「ごめんください」
深夜、「ごめんください」と声がした。
か細い声だ。眠れないで転がっているだけだったから気づいたが、寝てたら普通に気づかなかっただろう。
玄関を見に行くとゴキブリがいた。
身丈が小学生くらいある。
殺虫剤を取りに行って、持って戻ってきても居た。
そもそもこのサイズのゴキブリに果たして殺虫剤は効くのだろうか。
逃げようにも、どうせ鬼のように速いから無理だし。人間って無力だ。
なんか。あったよな。
火星で進化したゴキブリと戦う漫画。
あれ最後どうなるんだっけ。ちゃんと読んでないんだよな。
現実逃避に走る俺に、ゴキブリは懇切丁寧に説明を始めた。
何の器官で喋ってんだこいつ。
なんでも、曰く付きの森で生まれて、気づいたら身体がでっかくなったんだそうだ。
ついでに知能も上がったんだそうだ。そんな訳ないだろ。
森で暮らすにも困ってしまって、一人ぼっちで子孫も残せず死んでいくのかなと思っていたら、人間の友達が出来たんだそうだ。
友達はクソデカのゴキブリにも優しくしてくれて、食べ物をくれたり、悩み相談をしたりされたり、まあなんだのかんだの仲良くなったんだそうだ。
そんで今、その友達は森にぶら下がってるんだそうだ。
なんとかしてほしいんだそうだ。
ふーん。
ところで。
なんで俺の家が分かったのかと言えば。
スマホが使える賢いゴキブリくんは、俺がやってるバイトの登録サイトから検索して、仕事の後をつけてきて辿り着いたんだと。
ゴキブリに自宅特定されてんの嫌だな。
マジで。
警察を呼ぼうと思ったが、いい年した男が「うちにでかいゴキブリがいるんです!」なんて通報したら真剣に怒られる気がしたのでやめた。
ゴキブリは極めて真面目に話していた。
僕の大事な友達があんな寂しい森でぶら下がってるなんて寂しいからなんとかしてほしいんです、と。
前と見た目も変わっちゃって、全然喋らなくて、かなしいんです、と。
ゴキブリには死がよく分からないのだろう。
生首とは違って。
友達が死んだことにも気づかず、それでも分からなくともそのままなのは良くないと思ってやってきたのだから、このゴキブリはかなり優しいゴキブリなのだろう。
まあそれはそれとして殺虫剤はかけた。
熱湯もかけた。
洗剤もかけた。
仕方がないからね。
「ヤノくんはやさしくて、話していると面白くて、ぼくのことも嫌がらなくて、ずっといっしょにいてくれて、だからさびしくて、あなたいろんなお仕事を受けてくれる人だって書いてあったので、だから助けて欲しくて、さみしくて、ヤノくんがかわいそうで、おいしそうで、ぶらさがってて、ぶら下がってるとよくなくて、元の通りにおしゃべりしてくれないとおいしそうで、たいへんで、もうぼく半分食べちゃって、あの、元通りにしてほしくて、ぶら下がってて、かわいそうなんです、ヤノくんはお友達が僕しかいなくて、いて、おいしそうで、ぶらさがってて、だから、」
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