第15話 新たな仲間たち
前回までのあらすじ
日菜子たちは悪魔軍の重要拠点のひとつである篤那川の拠点を奪い取ることに成功した。
その作戦で活躍した四葉、ひかり、心愛、二菜の4人が新たに星霊隊に加入し、星霊隊は奪取した拠点の調査に乗り出す。
翌早朝
雨は未だに降り止まず、朝日が昇っていてもなお空は灰色で、薄暗い中で日菜子たちは拠点を調査していた。
拠点は1階層がかなり広く、それが地上3階まで伸びていた。
日菜子は新たに仲間になった四葉、ひかり、心愛、二菜を連れながら、1階の調査をしていた。
「え、私たちの作戦、盗聴されてたの?」
日菜子は新事実を知り、思わず尋ね返す。盗聴を担当した二菜は得意げに語った。
「あぁ、我が闇の力を以ってすれば、数多の監視の目も、思うがままよ」
「えーっと?」
「監視カメラをハッキングしました」
二菜の言葉を理解しきれない日菜子だったが、見かねたひかりが簡単に和訳する。日菜子はやはり驚き、二菜の方を見た。
「えっ?そんなことできるの?すごいじゃない!」
「いや日菜子さん、感心しちゃダメでしょ。セキュリティ、強化しないと」
日菜子の言葉に、心愛が言うと、日菜子も確かに、と納得する。四葉が話を続けた。
「でも、それで作戦を知れたから、輝夜さんたちを助けに来れたんです。敵が待ち伏せていたら、この作戦、まずいと思ったので」
「そうだったんだ…みんな、ありがとうね」
日菜子は改めて礼を言う。四葉が小さく微笑むと、日菜子たちの前に幸紀が現れた。
「あ、幸紀さん!」
日菜子はいつも通り声をかけるが、四葉たちは初対面の男である幸紀を警戒する。日菜子はそれを見て四葉たちに向けて説明し始めた。
「この人は幸紀さん!星霊隊の訓練や指揮をしてくれている人だよ!」
日菜子の説明を受けると、幸紀は軽く会釈をした。
「東雲幸紀だ。はじめまして。君たちが星霊隊に加入するのは聞いている。なので、君たちにいくつか質問しに来た」
「気楽に答えてくれて大丈夫だからね」
幸紀の言葉に、日菜子が付け加える。それを聞いて、四葉たちも安心したようだった。
「君たちの準備が良ければあちらの机で話そう。それと日菜子、霊橋区の方に新たな加入希望者が来ている。俺は会ってきたから、君も会ってきてくれ」
「わかりました!」
幸紀と日菜子は話を進める。日菜子は四葉たちの方に向き直って話し始めた。
「それじゃあ、私は一旦失礼するね。また後で!」
日菜子が言うと、四葉たちも返事をし、日菜子は去っていく。その場に残された四葉たち4人を連れて、幸紀は近くにあった机まで歩き始めた。
同じ頃 篤那川拠点3階
この階の調査を任された珠緒、紅葉、明宵の3人は、手分けして調査を行っていた。
「…めぼしいものはあまりありませんね。悪魔の研究ができると思ったのですが…」
明宵が呟く。そんな明宵の呟きに珠緒が答えた。
「長い間悪魔に占領されていたとはいえ、元は人間が作った建物ですからね。建築様式とかにはなかなか悪魔らしさが出ないのではないでしょうか」
「…しかし資料すらもないものでしょうか。敵の拠点だった場所である以上、何かしらそういったものもあると思ったのですが…」
明宵が呟くと、部屋の奥から紅葉の声が聞こえてきた。
「おーい!こっちに変な階段があった!来て!」
紅葉の声に従い、珠緒と明宵は紅葉の方へ走る。ものの数秒で明宵と珠緒は紅葉のもとに辿りつき、下の階へ伸びていく階段を目の当たりにした。
「これが変な階段ですか?普通のものに見えますけど…?」
珠緒が尋ねると、紅葉が解説し始めた。
「位置が変だと思わない?アタシらが見つけた階段はあっち側のやつだけ。でも、この階段は下に伸びてる。でも下じゃ見つけられなかった」
「…つまり隠された階に繋がるであろう、隠し階段、ですね」
明宵が紅葉の言いたいことを察して言葉にする。紅葉は明宵の言葉にうなずいた。
「そういうこと、この階段の先、たぶん何かある」
「…調査しましょう。珠緒さん、日菜子さんに連絡をお願いします」
珠緒は不安そうだったが、明宵を止めなかった。
「わかりました。気をつけていきましょう」
珠緒は短く答える。珠緒がそのまま日菜子に連絡を始めると、明宵と紅葉は目の前の階段を降り始めた。
紅葉の指摘通り、彼女たちが今降りている階段は、本来なら下の階にたどり着いているはずのタイミングであっても、踊り場などがなく、ただひたすら下の階に続いていた。
彼女たち3人はしばらく降り続けると、ついに階段を降り終え、薄暗い地下室にたどり着いた。
「なんだろう、この部屋…」
「おそらくは研究室…ここなら悪魔軍の情報があると思います」
紅葉の呟きに、明宵が言う。その間に、珠緒は持っていた懐中電灯を明宵と紅葉に手渡した。
「慎重にいきましょう?慎重に…」
珠緒が暗闇に少し怯えながら言う。
同時に、3人の背後の物陰から、物音が聞こえた。
「ひっ…!!」
珠緒は思わず怯えながら、ナイフを発現させつつ、懐中電灯をそちらに向ける。紅葉と明宵もそれに合わせて振り向いた。
「見てみようか」
「えぇ」
「えぇ…」
紅葉と明宵は物音のした方へと歩き始める。珠緒も少し遅れて2人の後に続いた。
3人は部屋の突き当たりまでやってくると、そこに椅子と明かりのついていないモニターがあるのを発見した。
「なるほど。研究室で間違いなさそうですね」
明宵はモニターを見て呟く。その間に珠緒は周囲を見回すと、とあるものを発見した。
「なに?」
珠緒の言葉を聞き、紅葉もそちらの方を見る。珠緒が懐中電灯で照らし出したのは、謎のベッドと、その上で眠っている見ず知らずの女性だった。
「…女の子だよね?」
紅葉はそう尋ねながら目の前の女性の顔を照らし出す。わずかに青さが残る白い髪をした、スタイルのいい若い女性だった。
珠緒は目の前の女性の口元に手をかざす。呼吸していて、珠緒の手に空気が当たっているのがわかった。
「よかった、生きているみたいです」
珠緒が言うと、紅葉と明宵も安心したように頷く。
そんな時、ベッドに横になっていた女性がゆっくりと起き上がった。
「え?」
珠緒は驚いて振り向く。女性は平然とした様子で3人を見回し、声を発した。
「ハロー、ワールド」
女性は静かに言う。珠緒たち3人はお互いに顔を見合わせると、珠緒が言葉を返した。
「ハロー?」
「ご主人様はどちらですか?」
女性の質問の意味がわからない珠緒たちだったが、珠緒はうまく話を合わせ始めた。
「私たちはあなたのご主人様じゃないんです。あなたのことを教えてくれませんか?そうしたら、あなたのご主人様についても、何かわかるかもしれません」
珠緒が言うと、その女性は納得したように頷いた。
「論理的です。しかし、私は自分が何者であるかわかりません」
「え、自分の名前とかも?」
紅葉が尋ねると、女性は無機質に、はい、とだけ答える。珠緒たち3人は今後のことを考えるために顔を寄せ合った。
「…どうしますか?」
「とりあえずこの子は保護するべきだよ。できるよね、珠緒?」
「侯爵のお屋敷にはまだお部屋がありますから、保護自体は可能です。侯爵のお知り合いの方なら、彼女について知っている人もいらっしゃるかもしれないですし…」
彼女たちが相談していると、例の女性の方から大きな腹の音が聞こえてきた。
珠緒たちが振り向くと、女性は無表情ながらも不思議そうに尋ねた。
「この音はなんでしょうか」
「いや…あなたのお腹の音じゃない?」
紅葉が冷静に言うと、例の女性は不思議そうに紅葉を見た。
「確かに私の腹部から聞こえてきました。原因はなんでしょうか」
「そりゃ、お腹の具合が悪いか、お腹空いてるかじゃないの?」
紅葉は目の前の女性の発言の意味がわからずに言い返す。それと同時に、珠緒は何かを察して話し始めた。
「お腹のあたりに違和感はありませんか?あと、体に力が入らない感覚とか」
珠緒に言われて、女性は自分のお腹をさすりはじめた。
「…そうですね。胃のあたりが焼けるような感覚がします。同時に若干の視界不良も確認されます」
「それは、『空腹』っていう状態です」
珠緒は柔らかな表情で女性に言う。紅葉は珠緒とその女性のやりとりを見ながら明宵と話し始めた。
「変な会話だね。普通自分がお腹空いてるかどうかなんて自分でわかりそうだけど」
「…えぇ。ですが、おそらく彼女は『普通』ではないのでしょう」
「どういうこと?」
「…何かしら悪魔にされたとか…これ以上確かなことはまだなんとも」
紅葉と明宵が小声で話していると、珠緒とその女性も会話を終え、珠緒は明宵と紅葉の方に向いて話し始めた。
「ひとまず、この人を霊橋区の拠点まで案内することにしました。お腹が空いているみたいなので、何か食べてもらおうと思います」
珠緒の提案を聞くと、明宵は頷いて言葉を返した。
「わかりました…私たちはここを調べますので、彼女について何かわかったら報告します」
「お願いします」
珠緒と明宵は短く言葉を交わす。珠緒が女性を連れていくのを、明宵と紅葉は見送った。
「では紅葉さん、調査を手伝ってください」
「いいよ」
珠緒がその女性を連れながら外に出ると、外は雨が降っていた。珠緒は傘を差し、その女性と相合傘のような形で霊橋区を目指して歩き始めた。
「珠緒ちゃん!」
同じように傘を差しながら外にいた六華が、珠緒に声をかける。珠緒は軽く会釈をした。
「どうも、六華さん」
「その子は?」
六華は珠緒と一緒にいる例の女性に尋ねる。しかし、珠緒が代わりに答えた。
「この建物の地下にいました。自分の名前も、記憶もないんだとか」
「えっ、大変だね。雨もひどいから、早く拠点に送ってあげて!」
「そうします」
珠緒と六華は短く雑談を終え、珠緒はそのまま女性を連れて霊橋区へ歩いていった。
「結構可愛い子だったなー、仲良くなれたらいいなー」
六華がそう呟きながら珠緒たちを見送ったその時だった。
雨が傘を叩く音がしなくなる。六華が不思議に思って傘を下ろして上を見ると、空に穴が開き、そこを中心として大きな渦ができていた。
「わ、わ、わ!!」
六華は自分の頭上で起きている出来事に慌てて言葉にならない声を漏らす。様子を窺いながらその穴から離れていると、穴から誰かが落ちてきた。
「えっ」
穴から落ちてきた人間は勢いよく地面に落ち、それと同時に空にできた穴は無くなっていた。
空が何事もなかったかのように元に戻り、雨が再び降り始める。六華は落ちてきた人間に向けて一直線に走り始めた。
それとほとんど同時に、騒ぎを聞きつけた美雲と稲香が拠点の中から出てくると、六華に遅れて落ちてきた人間のもとにたどり着いた。
「ねぇ!大丈夫!?」
六華はその落ちてきた人間を介抱する。稲香は六華の正面に回り込み、六華が介抱している人間の顔を確認した。
「!!」
稲香の目の前にいたのは、赤白い髪を頭の後ろの高いところでひとつにまとめた、ポニーテールの女性だった。
「六華、その子大丈夫そう?」
稲香の驚きをよそに、美雲が冷静に尋ねる。六華はその女性を介抱しながら首を傾げた。
「うーん…わかんないなぁ…」
六華がそう呟いたその瞬間、その女性はゆっくりと瞼を開いた。
「うぅ…」
女性は少しうめくと、六華、美雲、そして稲香の顔を確認した。
「…稲香くん?」
女性が言うと、六華と美雲は稲香の顔を見る。稲香は複雑な表情をしてから女性に答えた。
「お前もこっちに来ちまったんだな、
稲香の言葉に、香純と呼ばれた女性は不思議そうに稲香に尋ね始めた。
「どうしてそんな姿してるの?声も全然違うし…女の子になっちゃってるじゃん…」
「知り合いなの、2人とも?」
美雲が稲香に尋ねる。稲香は気まずそうな表情をしながら答えた。
「あぁ…元カノだよ」
「え」
稲香の発言に、美雲と六華は驚く。その間に稲香は香純に手を伸ばし、立ち上がらせた。
「美雲、六華。香純はオレが霊橋区に連れていくよ」
稲香がそう言うと、六華と美雲は驚きを隠せないまま頷いた。
「うん、それがいい。ごゆっくりどーぞ」
美雲に見送られながら、稲香と香純は霊橋区へと歩き出した。
稲香の差す傘の下、香純は稲香と歩きながら尋ね始めた。
「ねぇ、何が起きてるの?ここはどこ?なんで稲香くんが女の子になってるわけ?それにあの人たちは誰なの?」
「質問多すぎ、新聞記者か?」
「ふざけないでよ」
香純に叱られると、稲香はひとつずつ質問に答え始めた。
「オレが女になったワケはわかんねぇ。ここは異世界で、あの女の子たちは悪魔と戦ってる」
「稲香くんも一緒に戦ってるの?」
「そう」
稲香の返答を聞き、香純は驚きながら質問を続けた。
「マジで言ってるの?そんな、戦ってるって、命の危険はないわけ?それに、女の子たちしかいないのに戦えるの?」
「まぁ、結構ヤバいときはあるけど、皆、霊力っていう力を使って、協力しながら上手くやってるよ」
稲香の言葉を聞きながら、香純は不満そうに俯いた。
「…それで、私もそれに巻き込まれるの?」
「いや、そんなことねぇよ。今は清峰侯爵って人に養ってもらってるからさ、香純は戦わないで保護してもらえばいいよ」
「元の世界に帰ろうって思わないの?」
「そりゃ思うけど、今は悪魔たちを倒さねぇと」
「帰りたいなら戦うんじゃなくてそっちの手がかりを探そうよ、早く帰ろう?」
香純の言葉を聞くと、稲香はうんざりしたような様子で言い返した。
「あのさ、オレはあいつらと一緒に戦ってるんだ。ここでオレだけ逃げ出すわけにはいかねぇんだよ」
「でも私たちには関係ないじゃん」
「もう関係しちまった。あいつらはオレの大事なダチだ。オレはあいつらを見捨てられねぇ」
稲香と香純が言い合っていると、霊橋区の市庁舎が見えていた。稲香はそれを指差しながら話を続けた。
「あそこがオレたちの拠点だ。あそこで侯爵に事情を説明して、匿ってもらえ」
稲香はそう言うと、足早に歩く。香純はそれに置いていかれないように歩幅を大きくして歩き始めた。
霊橋区の市庁舎にやってきていた日菜子は、加入希望者が待つ応接室の前で、焔と話をしていた。
「焔さん、遅くなりました」
「加入希望者とは先に会わせてもらったわ。幸紀は加入に賛成、私は反対。あとはあなたの判断で決まるわ」
焔の言葉を聞き、日菜子は眉を上げる。そんな2人のもとに、焔の手伝いでこちらにきていた雪奈がやってきた。
「焔さん!頼まれていた荷物の積み込み、終わりました!」
雪奈の高く幼さが残る声に、焔も思わず雪奈に微笑みながら言葉を返した。
「お疲れ様。重い荷物で大変じゃなかったかしら?」
「大丈夫です!役に立てるならこのくらい!」
「そう。頼もしいわね。それじゃあ、もうひと働きしてくれるかしら?」
「はい!喜んで!」
雪奈の返事を聞くと、焔は日菜子に一礼した。
「それじゃあ日菜子さん、私たちは失礼するわ」
「はい。焔さん、雪奈、食料の運搬、よろしくね」
「任せてください!」
日菜子に言われると、雪奈が明るく答え、焔は雪奈を連れてその場を後にした。
「よし、じゃあ行こうっと」
日菜子はひとりそう言うと、応接間の扉を軽くノックしてから中に入った。
「すみません、お待たせしました」
日菜子が軽く挨拶すると、応接間の奥の椅子に腰掛けていた女性が立ち上がった。
日菜子の前に立っていたのは、濃紺のスーツに身を包み、長い茶髪と眼鏡が特徴的な、大人の女性だった。
「いーえー、全然待ってませんよぉ。お忙しいのにちゃんと対応してくれて嬉しいですわぁ」
女性は人懐っこい笑顔と明るい早口で日菜子に答える。日菜子は女性のそんな態度に微笑みを返しながら、向かい合うようにして椅子に座った。
「どうぞそちらに座ってください」
「はぁいお言葉に甘えて」
スーツの女性は日菜子に言われてもう一度座る。ニコニコしている女性の顔を見ながら、日菜子は話し始めた。
「それじゃあ、お名前教えてもらってもよろしいですか?」
「はい、
由里は明るく早口で畳み掛けてくる。日菜子は由里の明るさに困惑しながら微笑むのと同時に、焔が由里の入隊を拒んだ理由を理解した。
(この人、すごい早口でおしゃべり…焔さんは嫌いそうだなぁ…)
日菜子はそんな考えを脳裏に浮かべながら、質問を続けた。
「じゃあ、霧野さん?」
「由里でいいですよー、結構好きなんで、自分の名前」
「それじゃあ由里さん、霊力は扱えますか?」
日菜子の質問に、由里は笑顔で頷いた。
「もちろんですよー、じゃ、さっそくやってみますね、ドロン!」
由里は言うが早いか両手で印を結ぶ。その瞬間、由里の足下から煙が出たかと思うと、日菜子の視界から由里の姿は消えていた。
「えっ」
「こっちですよー」
日菜子の背後から由里の声がする。日菜子が振り向くと、由里は日菜子のすぐ後ろに立っていた。
「すごい!」
「でしょう?ここまでやるのにホント苦労したんだからぁ」
日菜子の褒め言葉に、由里は得意げに言う。日菜子は由里の方に向きながら立ち上がり、興奮気味に声を上げた。
「どれだけ鍛錬したらこんなことができるんですか!?色々話を聞かせてください!」
「えぇもちろんいいですよぉ。で、私、星霊隊に入れそうですか?」
「はい!大歓迎です!」
「やったぁ!じゃあ色々教えちゃいますねぇ!」
日菜子と由里は盛り上がり、霊力に関する談義に花を咲かせ始めた。
その頃、焔と雪奈は運搬用の軽トラックの荷台に食料を詰めた段ボール箱を載せていた。
「これでおしまい。おつかれさま」
「はい!お疲れ様でした!」
焔と雪奈は作業を終え、挨拶を交わす。焔はそのまま雪奈とともにトラックに乗り込んだ。
「雪奈、橋の設置、お願いね」
「任せてください!」
焔に頼まれると、雪奈はやはり明るく答える。焔が運転手に発車を指示しようとしたその瞬間、後ろから声をかけられた。
「焔さん!」
焔が振り向くと、稲香と香純が相合傘をしながらそこに立っていた。
「稲香さん!そちらのお姉さんは?」
「あー、知り合いだよ。んで、オレも乗せてってくれません?」
雪奈の質問に答えながら、稲香は焔に尋ねる。焔がうなずいたのを見た稲香は、傘を香純に手渡しながらトラックの荷台に乗り込んだ。
「香純、とりあえず、日菜子さんって人か、侯爵って人に会うんだ。そうすれば事情はわかってくれる。オレはあっちでやることがあるから」
「わかった」
稲香と香純がやりとりを終え、焔はトラックの発車を指示する。香純は傘を差しながらトラックが走っていくのを見送った。
「…変な人たち」
香純はそう呟くと、市庁舎へと歩き出す。市庁舎から出てきて慌ててトラックを追いかける珠緒とすれ違いながら、香純は市庁舎の中に入り、傘を閉じた。
「さて、日菜子さんか、侯爵、か…」
香純は勝手がわからない状況で、市庁舎を見回す。
人が多くない玄関ホールで、香純はたまたま目についた、白衣姿で薄ピンク色の髪をした女性に声をかけた。
「あの、すみません、日菜子さんって人か、侯爵さんの居場所を知りませんか?」
香純の質問を聞くと、その女性は足を止めて答えた。
「知りません、私もその2人を探しているところです」
「じゃあ、一緒に探しません?嫌じゃなければ」
「いいですよ」
白衣の女性は淡々と答える。香純は少し安心しながら白衣の女性の隣を歩き始めた。
「私、
「私も外部の人間なので、星霊隊の活動には詳しくありません」
「そうなんですか。てっきりここ専属のお医者さんかと」
「これからそうさせてもらおうと思ってます」
白衣の女性はやはり静かに答える。香純は話を弾ませようとしない相手に少し戸惑いながら、話を続けた。
「そういえば、あなたのお名前は?」
「
「いや、私は、そういう戦いとかはちょっと…」
2人が会話しながら階段を登っていると、応接間から日菜子と由里が盛り上がりながら出てきた。
「由里さん、本当にすごいです!あなたのその能力、ぜひうちで役に立ててください!」
「あら〜、褒め上手なんだから日菜子ちゃんってば〜」
日菜子と由里が盛り上がっているところに、璃子が咳払いをする。それに気づいた日菜子と由里は、バツが悪そうに振り向いた。
「じゃあ、由里さん、あとで侯爵とお話しすると思うんで、それまで控え室で休んでいてください」
「はーい」
日菜子の指示に従う形で、由里はその場を後にする。その場に残ったのは日菜子、香純、璃子の3人だった。
「えと、ご用件ですか?」
日菜子は璃子に尋ねる。璃子は背筋を正して話し始めた。
「愛川さんの主治医の佐久間です。治療を終えました。明日には動けると思います」
「あぁ、よかったぁ…!ありがとうございます、佐久間さん!」
日菜子は璃子に頭を下げる。璃子はそんな日菜子に尋ねた。
「彼女の経過観察も兼ねて、私を星霊隊に加入させていただけませんか。部隊の専属医師として」
璃子の質問に対し、日菜子は頭を上げて目を見開いた。
「こちらとしては歓迎ですけど…いいんですか?」
「はい」
「だったら、まず面接ですね。今からやりますか?」
「ぜひに」
璃子の静かな熱意を感じ取った日菜子は、自分の後ろにあった応接間の扉を開けて、璃子を中に案内する。先に璃子を中に入れると、日菜子は香純の方に振り向いた。
「見ない顔だけど、何かご用?」
「あぁ、私、稲香の友達の、香純って言います。侯爵、さんってどこにいます?」
「3階にいるはずだよ。ゆっくりしていってね」
「は、はぁ、どうも」
香純との会話を終えた日菜子は、応接間の扉を閉める。香純は廊下でひとりになった。
「…ゆっくりなんかしてられないっての」
香純はひとりでそう呟きながら、上の階への階段を登り始めた。
幸紀は篤那川の拠点の1階で四葉たちとの面談を終え、情報を整理していた。
「…幸紀さん」
そんな幸紀の横から、明宵が声をかける。幸紀はタブレットから顔を上げた。
「明宵、どうしたんだ?」
「地下室で見つけた資料です。これによれば、先ほど保護した女性の名前は、おそらく
明宵はそう言うと、抱えていた分厚いファイルを幸紀に手渡す。幸紀はそれを受け取ると、床に置いてあったリュックにそのファイルをしまった。
「確かに預かった。引き続きここの調査を頼むぞ」
「…わかりました」
幸紀は明宵の返事を聞くと、タブレットもリュックにしまいこみ、その場を後にした。
幸紀が傘を差して霊橋区へ歩き出しているのを、ノルズとジスタは篤那川近くの山から見下ろしていた。
「ノルズ、俺たち、気づかれていないのか?」
「まだ大丈夫だな」
ノルズは双眼鏡で様子を見ながら答える。ノルズは双眼鏡から目を離すと、自分の携帯端末に来ていた連絡を確認した。
「『星霊隊のほとんどを指定の拠点に誘導した。こちらの合図に従って作戦を決行されたし』」
ノルズは幸紀からの連絡を読み上げ、その続きに記されていた星霊隊の新しいメンバーに関する報告を読み始めた。
「・市川四葉(17歳)
・さして高くない霊力を持ち、剣を扱う
・深緑の髪に赤い眼鏡をかけている
・真面目な性格で、今後大化けする可能性がある
・剛金ひかり(17歳)
・ほどほどの霊力と高い身体能力を持ち、斧を扱う
・大柄な体格と灰色の短髪が特徴
・寡黙な性格で多くを話さない
・三鱗心愛(17歳)
・傷を癒す霊力を持ち、歌をマイクに通して治療する
・ピンク色の髪が特徴
・人間界ではアイドルをしているらしい
・槍川二菜(17歳)
・比較的高い霊力を有しており、大鎌を扱う
・紫色の髪色で、奇抜な服装をしている
・奇怪な言動が目立つ変な女
なおこの4名は同じ学校の生徒で顔見知り同士らしい」
ノルズは幸紀からの報告書を読み終えると、皮肉っぽく微笑んだ。
「報告書を書いてもらったはいいが、もうじきこの女たちもいなくなる。無駄なことをさせたな、コーキよ」
ノルズは報告書にそう言って笑いかける。しかしすぐに真剣な表情になると、ジスタの方へ振り向いた。
「ジスタ、例のシステムは作動させられるな?」
「いつでもいいぞ」
ジスタの返答を聞き、ノルズはニヤリと笑う。
雨はまだ降り続いていた。
夕方、幸紀は篤那川の橋を渡り、霊橋区にやってきた。
雨の中、幸紀が顔をあげると、霊橋区の市庁舎が見えた。
すぐに幸紀は顔を下ろし、持っていた携帯端末でノルズへと連絡した。
「今だ」
幸紀はそれだけを入力したメッセージを送る。そしてすぐにそれをポケットにしまうと、何事もなかったかのように市庁舎へと歩き始めた。
六華は、篤那川の拠点の近くで、傘を差しながら周囲を偵察していた。
そんな六華の耳に、異様な音が聞こえてきた。雨の音ではない。六華はより耳を澄ますために傘を下ろし、辺りを見回す。
霊橋区に通じる橋の方に目をやると、分厚い金属の壁が地面から徐々に姿を現しているのが見えた。
「どういうこと…?」
六華は嫌な予感がして息を呑む。同時に、この壁が音の正体でないことも六華は悟り、改めて正面を見て、絶望した。
「水だ…!!」
六華は正面から迫ってきている、その音の正体、山のような高さの凄まじい勢いの濁流に、自分でも理解しきれないほどの恐怖を覚えていた。
六華は震える足を無理やり動かして拠点まで走りながら、通信機を手に取ると、絶叫した。
「みんな!!早く逃げて!!高いところへ!!」
六華は叫びながら拠点に転がり込む。六華の目の前には、状況を理解しきれていない輝夜と紅葉がいた。
「六華さん?」
「急いで!!上に逃げて早く!!」
六華はそう言って輝夜と紅葉の腕を掴み、階段を駆け上がっていく。3人がいなくなった1階を、凄まじい波が押し流していった。
「なにこれ…!?」
「まだ水が来る!もっと上に逃げて!!みんな上に!!」
六華は同じ階にいた他のメンバーたちにも叫び、上の階へ逃げていく。2階の床すらも徐々に浸水し始めていた。
霊橋区の市庁舎からは、突如として篤那川への道が塞がれたようにしか見えておらず、六華たちが置かれた異常な状況を把握しきれていなかった。
清峰は市庁舎の最上階で六華の悲鳴にも似た通信を聞いていた。
「おい!なにがあったんだ!!」
清峰は受話器を取って叫ぶ。しかし、六華たちは一刻を争う状況に置かれ、清峰の声に返事をする人間は誰もいなかった。
「くっ…どうなってる?」
清峰は1人、部下たちが置かれた状況を想像することしかできなかった。
篤那川拠点近くの山に控えていたノルズは、水没した拠点を見下ろし、高笑いをあげていた。
「くっくっく…はっはっは…!!」
満面の笑みを浮かべるノルズの隣で、ジスタも得意げな顔をして腕を組んでいた。
「我ながら完璧な設計だ。見ろよ、あの壁。拠点を囲う山と合わせれば、あの拠点を完全な孤島のようにすることなどわけないな」
「ああ。これであの拠点にいる星霊隊の女どもは死ぬ。しかもこの壁によって中央戦線はこれ以上は侵攻されない!この上ない最良の一手だ!」
ノルズは自分の計略が大成功したことに喜びを隠しきれないまま、双眼鏡で拠点の最上階を覗き込む。窓から見える星霊隊のメンバーたちの表情は、絶望と恐怖に満ちているように見えた。
「ふふふ…ここで終わりだ、星霊隊…!助けも何も来ないまま、じっくりとそこで干上がるがいい…!!」
ノルズは静かに言葉を発すると、すぐさま高らかに笑い声を上げるのだった。
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