第17話 活路
前回までのあらすじ
星霊隊のメンバーの大半は水没した篤那川の拠点に閉じ込められ、連絡も取れないように分断された。
日菜子はたまたま霊橋区にいた4人の女性の協力を取り付け、風花を偵察に派遣し、仲間を救出する作戦を立て始める。
しかし、幸紀が悪魔軍に連絡したことにより、悪魔軍は篤那川拠点への総攻撃を開始しようとしていた。
深夜、霊橋区の市庁舎の一室に、清峰、幸紀、日菜子、風花、そして今回星霊隊に協力する女性たちである、麗奈、香純、由里、璃子を合わせた8人が集まっていた。
「状況を説明します」
日菜子がそう言うと、8人の正面にあるモニターに、上から見た篤那川周辺の画像が映し出された。
「これが皆が閉じ込められている建物です」
日菜子は水に囲まれた小さな四角を指して言う。そのまま日菜子は続けた。
「敵の拠点は2箇所、右側の山のここと、左側の山のここです」
日菜子は改めて指差ししながら示す。拠点から少し離れたところに、拠点を挟み込むようにしてふたつの山があり、それぞれの山の中央を日菜子は指差していた。
「なんで二手に分かれてるのかしらぁ?」
「おそらくは拠点を攻撃する部隊と分断用の隔壁を操作している部隊を分けているものだと考えられます」
由里の疑問に対し、麗奈が冷静に言う。風花もそれに付け加えた。
「麗奈さんの予想は正しいと思います。拠点の中にいた四葉さんの報告では、上から見て左側の拠点から敵が来ているということでしたから」
「拠点を攻撃している連中を潰し、なおかつ隔壁を上げさせる。簡単なことね」
璃子があっさりと言う。しかし、香純が手を挙げて尋ねた。
「待って、拠点の中に負傷者とかいなかったの?」
「数名いました。私が出ていった後も攻撃されていたので、もっと増えているかも…」
香純の質問に風花が答えると、香純は俯く。そんな香純をあまり気にせず、幸紀が話し始めた。
「三手に分かれる必要があるな。攻撃部隊を止めるチーム、隔壁操作を奪うチーム、拠点の負傷者を手当てするチーム」
「現状において兵力の分散は危険です。負傷者は放置し、隔壁のコントロールを奪うために兵力を集中させるべきだと考えます」
幸紀の言葉に対し、麗奈が無機質に言う。すぐに日菜子が言葉を返した。
「ダメだよ!一刻を争う負傷者だっているかもしれないのに!」
「隔壁のコントローラーを防衛している敵の兵力がわからない以上、こちらの総力でぶつかるのが賢明と考えます。星霊隊の人員は補充も可能です」
麗奈はどこまでも無機質に言い切る。日菜子は感情的に言い返そうとしたが、幸紀が間に入って話し始めた。
「麗奈、負傷者の救出は行う」
「なぜですか」
「それによって敵の注意をそちらに向けることができるからだ。悪魔たちがすぐに美雲たちを皆殺しにしなかったのは、俺たちが動けないと思っていたから。その俺たちが動き出したと知れば、悪魔は必ず美雲たちを殲滅するために兵力を集中する」
「美雲さんたちを囮にして、手薄になった隔壁のコントローラーを奪うんですね?」
幸紀の言いたいことを察した香純が言う。幸紀は力強く頷いた。
「いいアイディアね。さすが場慣れしてる人は違うわ」
璃子は幸紀のアイディアを褒めると、すぐに風花の方を向いた。
「愛川さん、私を持って空を飛べる?」
「えっと…体重何キロですか?」
風花の質問に対し、璃子は咳払いで答える。風花は何かを察して話し始めた。
「ごめんなさいぃ…飛びます、飛びます」
「ということで、私と愛川さんで拠点に行きます。囮役も引き受けます」
璃子はニヤッと笑いながら幸紀に言う。幸紀は璃子の言葉を聞き、頷いた。
「負傷者を救出するチームは決まったけど、残りのふたつはどうします?」
由里が尋ねると、幸紀がすぐに答えた。
「日菜子と由里でひとチームだ。残りは俺が率いる。どちらにコントローラーがあるかわからないが、気合を入れてことに当たってくれ」
幸紀がそう言って話をまとめる。
「解散!」
幸紀が言うと、女性たちは声を上げながら立ち上がり、それぞれの自分の任務を果たすために歩き始めた。
篤那川の拠点の屋上で見張り役を任されているひかりは、水面の揺らぎ方が普通ではなくなっていることに気がついた。
「来る…!」
ひかりは激戦の気配を察知すると、声を張った。
「敵が来ます!!」
ひかりの声を聞き、建物の中にいた美雲たちは目を覚ます。ひかりは美雲たちが起きたのを見届けるより先に、悪魔が水面から飛び出してきたのを見ていた。
「悪魔か…相手になる」
ひかりは霊力で自分の武器である長柄の斧を作り出すと、飛びかかってくる悪魔に対し、それを振り上げ、黒い煙に変える。
しかし次々と水面から悪魔たちが飛び出してきており、ひかりはそれに取り囲まれるような形になった。
「ひかり!」
そんなひかりの名前を呼びながら、二菜が悪魔を倒しつつ、ひかりのもとにやってくる。それに続くように、戦えるメンバーたちが全員出てきた。
「輝夜と紅葉は東、四葉は私と西!焔さんと珠緒は北で、六華は状況に合わせて動いて!」
「美雲さん危ない!」
美雲が指示を出しながら武器である鎖を振るっていると、四葉の警告も虚しく、悪魔の一体が不意を突き、美雲の顔面を棍棒で殴り抜く。
「美雲さん!!」
倒れた美雲のそばに駆け寄りながら、四葉は美雲を殴った悪魔を剣で斬り倒し、美雲を助けた。
「大丈夫ですか、美雲さん!?」
四葉は倒れた美雲に声をかける。美雲は頭を抑えて横に振りながら答えた。
「うぅ…こんな可愛い顔に何してくれちゃってんのよ…」
「六華さん!美雲さんを!」
四葉は六華を呼び、自分に迫ってくる悪魔を剣で倒す。その間に六華は美雲のところまで走り、美雲を引っ張って建物の中へ隠れた。
メンバーたちの間に若干の不安がよぎったのを察した四葉は、声を張った。
「皆!自分の持ち場を守って!ここが正念場、凌げれば勝てます!!」
四葉の声に応えるように、全員声を張る。そんな四葉の背後に、水面から飛び出してきた悪魔が現れた。
「!」
「危ない!」
四葉を守るように、ひかりが斧を振り下ろし、悪魔を真っ二つにする。
「ありがとうひかり!」
四葉はひかりに礼を言う。ひかりはニヤリと笑って斧を構え直した。
「大丈夫、絶対に凌ぎ切ろう」
ひかりが言うと二菜も悪魔を倒しながら声を上げた。
「四葉、我らの想いは共にある!星霊隊として、想いの力の全てを尽くし、この果てない冥闇を切り開こう!」
二菜の言葉を聞き、四葉も改めて剣を構え直した。
美雲は六華に担がれながら四葉のそんな姿を横目で見ていた。
霊橋区では、出発準備を整えた幸紀たちがトラックに乗っていた。
「みんな、いくぞ」
幸紀はそう言うと、車のアクセルを踏む。風花と璃子は幸紀たちの乗ったトラックが去っていくのを見ると、風花は璃子の胴に腕を回した。
「それじゃあ、私たちも飛びます」
「えぇ、頼むわ」
風花は璃子の返事を聞くと、風を巻き起こし、上空へ飛び上がり、美雲たちのいる拠点に向かって飛び始めた。
トラックの助手席に座っている日菜子は、窓から風花と璃子が飛んでいくのを見上げた。
「風花たち、うまくやってくれるといいな」
日菜子はそう呟くと、後部座席を見る。楽しそうな表情の由里、無表情の麗奈、そして不安そうな表情の香純が並んで座っていた。
「ねぇ、幸紀さん、この剣で本当に私でも悪魔と戦えるんですか?」
香純は2本の鞘に納められたナイフを腰に差しながら尋ねる。幸紀はバックミラーでそれを見ながら頷いた。
「あぁ。霊力を込めておいたから、それで十分戦える。だが基本は護身用だ。戦闘は俺に任せて、コントローラーを探してくれ」
「悪魔って、殺しても罪になりませんよね?」
「あぁ」
「もし負けたら…どうなるんです?」
「犯されるか殺されるか。香純の霊力は控えめだから、殺されるだろうな」
幸紀は冷静に言う。香純は自分の鳥肌を抑えるように腕をさすり、話題を切り替えるために麗奈と由里に話を振った。
「麗奈と由里さんは、その、霊力って使えるの?」
「うん、余裕よ、営業のノルマ超えるより簡単だわぁ」
由里が冗談めかして答える。麗奈も自分の手を見ながら答えた。
「私もどうやら使えるようです。何もない空間から弓と矢を生成できるようですね」
麗奈はそう言いながら、両手にそれぞれ白い弓と矢を発現させる。香純は眉を上げて背もたれに体重を預けた。
「…やっぱり、異世界なんだな、ここ」
香純は独り言を呟く。それとほとんど同時に、幸紀はブレーキを踏み、車が止まった。
「着いたぞ。ハシゴをかける、手伝ってくれ」
幸紀はそう言って車から降りる。残りの4人もそれを手伝うために席から降り、荷台に回り込み、積載していたハシゴを伸ばしてトラックの目の前にそびえ立っている壁に立てかけた。
「それじゃあ私から行きます、皆、ついてきて!」
日菜子はそう言うと、ハシゴを登っていく。麗奈、香純、由里と日菜子の後に続いている間に、幸紀は自分の霊力を過剰にまとうことによって足を自由に動かせるようにした。
最後の幸紀がハシゴを登り終え、5人は壁の上にやってきた。
「2人くらいなら並んで歩けそうな幅がありますねぇ」
「好都合だな」
由里の言葉に、幸紀は短く返す。ふたりの会話に入るように、日菜子は指示を出した。
「それじゃあ、事前にチーム分けした通りにいきましょう。みんな、気をつけて!」
日菜子が言うと、他の人間たちは頷き、それぞれの目的地へ向かって動き始めた。
その頃、風花は璃子を抱えて篤那川拠点の上空までやってきた。
「派手にやってるわね」
美雲たちが振るう霊力による光で輝く拠点の屋上を見て、璃子が呟く。風花はそれを肯定しながら、高度を下げ始めた。
「着陸します!気をつけて!」
「望むところ」
璃子の返答を聞き、風花は一気に屋上を目掛けて急降下していく。
一方屋上で戦っていた四葉は、風向きが変わったことから風花が来たことを察して上空を見上げ、風花の姿を確認した。
「皆!助けが来ました!場所を空けて!!」
四葉は戦う仲間たちに向けて声を張る。四葉の声を聞いた星霊隊のメンバーたちはさらに力を入れて悪魔たちを押し返し、それによってできたスペースに風花と璃子は着地した。
四葉はやってきた風花と璃子のもとに駆け寄った。
「風花さん!助けに来てくれたんですね!」
「はい!こちらはお医者さんの璃子さんです」
風花は四葉に璃子を紹介するが、璃子は構わず霊力で右手に巨大なハンマーを作り出していた。
「伏せて」
璃子が低い声で四葉に言うと、四葉はその場にしゃがみ込む。璃子は四葉の頭上で巨大ハンマーを振るうと、四葉の背後にいた悪魔の一体を遥か彼方へ吹き飛ばし、さらに遠心力を利用してハンマーを振り下ろし、悪魔のもう一体を頭から叩き潰した。
「…本当にお医者さんですか?」
「えぇ、悪魔殺しも得意な、ね」
四葉の疑問に璃子は短く答えると、ハンマーを霊力の粒に変えながら四葉に指示を出した。
「患者のところまで案内して」
「了解しました、風花さん、ここの持ち場はお願いします!」
四葉は風花に持ち場を任せると、璃子を連れて負傷者の元へ走り、姿を消す。風花は霊力で自分の武器であるギターを発現させ、水から現れてくる悪魔たちと向き合い始めた。
一方、篤那川拠点を攻めている悪魔軍のリーダーの1人、ジスタは、拠点を囲む山のひとつの頂上から様子を見ていた。
「しかしまぁ、あのノルズが手こずるだけある。戦況は悪くないが、あいつらしぶといな」
ジスタがそう呟いていると、彼の胸元にある通信機が鳴る。ジスタは通信機を目もやらずに手に取り、拠点の様子を見続けた。
「ジスタだ、どうした?」
「ノルズだ。拠点への攻勢を強めろ」
「ほう?焦ってるな?」
「星霊隊の別動隊が隔壁のコントロールを奪いに来ている。急げ」
「言われずとも。コーキを後詰を出す。通信終了」
ジスタは短く言って通信を切る。同時に、近くにいたコーキにアゴで指示を出し、コーキに悪魔たちを率いさせて出発させた。
コーキは山の上にいるほとんどの悪魔たちを連れて水の中に飛び込み、拠点に向かって泳いでいく。ジスタはそれを見送ると、数人の部下たちに見張りを任せ、テントの中に入った。
「さて、俺は次の兵器でも考え…」
ジスタがそう呟きながら図面を広げたその瞬間、テントの外から悲鳴が聞こえてくる。ジスタは不審に思ってテントの外へと飛び出した。
「おい、どうした」
ジスタがそう言って尋ねると、ジスタの目には、悪魔を突き殺した幸紀の白刃が映りこんだ。
「おっと…」
ジスタは目をあげると、幸紀、麗奈、香純の3人がジスタの前に立っており、悪魔たちは皆倒されていた。
「ついてねぇな、仲間がほとんど出払ってるときに」
「全くだ。覚悟はいいな?」
幸紀はそう言って刀の切っ先をジスタに向ける。ジスタは両手を上げながら、麗奈の顔を見た。
「おや?可愛らしい顔だな?」
ジスタの言葉に、麗奈は首を傾げながら霊力で作った弓を構えた。
「その質問に意味はありません」
「いいや、あるよ。A-5007」
ジスタがそう言った瞬間、麗奈の表情が突然強張り、彼女の手は震え始める。それを見ていた香純は、麗奈の肩を叩いた。
「ね、麗奈、大丈夫?」
香純の質問も聞こえないのか、麗奈の表情は青冷め始め、重い汗が額に浮かび始めた。
「麗奈、ねぇ麗奈ってば!」
「へぇ、お前ら人間はその『機械』にそんな名前をつけているのか」
ジスタの言葉に、香純は訳がわからず聞き返した。
「『機械』?なんのこと言ってるの?」
「お前が『麗奈』と呼んでる、その女だよ」
ジスタがそう言うと、麗奈は頭を抑えながら倒れる。香純が麗奈を庇うようにして抱き上げると、幸紀は改めてジスタに刀を突きつけた。
「どういうことだ?」
「そいつは人間が作ったアンドロイドさ。そしてこの俺、ジスタ様が頭脳以外を人間にしてやった」
ジスタの言葉に補足するように、麗奈は声を振り絞った。
「…そのために…私の目の前で大勢の人間を殺した…!!霊力を供給させるために…拷問にかけて…!『麗奈』も、あなたが殺した…!!」
「さーて、霊力の供給源なんていちいち覚えてないんでな」
麗奈の言葉を嘲笑うようにジスタは言い返す。同時に、ジスタはバックステップして幸紀から距離を取ると、左腕に装着していた機械を操作する。瞬間、麗奈は頭を抑えながら、本人の意思に反して弓を構え始めた。
「幸紀さん!」
香純は驚いて麗奈を抑えようとするが、麗奈は香純を突き飛ばし、ゆっくりと弓を構え、香純に向けて矢をつがえた。
「い…や…だ…」
麗奈は震えながら弓を引いていく。ジスタはその様子を見てニヤニヤと笑っていた。
「電脳はいいねぇ。ちょっとコードを変えればこの通りだ。ほーら、A-5007、俺はお前に肉体を与えた父親だ。ちゃんと父親の言うことを聞け」
ジスタはそう言いながら左腕の機械を操作する。それによって麗奈は震える手で弓矢を構え、いつでも香純を射抜ける状態になった。
「麗奈、私じゃない、そいつを狙って!」
「…!!」
香純の声に反応して麗奈は狙いを逸らそうとするが、本人の意思とは無関係に、香純に狙いをつけていた。
「射ち殺せ」
ジスタは低い声でそう言う。
麗奈の手が弓矢から離れ、矢が飛んでいった。
「…!!」
香純が目を開けると、麗奈の弓はジスタの方を向いており、麗奈の放った矢はジスタの左腕に突き刺さっていた。
「くっ…こいつ…俺に歯向かいやがって…!!俺が人間にしてやったんだぞ、この恩知らずが!」
「倫理に反するものなど必要ありません...!!」
ジスタの言葉に麗奈も言い返すが、すぐにジスタによって操られ、頭を抱えて倒れ込む。香純はすぐに麗奈を抱き上げた。
「あんた…最悪だね…!正々堂々自分で戦いなさいよ!こうやって女の子を使うんじゃなくて!!」
「知るか」
香純が怒りに任せて言うが、ジスタは静かに言い切り、腰に下げていた道具を地面に叩きつけた。
「まずい」
幸紀は香純と麗奈を抱き抱えて伏せる。次の瞬間、強い光が辺りを包み、その間にジスタはその場から逃げていった。
幸紀はすぐに立ち上がるが、すでにジスタはその場から消えていた。
「逃げられたか」
幸紀が呟く。同時に香純は周囲を見回し、こちらには壁のコントローラーがないことを理解した。
「幸紀さん、ここにコントローラーはないみたいですよ。しかも、麗奈も気絶しちゃってるし…」
「…あぁ、一度休もう」
幸紀はそう言うと、香純と麗奈を連れてその場にあったテントの中に入った。
篤那川の拠点では、押し寄せる悪魔たちを相手に、星霊隊のメンバーたちが奮戦していた。しかし、長時間にわたる戦闘により、彼女たちは疲労しきっていた。
「はぁ…はぁ…」
「気を抜かないで!まだ来ます!」
四葉はメンバーたちを励ます。だが声をあげている四葉自身も、霊力で作った剣で体を支えている状態だった。
そんな時、水面から悪魔の1体が飛び出してくる。四葉たちが立つ屋上の真ん中に、鬼の仮面と黒いコートを身につけた剣士が立った。
「あれは…」
「コーキ…!私がやる、下がっていて!」
焔はそう言うと、現れたコーキに向けて走り出す。それと同時に、無数の悪魔たちが水面から飛び出してくると、メンバーたちを取り囲んだ。
「殺せぇええ!!!」
悪魔たちが声をあげて四葉たちに迫ってくる。四葉は悪魔の攻撃を受け止めながら、声を張った。
「頑張ってください!!耐えられます!!」
四葉の号令に従って、星霊隊の女性たちはそれぞれの自分の武器を振るい始めた。
その頃、日菜子と由里は幸紀たちとは別の山にやってきていた。
日菜子と由里は木の陰に隠れ、こちらの山の拠点にいる悪魔軍の指揮官、ノルズの様子を見張っていた。
「ねぇ由里さん、あれ、たぶんコントローラーですよね?」
日菜子は双眼鏡を渡しながら由里に言う。由里は双眼鏡で様子を見て、いかにも巨大なレバーがあるのを確認した。
「たぶんそうでしょうけど、露骨すぎるくらいだわねぇ」
「どうにかしてあれを操作しましょう。いけますか?」
日菜子が言うと、由里はニンマリと笑って眉を上げる。日菜子は由里の表情を見て頷くと、2人は足音を立てないようにしながらノルズの方へと進み始めた。
一方のノルズはそんなことを知らず、ジスタからの通信を聞いていた。
「なんだってジスタ?」
「飼い犬に手を噛まれた。俺は先に帰らせてもらうぞ」
ノルズはジスタの言葉に呆れたようにため息を漏らす。ノルズは通信機を胸元にしまうと、周囲に控えていた数体の悪魔たちに指示を出した。
「警戒を続けろ!攻撃部隊の指揮は俺が執る!」
ノルズはそう言うと、ふと後ろに振り向く。隔壁操作用のレバーを握りしめている由里と目が合った。
「あ、どーも」
「誰だ貴様!」
ノルズは腰のサーベルを抜きながら由里を斬ろうとするが、由里はレバーを操作すると、軽い身のこなしであっさりとサーベルを回避した。
「こいつ!」
ノルズはレバーに駆け寄ろうとするが、由里が霊力で作り出した手裏剣を投げつける。手裏剣は直撃しなかったが、その間に由里は煙を発生させて姿を消した。
「くっ、者ども、追え!」
ノルズはそう言って部下たちに由里を追わせようとするが、その部下たちは悲鳴を上げる。見ると、回り込んでいた日菜子が部下たちを片付けていた。
「なにっ」
ノルズは日菜子と目が合う。日菜子はじっとノルズを睨んで籠手に守られた拳を構えた。
「これはこれは…!」
ノルズは部下もいない状況で日菜子と由里に挟まれ、追い詰められたのを自覚した。
ノルズの耳元に、隔壁が下がる音と、拠点を沈めていた水が引く音が聞こえてくる。ノルズは作戦の失敗を悟った。
「覚悟しなさい!」
日菜子はそう言って拳を振り上げる。その瞬間、ノルズは持っていたサーベルを投げ捨て、その場に膝を折り、泥の中に頭を突っ込むように土下座をしながら懇願した。
「頼む!この通りだ!命だけは、命だけは見逃してくれぇえ!!」
予想外の出来事に、思わず日菜子の動きが止まる。日菜子は迷いながら由里の方を見た。
「気にしなくていいんじゃないですかぁ?やっちゃいましょ」
由里はそう言うと、霊力でクナイ(忍者用の短剣)を作り出し、ノルズの首を掻っ切ろうと近づくが、日菜子はそれを止めた。
「待って由里さん!悪魔がこんなことするなんて変だよ、何かあるんじゃ…」
「悪魔の事情なんて知らないですよぉ、よそはよそ、ウチはウチです」
「でも悪魔のことを知れたらもっと任務が簡単になるかもしれないよ?」
日菜子と由里が話している間に、ノルズは泥の中の通信機で緊急信号を発する。それを察知した由里は改めてノルズの首元にクナイを突きつけた。
「知ってることはなんでも話す!この通りだ!殺さないでくれぇ!」
「どうします、日菜子ちゃん?」
由里は日菜子に尋ねる。日菜子は悩みながらノルズを見下ろしていた。
コーキは篤那川拠点の屋上で、自分たちを囲んでいた水がどんどんと引いていくのを目撃していた。同時に、自分の胸元にしまっている通信機が緊急信号を受信しているのに気がついた。
「潮時か」
コーキは胸元の通信機を取り出しながら呟く。コーキはそのまま周囲を見回し、率いていた悪魔のほとんどが全滅していることに気づいた。
そんなコーキの顔面に、焔の炎を纏った蹴りが飛んでくるが、コーキはあっさりとそれを回避し、逆に焔の腹に強力な肘打ちを叩き込んだ。
「ぅぐっ…」
怯んだ焔の髪を掴みあげ、コーキは声を張った。
「おい!小娘共!」
コーキが言うと、敵をほとんど殲滅した星霊隊のメンバーたちはコーキの方へ振り向く。コーキは焔を締め上げながら、彼女の首元に刀を突きつけた。
「そこを動くな、この女が死ぬぞ」
「構わないわ…私ごとやりなさい!」
焔の言葉に、コーキはより強く焔の髪を引っ張る。四葉がすぐにひかりに目配せをすると、ひかりがコーキの背後から斬りかかる。コーキが咄嗟にひかりの攻撃を受け止めると、その間に四葉がコーキへと駆け寄ってタックルし、焔を解放させた。
同時に、六華がコーキに銃撃を浴びせる。しかし、コーキはそれを刀で弾くと、拠点の屋上から飛び降りて逃げていった。
星霊隊のメンバーたちは、コーキを見送るのと同時に、自分たちを囲んでいる水が引き、さらに悪魔たちを追い払えたのを目に見えて実感した。
「勝った…!勝ったんだ…!!」
四葉が思わず叫ぶと、他の女性たちも心からの歓声を上げる。感極まって涙ぐむもの、抱き合うもの、天を仰いで生を実感するものなどがいる中、四葉は1人膝から座り込んだ。
「よかった…!本当に良かった…!!」
一方の日菜子は、ノルズを立たせ、左腕で木の幹に追い詰めながら、ノルズに尋問を始めていた。
「あなたは何者?」
「俺はノルズ、ただの
ノルズは必死の様子を装って叫ぶ。日菜子はノルズの発言がよくわからず聞き返した。
「怪の一族?なにそれ?」
「日菜子ちゃん、きっとテキトー言ってるのよ、真面目に聞くだけ無駄だわ、さっさとやっちゃいましょ?」
日菜子の隣で、由里がクナイを発現させてあっさりと言う。ノルズは由里のクナイを見て大袈裟に悲鳴を上げた。
「落ち着いてノルズ、情報を吐いてもらうまで殺さないから、質問に答えて!」
「あぁ、残念ながらそりゃ無理そうだな」
日菜子の言葉に対し、ノルズが突然冷静になって言う。
日菜子と由里は顔を見合わせ、同時に気配を感じ取ると、ノルズを離してその場から転がった。
2人がいた場所に、鋭い斬撃が疾る。日菜子と由里が見ると、コーキが右手に刀を握って立っていた。
「…!」
「遅いじゃないか、コーキ」
思わず冷や汗を浮かべる日菜子と対照的に、ノルズは満面の笑みを浮かべながらコーキのもとへ歩いていく。
すぐさま由里がクナイを構えた。
「待って由里さん!!」
日菜子の叫びよりも、由里がクナイを投げつけるよりも早く、コーキの左手が由里の首を掴んでいた。
「!!」
コーキはそのまま由里を地面に叩きつける。同時に、地面に倒れた由里を突き刺そうと刀を振り上げていた。
「ダメっ!!」
日菜子は絶叫すると、コーキにタックルを浴びせる。コーキは由里を刺そうとしたが、姿勢を崩して失敗した。
コーキは日菜子に刀を向けるが、ノルズがコーキを制止した。
「これ以上はやらんでいい。引き上げるぞ」
コーキはノルズの指示に従うと、コートをたなびかせながら日菜子と由里に背を向け、歩き出す。ノルズも同時にコーキの隣を歩いた。
「待て!!」
日菜子が叫ぶ。ノルズは足を止めると、少しだけ日菜子の方に向いて言い放った。
「ここでの勝利はくれてやる、星霊隊。だが、大局的に勝っているのは俺たちだ。そのこと、決して忘れるな」
ノルズはそう言って去っていく。日菜子はノルズを追おうとしたが、由里が心配でそちらに駆け寄った。
「大丈夫由里さん?」
「…大丈夫ですよぉ、日菜子ちゃん」
「よかった。じゃあ、みんなのところに戻りましょう」
日菜子はそう言って由里の肩を担ぐと、霊橋区の拠点を目指して歩き始める。
彼女たちが行く先を、夜明けの光が照らし出していた。
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