ルナ

玄関には赤い着物を着たルナが立っていた。

「え・・どうして・・」

唖然としてルナを見つめる。

玄関の縁に立つルナは、焦点の合わない眼で鼻歌を歌い続けている。真っ白な肌、瞬きをしない黒目がちの目。口元には大きなマスクをし、だらりと力なく垂らした両腕。靴は履いておらず、真っ白な足袋がやけに目立つ。

訳が分からない。てっきりあの日本人形が来ると思っていただけに、俺は半ばパニックに陥っていた。

ルナだ・・間違いない。間違いないが、何であの着物を着ているんだ?あの着物は日本人形が着ていたのと同じだ。まるで、日本人形が人間になったかのようだ。

土砂降りの雨の中、泥だらけの道を歩いてきたはずなのに全く濡れていないし、足袋の汚れもない。オレンジ色の灯りは、ルナ自身が発光しているようでぼんやりと玄関先が明るく照らし出されている。かと言って、後光が指している様に神々しい訳でもない。何と言うか、漆黒の山の中でポツンと建つ一軒の家の灯りみたいな物悲しい感じ・・

絶句する俺の前で、鼻歌をやめたルナは小さくお辞儀をするとゆっくりとした動作で玄関の敷居をまたいだ。その瞬間、ムッとする異臭が俺の鼻をつく。土、泥、水、腐敗臭、そんなものが混ざった嫌な臭い。この臭い・・どこかで嗅いだことがあるような。

俺は顔をしかめた。

「にゃ~ふ」

ミヨが雄たけびに近い鳴き声で鳴いた。飛び上がる程驚いた俺だったが、そのお陰で体が動くようになった。

「ル、ルナ!何でお前が?」

前につんのめりながら飛び出し、ルナの元までかけて行く。

しかしルナは、そんな俺の事等目に入らないようで焦点の合わない眼をそのままに、玄関の三和土に佇んでいる。

「ルナ?・・・」

俺はそろりそろりと近づき、ルナの顔をしっかり見ようと玄関の電気のスイッチを押す。

点かない。何度もパチパチと押し繰り返すが、電気が点く気配すらない。

「ルナ?どうしてここにいるんだ?それにこの恰好。おい!ルナ!」

玄関の三和土に裸足で降りた俺は、ルナの両肩を掴み揺さぶった。

ショートの髪がさらさらと前後に揺れるが、依然ルナに反応はない。

「・・・・た」

何か言っている。

「え?」

「・・・・た」

「何?」

囁きより小さな声。外で激しく振る雨の音にかき消され聞き取る事が出来ない。

俺はマスクをしている口元に耳を寄せた。

「・・・・た・・・・れ・・・」

「何?何て言ってるんだ?」

更に自分の耳をルナの口元に寄せた。その瞬間

「だぁ~れだ!!」

可愛らしい声をしていたルナが、ゴボゴボとした醜い声を出し叫んだ。

「わぁぁっ!!」

驚いた俺は後ろにのけぞり尻餅をつく。

見上げたルナは、両手で両目を隠していた。そして、両目を隠していた手をゆっくりと下げ俺の方へ顔を向ける。

「ひっ!!」

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