第4話チンピラ、蝶のように舞う。

 旅路というものは、往々にして順調に進むものではない。交通網の発達していた前世においても渋滞や事故で足を止めなければならない瞬間はあったし、天気が荒れれば「ちょっと時間をずらそうか」と考えたりもするはずだ。


 人間が追い詰められているこの世界では、その脅威はもっと大きくなる。馬だってずっと歩かせられないし、少し悪路になったら荷馬車に無理はさせられなくなる。


 なによりも魔族の動きだ。ここ最近は勇者の亡霊とやらが活発的に魔族を狩っているおかげか、大侵攻の動きこそないものの散発的な襲撃は防げていない。


「……またか」


 おっさんのうんざりした声音と短い一言で察する。どうやらまた足止めを食らう事態になってしまったらしい。


「魔族ですか? 聖剣を賜った勇士の方々で抑えられないとは……やはり勇者様の死で多くの聖剣が奴らに強奪されたのは痛手だったみたいですね」


 俺にとっては朗報だが。まさか聖剣を得るという名目で勇者を殺すわけにもいくまい。魔族狩りを続けていれば、いずれネギを背負ったカモが向こうから来るはずだ。


 とはいえ。こうも毎度毎度、荷馬車の足を止められては堪ったものではないが。


「仕方がねえさ。人間が一丸となって戦わなきゃならねえのに、勇者と勇士に任せっきりにしたツケが回ってきたんだ。嬢ちゃんも誰かが悪いって考えちゃならねえぞ?」


 しいて言えば魔族が悪いだろう。別に俺はそう思っちゃいないが。


「もちろんです。勇者様も勇士様も私が目指す道の先にいる方々ですから!」


 なんつってな。俺はカンスト間近の《演技》スキルを発動させながら、満面の笑みでおっさんのありがたい忠告に頷いた。


 ああ、聞けば聞くほど聖剣への渇望が止まらなくなる。正式名称は神聖兵装と呼ばれる代物であり、人智の及ばない武具らしい。聖剣と呼ばれることが多く、その形は多種多様で使用者に合わせて湖より姿を現すのだとか。


 ガレリオ魔法学園はそういった聖剣に適合する人間を選別する機関、という側面もあるらしい。もっとも、その内部には魔族が潜り込んでいるとか。さて、どこまで侵入されているかは定かではないが、人類にとってはあまり嬉しくないニュースだろう。


 聖剣は普通の人間が魔族を傷つける数少ない手段である。その入手場所であるガレリオ魔法学園を掌握することは、人類の反逆の牙を把握するとともに、将来育ち切った勇士を己の経験値に変えるための合理的な戦術と言える。


 まあ、最初から魔族の手が及んでいると分かっていればやりようはある。たとえばそうだな、中古品を持ち込むとか?


「そんなわけで勇士様が頑張ってくださる間、俺ら非力な商人も商人流の戦い方をせにゃならんのよ。商人じゃねえ嬢ちゃんに頼むのは少し気が引けるんだが……またいつものやつ、頼めるかい?」


 おっちゃんの遠慮がちな不器用すぎる微笑みに、俺はいつも通り二つ返事で引き受ける。


「お任せを! 聖都ロンドメルまでの旅路を支えてくださるおじ様のお手伝いですから。断る理由はありませんよ」


 なんて大仰に言いはしたが、本当にただのお手伝いだ。やることといえば売り子くらいなもんで、これで三食と聖都ロンドメルまでの足が用意されるのだから安いものだ。


 聖都ロンドメルまでの旅路で足が止まったらやることは一つ。最寄りの村――俺の生まれ故郷とは比べるまでもなく大きな村だ――で、鮮度の落ちやすい生鮮食品を売り、村で収穫した食料や特産品を購入することだ。行商人のおっさんは大都市に行くまでにこうした商品の売買を行い、時間によって目減りする利潤の損耗を防ぎつつ新たな商談を作るのだとか。


 とはいえ、商売の相手は裕福とは限らない。魔族の侵攻が多発している現状、肉や魚だって気軽に食べられるものじゃないだろう。村の住人は日持ちしない高価な食材に難色を示すのだって、別に珍しいことではなかった。


 そこで俺の出番、ってわけだ。


 音楽系のスキルを持っているおっちゃんの仕事仲間に演奏してもらい、それに合わせて俺が。生前にダンスの心得があるはずもなく、俺の身体はスキル任せでほぼ半自動的に動いていた。


 合わせて口を動かす。歌唱スキル発動――アドリブの音楽にアドリブのダンス、そしてアドリブの歌。三つのうち二つを、俺がスキルレベルの暴力で神懸かった芸術作品へと昇華させる。


 ……いやあ、最初これらのスキルが発現したときは「魔族殺しに使えないゴミスキルじゃねえか!」とぼやいたものだが、芸は身を助くとはよく言ったものだ。


 この俺のダンスと歌で喜ばなかった人間はいない。踊れば相手はニコニコと商談の席につき、歌えばどれだけ吹っ掛けても首を縦に振る――といっても、おっちゃんは商いで不義理を働くつもりはないらしい。


 突如始まったゲリラライブに村民は怯えた様子で家の扉の隙間からこちらを覗いてくる。別に見たからってチケット代を取ろうとは思わねえよ、肉と魚に唾をつけたら話は別だがな。


 まあ、近くで魔族の侵攻があったという一報で怯えているのだろう。不自然なほど――というか、一人も男がいないのもそういう理由か。男が多ければ荷台の樽を開けるプランBBeerが使えたのだが……。


 一曲終えたところで、俺はようやく村長と思しき人間が眼前に立っていることに気づく。うーむ、なかなかに熱中してしまったようだ。スキルが勝手に身体を動かしていたとはいえ、かなりいい汗をかいてしまった。


 村長は――男、いや女か? 顔立ちが中性的で一瞬、その判断に迷う。整った顔立ちで女顔の男にも見えるし、服装も男物。しかし、その胸部の膨らみと女性特有の丸みを帯びた腰つきが、男性であることを否定していた。


 病的なまでに白い肌に、短く切り揃えた黒い髪。美人だが、さして興味は湧かない顔立ちだ。……なのだが、向こうはそうではないらしく、まるで宝石を見つけた女児のように俺を物凄い眼力で見つめてきた。


「素晴らしい……!」


 彼女の第一声は、歓喜の涙とともに発せられた。そうだろう、そうだろう。つい先日、魔族狩りでカンストしたスキルの合わせ技だからな。タダで見せるもんじゃないが、汗水垂らして育てたスキルだ。鏡にだけ披露していても面白くないだろう。


 しかし、空気がなにやら不穏である。というのも、一曲が終わったところでいつもは村長にもみ手をしながら近づくおっさんが動かない。お人よしだが、小さな商機さえも見逃さないおっさんにしては、なにか引っかかる行動であった。


「おじさま?」


「ああ、いや……。えっと、リガルド殿はどちらに? それにリガルド殿が新たな使用人を雇ったという話は存じておりませんが……。失礼ですが、お名前を尋ねてもよろしいでしょうか」


 どうやらおっさんはこの村の村長と顔見知りであったらしい。となると、そのリガルドってヤツとこの女は同一人物じゃないってことか。え、じゃあ無駄に歌って踊ったってことかよ。馬鹿みたいじゃねえか。


「ああ、彼は魔族侵攻の一報を受けて馬車を飛ばしましたよ。僕は使用人ではなく、彼の代理人です。そうですね、僕のことはロゼアンと。期間は長くありませんが、この村の全権を任されております。――もちろん、商談もね」


 にやりと笑うロゼアンと名乗った女に、おっさんはどこか萎縮したような様子で「それは……失礼いたしました」と頭を下げる。どうしたんだよ、おっさん。いつもの調子で尻の毛まで毟ってやろうぜ!?


 ……なんて茶化してみたいところだが。この商談、あまりよろしくない方向に転がりそうな予感がするのは、きっと気のせいではないだろう。

 

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