第7話チンピラ、タダ働きをする。
「私を商品として扱わない」。俺が口にした言葉の意味を、おっさんは瞬時に理解してくれた。
この状況のヤバさを言語化できなくとも、おっさんはなんとなく察知しているのだろう。しかし、商売人として生きるにはあまりにも実直すぎる性格が、彼の判断を鈍らせいていた。
「……いや、やめておくんだ。お嬢ちゃんにはガレリオ魔法学園に入学して勇士になる夢があるんだろ?」
大人としての責任が、七歳の女児を売り渡すことを拒んでいるのか。難儀なもんだ、中身がただのチンピラだと知っていれば笑顔で売り渡していただろうに。
……しゃあない。背中くらいは押してやろう。
「ええ、その夢を諦めるつもりはありませんよ。ですが、それはおじ様とこの商隊の皆様を危険に晒してでも得たいとは思いません。気をつけて下さいね……ちょっと嫌な予感がします」
「それは……やっぱり、お嬢ちゃんも感じたか?」
首肯。具体的にどう危険なのか、説明することはできないが。しかし、これまでの旅路で、おっさんには俺の「勘の良さ」が評価される程度には働いてやったつもりだ。
……ここで判断をミスするような人間なら、おっさんには悪いが見捨てるしかない。
なあに、大丈夫。おっさん用に殺し文句は考えてある。おっさんは実直であるが、同時に弱い人間だ。
「赤ちゃんに私の名前を付けるのでしょう? でしたら、どうかここは私に任せてください」
「…………」
長い沈黙である。きっとおっさんは今、心の中で家族と商人としてのプライドを天秤に掛けているのだろう。これ以上、俺から言うことはない。言うべきことは言った。その上で間違えるのなら、それまでだ。
「内緒話は終わったかい? 僕だって暇じゃないんだ、そろそろ君たちの答えを聞かせてくれないかな」
右手を上げ続けているのに疲れたのか、それともこの空気に飽きたのか。ロゼアンは退屈そうに、その手をひらひらとさせている。
「……すまない、お嬢ちゃん。君に任せる」
沈黙を破ったおっさんの回答は――「正解」だ。
「任せてください。おじ様たちは別の村で待機していてください。そうですね、二、三日ほどで合流しますので」
「では」という別れには不相応な、飾り気のない言葉で俺はおっさんとの会話を打ち切ってロゼアンに近づく。やれやれだ、このロゼアンという人間がどのような方法でモンスターを従えているのか。そのタネが判明するまでは、一旦スキルの成長と聖剣集めは我慢しなくちゃな。
……我慢。我慢か。あまり好きな言葉じゃない。前世では我慢を続けた果ての結果、あまり満足行く人生じゃなかったのは確かだ。死後、嚙みしめている血の通った教訓である。
だが、目的のための我慢であれば。今、この瞬間ばかりは耐えてやろう。
「長らくお待たせしました。ロゼアン様、本日よりこちらの屋敷で侍女としてお世話になりたく思います」
奴隷として売られるのではなく、侍女として就職する――意味合いは少々異なるが。この日、俺は金銭の授受をせずにロゼアンの所有物となった。
◇
屋敷、といってもリガルド邸はそう広い建物ではなかった。まあ、前世と違って家が豪奢でなくとも家事全般は人の手が必要になる。スキルや魔法があっても、利便性で言えば文明の利器には遠く及ばないのが今世の不便なところだ。
俺の方便をロゼアンがそのまま受け入れたのは、彼女にとってもおっさんにとっても都合が良かった。おかげで、おっさんたちの商隊は無事にこの村を出ていくことができたし、ロゼアンは美少女(少女と呼ぶにはまだ幼いだろうが)をタダで手に入れることができたわけだ。
孤児から侍女へ無事ジョブチェンジしたわけだが、これっぽっちも嬉しくない。さっきから俺の後ろ髪に鼻を押し付けて匂いを嗅ぐロゼアンが、俺になにを求めているのか。世間一般の家事手伝いでないことが明らかだからだ。
「ふ、ふふ。ああ、いい! 処女の匂いだ……! 僕に添い寝するためだけに生まれてきた、僕だけのシャロン! ふふ、もう離さないからね」
うげえ、きんもい。精神年齢はともかく、肉体年齢はこちとら七歳だぞ。耳元で下品な言葉を吐かないでほしい。いくら顔面が良かろうと耳が腐りそうだ。
断りもなく髪を触り、嗅ぎ、そして胸や局部を恍惚とした表情で撫でるロゼアンに俺は早くも辟易としていた。
「ロゼアン様。お言葉ですが、あまりおいたが過ぎますとリガルド様の信を失いますよ。代理人としてしっかり節度を持ってくださいね」
「リガルド? ああ、彼のことは考えなくていいよ。今は僕のことだけを考えてね?」
……代理人が屋敷の主を呼び捨てか。これ以外にも怪しい点なんていくらでもあるが、もうリガルド氏とこのロゼアンという女に強い繋がりはないと見ていいだろう。
「そうですか。では……私はどのような仕事をすればよいのでしょうか。添い寝ですか?」
「うーん、そうだねえ。まだ寝るには早いし……そうだ。やろうと思っていたことがあるんだけど、君が来たから後回しにしていた仕事があるんだ。それをやってもらおうかな?」
どんな仕事だって、こんな気持ち悪い女の添い寝より酷い仕事はそうそう無いだろう。まったく、日没が待ち遠しくて吐きそうだ。くそったれ。
ロゼアンが案内したのは、リガルド邸でも大きな一室であった。本来であれば、家族の団欒があったであろう、暖炉のあるリビングだ。裕福とまではいかなくても、不自由のない幸せな家庭だったのだろう。男児用の人形や木剣といった玩具が隅に転がっており、食器の類は床に散乱し、椅子やテーブルは大きく破損している。
――なにかがあった。それはきっと、リガルド氏もこの村も想定していなかった悲劇。ロゼアンが原因だ。しかし、先程嗅いだ獣臭の残り香はない。
ロゼアンが直接手を下したのか? だとしたら、そこらの魔族よりは強そうだ。おいおい、普通の勇士じゃ魔族に太刀打ちできないって聞いたが、ここに逸材がいるじゃねえか。ガレリオ魔法学園はなにやってんだ? 早くこの女を裏口入学させるべきだろ。
なにより異様なのは――部屋の中央に上半身を剥かれ、手足を縛られてこちらに背を向けるようにうつ伏せで横になる若い女たち。その数、十人。
その十人は、口に布を嚙まされて言葉を発せられない状況のようだ。罪人相手でもここまで厳重に拘束することなんて早々ない。……ロゼアンの趣味だろう。高尚過ぎてついていけねえや。
鼻歌混じりにロゼアンは女たちの様子を確認して「よし、みんな元気だね」と、まるで家畜の体調を気遣うような言葉を吐くと――暖炉の方へと向かって歩き出した。
「うん。ちょうどいい温度みたいだ。はい、これ」
「――は?」
そう言ってロゼアンが俺に渡してきやがったのは、焼き鏝だ。その棒の先端の、熱で赤く変色した鉄の形状には見覚えがある。……罪人に施す、奴隷紋のそれだ。
「僕の添い寝係だけどさ。それだけじゃもったいないじゃない? 本当だったら僕が丁寧にやってやるメインディッシュなんだ。お金を取ってもいいくらいだけど、君もタダで僕専用の侍女になってくれたからね。だからこれは、僕の心からの歓迎会さ」
手渡された焼き鏝を握ると、横になっている女たちと目が合う。怯え、これから行われることを想像し、誰もが涙を浮かべていた。
咥えている布越しから聞こえる、くぐもった悲鳴。なんの罪も犯していないのに、許しを請うような瞳。……やれやれ。さっさとおっさんと合流するつもりだったが、仕事ばかりが増えていくな。
「ふふ、それはそれは……」
タダより高いものはない。上等だ、尻の毛まで毟り取ってやろうじゃねえか。
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