家に来た者
なんだかやけに顎が痛い。チクチクと剣山の上を触った時のような痛み。いやそれ以上か・・・
「いてえてええ!!!」
俺は余りの痛みに飛び起きた。
「にゃふふ」
布団の上にいるミヨが、目を細めて俺を見下ろしている。
「ミ、ミヨ?」
「にゃふん」
呆れたように俺を一瞥したミヨは、ひらりと布団から降りると襖の方へと行き「開けろ」と前足で襖をこすりながらこちらを見る。
「あ・・・ああ。そうだった。すまん。起こしてくれたのか」
点けっぱなしの電気の下、眩しさに目をしばたたかせながら布団から出ると、ミヨと一緒に部屋を出た。
「それにしてもミヨ。顎に噛みつかなくてもいいんじゃないか?もうちょっと優しく起こしてくれても・・」
顎をさすりながら、足元を歩くミヨを恨めしそうに見ながら俺は言った。ミヨは我関せずという風にこちらも見ずに歩く。
「1時20分か・・寝過ごしたかな」
暗い廊下をスリッパを履かずに歩いて行く。足音を立てないためだ。特にトキ子の部屋と梨花の部屋を横切る時は特に慎重に足を運んだ。ひんやりとして、湿度のせいか少しペタペタと足の裏が吸い付く。
シ~ンと静まり返った家の中。激しい雨の音と、雨どいから垂れる水の音だけが大きく聞こえる。
「さてと、どの辺りにいた方がいいかな」
玄関から真っ直ぐ伸びる廊下は幅2メートルと広いのだが、瞳が余り物を置かない主義なのか棚一つ置かれていない。
廊下から見る開けっ放しの玄関の向こうには暗闇が広がっていて、ぽっかりと開いたトンネルのようだ。
「仕方ない。この辺りに座って待ってるか」
キッチンに入るドアを開け、そこから玄関を覗ける位置に腰を下ろす。流石に、面と向かってミライ様を出迎える勇気はない。外の暗闇をじっと見ていると、今にも恐ろしい化け物が出てきそうな雰囲気に、俺はブルリと身震いする。
5分・・10分・・と時間は過ぎていった。
少し寝たお陰で眠気はやってこないがやけに冷える。9月に入ったとはいえ、まだまだ夏の暑さは夜になってもねっとりとした湿気と共に身体に纏わりつくはず。ここが東北だからだろうか。寒い。この寒さはなんだ?
次第に手足の指先が寒さで痺れて来る。
「ミ、ミヨ。お前寒くないか?」
「にゃふん」
ミヨは全く寒さを感じていないのか、行儀よく玄関の方を向き座っている。
深夜2時。俗にいう丑三つ時。
吐く息が白くなっている。おかしい。この寒さは異常だ。ミライ様と関係しているのだろうか。何処かの部屋にある時計がボォ~ンと二回鳴った。
Tシャツに短パンという格好の俺は、余りの寒さに耐えきれなくなり、上着か毛布を取ってこようとした時だ。
「にゃふん!」
ミヨが鋭く鳴き、お尻を高く上げ玄関に向かって臨戦態勢をとる。
「え」
そんなミヨの姿に驚いた俺は咄嗟に玄関の方を見た。
・・・・誰か来る。
激しい雨の音の中に混ざって、ずちゃずちゃと何かを潰しているような音が聞こえてきた。
(なんだ?)
ヒンヤリとした寒さが、凍えるような寒さに変わっていくと同時に、俺の中の恐怖が風船を膨らませるように膨らんでいく。
怖い。
しかし、逃げようにも体が金縛りにあったかのように動かない。キッチンの入口で顔だけ玄関に向けたまま、石のように固まる。
ずちゃずちゃという音が次第に大きくなっていく。
来る。
恐怖で膨らんだ風船は膨らみ過ぎて、今にも割れてしまいそうだ。
見たくない。見たら正気でいられなくなってしまうかもしれない。
そう思っても、眼球が固定されたみたいにがっちりと玄関を捉え動かない。それは、恐怖によって動かないのか、それとも今から来るモノが自分の姿を見せるために動かなくしているのか・・分からない。
お尻を持ち上げ臨戦態勢のままのミヨは、唸る事も鳴く事もせずジッと玄関の暗闇を睨んでいる。いつも垂れている耳がピンとなっているのは、興奮しているからだろう。
「っ!!!!」
小さなトンネルのように見える玄関の奥の方から、ボウっと弱弱しいオレンジ色の灯りが見えた。
(何だアレは・・・)
そのオレンジ色の灯りは次第に大きくなっていく。こちらに近づいているようだ。激しい雨の音。ずちゃずちゃという何かを潰しているような音。その音に交じり鼻歌のようなものが微かに聞こえてくる。
そうだ。このメロディは・・
達朗が言っていたではないか。ミライ様が来る時はメロディが聞こえると。話を聞いた時はどんな歌なのかが分からなかったが、今思い出した。
「かごめかごめ」
円の中心で両目を塞ぎ座った子供の周りを、円陣で囲み歌いながら回る。目を塞いだ子供は、後ろに来た子供をあてる。という遊びだ。そう、あれは最後に「後ろの正面だ~れ」と言うんだ。
かごめかごめの鼻歌がはっきりと聞こえてきた時、暗闇の中にソレの姿が見えた・・・俺は息を飲み呟いた。
「・・・・ルナ」
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