第16話 水没
前回までのあらすじ
星霊隊は篤那川の拠点を調査中、正体不明の女性である麗奈と異世界から来た香純を保護する。さらに新たな加入希望者である由里と璃子も日菜子の面接を受ける。
しかし、ほとんどのメンバーが篤那川の拠点にいるそんな最中、ノルズの計略によって拠点は水没させられ、孤立してしまった。
篤那川拠点水没から30分後 霊橋区 市庁舎
清峰は作戦室に日菜子と幸紀を呼んでいた。
「幸紀、状況を報告してくれ」
清峰に言われると、幸紀はメイドたちから上がってきた報告を読み上げた。
「はい。ドローンを使って上空から偵察したところ、篤那川拠点の2階から下は全て水没している模様。さらに、霊橋区と篤那川拠点を行き来する通路を封鎖する高さ15メートルの壁が現れたため、陸路での救出は非常に難しくなっています」
「他に何かあるか?」
「悪魔軍は対空砲を使用しているため、調査終了後すぐにドローンは破壊されました。これ以上はありません」
幸紀からの報告を受けて、清峰は頭を抱えながらため息をついた。
「こんなに大規模な罠を仕掛けてるとは…」
「連日の雨を溜め込んでいたのでしょう。こうしてしまえば中央戦線から攻めるのも難しくなる。我々の足止めも兼ねて、最初から考えていたのでしょうね」
「そんなこと言ってる場合じゃないです!急いで美雲たちを助けないと!」
幸紀の言葉に対し、日菜子が思わず感情的になりながら声を上げる。清峰はそれを宥めるように声をかけた。
「日菜子、落ち着くんだ。今拠点と連絡を取れるか試している。君は今ここにいる4人の女性に協力を仰いでくれ」
清峰の言う4人の女性とは、篤那川拠点の地下にいた麗奈、異世界からやってきた香純、加入希望者の由里、風花の医師である璃子の4人のことだった。
日菜子は清峰の言葉に落ち着きを取り戻した。
「…わかりました!4人を作戦室に呼んできます!」
「あぁ、美雲たちと連絡を取れたら伝える」
清峰の言葉を聞いて日菜子は頷き、部屋を出て走り出した。
「幸紀、この間に作戦立案を」
「了解しました」
幸紀は短く返事をすると、篤那川周りの地図を見て作戦を考え始めた。
同じ頃、水没した篤那川拠点にいた星霊隊のメンバーたちは拠点の最上階である3階に逃げていた。
2階までは完全に水没しきっていたが、3階は床も浸水しておらず、全員収容できるだけのスペースもあった。
「とりあえず全員いるか確認しようか。いない人いる?」
美雲がその場を仕切って全員に尋ねる。メンバーたちは互いに顔を見合わせて確認し合った。
「日菜子さんと風花さんを除いて、全員いるみたいです」
珠緒が美雲に報告する。美雲はそれを聞いてうなずいた。
「OK、ま、うちのお姉ちゃんは不死身だから、きっと霊橋区の方にいると思う。私らもさっさとここからオサラバしちゃおう」
「作戦があるのですか?」
美雲の言葉に、輝夜が尋ねる。美雲はニヤッと笑いながら話し始めた。
「ふたつあるよ。ひとつは、ここを攻略したときみたいに、水咲さんの霊力を明宵ちゃんが強化して陸路を作るやり方。もうひとつは、雪奈ちゃんが辺りを凍らせちゃうってやり方。どう?」
美雲のアイディアに、全員が目を輝かせる。
「美雲さん!私に任せてください!みなさんが帰れるような橋、作ってみせます!」
「それよりも私が道を作る方が早いわよ、きっと」
「…それは私の協力ありきですけどね」
名前を出された雪奈、水咲、明宵が、得意げな表情で言う。美雲は作戦の成功を確信してニヤリと笑った。
「それじゃ、さっそく屋上にいこっか」
屋上にやってきた美雲たちは、辺り一面に広がる水を見下ろしながら雨に打たれていた。
「これ以上雨を浴びたら風邪引いちゃうよ、さっさと帰ろう」
美雲が軽口を叩くと、水咲、明宵、雪奈がお互いに顔を見合わせ、今立っている屋上の縁まで歩き、足下に広がる水を眺めた。
「…始めます」
明宵はそう言うと、水咲の背中に手を置き、水咲の隣に立つ。水咲は明宵の手から霊力を受け取りながら自分の鞭を水に垂らした。
その間に雪奈も自分のステッキを発現させ、自分の正面にステッキを構えた。
水咲の鞭が垂らされている場所から、徐々に水が横に引いていく。さらに、雪奈の目の前の水面も少しずつ凍り始め、霊橋区と自分たちを分断している壁の方まで伸び始めていた。
「この調子ならすぐだね」
美雲がやはり軽口を叩いたその時だった。
「ヒャッハァ!!」
濁った水の中から声を上げながら現れたのは、悪魔だった。その悪魔は水面から飛び出ると、真っ直ぐ明宵へと飛びかかった。
「!!」
霊力を水咲に分けていた明宵は飛びかかってくる悪魔に対応できず、押し倒され、馬乗りされ、強烈なビンタを浴びせられた。
「明宵!」
突然の出来事に、思わず全員が明宵の方を見る。すぐさま輝夜が日本刀を発現させ、抜き放ちざまに悪魔を真っ二つにして明宵を助け出した。
「大丈夫ですか!?」
雪奈も自分の作業の手を止め、思わず明宵の方に振り向く。
その瞬間、雪奈の背後の水面から、悪魔が飛び出してきた。
「うぉおおお!!」
雪奈が振り向くよりも早く、新手の悪魔は雪奈を抱き抱えた。
「いやっ!!」
「ハッハァ!」
悪魔は高笑いを上げながら、雪奈を抱えたまま背中から水面に落ちていった。
「雪奈ちゃん!!」
六華と心愛が状況に気づいてそちらに駆け寄る。六華は膝立ちになってライフルを構え、心愛はそのまま水中に引きずり込まれた雪奈を助けるために水の中に飛び込んだ。
同時に、六華は雪奈を捕まえた悪魔に狙いを定め、引き金を引く。放たれた銃弾は水中にいる悪魔の頭を正確に撃ち抜いた。
解放された雪奈を、心愛が泳いで助け出し、水面に出る。
「誰か!早く!!」
「掴まって!!」
助けを求める心愛の声に答えるように、美雲が鎖を発現させて水面に垂らす。心愛は鎖に向けて泳ぎ始めるが、その心愛の背後から悪魔が数体泳いで追ってきていた。
「振り向かないで!片付ける!」
心愛に対して六華が声をかけると、心愛に迫ってくる悪魔たちを撃ち抜き始める。同時に珠緒も六華の隣に立ち、霊力で発現させたナイフを投げつけて六華に協力し始めた。
その間に心愛はなんとか美雲の鎖まで泳ぎきった。
「掴んだ!」
「引き上げるよ!」
「手伝います!!」
四葉、ひかり、二菜が美雲を手伝って鎖に掴まった心愛と雪奈を引っ張り上げていく。そんな美雲たちを邪魔しようと悪魔が水面から飛び出して屋上で暴れるが、輝夜、紅葉、焔、稲香がそれぞれの武器を振るってその悪魔たちを倒し、黒い煙に変えた。
「美雲ちゃん!」
六華がライフルで悪魔を狙撃しながら美雲の名を呼ぶ。美雲たちは心愛と雪奈を回収していた。
「OK!全員中に入って!」
美雲が指示を出すと、その指示に従って全員撤収を始める。しかし相変わらず悪魔たちは水面から屋上に飛び出してきていた。
「最後は任せろ!手伝ってくれよ、紅葉!」
稲香が撤収する列の最後尾に立って悪魔を殴り倒しながら紅葉に言う。紅葉もその隣でヌンチャクを振るって悪魔を倒すと、美雲に笑いかけた。
「ここは任しときな。あんたらはさっさと引き上げちゃって!」
「ごめん、頼むわ2人とも!」
美雲は小さく謝ると、稲香と紅葉の2人以外のメンバーたちを連れて屋上から建物の中に逃げていく。
その間に、稲香と紅葉は屋上の上に現れた悪魔たちを一掃したが、水の中にはまだ悪魔たちがいるのが見えた。
「紅葉、下がってろ!あいつらまとめて片付けてやる!」
稲香はそう言うと、トンファーを握った右手を水面へ向けた。
「おらよ!!」
トンファーから放たれたのは、青白い電流だった。電流は水に直撃すると、水中に潜んでいた悪魔たちを感電させ、黒い煙に変えた。
「やるねぇ、稲香」
「はっ、当然!さ、美雲たちのとこにいこうぜ!」
紅葉の褒め言葉に気をよくした稲香は、明るくそう言う。紅葉も明るく返事をすると、2人は足早に建物の中に戻って行った。
稲香と紅葉が建物の中に戻ると、美雲が2人に声をかけた。
「2人とも、大丈夫だった?」
「あぁ、オレの力で全部感電させてやった。しばらくは悪魔どもも来れないだろ」
明るい稲香の言葉に対し、他のメンバーたちの空気は暗かった。
「なんだ?まさか、雪奈とかが死んだんじゃ…」
「いいえ、死者はいません」
稲香の最悪の想定に対し、輝夜が静かに答える。輝夜はそのまま言葉を続けた。
「しかし…明宵は重傷で、雪奈さんと心愛さんは水から上がったあとに気絶…そのまま目を覚ましません」
「なんで?」
「水の中に強力な邪気が込められていました。これはまともに浴びれば死んでいてもおかしくないものです。軽くお祓いをしたのでしばらくは大丈夫のはずですが…このままではいつまで保つかわかりません。目を覚ますかどうかも…」
輝夜の説明に稲香も言葉を失い、ほとんどのメンバーは状況を理解し黙り込む。そこに追い打ちをかけるように水咲が鼻で笑い飛ばした。
「前髪ちゃんとおチビちゃんがこれじゃここからは出られないわね。挙句ピンクツインテールちゃんもこれだから、傷は治せない」
「じゃあ、しばらくここに籠っていればいいんじゃ?」
水咲の言葉に、紅葉が尋ねる。水咲はそれを聞き、鼻で笑い飛ばした。
「教えて差し上げて、メイド長?」
水咲に言われ、焔は気まずい表情をしながら話し始めた。
「…残念ながら、ここには食料も水もない…1日分も..」
焔の報告に、紅葉と稲香は目を見開き、焔に迫った。
「どういうことだよ、さっきたくさん運びこんでたじゃねぇか?」
「全部流された…こんな状況を予想できなかった私の責任よ…」
焔は稲香の質問にうつむきながら答える。誰も何も言えない空気感の中、四葉が立ち上がって声を張った。
「今は誰のせいだとか言っている場合ではないと思います!きっと、リーダーや東雲さんが助けに来てくれるはずです!連絡を取ってみるべきだと思います!」
四葉は胸を張って言う。四葉の言葉を聞き、美雲は顔を上げた。
「そうだね。お姉ちゃんに連絡取ってみよう。皆はそれまでは…」
美雲が指示を出そうとすると、外から窓を思い切り叩くような音が聞こえてくる。メンバーたちがその音に驚いて振り向くと、悪魔が水面から顔を出し、頭突きや棍棒を振り回すことで窓を割ろうとしていた。
「破られるんじゃ…!?」
珠緒が不安になって呟くが、美雲は冷静に言葉を返した。
「大丈夫、かなり頑丈な防弾ガラスだから、すぐには割られないはず」
それを聞いた四葉は提案した。
「だったら今のうちにお布団やベッドを探して、休めるようにしましょう!体力を温存できますから」
四葉の指示を聞いて、メンバーたちはそれぞれ散らばり、使えそうな道具を探し始める。美雲と四葉は部屋の中央に腰掛けると、通信機で日菜子と連絡を取り始めた。
「もしもしお姉ちゃん?聞こえる?」
美雲は通信機に向けて声を発するが、通信機の向こうからは何も返ってこない。
「お姉ちゃん?ねぇ、ねぇってば…!」
「…繋がりませんか?」
四葉の質問に対し、美雲はため息混じりに頷いた。
美雲はそのまま天井を眺める。白い蛍光灯が部屋を照らしていたが、外はほとんど暗くなり始めていた。
「…四葉ちゃん、って言ったっけ?」
美雲は四葉に尋ねる。四葉が頷くと、美雲は小さく笑いながら話した。
「可哀想にね。最初で最後の任務がこれだなんて、相当ツイてないよ?」
美雲の言葉に対し、四葉は少しも笑わずに答えた。
「そんなことありません!私は諦めてないです!」
「でも冷静に考えてみなよ?脱出手段は無し、食糧と水もないから籠城もできない、水に触るのもアウト。外と連絡も取れない。これ、手詰まりでしょ?」
美雲が冗談めかしながら諦めたように言うのに対し、四葉は首を横に振った。
「まだ諦めちゃいけないです!もし日菜子さんがここにいたら、きっとそう言うと思います!」
「四葉ちゃん、もうやめなよ。お姉ちゃんだってきっと諦める」
「そうは思いません!霊橋区の奪還、防衛、白鷺町での鎮圧作戦、そして今回の篤那川攻略作戦、ひとつだって日菜子さんが諦めたものがありますか!?」
四葉に言われ、美雲は黙り込む。四葉はそのまま続けた。
「答えはNOです!日菜子さんは絶対に諦めなかったはずです!だから不可能と思われた作戦も可能にできた!私はそう信じます!だから私も諦めません!誰よりも尊敬している人が諦めないなら、私だって諦めない!」
四葉は立ち上がると、美雲に手を差し伸べた。
「だから美雲さん、あなたの力を貸してください!この状況をひっくり返すためには、あなたの力が絶対に必要です!」
四葉はメガネを掛け直しながら、美雲に対して力強く訴える。美雲は四葉の顔を見上げ、目の前にある四葉の手を見る。四葉の手は、小さく震えていた。
「…ふっ、全く、新入りのくせに強がっちゃって」
美雲はそう言うと、四葉の手を取って立ち上がった。
「そうだね、四葉ちゃんの言うとおり、お姉ちゃんなら諦めないと思う。救助がくるまで、頑張って持ちこたえる方法を考えてみよっか。その震える手で」
美雲はそう言って笑顔を作る。四葉は恥ずかしがって自分の手を後ろに回した。
「でも今は、寝る準備でもしよっか。このままじゃどうにもならないし」
「はい!」
美雲と四葉は言葉を交わすと、一度その場を離れて寝具を探し始めた。
同じ頃、霊橋区の市庁舎の作戦室では、清峰、幸紀、日菜子の他に、篤那川で保護した麗奈、香純、星霊隊の加入希望者としてここに来ていた由里、璃子の7人が集まっていた。
「4人とも、集まっていただいてありがとう」
清峰が星霊隊ではない4人の前に立ち、挨拶をする。清峰の深刻そうな空気を知ってか知らずか由里が話し始めた。
「いーえー、全然大丈夫ですよぉ。なんせ私は星霊隊に入りにきたんですからねぇ。侯爵の命令があればどこにだってなんだって…」
「ご用件はなんですか」
由里の言葉を遮り、璃子が低い声で尋ねる。日菜子が本題を話し始めた。
「今、私たちの仲間が危険な状態なんです!皆さんに助けるのを手伝ってもらいたいんです!」
日菜子が言うと、香純が手を挙げて尋ねた。
「手伝うって…まさか戦うの?」
「可能性は高い」
幸紀が低い声で言うと、香純は息を飲み俯く。一方で香純の席の反対に座っていた璃子はわずかに微笑んだ。
「上等。一匹でも多く潰してやるわ」
「非合理的な判断です」
何も言わないでいた麗奈が突如立ち上がり、無機質に言う。日菜子たちが全員麗奈の方を向くと、麗奈は続きを話し始めた。
「現在のこちらの状況、および向こうにいる星霊隊の状況を考えれば、救出作戦の実行は困難。新たに星霊隊のメンバーを補充した方が効率的です」
「それはあまりにも優しさがないんじゃないのぉ?」
麗奈の言葉に、由里が言う。麗奈は首を傾げた。
「『優しさ』とはなんでしょうか?」
「えぇ?んー、思いやりとか、心遣いとか…」
「理解できません」
「不思議ちゃんねぇ。記憶が飛んで人の心も忘れちゃったの?」
由里と麗奈が言葉を交わしていると、痺れを切らした日菜子が声を張った。
「今はそんなことより!早く皆を助けないといけないんです!やるのか、やらないのか!早く言ってください!」
日菜子が大きな声で言い、机を殴りつけると、全員日菜子の方を見る。日菜子は後悔したように首を横に振った。
「あぁ、ごめんなさい…つい感情的になっちゃって…」
「いーえー、私たちも悪かったわ。私はやりますよぉ、なんでも命令してね、日菜子ちゃん」
自己嫌悪に陥る日菜子に、由里が声をかける。すぐに璃子も賛成した。
「リーダー、私もやります」
璃子の返事を聞き、幸紀は麗奈と香純の方に目をやった。
「どうする?無理強いするつもりはないが、仮に協力してくれるなら、戦闘能力が未知数な2人に合わせた任務を任せたい」
幸紀は麗奈と香純に尋ねる。香純は悩んでいたが、改めて幸紀に尋ねた。
「稲香くんは…向こうにいるんですよね?」
「そうだな」
香純は幸紀の言葉を聞くと、俯いていた顔を上げた。
「…やります」
「ありがとう」
香純の返事を聞き、幸紀は礼を言う。すると、麗奈も無表情のまま幸紀に言った。
「幸紀、私もやります」
「え?」
日菜子が意外そうに声を漏らす。麗奈は言葉を続けた。
「私が元々いた場所に興味があります。自分自身の記憶を取り戻すためにも、皆さんに協力した方が合理的と考えました」
「どんな理由でも大歓迎です。ありがとう!」
麗奈の理由に、日菜子が頭を下げて礼を言う。その場にいる全員の協力を得られた清峰は少し下がったところで笑顔を作っていた。
「リーダー、作戦の詳細を教えてください」
さっそく麗奈が日菜子に尋ねる。日菜子はバツが悪そうに話し始めた。
「それが…まだ何の情報もなくて…美雲たちとも連絡が取れないし、あの壁を操作する方法も、乗り越える方法も見つかってない…」
「何もかも手探りってワケねぇ」
日菜子の状況説明に、由里が呟く。すぐに幸紀が横から口を挟んだ。
「一応、敵が指揮を執っているであろう場所は予測した。そこに壁の操作装置もあるものと考えている。が、これも結局は予想だ」
「様子を見ることとか、できないんですか?」
香純が尋ねるが、幸紀は首を横に振った。
「ドローンは撃ち落とされて補充待ちだ。現時点では偵察する方法は…」
「私がやります…!」
作戦室の扉が開き、負傷していたはずの風花が入ってくるなりそう言う。風花の主治医である璃子は驚いて立ち上がった。
「あなた、まだ寝てなきゃダメじゃないの」
「でも傷は塞がってます、動けます…!」
「風花、待って」
璃子と風花の間に、日菜子が割って入り、風花と向き合った。
「あなた、傷を負ってたでしょう?今度撃たれたら…」
「でも偵察できなきゃ、皆さんが死んでしまいます…!やらせてください、上手くやりますからぁ…!」
風花は必死に訴える。日菜子が璃子の方に振り向くと、璃子は片手で頭を抱えながら話した。
「…本来なら2日は様子を見たいのだけどね。確かに傷は塞がってる。動きすぎなければ問題ないわ」
璃子は渋々了承を出す。風花はそれを聞き、緊張した様子の笑顔を浮かべた。
「それじゃあ風花、偵察をお願い!」
「はいぃ!」
日菜子の命令を受け、風花は作戦室を出て走り始める。日菜子はそれを見て作戦室の方へと振り向き、協力者の4人に対して声を張った。
「皆は風花が戻ってくるまで待機!いつ出発するかわからないから、休んでおいて!」
日菜子の指示を受けると、4人は返事をする。すぐに清峰はメイドを呼び、食事の支度をさせ始めた。
数時間後、夜もすっかりと更け、月も雨雲に隠れている中、山の中に隠れている悪魔たちは篤那川の拠点を見張っていた。
「へへへ…ノルズ様もいい性格してるなぁ…自ら手を下さず、じわじわと殺すなんてよぉ…」
「あの中の女ども、今頃震えて泣いてやがるのかなぁ?ヒヒヒ、この目でその泣き顔が見たいぜぇ!」
悪魔たちが雑談をしていると、強い風が吹き抜けていく。同時に、何かの光が悪魔たちの上空を過ぎていった。
「なんだぁ?」
「対空砲だ!撃ち落とせ!」
悪魔たちはすぐに近くにあった対空砲に腰掛け、その光の正体に銃口を向ける。狙いを合わせると同時にすぐさま引き金を引くが、光の動きは素早く、悪魔たちには撃ち落とせないまま、光は消えた。
「ええいこの野郎!すばしっこいやつだぜ!」
「気にすんなって、どうせドローンだ、何にもできやしねぇよ」
「ノルズ様に報告するか?」
「必要ねぇさ」
悪魔たちは諦めると、対空砲から席を外し、木の陰で雨を凌いで寝転がり始めた。
「…危なかったぁ」
間一髪で対空砲からの銃撃を回避しきった風花は、美雲たちが閉じ込められている篤那川拠点の屋上を目指して飛んでいた。
(すごい水位…しかも雨も降ってるからどんどん上昇してる…長くは保たないかも…皆、大丈夫かな…)
風花は様々な不安を抱きながら、屋上にいる六華を目掛けて飛んでいく。見張りを担当していた六華は、飛んでくる風花にライフル銃を向けた。
「撃たないで!
「風花ちゃん!こっちこっち」
六華は風花を誘導する。風花はそれにしたがってふんわりと屋上に着地した。
「六華さん、皆さん無事ですか?」
「ううん、怪我を負った人も何人か居て…詳しいことは美雲ちゃんから聞いてほしいな」
「わかりました...」
六華は風花を連れて建物の中に入る。風花は美雲たちのいる階に辿り着くと、ほとんどのメンバーが疲れ切った表情で眠っているのを目の当たりにした。
「美雲ちゃんはあっちね。私は寝るから」
「はい」
「ねぇ、私たち、助かるよね?」
六華が低い声で風花に尋ねる。風花が六華の方を見ると、六華も疲労しきった表情をしていた。
「…必ず助けます。日菜子さんも、幸紀さんも、私も、そのつもりです」
風花は悩んだ末に言葉を選び、伝える。六華はそれを聞くと、小さく微笑んだ。
「だったら、間違いないね。信じてる」
六華は風花の肩を軽く叩く。風花も六華のその手に手を置き返すと、六華は次の見張り役であるひかりに声をかけようと歩いていった。
風花は部屋の隅で寝ている美雲のそばに寄ると、美雲の肩を叩いた。
「美雲さん、美雲さん」
「…うぅ…」
風花に揺すられ、美雲は目覚めようとしていたが、まだ起きられない様子だった。
「そうだった…美雲さん寝起き弱いんだった…」
「どうしましたか?」
風花の独り言を美雲の隣で聞いていた四葉が起き上がり、風花に尋ねる。風花は初対面の四葉を警戒した。
「えっと…あなたは?」
「そちらこそ、どなたですか?」
「自己紹介は自分からですよね…ごめんなさい…私は愛川風花、星霊隊のメンバーのひとりです。日菜子さんの指示を受けて、状況を見に来ました」
風花の自己紹介を聞き、四葉は少し明るい表情になって話し始めた。
「日菜子さんの…!ありがとうございます。私は市川四葉、今回の作戦から星霊隊に加わりました」
四葉は話しながら美雲の様子を見る。美雲はまだ眠そうだった。
「美雲さんに代わって状況を報告しますね。明宵さん、雪奈さん、心愛の3人は重傷、他も皆少なからず傷を負っていますが、戦闘は可能です。脱出は不可能ですが…」
四葉の報告を、風花はメモする。四葉は風花のメモがひと段落したタイミングを見計らって話を続けた。
「ただ、食料と水が全て流されてしまっています。さらに、雨で水位が上がっていて、定期的に悪魔が襲撃してきています。このままではあまり長くは持ちこたえられないと思います」
「そんな…」
「あと、確証はありませんが悪魔の拠点と思われる場所がある方向は見つけました」
四葉の言葉に、風花は改めて身を乗り出す。四葉は風花に対して指を差して示し始めた。
「あっち側とそっち側、2方向から悪魔たちが泳いできているように見えました。報告は以上です。余裕があれば、帰りに偵察をお願いできますか?」
四葉にいわれると、風花は頷く。風花はメモをまとめると、ポケットにしまった。
「四葉さん、ありがとうございました。必ず日菜子さんと一緒に助けに来ます」
「待ってます!」
風花の言葉に、四葉は力強く言う。風花はそれを聞きながら立ち上がり、その場を去っていった。
風花が去ったのと入れ違いに、美雲がようやく起き上がった。
「んー…四葉ちゃん、私のこと起こした?」
「いいえ。風花さんという人が偵察に来て、状況を聞いて帰っていきました」
美雲は四葉の報告を聞き、驚いて目を見開いた。
「風花ちゃんが来てたの?やっば、起きれなかった」
「大丈夫です、必要なことは全部私が伝えておきました」
四葉はそう言ってメガネを掛け直す。美雲はそれを聞き、安心したようにため息をついた。
数十分後、風花は偵察を終えて霊橋区に戻ってきた。市庁舎の正面玄関の前に着地し、堂々と市庁舎の正門を開けた。
「愛川です!戻りました!」
風花の声がすると、幸紀と日菜子が部屋から出てくる。
「おかえり風花!無事でよかった!」
「美雲さんたちと連絡取れました!それに、敵の居場所もわかりました!」
「さすがだね!それじゃあ、さっそく教えて!作戦を立てよう!」
風花の言葉に、日菜子が明るく言うが、幸紀は2人には気取られない程度に芳しくない表情をしていた。
「幸紀さん、私、みんなを起こしてきます、作戦室で落ち合いましょう!」
日菜子はそう言ってその場から駆け出し、風花も日菜子の隣を走る。
1人になった幸紀は、周囲に誰もいないことを確認し、物陰に隠れて通信機を取り出した。
「ノルズ将軍」
幸紀は低い声で相手を呼び出す。すぐに通信機から返事がきた。
「…コーキか、どうした」
「霊橋区の星霊隊にそちらの所在がバレました」
幸紀の言葉に、ノルズは目を見開き、すぐに机の上に目をやる。幸紀は声を小さくしたまま続けた。
「今の状況、あまり多くは話せませんが、早急に篤那川の星霊隊は始末するべきかと」
「了解した、お前の提案を採用する。通信は以上だ」
ノルズが通信を切ると、幸紀も通信を切る。幸紀は通信機をしまうと、作戦室への階段を登り始めた。
(…非合理的、か)
ふと幸紀は階段を登りながら、麗奈の言葉を思い返す。同時に、自分自身が置かれている状況を考え始めた。
(…俺自身もそうだな。果たして、本当はどっちに勝ってほしいんだか)
幸紀は1人、誰にも言えない疑問を抱えながら、作戦室の扉を開けるのだった。|
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