決意

家に帰ると玄関のたたきにミヨが座っていた。ルナが来てからというもの、ミヨは部屋で待つことをしなくなった。動物の勘で異様なモノと感じ取っているのだろうか。

「ただいま。ミヨ」

ミヨを抱き上げ頬ずりをすると直ぐに部屋の方へと視線を向ける。

そのまま狭い廊下を歩き、ガラスがはまった引き戸を開ける。

「おかえりなさい。良かったですね。ボールが当たらなくて」

ルナが笑顔で俺を出迎える。笑顔・・マスクで口元が分からないが、目が笑っているので笑顔だと思う。

「ああ」

短く返事をした俺はミヨを床に置き着替えを済ませると、餌入れにザラザラとミヨのご飯を追加する。成長したミヨは、柔らかい餌からカリカリとした餌に切り替わった。フワフワとした子猫特有の毛並みは、黒々とし光に当たると少し青みがかる綺麗な毛並みになった。餌の匂いを嗅ぎ出したミヨの背中を優しく撫で

「ミヨ。由紀の所へ行ってくれるか?」

と話しかける。

口を開け餌を食べようとしかけたミヨは、小さい顔をこちらに向け俺を見る。垂れた耳がピクピクと動く。

ペットというものを初めて飼った俺はたまに思う事がある。ミヨは人間の言葉が分かるのではないかと。何かの本で読んだことがあるが、猫は人間の3歳児に近い知能を持っていると書かれていた。恐らく自分の名前や日常的に使われている言葉はそれなりに覚えているのだろう。ただミヨの場合はそれ以上のように感じる。

現に今俺の顔を見るミヨの顔は、じっと俺を見つめながらピンと張った髭を上下に世話しなく動かしている。

飼い主の欲目なのかもしれないが、ミヨは子猫の時から頭が良く不思議な猫だと思っていた。

山から道に転がり出てきた事が縁で一緒に暮らす事になったが、俺が食事をする時も本を読んでいる時も勿論寝る時も必ず俺の側にいる。パソコンでいかがわしいサイト~俺も男だからね~を観ていた時は液晶に飛び蹴りをくらわし倒された。

変なの観ないでっていう風に「にゃふ」と鳴き目を細めて俺を見てたっけ。それ以外にも、まるで妹・・いや、彼女と暮らしているかのような錯覚に陥るぐらい、ミヨは俺の行動や言葉が分かっているような行動をする。

そして今のミヨの表情から読み取れる感情は「疑心暗鬼と拒絶」だ。

お前は今から何をしようとしているんだ?本当にそれでいいのか?やめといた方がいいんじゃないか?そんな声が聞こえてきそうな顔だ。

「このままじゃいけないような気がするんだ。今はルナが守ってくれてるからいいけど、いずれ取り返しのつかない事になるかもしれない。そうなる前にこっちから動いた方がいい。と言っても何からすればいいのか・・まず、あの地蔵達がいた神社に行ってみる。そこで周りの人達に話を聞いてみようと思うんだ」

すると、ミヨは素早い動きで俺から離れると

「しゃぁ~!」

と、鋭い牙をむき出しにして俺を威嚇した。

「な、なんだよ」

初めてミヨの威嚇を見た俺は少したじろいだ。

「どうしたんだよ・・・」

暫くの間驚く俺を見ていたミヨは、威嚇をやめ俺の足に縋りつくように纏わりつく。

「もしかして、一緒に連れて行ってくれって言うのか?」

「にゃふ」

「ん~。でも、俺と一緒にいるとどんな目に合うか分からないぞ。それなら由紀と一緒にいた方が安全なんだが・・いてっ!!」

ミヨが思い切り俺の足の指を噛んだ。

「痛って~。分かったよ。連れてくよ。お~痛てて」

ジンジンと痛む指を摩りながら言う俺に、ミヨは満足したように「にゃふん」と鳴くと餌をガツガツと食べだした。

小さく溜息を吐いた俺はルナがいる部屋に入り、目の前に座ると

「明日、あの神社に行ってみようと思うんだ」

と言った。

「行ってどうするんです」

何の感情もない、全く声に抑揚のない返事だ。目にも表情は無い。

「行って、周りの人に話を聞く。あの神社は一体どんな神社なのか。それと、境内にある地蔵についても」

「それを知ったからって解決できると思いますか?」

「・・・・分からない。でも、今の俺は何も分からないんだ。分からないまま危険な毎日を過ごすのは嫌だ。せめて、自分に呪いをかけた神社の正体位は知りたい」

「だから、地蔵菩薩は呪いなんてかけませんて・・」

肩が少しだけ上がり感情的になっているのが分かる。

「分かってる。分かってるよ。でも、それと俺とは全く関係がない。とばっちりもいい所だ。確かにあの場所に興味本位に行ってしまった俺と高野も悪いけど、だからといって危害を加える事はないだろう。あの地蔵達はどうしてそんな事をするのか、それを知りたいんだ」

「・・・・・・」

ルナが小さく息を飲むのが分かった。

「高野なんて一歩間違えば死んでた。いや・・もう死んだとさえ思った。まだ意識不明らしいが運良く助かった。俺の時もそうだ。マンホールに落ちてたら大怪我してただろうし、今日の野球のボールもそうだ。あんな固いのが頭に当たりでもしたら下手すれば死んでる。毎日毎日びくびくしながら生活するのは嫌なんだよ」

「ちゃんと私がお守りするっていうのに・・・」

「そういう問題じゃない。じゃあ聞くが、これはいつまで続くんだ?俺の寿命が尽きるまでか?それまで俺は上下左右を気にして、毎日を生きなきゃいけないのか?冗談じゃない!」

次第にイライラしてきた俺は、吐き捨てるようにして言った。

「・・そうですか。貴方の気が済むようにした方がいいかも知れませんね」

何故かルナの表情が曇る。

どうしてそんな悲しそうな表情になるのか。人を助ける事を生きがいにしてるから?いや違う。ルナはもう死んでいるんだ。じゃあ何故?

そこである事を思い出した。

「ああそうか。探し物か。大丈夫だ。ルナが探しているっていう帽子はちゃんと見つけてやる。保証は出来ないけど、努力するよ」

「はい」

悲しそうな表情から一転笑顔に戻ったが、今の返事は70点という所だろう。何かが引っ掛かっているようなぎこちない笑顔だ。

そんなルナの様子が気になったが、取り敢えず俺は明日から行動する為の準備に入った。

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