第8話チンピラ、女たちを守る。
俺――シャロン・ベルナという人間の行動原理は単純だ。殴っていい相手は問答無用で徹底的にぶん殴る。この殴っていい相手ってやつは、言うまでもなく魔族だ。
奴らは我が物顔で人間の領土を踏み荒らし、老若男女を問わず殺戮している。そこに嫌悪感とか、敵愾心はない。ただ傍若無人に振る舞う魔族どもをどれだけぶち殺そうが誰も文句は言わないだろう、という正当性の確認さえできればいい。
だからこそ、というべきか。世間一般で悪人と呼ばれる存在がどれほどの悪行を犯していようと、俺は基本的に手を出さないようにしている。それはなぜか? 鬼の目にも涙ってわけじゃない。世間様は――それこそ善人って連中は、どんな悪人であろうと私刑での裁きを良しとしていないからだ。
「……どうしたんだい? 緊張しないで、持っているそれを押し付けるだけでいいんだ。難しいことじゃないだろう?」
悪人に危害は加えない。では、罪のない人間に危害を加えられるか? シャロン・ベルナという人間は、この熱された焼き鏝を無抵抗の女に押し付けることができるか。……ああ、できるとも。良心の呵責なんてこれっぽっちもない。俺はそういう人間だ。
だが。
「ロゼアン様、お考え直してください。このような行いは女神様がお許しになりませんよ。魔族によって秩序が乱されている今、村長の代理人である貴女が平和を乱してどうするのですか?」
俺の予定には勇士になるという重要事項がある。魔族から人を守る、大変立派な仕事だ。別に、その「立派」というところに憧れがあるわけじゃない。手っ取り早く、俺専用の神聖兵装が欲しいだけだ。
しかし、その役職に就く過程で罪を犯してはならない。罪人が公僕になれないように、悪人に屈した者が勇士にはなることは決してないのだ。
「ああシャロン、君はなんて優しいんだ。名前も知らない女を傷付けたくない一心で僕に忠告してくれるんだね。……でも、ごめん。それはできない相談なんだ」
そう言ってロゼアンは己の胸を撫でる。
「僕の痛みは癒されなくちゃいけない。この痛みを癒せるのは誰かの傷か、女の子の温もりだけなんだ」
……正気か? それともなんだ、アニマルセラピーでも紹介してやればいいのか。人を傷付けるか、女の温もりでしか癒せない痛みってなんだよ。禅問答に付き合ってやるほど俺は暇じゃないんだが。
さっさと然るべきところにこの女を突き出してやりたいのだが、どういった理由でモンスターを操っているのかがまだ判明していない。それさえ分かってしまえば、こんなところ用はないというのに。
「でしたら……どうか私の身体に傷をつけてください。いたずらに罪のない方々を傷付けるくらいなら、私一人で満足してはいただけませんか?」
この状況で必要なのは犯罪の片棒を担ぐのではなく、俺もまた被害者であるということの証明だ。
「本当に君はいい子だね。容姿の美しさに留まらず、その心も気高いなんて……! 人間を傷付けることなんて慣れたけど、君を傷付けるのはさすがの僕も躊躇ってしまうよ」
躊躇いはする。が、止めはしないと。
まるで着せ替え人形の服を脱がすように、ロゼアンは俺の衣服を剥く。もちろん、抵抗はしない。されるがまま、俺の健康的な白い肌は変態女の眼前へと晒されることとなった。
「ふふふ、初めて見たときから感じていたけど、なんて美しい肌なんだ……! 傷一つない柔肌にこれから焼き印を刻まなきゃならないなんて……僕はなんて……!」
一人で感極まっているところ悪いが、やるならさっさとしてほしい。この女の手品のタネを早いとこ暴いて、別の村に移ったおっさんたちに追いつかなくてはならないんだ。
魔族狩りで負った怪我を考えれば、今更焼き鏝ごときでビビるような人生を送っちゃいない。ロゼアンは焼き印という傷を俺に残せることで歓喜しているようだが……その傷だって、俺の身体は治ってしまうんだ。
キツさで言えば、ロゼアンに触られる方が何倍も精神的にしんどい。コイツ、名残惜しいのか何度も何度も俺の背中をさすり、最後は薄汚い舌で舐めやがった。ぶち殺されてぇのか?
「それじゃあ、頑張って耐えるんだよ」
ひとしきり俺の背中を堪能して満足したのか、ロゼアンはそう言うと――俺に布を噛ませて、熱された焼き鏝を俺の背中へ押し付けた。
ジュゥウッ! という音ともに背中の皮膚が焼かれる。そして、下の肉と溢れ出る血も焼かれ、辺りに肉を焼いたあの独特の臭いが立ち込める。
痛みは――全くない。魔族狩りで育ちに育ってしまった鈍感スキルが度を越えた痛覚を自動的に遮断しているのだ。
だが、これはマズい。痛みはあまり感じないだろう、という予想はしていたが、まさか冷め始めた湯たんぽくらいの温度しか感じられないとは……!
「~~~~~~~~ッ!」
演技スキル全開である。布越しに歯を食いしばり、床を爪でぎりぎりと引っ掻く。実際に焼き鏝で背を焼かれる人間なんて見たことがない俺にとって、出来得る限りの演技であった。
「痛いかい? それが自己犠牲の痛みだよ……。それを乗り越えたとき、君はもっと僕に相応しくなるんだ!」
そんなもん願い下げだ。――俺の本心なんてロゼアンが知る由もなく、彼女は嬉々としてぐりぐりと焼き鏝を押し付けてくる。必ずヴァシオン聖国で最も堅牢な牢獄にぶち込んでやる。
満足したようにロゼアンは焼き鏝を離すと、俺の背中に浮かぶ焼き印をまじまじと観察して――気色の悪い笑みを浮かべやがった。
「ああ、痛そうに……。大丈夫、薬を塗ってあげよう。今晩、僕と一緒に寝る頃には痛みは引いているはずだよ。続きはベッドの上で、その作品を完成させようか」
人を傷付けて芸術家気取りか。とことん度し難い女だな。
しかし、ここで口答えしては元も子もない。俺はぐったりと、この小さい身体で苦難を乗り越えたと言わんばかりに横たわり――ロゼアンにされるがまま、背中に塗り薬が塗られるのを受け入れた。
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