災難
次の日。
今日の午前中は内勤で午後は外回り。午前中はトイレや部屋移動に気をつける以外、左程危険な目には合わなかったので良かったが、午後の外回りには気を引き締める。昼前、事務所を出る時に上司が「お?気合入ってるな?」等と勘違いしたぐらいだ。
弁当を買う為また「いもや」へと向かう。
「エビフ・・・焼肉弁当一つ」
稲毛のご注進を守り肉の弁当を注文する。安月給から考えると毎日は食べられない弁当だが、2,3回頼めば鈴木達も納得してくれるだろう。
「はい。焼肉弁当ですね」
返事をしたのは見た事のない若い女性だった。大学生だろうか。折り目のついた真新しい割烹着の白が眩しい。
「あれ?鈴木さんは?」
「鈴木さん?・・・・ああ、あのおばさんですか〜?なんか~昨日事故に遭ったとかで~今日お休みみたいですよ~」
間延びした喋り方で女性は言った。
「ええ!?事故?!」
「はい~。なんか~息子さんの家から帰る途中に車に轢かれたとかで~。急に人がいなくなっちゃったから父親が私に出ろって~。私学校あるんだけどな~。バイト代弾んでもらわなくちゃ~」
父親という事は、この女性の父親が「いもや」の経営者なのだろう。
その後も女性はブツブツと文句を言っていたが、俺の耳には届かなかった。
(事故?確かに昨日、毎日息子の所に手料理を持って行ってるって言ってたが・・・まさか・・・まさかな。だって、アレは俺に対してだろ?鈴木さんは何も関係ないはず。それとも、俺と関わる人間全員に派生するというのか?)
「あ、あの、稲毛さんは?稲毛さんはいますか?」
「え?稲毛さん?ちょっと待ってくださいね~。あの~稲毛さんていう人います~?」
女性は気だるそうに厨房に向かって聞くが、帰ってきた返事は「今日は休みだよ」だった。
「休みですって~」
「・・そうですか」
出来立ての焼肉弁当を手に、俺はいつもの公園へと向かった。
今日は公園で遊ぶ子供達が多い。小学校高学年ぐらいな子が野球を楽しんでいる。そうか。夏休みだ。元気な声と申し訳程度に配置されている木にとまる蝉の声を聞きながら、いつものベンチに座り弁当を食べ始めた。
「鈴木さん大丈夫かな」
折角の弁当の味がなんだかつまらない味に思えて来る。
地蔵の呪いのせいで、俺の周りには災難が付きまとっている。鈴木は関係ないと思いたいが、断定出来ない。
鈴木は弁当を買いに行けば必ずいて、つやつやとした顔に笑顔を浮かべながらいつも注文を聞いてくれた。
そう言えば鈴木さんは最初から色々俺に言ってたっけ。運動しろとか、栄養のある物を食べなくちゃ駄目とか。早く結婚して弁当じゃなく愛妻弁当を作ってもらえとか。ただ口うるさいおばさんと思う人もいるかもしれないが、俺にとっては心地の良い小言だった。だから、仕事の時は毎日のように買いに行っていたんだ。
「はぁ~。大した怪我じゃなきゃいいけど」
半分ほど食べた弁当の蓋を閉じた。漠然とした不安でそれ以上食べる気にならなかったからだ。その時
「わぁぁぁ~~~~!!!」
突然大勢の叫び声が聞こえた。
「え?」
驚いた俺が、声のする方に顔を向けた瞬間だ。
ガチャ~ン!!
と何かが割れる音がした。その音と共に俺の顔に細かいものがバラバラと降りかかる。
「うわっ!!」
咄嗟に顔を両手で覆い顔を背ける。目の前で何かが爆発したような感じだ。
「すみませ~ん!」
大きな声で謝りながら野球をしていた子供二人が、俺の方へと駆け寄って来た。
一体何が起きたのか分からない俺は恐る恐る少年二人の方を見る。
「え?」
いつからそこに居たのか、目の前に老人が立っている。茶色のポロシャツにゆったりとしたスラックスを履いた老人は、金魚のように口をパクパクさせ驚いた表情をしている。
「ごめんなさい」
少年二人は、老人の前に行儀よく並び帽子を取り頭を下げる。綺麗に刈られた坊主頭の頭頂部が見えた。
老人は中々言葉が出ないようだったが、2,3度咳ばらいをすると
「あ・・・ああ。いいよいいよ。まだ人にぶつからなくて良かった。流石にびっくりしたけどね」
痰が絡んだようなガラガラとした声で言った。声が震えている。何度も視線を足元に向け無残にも砕け落ちた鉢植えを恨めしそうに見ている。少し離れた所には、汚れた硬式の野球ボールが転がっていた。
「ごめんなさい」
少年二人はまた頭を下げるが、老人は「大丈夫。遊んできな」と言いながら足元の鉢植えを片付け始めた。植木鉢の破片を拾う指が、微かに震えている。
(そうか。ボールがこっちに飛んできたんだ。俺に飛んできたのは鉢植えの中にある土・・もしかして、この人がいなかったら、ボールは俺にぶつかってたって事か?マジかよ。鉢植えを割るぐらいの勢いで飛んできたボールが当たったら、俺は・・・)
ようやく状況がのみ込めた俺は腹の底が冷えゾッとした。
「もしかして」
ある事に気がついた俺は立ちあがり、辺りを探す。
・・・いた。
謝りに来た少年二人を心配そうに見ている仲間達の中に紛れて、あの日本人形いた。丁度セカンドベースの子供の隣だ。子供の腹の高さに宙に浮いている。結構距離があるのにも関わらず、不思議と顔のパーツがハッキリと見える。ジッと俺を見ていた人形はまた、真っ赤なおちょぼ口を「お」の口に開け、両手で両目を隠すと
~だあ~れだ~
と言った。
離れているのに、耳の側で聞いている位の声の大きさ。驚かそうとしている訳でもなくただ無邪気に言っているかのような声。水の中から声を出しているようなゴボゴボとした声。
ゾッとした俺は、土が被った弁当を無造作に袋に入れると転がる様に急いで公園を後にした。
会社に戻った俺は、上司に体調不良を理由に長期休暇を申し出た。
もうこれ以上外に出たくないと思ったのだ。
高野の件からまだ二日しかたっていないが、俺はあの日本人形に命を狙われている。ルナが守ってくれると言っても、それも完璧じゃないかもしれない。
いつ終わるとも知れない恐怖と毎日戦いながら仕事をするのは無理だ。ならどうするか・・・
逃げるか・・・・いや、逃げた所で必ずアイツは追って来るだろう。だとしたら・・・
俺が終わらせる。
それしか方法はないような気がする。だからといって何をどうしたらいいのかは全く見当がつかない。見当がつかないが、毎日びくびくしながら、死ぬ一歩手前の事が起きるのはごめんだ。
まず、いろいろと時間が必要となると考えた。
あの日本人形の事を調べる事。そして、あの場所(地蔵が沢山いた神社)の事を知るのだ。知ったからって解決できるか分からない。でもやる価値はある。
高野不在で人が少ない上に俺の長期休暇の申し出に、上司は難色を示したが
「最近顔色が悪いからな。頑張ってると思ったが無理してたんだろう。しっかりと休養してこい。仕事は溜まるがそれは覚悟しとけよ」
優しい言葉と共に釘を刺す事を忘れない。
ホッとした俺は「すみません」と頭を下げ、他の社員に仕事の引き継ぎをした後、家に帰った。
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