第18話 転換

前回までのあらすじ

 分断され、拠点も水没させられた星霊隊だったが、メンバーひとりひとりの奮戦により、辛くも悪魔軍を撃退することに成功する。

 この戦闘で悪魔軍の指揮を執っていたノルズとジスタは敗北しながらも余裕のある表情で悪魔軍の本部へと逃げていた。



悪魔軍総合作戦本部

 ノルズとジスタはボロボロになりながら重い両開きの扉を押し開けた。

 薄暗い部屋の中には長机が伸びており、すでに4体の悪魔たちが席に着いていた。

「待っていたぞ、ノルズ、ジスタ」

 ノルズとジスタの正面、長机の一番奥に座る悪魔、シュテンが低い声で言う。シュテンがノルズとジスタから見て右側にあるふたつの席に手を伸ばすと、ノルズとジスタは疲れ果てた様子で椅子に体重を預けた。

「我ら七将軍、これより攻略軍の再編成会議を始める」

 シュテンはそう言って椅子にぶら下げていた小槌で椅子の肘置きを叩いて音を鳴らす。すぐさまノルズの向かいに座っている、青い肌と金の長い髪を持つ女の悪魔が鼻で笑い飛ばした。

「シュテン殿は数も数えられないのか!ラダー将軍は人間風情に殺された!もうすでに六将軍ではないか!」

「セスナー将軍、無礼な言動は控えられよ」

 エクネスに嗜められた、セスナーという女の悪魔は、嫌味たっぷりに言葉を返した。

「事実を指摘したまでのこと!ゴマ擦りのエクネスには事実を認めることもできないようだがな!」

 侮辱されたエクネスは不愉快そうな表情を隠そうともしなかったが、何も言わない。セスナーは調子に乗って挑発を続けた。

「言い返せないか?そこの緑の無能のように黙りこくるだけか?同じ魔族の風上にも置けないな!」

 間接的に侮辱されたノルズは反射的に言い返していた。

「はっ、殺ししか考えられない低脳が偉そうに語りますなぁ」

「殺されかけたやつがどの面下げて言ってるんだ?」

 ノルズの言葉にセスナーはさらに挑発を重ねる。そのまま論戦が繰り広げられそうな空気を察して、シュテンは小槌を打ち鳴らした。

「やめないか!!我らは味方同士であろうが!」

「この程度の仲間ならいてもいなくても変わらんがな!」

 セスナーはシュテンに言い返す。シュテンは腹立たしそうにため息をつき、ノルズとジスタに話しかけた。

「ノルズ将軍、ジスタ将軍、中央戦線の状況を報告せよ」

「篤那川の拠点を星霊隊に奪われましたが、ダムを決壊させて中央戦線の進路を封鎖しました」

「これで中央戦線から攻められることはありませんよ」

 ノルズとジスタは報告する。その報告を聞き、向かいの席に座っていた白い肌の悪魔が手を挙げた。

「サロン将軍、発言を許可する」

「感謝します。それでご両名に伺いますが、こちら側の損害はいかほどでしょうか」

「ざっと2000、それ以外の兵は現在それぞれの戦線に輸送中です」

 サロンの質問に対し、ノルズは答える。サロンはそれを聞き、書類に目を通しながら呟くように話し始めた。

「拠点を失った上に兵も失いましたか。兵站の再構築、並びに兵力の再分配の必要がありますね」

「その点はサロン将軍にお任せします」

 サロンの言葉に、ノルズは淡々と答える。サロンは頷くのと同時に、ノルズに尋ねた。

「ところでノルズ将軍、わざわざここまでする必要はあったのでしょうか。損害に対して得るものが少ないように思います」

「中央戦線の人間はそちらの面々が相手している人間と違って我々に有効打を持つ連中です。ここまでする必要があるからこうしたのです」

「『臆病風に吹かれた』と言うだけで随分文字数を使うな?」

 ノルズの言葉に対してセスナーが嫌味で言い返す。ノルズはやや感情的になって言葉を返し始めた。

「まぁあなたと違って知能が高いですから」

「よく言う!高い知能とやらを持っているくせに何度人間に負けている?」

「言ってるあんたも北部戦線で散々人間から逃げてきたんだろ?」

 ノルズが言うとセスナーが立ち上がりノルズを殺そうとする。ノルズも立ち上がったが、それぞれの周りに座っていたメンバーたちが取り押さえる。それでもセスナーとノルズは激しく言い合い続けた。

「黙れ臆病者!!ありもしないことで私を侮辱する気か!」

「じゃあどうして北部戦線は押されている!?貴様がまともに指揮できていないからだろう!!」

「貴様ら中央の無能どもに我が兵士を持って行かれているからだ!!」

 シュテンは再び小槌を打ち鳴らすが、言い合いはずっと続いていた。



 ノルズとセスナーの言い合いは、本部の建物の外にいる悪魔の1体、サリーの耳にも聞こえてきていた。

(うわぁ…めっちゃ揉めてるよ…負け戦の時はいつもこう。こうなるとなー…)

 サリーはそう呟きながら周囲の悪魔たちを見る。暗い空気感が悪魔たちの間に流れているのが見てとれた。

(なんか、ここにいても楽しくないなぁ。このまま負けが重なったら、もっと嫌な空気になるだろうしなぁ)

 サリーはそう思いながら、背中に生えている羽を使って空を飛ぶ。宙に浮きながらサリーは、ふと思いついた。

(そうだ、コーキのとこ行こ)

 サリーはそう決めると、幸紀たち星霊隊がいる場所を目指し、上空を風に乗って飛び始めた。

(コーキのところでしばらく人間のふりでもして、ヤバくなったらまたこっちに戻ってこよっと)

 サリーはそう決めると、地上を見下ろしながら空を飛んでいく。


 数分飛んでいき幸紀たちの拠点まであと数分の場所に差し掛かると、人間たちが自動車で事故を起こしている現場がサリーの目に入った。

「しっかりして!お嬢さん!」

 自動車の運転手と思われる中年の女性が、年若い女性を介抱しながら叫ぶ。運転手の女性は必死になりすぎてサリーの姿に気づいていなかった。

(人間のフリをするんだったら、人間の体があったほうがいいよね。あいつの体、使わせてもらおっと)

 サリーはそう思うと、自分の体を黒い煙に変え、動かない年若い女性の体の中へと入っていった。

「あぁどうしよう、まだローンがあるのに…!どうか死なないで…!」

 中年の女性は涙ぐみながら腕の中で動かない若い女性へ言う。

 瞬間、若い女性は目を覚まし、軽快な動きで起き上がった。

「えっ!?」

「あ、どうも、大丈夫そうです」

 サリーが入っている若い女性は、笑顔でそう言って中年女性に言い、爽やかに歩いていく。中年女性は面食らって何もできなかったが、すぐに我に還って声を上げた。

「待って、警察呼ばないと!」

「あ、ごめんなさい、急いでるんで!講義遅れちゃうから!」

 若い女性はやはり爽やかに言うと、逃げるように走ってその場を去っていった。


「ふぅー、逃げ切った」

 先ほどの若い女性はそう言いながら人気ひとけの無い場所に来ると、ポケットの中から財布を取り出し、その中から自分の学生証を取り出した。

「ふーん、高崎たかさき綾乃あやのっていうのが私の名前ね」

 綾乃はそう呟くと、ニヤリと笑う。その瞬間、綾乃の足が止まり、綾乃の脳内でふたつの人格が話し合い始めた。

(あなた!私の体で何をしてるんですか!?)

 そう叫んだのは本来の体の持ち主である綾乃だった。怒鳴られたのは、綾乃の体に入り込んだサリーだった。

(ん?あぁ、あんたがこの体の本当の持ち主ね)

(何の話です!?あなたは誰ですか!早く出ていってください!)

(そんな怒らないでよ。私はサキュパスのサリー、悪魔の仲間ね。別に出ていってあげてもいいけど、そうしたら、あんた死ぬよ?)

 サリーの言葉に、綾乃は動揺する。サリーはニンマリしながら言葉を続けた。

(あんたが死にそうだったから助けてやったの。今日からこの体は一緒に動かすわけ)

(そんな…!)

(てことで、今日からよろしくね、綾乃)

 サリーは脳内で短く言い切ると、綾乃の体を操って歩みを進めた。

(待って、これからどこに行くの?)

(あぁ、知らない?星霊隊って連中。これからあいつらの仲間になりに行くよ)

(大学の授業があるのに…!)

(こっちのほうが面白いよ、きっとね)

 サリーは綾乃を一方的に論破し、綾乃の体を操って星霊隊の拠点を目指して歩き続けた。



 その頃、星霊隊の拠点である霊橋区の市庁舎には、激戦を終えてボロボロになった星霊隊のメンバーたちが戻ってきていた。

 幸紀は戦いでダメージを負った雪奈と心愛を両脇に抱えて、彼女たちの先頭を歩いていた。ふと彼が後ろを見ると、星霊隊の女性たちは互いに肩を持ち合いながら足を引きずるようにして前に進んでいた。

「あと少しだ!みんな頑張れ!」

 幸紀が言うと、星霊隊の女性たちは声を上げて答える。幸紀はそれを聞いて前に向き直った。

 幸紀たちが市庁舎に向けて歩いていると、市庁舎の入り口の扉が開く。同時に、市庁舎の中から2人のメイド服の女性が現れた。

「あれは?」

 幸紀の少し後ろにいた日菜子が幸紀に尋ねる。幸紀は少しニヤッとして話し始めた。

「大丈夫、侯爵のメイドたちだよ」

 幸紀が言うと、日菜子は安心したように肩を担いでいる相手である美雲に笑いかけた。

 メイド服の2人は幸紀の前まで駆け寄ると、幸紀に話しかけた。

「幸紀!大丈夫だった!?」

 茶色の短髪で、黒いメイド服の女性が尋ねる。幸紀は頷いた。

「ああ、真理子まりこ、一応皆生きてはいるが、負傷者が数名。連れていくのを手伝ってやってくれ」

「やっぱりね、今手伝います!」

 真理子と呼ばれた女性はそう言って星霊隊のメンバーたちの方へと駆けていく。幸紀は真理子を見送り、もう1人のメイドに尋ねた。

みやび、お前も手伝ってあげてくれ。それと、食事の方は?」

「食事の用意はできていますわ!わたくしが腕によりをかけたお料理がたくさんありましてよ!さぁ、お手伝いしますわ!」

 雅と呼ばれた金髪碧眼、白いメイド服の女性はよく通る声でそう言うと、負傷者のもとへ駆け寄っていった。

 真理子が水咲に担がれている焔のもとに駆け寄ると、焔はニヤッとして真理子を見た。

「復帰できたのね、副メイド長」

「遅くなっちゃったけどね。ほら、よりかかって!」

 真理子は明るく言って焔を受け取る。焔は真理子によりかかりながら、自分の部下である雅の方に目をやる。雅は輝夜、明宵、紅葉の3人のもとにきていた。

「お手伝いいたしますわ!」

「助かるよ。明宵のこと、お願い」

「お任せですわ!」

 雅が言うと、紅葉は明宵を雅に預ける。輝夜がそんな雅の横を歩きながら明宵に話しかけていた。

「明宵、この後雪奈さんと心愛さんのお祓いをしますので、お手伝いをお願いしますね」

「…了解しました」

 輝夜と明宵は短くやりとりをする。

 そうしているうちに、星霊隊のメンバーたちは市庁舎にたどり着いていた。

「治療が必要なものは向こうへ。そうでないものは先に食事を済ませてくれ」

 幸紀が指示を出すと、それに従ってメンバーは二手に分かれていく。幸紀はその様子を一歩引いたところから見守っていた。

「幸紀」

 そんな幸紀の後ろから、清峰が話しかける。幸紀はゆっくり振り向き、軽く会釈をした。

「侯爵」

「よく全員を無事に連れて戻ってくれた」

「それが任務ですので」

 幸紀が言うと、清峰は微笑む。そんな清峰の横を通り過ぎようとした日菜子を、清峰は引き留めた。

「日菜子、君も聞いてほしい」

「はい!なんですか?」

「新しい加入希望者が来ている。幸紀と日菜子は先に面接をしてほしい」

 清峰に言われると、日菜子は嬉しそうに顔をほころばせる。幸紀は意外そうに眉を上げた。

「わかりました!」

「いい返事だ。彼女たち2人は、応接間に来ている。早めに会ってあげてくれ」

「了解しました!」

 清峰は日菜子の返事を聞き、頷く。幸紀も清峰に対して頷くと、日菜子を連れて応接間へと歩き出した。


「それにしても、今度の加入希望者はどんな人なんだろう。楽しみですね!」

「そうだな」

 日菜子は明るく幸紀に尋ねる。幸紀は短く答えるのと同時に、普段は感じないような気配を感じていた。

(なんだ?妙な胸騒ぎがする…)

 幸紀が不安にも似た感情を覚えているのも知らず、日菜子は応接間の扉を開けた。

 水色の髪をした若い女性と、暗い緑色の髪をツインテールにした若い女性の2人が、部屋の中にいた。同時に、幸紀はツインテールの女性の方を見て、何かを察知した。

(この気配…サリーか…!何を企んでこんなところに…)

 幸紀は内心強く驚く。しかしそんなことも気にせず、ツインテールの女性は妖しく幸紀の方を見て微笑んだ。

「お待たせしました!2人とも、星霊隊に加入希望ということでいいんですよね?」

 日菜子は明るく部屋の中の2人に尋ねる。加入希望者である2人が頷いたのを見て、日菜子は続けた。

「それじゃあ、1人ずつ面接させてもらいます。どっちからやりますか?」

 日菜子が尋ねると、加入希望者の2人は互いに譲り合う。しかし、すぐに水色の髪の女性が折れ、ゆっくりと立ち上がった。

「私からです。お願いします」

「わかりました、行きましょう!」

 日菜子はそう言って幸紀と共に水色の髪の女性を面接会場である会議室へ連れていくため、廊下を歩き始めた。

 廊下を歩きながら、日菜子が一瞬件の女性の方を見ると、女性は左足を引きずって歩いていた。

「幸紀さん、あの人、脚が悪いみたいですけど…」

 日菜子は隣を歩く幸紀に声を潜めながら尋ねる。しかし幸紀は上の空だった。

「幸紀さん?」

「ん?どうした?」

 幸紀は釈然としない様子で尋ね返す。日菜子は幸紀の珍しい様子に驚きながらも話を終わらせた。

 日菜子が会議室の扉を開け、幸紀と水色の髪の女性を招き入れると、日菜子と幸紀は女性と向き合うように座った。

「じゃあ、お名前と職業、年齢を教えてください!」

 日菜子が言うと、水色の髪の女性は静かに名乗った。

小暮こぐれ晴夏はるかです。この間17になった高校生です」

「高校生なんだ」

 日菜子はそう言って晴夏との会話を続けようとする。日菜子は机の下でぼんやりとしている幸紀を小突く。その間に日菜子は晴夏に尋ねた。

「霊力は使えますか?」

「当然です」

「これ聞いていいかわからないんですけど…脚は大丈夫なんですか?」

 日菜子に尋ねられると、晴夏は一瞬俯き、そして顔を上げて答えた。

「霊力でカバーできます。普段は出しませんけど」

 晴夏は決して明るいとは言えない声色で答える。日菜子は話を切られ、気まずい空気感になりながら幸紀を机の下で小突いた。

(話が続かないよ…!幸紀さんもなんで何も聞かないの…!)

 日菜子は内心戸惑いながら質問を続けた。

「それじゃあ、どんな能力なのか、見せてもらえますか?」



 日菜子が晴夏と面接している間、食堂では清峰が治療を済ませたメンバーたちを相手に食事を振る舞っていた。

「さぁ、みんな心置きなく食べてくれ」

 清峰が言うと、昨日食事を取り損ねたメンバーたちは嬉々として食事を頬張り始めた。

 稲香もその例外ではなく、大きな声でいただきますと言うと、目の前に置かれたパンとハムエッグを口にかっこみ始めた。

「んめー」

「稲香くん、こっちに来てもその食べ方なんだね。もっと味わって食べればいいのに」

 稲香の隣に座っていた香純が呟く。稲香が気にせず食べ続けると、香純の逆隣に座っている麗奈が香純に尋ねた

「香純、私はこれに対してどのように何をすればいいのでしょうか」

「え?」

 香純は麗奈の質問の意図がわからなかったが、一瞬で理解して説明し始めた。

「お皿にあるものを、こうやって口に運んで、よく噛んで、飲み込む。人間はそれで栄養を摂ってるんだよ」

「麗奈、お前『食べる』ってやったことないのか?」

 香純と麗奈の会話に、稲香が入って尋ねる。麗奈は平然と頷いた。

「えぇ、私はアンドロイドだったので」

「え?スマホ?」

「違う違う、人造の機械人間みたいなやつだよ」

 麗奈の言ってることがわからない稲香に対し、香純が短く解説を入れる。気にせず麗奈は話を続けた。

「悪魔軍はおそらく私をスパイとして派遣するつもりだったのでしょう。私の体を人間にし、頭脳だけ電脳にすることで潜入と破壊工作を容易にする。そのために大勢の人間を虐殺しました。その時に、私の開発者である『児玉麗奈』も殺害されています」

「…マジかよ」

「私は悪魔軍のこの行動が許せません。なので、星霊隊の一員としてみなさんと協力したいと考えています。従って、さまざまな人間的な行動を教えてもらえると好ましいです」

 麗奈は無機質に稲香と香純の方を見て言う。香純は麗奈に言われると、微笑んで頷いた。

「もちろんだよ、麗奈。なんでも聞いてね」

「え、香純、お前も星霊隊に入るのか?戦うのは嫌だったんじゃ?」

 香純の態度を見て稲香は驚く。香純は微笑みながら首を横に振った。

「私もやることにしたよ。悪魔たちのやり方、許せないから」

 香純が真剣な表情で言うと、稲香は大笑いしながら香純の背中を叩いた。

「さっすが香純じゃねぇか!おめぇの言う通り、あんな連中許しちゃダメだ!こっちでも一緒に頑張ろうぜ!」

「ねぇ痛いんだけど、やめてってば」

「照れるなよぉ」

 稲香の笑い声が辺りに響く。香純は恥ずかしそうにしながらパンをちぎって食べていた。

 麗奈も香純の様子を見て、それを真似するようにパンをちぎり、自分の口へと運ぶ。慣れない様子で口に含んだパンを咀嚼し、飲み込むと、麗奈は無表情ながら眉を上げた。

「なるほど…この感覚が、『美味しい』…」

「当然!ですわ!」

 感想を呟く麗奈の横から、配膳を担当していた雅が言う。麗奈は初対面の雅を見て不思議そうに尋ねた。

「あなたは?」

「ここの料理長を務めています、宝城ほうじょうみやびですわ!そのパンはわたくしの特製です!美味しいのは当然でしてよ!」

「理解しました。食事を続行します」

 雅の話を聞き、麗奈は食事に戻る。雅は無心で食事に集中する麗奈の様子を見て、微笑みながら清峰と真理子のいる自分の席に戻った。

「真理子、雅、2人が戻ってきてくれて本当によかった」

 清峰は柔らかい表情で2人に言う。それを聞いた真理子は、笑顔で言葉を返した。

「侯爵にそう言ってもらえて光栄です!休んじゃった分は、バッチリ取り返しますよ!」

「期待している。部隊の他のメンバーとも、ぜひ交流を深めてくれ」

 清峰に言われ、真理子と雅は明るく返事をする。すると、清峰の背後から別のメイドが歩いてきて耳打ちした。

「すまない、何か連絡が来たようだ。雅、この料理はあとでいただく」

「またお申し付けくださいませ!」

 清峰は雅の声を背中で聞きながら、食堂を出るのだった。


「へー、あれが清峰ちゃんかー」

 2階の廊下から清峰の姿を見ていたのは、面接待ちの緑髪のツインテール、綾乃だった。

「前から聞いてはいたけど、あんな顔してたんだねぇ」

 綾乃が呟いていると、応接間の扉が開き、綾乃の前に面接を受けていた晴夏が部屋から出てきて綾乃の方へ歩いてくる。

「次、順番どうぞ」

「はい、ありがとうございます」

 晴夏に小さく礼を言うと、綾乃は応接間の方へと歩き始めた。

「私は晴夏さんは採用でいいと思うんですけど、幸紀さんはどう思いますか?」

「あぁ、俺もそれでいいと思う」

 応接間の扉越しに、日菜子と幸紀の会話が聞こえてくる。綾乃はそれを聞いて怪しく微笑むと、扉をノックした。

「どうぞ!」

 日菜子の声が聞こえてくると、綾乃は扉を開けて部屋の中に入る。綾乃は笑顔で日菜子と、そして幸紀の方を見た。

「どうぞ座ってください!」

 日菜子に言われ、綾乃は座る。その間に綾乃の中にいる悪魔、サリーは、幸紀に対してテレパシーで声を出さずに話しかけた。

(ハーイ、コーキ。会いに来ちゃった)

(ふざけるな、なんでこんなところにいるんだ)

 幸紀もテレパシーでサリーに答える。そんな2人のやり取りを知らない日菜子は、普通に声に出して尋ねた。

「じゃあ、お名前教えてもらっていいですか?」

「はい、高崎たかさき綾乃あやのです」

 綾乃が名乗ると、幸紀はテレパシーでサリーに尋ねた。

(なんだその名前?)

(乗っ取った人間の名前。変な名前だよねー)

「幸紀さん」

 幸紀とサリーがテレパシーで話していると、何も知らない日菜子が幸紀に声をかける。幸紀は我に還り、声に出して話し始めた。

「じゃあ高崎さん、あなたはどういう霊力が使えますか?」

 幸紀に尋ねられると、綾乃の中に入っているサリーは綾乃に尋ねた。

(さーて、あんた、どんな能力使えるの?)

(いや、能力なんてないですよ!)

(えぇ?そんなことないよ、ほら)

 サリーは勝手に綾乃の体を操り、右手を広げて霊力を集めると、次の瞬間、綾乃の右手にはボウガンが握られていた。

(なにこれ?)

 綾乃の意識はサリーに尋ねる。サリーは綾乃の体を操って声に出させた。

「こうやって飛び道具で相手を倒せます!」

 綾乃の体はそう言う。日菜子はそれを聞いて目を輝かせたが、幸紀は目を細めた。

「それじゃあ、質問を続けますね」

 日菜子はそう言って面接を続ける。綾乃は日菜子が目を逸らした隙に、幸紀へウインクを送った。

(これから面白くなるよ、コーキぃ?)

 サリーがテレパシーで幸紀に言う。幸紀は呆れたように頭を抱えた。



 十数分の面接を終え、幸紀と日菜子は2人で会議室に残って話をしていた。

「2人とも個性的でしたね。私は2人とも星霊隊に入ってもらいたいと思ってます。幸紀さんはどう思いますか?」

 日菜子は純粋な目で幸紀に尋ねる。幸紀はさまざまな思いを脳裏に巡らせていた。

(あの晴夏とかいう女は別にいい、片脚しか動かない人間なんてまともに戦力にならないから、いてもいなくても変わらない。だがサリーが憑依したあの人間はどうするべきなんだ?そもそもサリーは何を考えてここに来たんだ?)

「幸紀さん?今日どうしたんですか?」

 日菜子は幸紀に尋ねる。幸紀は軽く謝って誤魔化した。

「すまない、昨日の疲れがまだあるみたいだ」

「あぁ、まぁ、そうですよね。じゃあ結論も後回しにします?」

「いや、決めたよ」

 幸紀はそう言うと、脳内で改めてもう一度結論を出した。

(下手に断って好き勝手動かれるよりは、俺の監視下においた方がいい、だから)

「2人とも星霊隊に加入してもらおう」

「わかりました!じゃあ、もうすでに3人中2人賛成ですから、多数決で決まりですね」

 幸紀の言葉を聞き、日菜子は明るく言う。幸紀もそれに頷いた。

「それじゃあ、私2人に伝えてきますね!」

 日菜子はそう言って会議室を出ていく。

 1人になった幸紀は、疲労しきった様子で大きくため息を吐いた。

「はぁ…余計な苦労をかけさせやがって…」

 幸紀がひとり呟いたその瞬間、会議室の扉が開く。すぐさま幸紀は平然とした様子を取り繕った。

「失礼。幸紀だけか?」

 会議室に入ってきたのは清峰で、入ると同時に幸紀に尋ねる。幸紀が肯定すると、清峰は事務的に話し始めた。

「新しい任務が入った。全員に伝えたいので、後で日菜子を連れて食堂に来てくれ」

「了解しました」

「それと、新人はどうなった?」

「2人とも採用です」

「だったら新人2人も連れてきてほしい。今回の任務も厳しくなるぞ」

「わかりました」

 清峰は伝えるだけ伝えると、会議室を去っていく。幸紀はそんな清峰を見送り、椅子の背もたれに体重を預けてため息を吐いた。

「いょぉし、いくか」



 数分後、幸紀が食堂にやってくると、すでにほとんどのメンバーが集まっていた。約20人の星霊隊のメンバーたちの前方少し離れたところに座る清峰の隣の席へ、幸紀は腰を下ろした。

「遅くなりました!」

 日菜子も遅れて食堂にやってくる。日菜子の後ろには今回新たに加入が決まった綾乃と晴夏の姿もあった。

「待っていた。適当に座ってくれ」

 清峰に言われ、日菜子は綾乃と晴夏を案内しながら席についた。

 清峰は全員が座ったのを幸紀とともに確認すると、姿勢良く立ち上がった。

「これより今回の作戦について伝える」

 清峰の声が響くと同時に、星霊隊のメンバーたちに緊張感が走った。

「数時間前、北部戦線の方から救援要請があった。救援を要請してきたのは、我が国が誇る精鋭部隊、第一師団だ」

 清峰の言葉に、全員が息を呑む。清峰は続けた。

「星霊隊はこの救援要請に応じて、北部戦線に合流する」

「質問です」

 四葉が手を挙げる。清峰は話を止めて四葉に話をさせた。

「どうぞ、四葉」

「我々は今まで中央戦線を攻めてきました、それは今後どうなるのですか?」

 四葉の質問を、清峰は幸紀に合図を送り、幸紀に答えさせた。

「中央戦線はこれ以上攻められない」

「どうしてです?」

「先日の敵の作戦で通路を塞がれた。最短ルートで迂回するには5000m級の山を越えるしかないが、そこを攻撃されれば終わりだ。だから実質的に中央戦線からの進行は不可能になった」

 幸紀の言葉に、四葉も納得したようだった。清峰は幸紀が話し終えたのを見計らい、話し始めた。

「星霊隊は第一師団と合流し、北部戦線を攻め上がっていく。そのためにも、第一師団を救援する必要があるんだ」

 清峰が言うと、全員納得したような様子だった。清峰は頷き、改めてメンバーたちを見回した。

「質問は?」

 清峰の言葉に、誰も反応しない。日菜子はそれをみて勢いよく立ち上がった。

「ありません!作戦にかかります!」

 日菜子が言うと、清峰は頷き、その場を去っていく。幸紀はそれを見て、メンバーたちの前に立った。


 幸紀はメンバーたち全員に向けて話を始めた。

「さて、侯爵の言った通り、北部戦線へ救助に向かう」

「幸紀さん、待って」

 幸紀が話すと、璃子が立ち上がって話し始めた。

「今は治療中の人も多い。全員で救助に行くのは難しいと思いますよ」

「そうね、さらにこの辺りの復興作業もある。星霊隊はその護衛もしないと」

 璃子の言葉に、焔も怪我した箇所を庇いながら言う。日菜子はすぐに提案した。

「二手にわかれましょう。私が何人か連れて北部戦線の救助に行きます。残りはここで怪我の治療と、作業の護衛を!」

 日菜子が言うと、幸紀も頷く。日菜子はそのまま話を続けた。

「それじゃあ、四葉!」

 日菜子に呼ばれると、四葉は立ち上がった。

「はい!」

「昨日の戦いで、立派にみんなを指揮してくれたって聞いたよ。私がいない間、ここのリーダーを任せてもいい?」

 日菜子に言われると、四葉は感激したように目を見開いた。

「はい!任せてください!」

「それじゃあ、四葉、一緒にメンバー分けを決めよう。幸紀さん、みんなも、メンバー分けが決まったら連絡します!」

 日菜子が言うと、幸紀は頷き、日菜子に軽く忠告した。

「俺も加わる。30分で決めよう。他のメンバーはここで待機。新しく加入したメンバーと交流を深めてくれ。解散!」

 幸紀が言うと、四葉と日菜子は幸紀の方へ歩き出す。残りの20人以上の女性たちは、食堂の机を囲い、にこやかに話し始めた。



同じ頃 北部戦線 悪魔軍司令部

 ノルズは椅子に腰掛けながら手元のパッドを見ていた。


「・児玉麗奈(17歳)

・青白い髪色の元アンドロイド

・霊力を応用した弓を使用するが、あまり霊力は強くない

・元アンドロイドの頭脳が脅威になりうる


・幸田香純(17歳)

・赤白いポニーテールの異世界人

・霊力は全くないので霊力を纏った双剣を使っている

・基本的に脅威度は低い


・霧野由里(23歳)

・茶色の長髪とメガネ姿の女

・霊力、身体能力ともに高く、瞬間移動もする

・武器はクナイで動きも速いので要注意人物


・佐久間璃子(23歳)

・薄ピンク色の髪をした女

・人間界で医師をしている

・霊力は強力で、ハンマーを振り回す


・高崎綾乃(19歳)

・深緑のツインテール

・悪魔軍のサリーが憑依している

・霊力は弱め、武器はボウガンを扱う


・小暮晴夏(17歳)

・水色の髪をしている

・片脚が動かないが、霊力で動かしている

・鉱石を操る霊力を持つ、槍使い


・色川真理子(23歳)

・茶色の短髪で黒いメイド服を着ている

・霊力、身体能力共に高い要注意人物

・動きが素早いマシンガン使い


・宝城雅(19歳)

・金髪碧眼で白いメイド服を着ている

・霊力が高く、戦い慣れしている

・武器は扇子だが、戦いの幅は広い」


「おい、族のモヤシ野郎」

 ノルズが幸紀から送られた情報を見ていると、横から同じ部隊の指揮官であるセスナーがパッドを覗き込み、ノルズを睨んだ。

「なんだそりゃ?人間の娼婦か?」

「中央戦線にいた部隊に新しい敵が加入した」

「はっ!お前が負けた相手か!未練たらったらだな!」

 セスナーの挑発に、ノルズは呆れたようにため息をつくと、話を切り替えた。

「それで、セスナー殿、新任の指揮官である私にも、こちらの兵力についてお聞かせ願えますかな?」

 ノルズに言われると、セスナーは笑いながら話し始めた。

「現時点では500!もっとも、あの程度の人間どもなど、私と50の精兵がいれば十分踏み潰せるがな!」

 セスナーはそう言って今いる小高い丘のふもとに広がる森の方へ背中の大剣を抜いて構える。ノルズはセスナーが意気込むのを冷ややかな目で見ていた。

「敵は1万の精鋭と聞きました。しかも重戦車や無数の大砲もあるとか。果たしてたった500で勝てますかな?」

「ノルズ、貴様わかってて言っているのだろう?そんなもの、我らには通用しないと」

 ノルズの言葉に、セスナーは口元に笑みを浮かべながら言う。ノルズはセスナーの態度を見て、静かに頷いていた。

「それでは、お手並みを拝見しましょう」

「あぁ、地獄をみせてやろう」

 セスナーはそう言って後ろに控えていた数十名の部下たちを率い、丘のふもとに広がる森を目掛けて走り始めた。

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