。そりゃそうだ、この潔癖ともいえる男嫌い、その根幹にあるものは他人が易々と踏み込んでいいものではないだろう。だが、多数の死人が出た今、この女に斟酌してやるほど俺はお人好しじゃない。


「……僕はね、勇者にそれはそれは深い傷を負わされてね。それ以来、男が近くにいるだけでこの傷が疼くんだ」


 そう言ってロゼアンは薄いネグリジェの胸元を撫でる。そこには、つい先ほどまで存在しなかった――赤い、宝石のようなものが。


「勇者に傷を負わされた、というと……ロゼアン様は、まさか……」


「そう、僕は魔族だよ」



 ――――――おい。おいおい。



「く、くくく、ふふ、あはははははっ!」


「シャロン?」


 笑う。笑ってしまう。なんてこった、俺としたことが事前の情報で、この可能性を想定しておくべきだった。


 でけえ角に赤い魔核、その二つさえなければ魔族は人の姿とそんなに変わらない。それに、魔族を殺すための人材を育成するガレリオ魔法学園に魔族の手が及んでいるんだ、人に擬態する魔法があって当然だろ。


 で、聖獣と人間が心を通わすように、魔獣が魔族と仲睦まじくたって不思議じゃあない。


 人間が魔獣を操っているのではなく、魔族が魔獣を飼い慣らしていた。蓋を開けてみれば――なんだよ、俺が馬鹿なだけだったじゃねえか!


 がちん、がちんと俺の中ですべての安全装置が外れていく。歌も踊りも演技も必要ない。たった一手で問題を片付ける、俺の最も愛してやまないシンプルな手段が倫理と道徳を踏み躙る。


「なんだよ。じゃあ、殺していいじゃねえか」


 ここからは、暴力の時間だ。

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