尊きエプロン雄っぱい

宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿

尊きエプロン雄っぱい

 ある休日の昼下がり。

 私は最愛の恋人である彼の、

「ねえ、そろそろ起きなよ。もう、お昼だよ。せっかく作ったご飯が冷めちゃう」

 という、尊死確定のイケメンボイスで夢の世界から現実へと引き戻された。

 頭を覆う柔らかな毛布を剥ぎとられ、何とか太陽光を防ごうと横に顔を傾けるのだが、悲しいかな、完全に目が覚めてしまう。

 観念して瞼をこじ開けると、真っ先に飛び込んできたのは彼の可愛らしい困り笑いではなくエプロンが掛けられた立派な雄っぱいだ。

 視界に雄っぱいが入り込んだ瞬間、私の目がカッと開いた。

 布越しでもムッチムチだと分かってしまう胸筋な雄っぱいが、薄いニットに包まれた上でエプロンによって隠されている。

 そして、そのエプロンすら押し上げている上に胸の下で結ばれた蝶々結びによって、さらに雄っぱいが強調され、魅力と迫力が増している。

 服の下には真っ白でお美しい、世界最高峰の……

 雄っぱい!

 雄っぱい!

 大好物です、エプロン雄っぱい。

 NO 雄っぱい NO LIFE

 温かでムチムチで柔らかな楽園を求め、雄っぱいの国へ、GO!!

 脳内で大規模なパレードを開き、勢いよく彼の胸元へと飛び込んだ。

 顔を埋めて思いっきり嗅ぐと、みそ汁と柔軟仕上げ剤の混ざった非常に安心感のある香りがする。

 なんて家庭的な雄っぱいなんだ!

 良い香りが肺に到達し、幸福に変換されて体中に巡っていく。

 安堵のため息を漏らし、もう一度! とばかりに彼の胸元で深く深呼吸をした。

 広がる幸せに心をトロトロに溶かしながら雄っぱいを撫でまわし、

「雄っぱい、雄っぱい……家庭的な最愛の雄っぱい。へへ、ありがとうございます。へへ……」

 と、不気味な笑みを浮かべ、感謝を述べれば、白昼堂々、彼氏を摂取する立派な変態の出来上がりである。

「もう、何バカなこと口走ってるの。ほら、離れて」

 呆れた彼が私の肩をグイッと押し、楽園から追放しようとしてくる。

 嫌だ!

 まだ甘えていたい!

「やーだー、大好きな雄っぱいと二度寝するの! ふかムチ雄っぱいをモミンモミンして、癒されながら寝るのー!」

 駄々をこねてみたが、無情にも雄っぱいからは引き離されてしまった。

 雄っぱい……

「雄っぱい……」

 心の声と口から漏れ出る声がリンクする。

「いつでも見られる俺の雄っぱいよりも、俺が久々に作った昼食の方に食いついてよね。まったく……俺、先に行ってるから、冷めないうちにご飯食べに来なよ」

 彼が私に冷ややかな視線を浴びせ、ツンと顔を背けてリビングの方に消えていく。

 私も、モソモソとベッドを這い出てリビングへと向かった。


 彼が用意してくれた昼食は白米とみそ汁、豚の生姜焼き、そして白菜の浅漬けだ。

 みそ汁を啜れば濃くて優しい旨味が口内で広がる。

 コクンと飲み込めば胃から全身へと温かさが広がって、どうしようもなく満たされた気分になった。

 砂糖と醤油がベースの絶妙な甘辛さを誇るソースがたっぷりと絡んだ豚肉を頬張れば、ギュッとした肉のうまみとブリンブリンの甘い脂肪に頬が緩む。

 白米だって彼が炊いたと思えば宝石のように輝くし、百数十円で売られているプラスチックの四角い容器に入った大量の漬物だって、彼がわざわざパックから取り出して器に盛ってくれたのだと考えれば、つやっつやに輝く。

 化学調味料のしょっぱさと甘みだって、上品な甘みと旨味に変わってしまった。

 作り手によってみそ汁や生姜焼きなんかの美味しさが変わるのは理解できるが、白米や出来合いの品すら美味しさが変わってしまうのは何故なのか。

 彼と同棲してからの、永遠の謎である。

『なんか、ご飯を美味しくする超音波とか出てるのかな?』

 つい、そんなことを考えてしまう。

「ねえ、凄く美味しいよ。ありがとうね、お昼ご飯作ってくれて」

 水を飲みながら礼を言えば、彼はふんわりと笑った。

「よかった。俺もさ、今日のはよく味付けできたと思ったのだ。今度は回鍋肉でも作ってみようかな」

「いいね! 私、回鍋肉大好き!」

 食べているご飯も尊いし、笑顔の彼も最高に尊い。

 彼の雄っぱいに至っては、尊いなんてもんじゃない。

 見た瞬間にひれ伏し、この世の全てに感謝するレベルだ。

 ご飯を食べつつ、チラッチラッと見てしまう。

 すると、彼が無言でエプロンを外した。

「ああ!! エプロン雄っぱいが、ただの雄っぱいに! いや、ニット雄っぱい? これはこれで、いや、むしろニット雄っぱいにしかない素晴らしさがある! 最高ね! しかし、まさかの二段変形とは……デス○サロもビックリな三段変形、裸体雄っぱいがあるに違いない」

 顎に手を当て、真剣に彼の雄っぱいを見つめながら考察を進める。

 だが、素晴らしいニット雄っぱいでさえも、バッテンを作った両腕で隠されてしまった。

 そんな殺生な!

 あ、でも、そのポーズは素晴らしいですね。

 へへ……

「なんか最近、雄っぱいばっかり見てない? 視線が集中しすぎている気がするんだけど」

 ジト目にギクッと肩が跳ねあがる。

「あのね、春になると桜が咲いて、虫や動物も活発に動くようになるでしょう? そして、人間も活発に行動するようになって、変態が湧き始めるでしょう? 何か私、最近は貴方の雄っぱいのことしか考えられなくなっちゃって……活発化した変態でごめんね?」

 春の陽気を出しながら、許して! と両手を合わせる。

 だが、彼の視線は吹雪のように冷たかった。

「変態は免罪符にならないからね。全く、付き合う前はそんなこと無かったの」

 そりゃあ、「いいな」と思っている男性の雄っぱいを露骨にガン見するバカはいない。

 性欲丸出しで接したら不快感を与えてしまうし、引かれてしまうじゃないか。

 恋人になって、雄っぱい! 雄っぱい! と甘えても笑って許してくれる人だと発覚したから、露骨にガン見するようになったのだ。

 私は欲しいもののために禁欲できる女。

 むしろ、溢れる雄っぱい欲を何か月もしまい込んできた私の努力を買って欲しいのだが。

 というか、え? 変態って免罪符にならないの?

 恥を忍んで自らを変態と称したのに?

 え?

 駄目なの?

 え?

 本当に?

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔になって、ジッと彼を見つめる。

 すると今度は虚を突かれる私に彼がニヤァ……と悪い笑みを浮かべた。

「今日は寝る時まで雄っぱい禁止ね。触っちゃだめだし、一分以上見るのも駄目だよ。破ったら一週間、寝る時に雄っぱいに癒されるの禁止ね」

 天使のような柔らかい笑顔で地獄のルールを課してくる。

 待ってくれ、相手は私だぞ?

 春の陽気に惹かれて頭の八割強を雄っぱいに持っていかれる前から、日常的に貴方の雄っぱいに甘えて生きてきたんだぞ?

 雄っぱいに触れるのは、もはや挨拶! というところまで来てしまっているんだぞ?

 守れるわけがない。

 守れる訳が無いよ!

「え? な、何でそんな意地悪を!? 意地悪期に入っちゃったの!?」

 彼は基本的に優しい。

 穏やかで気性の大人しい、可愛らしい性格をしている。

 正座をした膝の上にウサギなどの小動物を乗せ、湯呑に入れたお茶を飲む姿が似合うような、慎ましやかで愛らしい性格と雰囲気を持っている。

 もちろん、恋人である私にだって温かく柔らかだ。

 だが、たま~に牙を剥くことがある。

 急に訳もなく、

「あ、俺、今お触り禁止なんで」

 と、意地悪をし始め、困惑する私を見て悦に浸るという悪い遊びを始める時期が来るのだ。

 そして、それは大体季節の変わり目に多い。

 私のスケベな欲が暴走し出す頃に彼も意地悪になる。

 何故、こう、私が大人しい時にしてくれないのだ。

 よりにもよって、いっちばんアレしている時に!

 なんで!

 なんで!

 ぐにゃぁと表情を歪める私を楽しそうに眺めつつ、彼は静かにエプロンを身に着けた。

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