第14話 篤那川攻略作戦 後編
前回までのあらすじ
風花の決死の偵察によって敵拠点の状況を知った日菜子たちは、敵の拠点を攻撃するための作戦を実行しようとする。日菜子たちの作戦に穴があると言い張る四葉は、星霊隊を救い、自分も星霊隊にいれてもらうため、仲間と共に動き始めた。
夕方 篤那川拠点
ノルズは、幸紀から送られてきた情報を見て、椅子の背もたれに全体重を預けた。
「やはりあの間道を狙いにきたか。そして作戦決行は今夜、か」
ノルズはその情報が入った端末を一度机の上に置くと、窓の外を眺める。夕焼けを囲むようにして黒い雲が点々と空に浮かんでいた。
「…いい天気になりそうだな」
ノルズはそう呟くと、机の上にあった内線で数名の仲間を呼び出した。
「ジスタ、コーキ、ヌセル、作戦室へ」
ノルズはそれだけ言うと、ニヤニヤと笑って窓の外を眺め続けた。
同じ頃 輝凛町
四葉は、ひかり、心愛、二菜とともに、街のビルのひとつにやってきた。
4人がやってきたビルの一室の中は非常に華やかであり、シャンデリアまで吊るされている。4人はそんな部屋の隅のソファーに腰掛けていた。
「心愛、本当にここで合っているのか?」
ひかりは不安になって心愛に尋ねる。一方の心愛は明るい表情で答えた。
「ここで合ってるよ!もうすぐ来てくれると思う!」
心愛の言葉を横で聞きながら、四葉は緊張した表情で下を向いていた。
「心愛ちゃん!!お待たせ」
部屋の奥から男の声が聞こえてくる。四葉たち4人は一斉に立ち上がり、その男に向き直る。同時に心愛は明るく挨拶をした。
「どうも!」
「心愛、この人は?」
「いつも私を応援してくれる、寺田さん!」
心愛が紹介すると、紹介された寺田は髪をかきあげながら答えた。
「そう!容姿端麗にして大金持ち!人生の全てにおける勝ち組とはボクのことさ!」
「なんか濃い人が来ちゃったよ…?」
「人のこと言えないだろう?」
寺田の自己紹介に対し、二菜とひかりが声をひそめて話す。その間に四葉は頭を下げ、話を切り出した。
「寺田さん、まずはご協力に感謝します」
「ボクの金は全て心愛ちゃんのためにある!心愛ちゃんの役に立つなら礼など不要!!」
「それで、例のものはお願いできますか?」
四葉が尋ねると、寺田は力強く頷いて返した。
同じ頃、清峰と幸紀は負傷した風花の下にやってきた。その部屋では珠緒もおり、風花の看病をしていた。
「珠緒」
清峰が珠緒の名前を呼ぶと、珠緒は立ち上がって頭を下げる。清峰はそれを制して話し始めた。
「風花の容態は?」
「はい、今は安定してます…けど、ちゃんと治療してあげた方がいいと思います」
珠緒の報告を受けると、清峰も報告を返した。
「医者を呼んでおいた。すぐにでもくると思う」
「それで珠緒、今夜は珠緒にも戦ってもらう」
幸紀が珠緒に言うと、珠緒は緊張した表情で頷いた。
「わかりました。何をすればいいですか?」
「今回星霊隊は奇襲部隊と囮部隊に分かれる。珠緒は囮部隊の方だ。輝夜たちが奇襲できるまでの時間を稼いでくれ」
幸紀から指示を受けると、珠緒は、了解しました、とだけ答える。幸紀はそのまま珠緒に声をかけた。
「作戦実行は今夜だ。今は休んでおいてくれ」
「あぁ。風花の治療は他のものに任せて、もう休め」
清峰も珠緒に言う。珠緒は2人の言葉を聞き、頭を下げた。
「わかりました、失礼します」
珠緒はそう言うと、後ろのベッドで横になっている風花にも軽く頭を下げた。
「じゃあ、失礼します、風花さん。お大事に」
「ありがとうございます、珠緒さん。任務頑張って…」
珠緒と風花はお互いに短く言葉を交わし、珠緒はその場を後にする。清峰は風花に近寄った。
「風花、聞いていたとおり、じきに医者が来る。今日の任務中はここで待機していてくれ」
「了解しました…」
「君の情報は大いに役に立った」
清峰に言われると、風花は小さく微笑んでから眠り始める。清峰と幸紀はそれを見届けると、2人は部屋を出て廊下を歩き始めた。
「さて、幸紀、今夜の作戦、必ず成功させてくれ。指揮は頼んだぞ」
清峰が幸紀の横顔を見上げながら言う。幸紀は清峰の顔を見ると、自信に満ちた表情で頷いた。
幸紀はふと窓の外を見る。黒い雲の数が、少しずつ増えているように見えた。
夜 作戦決行時刻
「それじゃあ、みんな、行くよ!」
市庁舎の一室で、日菜子は星霊隊のメンバーたちに声をかける。幸紀は彼女たちが出発する姿を横から見送ると、幸紀は星霊隊のメンバーたちに指示を出すために作戦室に戻り、モニターの前に腰掛けた。
事前に上空へ飛ばしたドローンから、日菜子が女性たちを率いて進んでいく映像が送られてくる。目的の河岸までくると、星霊隊は日菜子が率いる7人と、輝夜率いる4人の二手に分かれ始めた。
「…始まったな」
幸紀はそう呟くと、持っていた端末を机の下に隠しながら、悪魔軍のノルズへ連絡を送った。
幸紀が敵と通じていることなど知らず、日菜子は仲間たちを連れて河岸にやってきた。日菜子は左手に懐中電灯を持ち、中州と日菜子たちのいる岸を隔てる川を照らしていた。
「雪奈、ここを凍らせて、向こうに渡れるようにして」
「はい!わかりました!」
雪奈は日菜子の指示を聞くと、川に手を触れて目を閉じる。
ほんの一瞬で川の水面に分厚い氷が張り、氷は中州までの橋になった。
「できました!」
雪奈が言うと、日菜子が真っ先に足を載せて強度を確かめる。十分な強度があることを確認すると、日菜子は先頭を切って歩き始めた。
「雪奈は中州で待機、残りはこのまま行くよ!」
日菜子の言葉に、他のメンバーたちも短く返事をし、軽く走り出す。彼女たちは、中州を越え、橋を越え、広場に辿り着くと、広場の先にあるはずの基地を目指して進み始めた。
少し経った頃
輝夜、紅葉、明宵、水咲の4人は、日菜子たちとは別行動し、川の近くの森に隠れて様子を窺っていた。
「輝夜、日菜子さんたち大丈夫かね?」
紅葉が輝夜に尋ねる。輝夜は立ったまま瞑想しながら答えた。
「日菜子さんたちも数多くの死線を潜ってきている…きっと大丈夫よ」
「その割にはポンコツなところも多く見えたけどね」
輝夜の言葉に、水咲が腐すように言う。紅葉は少しムッとしながら水咲をたしなめた。
「あのさぁ、ちょっとあんた口悪いんじゃないの?」
「あら、事実を言っただけだけど」
「…嫌なババア」
紅葉と水咲が言葉の応酬を繰り広げていると、明宵と輝夜が突然何かに反応したように顔を上げた。
「どうした?」
「…霊力の反応を探知…日菜子さんたち、始まったようです」
明宵が言うと輝夜も目を開き、霊力で日本刀を発現させ、腰に差した。
「時が来たようです。参りましょう」
輝夜はそう言って森を出て、河岸に立つ。他の3人も輝夜の後に続き、河岸から20cm程度低いだけの川に触れられる位置までやってきた。
「…では始めましょう…水咲さん、霊力を」
明宵がそう言うと、水咲は首を鳴らしながら川の近くに歩いてきた。
「しかたないわね」
水咲はそう言うと、しゃがみこんで川の水に触れる。
そんな水咲の背中に、明宵は左手を置き、目を閉じて霊力を集中させた。
水咲と明宵が作業をしている間、輝夜と紅葉は周囲を見回す。
同時に、紅葉は自分の肩が水に濡れたのに気づいた。
「…雨か」
紅葉はそう呟きながら上を見る。少しずつではあるが、雨が降り始めているのが、他のメンバーにもわかった。
「明宵、雨は作戦に影響しますか?」
「…いいえ、問題ありません、もうすぐこの川を渡れます」
輝夜の質問に対し、明宵は静かに、しかし自信を持って答える。
その言葉通り、先ほどまで石にぶつかって泡ができていた部分が、ただの水面になるほど、川の流れが落ち着いているのがわかった。
「もうひと仕事」
水咲はそう呟くと、さらに力を集中させる。すると、水咲が触れていた部分から川が割れ、土が見え始めた。
「へぇ、すごいじゃん。『十戒』だね」
紅葉が呟くと、水咲はそれを鼻で笑い、川から手を離した。
「ほら、行けるわよ」
水咲が言うと、明宵も水咲から手を離し、隣に歩いてきた輝夜の方に向き直った。
「…流れを止められても5分程度です」
「素早く渡る必要があるようね。行きましょう」
輝夜はそう言うと、率先して河岸から川の底に飛び降り、進んでいく。他のメンバーたちも輝夜たちに続くようにして進み始めた。
ノルズは基地の内部で部下たちからの報告を受けていた。
「正面から星霊隊が7人か。よし、500差し向けろ」
ノルズは部下のひとりにそう指示を出す。部下が去っていったのを見たノルズは、通信機に手を伸ばし、ニヤリと笑いながら通信機に命令した。
「コーキ、手筈通りに」
「了解」
ノルズは勝利を確信して椅子に寄りかかる。そんなノルズの通信機に、部下からの連絡が入った。
「ノルズ様、人間の領土の方から、何か飛んできています」
「なに?ミサイルか?」
「いえ、どうやら飛行機の一種のようです」
「撃ち落としておけ」
ノルズは簡潔に指示を出す。指示を聞いた部下は、指示通りに対空砲へと走り始めた。
「コーキからの報告にはなかったが…まぁいい。全ては俺の手の内だ」
その頃、輝夜たち4人は暗い山道を足早に進んでいた。彼女たちが歩いている道は両側を険しい山に挟まれており、狭い道だった。
「作戦開始から30分、急いだほうがいいかもね」
紅葉が言うと、輝夜も頷く。輝夜は後ろを歩いている明宵と水咲の方を見た。
「足を早めたいと思います、2人とも、大丈夫ですか」
輝夜が尋ねると、水咲が答えた。
「構わないわ、さっさと終わらせましょ」
「明宵は?」
余裕の表情の水咲に対し、明宵は息を切らしながら答えた。
「…っ…大丈夫です…はぁ…っ…」
「苦しいかもしれないけど、あと少しだから頑張って」
「ああ、もうすぐみんな死んで楽になるからな」
4人の会話の中に、突如知らない男の声が混ざる。4人の女性は声のした方である山の上に目をやるが、夜の闇に紛れており、敵の姿は見えなかった。
「誰だ!」
「これから死ぬやつに教える名前はない」
その男がそう言うと、輝夜たちの上方向から轟音が鳴り響く。瞬時に嫌な予感を察知した輝夜は叫んだ。
「全員逃げて!!」
輝夜の叫びに呼応するように、全員その場から駆け出した。
誰もいなくなったその細い道に、道を塞ぐほどの巨大な岩が落ちた。
輝夜たち4人は全員無事だったが、その岩が落ちた振動で姿勢を崩す。そんな4人を取り囲むように、両側の山から武装した悪魔たちが降ってきた。
「やるしかなさそうだね」
紅葉がそう呟きながら自分の武器であるヌンチャクを発現させ、右手に握りしめる。
そんな4人の前に、黒いコートと仮面を身につけ、日本刀を右手に握った悪魔が降り立った。
「ほう、全員生き延びたか」
「…強力な魔力…いや霊力…?人間と悪魔のハーフ…?」
明宵は目の前に現れたその悪魔に対して分析する。分析された悪魔は鼻で笑って答えた。
「ふん、鋭い小娘だ。俺の名前はコーキ、お前たち冥土の土産に覚えておけ」
「私たちは勝ちます。侮るな!」
コーキの言葉に対し、輝夜は強気に言う。コーキは満足そうに微笑むと、刀を前に振り下ろし、悪魔たちに攻撃の指示を出した。
「やっちまえぇえ!!」
下っ端の悪魔たちがそう叫びながら輝夜たち4人に襲いかかる。
すぐさま4人は自分の武器を振るいながら背中合わせになり、悪魔を迎え撃つ。
輝夜は刀を抜き放って悪魔を斬り伏せ、紅葉は悪魔を蹴り飛ばし、明宵は魔導書から黒い獣を召喚して暴れさせ、水咲は鞭で悪魔を叩きのめしていたが、敵の数は一向に減らなかった。
「手を緩めるな!この女どもを殺し、霊力を奪え!」
コーキが悪魔たちに指示を出す。その声に従った悪魔たちは、自分の命もかえりみずに、輝夜たち4人に迫っていた。
4人を囲む輪が徐々に小さくなっていく。
「輝夜、このままじゃ…!」
「わかってる…!」
背中合わせになった紅葉と輝夜が切羽詰まった声でやり取りしながら、悪魔を倒していくが、やはり悪魔に押されていく。
「きゃああっ!!」
輝夜と紅葉の背後から悲鳴が聞こえてくる。輝夜と紅葉が見ると、水咲が悪魔に突き飛ばされ、地面に倒れ込むと、悪魔に迫られていた。
「いやぁっ!!来るな!!」
水咲は感情的になって鞭を振るうが、逆に悪魔の一体が鞭を掴んで取り上げ、水咲は丸腰にさせられていた。
「霊力もらうぜぇ!」
「…させませんよ」
水咲に飛び掛かろうとする悪魔を、明宵が横から黒い獣を割り込ませてその拳で粉砕する。
明宵が使役する黒い獣は、力任せに悪魔たちを殴り倒していく。だが、明宵もその獣に霊力を集中させるあまり、徐々に息が荒れてきていた。
「はぁ…はぁ…」
「隙だらけだぜぇええ!!」
明宵が呼吸を整えようとしたほんの一瞬、悪魔の1人が明宵の背後から覆い被さるようにして、明宵を地面に押し倒した。
「…!!」
黒い獣が消え、明宵も恐怖で声が出なくなる。状況に気づいた輝夜が咄嗟に明宵を助けるが、その間に紅葉が悪魔に殴り伏せられ、輝夜の目の前にも、悪魔の巨大な棍棒が迫っていた。
輝夜はどうにか刀で棍棒を受け止めるが、悪魔の力は強く、このまま押し切られるのも時間の問題だった。
「このままでは…!」
輝夜が悲観したその瞬間だった。
輝夜たちや悪魔たちも含めて、上空から白い光が彼女たちを照らし出す。
「なんだ?」
コーキの疑問をよそに、耳慣れない大きなプロペラ音と振動があたりに響く。
悪魔たちも戸惑っている中、地面に倒れていた紅葉が空を見て、その音と光の正体に気づいた。
「ヘリコプター…?」
紅葉の言葉通り、そこに飛んできたのはヘリコプターであり、輝夜たちが戦う場所を照らしながら、その上空に留まり始めた。
「よし!みんな!準備して!」
ヘリコプターに乗っている四葉は、他の仲間たちに声をかける。ひかり、心愛、二菜は、それぞれ気合いを入れるように返事をし、同時に輝夜たちを助けるために地上に降りる準備をしていた。
「寺田さん、ここまでありがとう!」
「いいんだ、心愛ちゃん。また君のライブが見られることを願っているよ!」
心愛が操縦席の寺田に礼を言うと、寺田は満面の笑みで応える。気にせず準備をしていたひかりは、四葉に伝えた。
「準備よし、いつでもいける」
「あぁ…この饗宴を楽しもうではないか…!」
ひかりと二菜の言葉を聞くと、四葉は大きく息を吸い、命令を下した。
「それじゃあ…行くよ!!」
四葉の声に呼応するように、他の3人はそれぞれ霊力で作った自分の武器を発現させて握りしめる。そして空いている方の手で地上に伸びたロープを掴むと、それによって地上へ滑るようにして降り立った。
「これは…?」
状況が飲み込めていない輝夜をよそに、四葉は指示を始めた。
「心愛、負傷者の手当て!ひかりと二菜は悪魔を!」
「引き受けた!」
「ふふふ…闇の力を思い知れ..!!」
四葉の指示に従い、四葉の友人たちはそれぞれ動き始める。
ひかりは霊力で作った両手斧を振り回し、動揺した悪魔たちを薙ぎ倒していく。
「せいやぁっ!!」
自分の後ろにいた水咲を襲おうとする悪魔を、渾身の一撃で真っ二つにしたひかりは、ほとんどの悪魔たちを倒したのを確認してから水咲に手を差し伸べた。
「大丈夫。さ」
「…礼は言っておくわ」
水咲が救われている間に、二菜は左目の眼帯を外しつつ、明宵のもとにやってきていた。
「黒き衣の天使よ…私という神の使いが来たからには…」
「早く悪魔を倒さないと。動揺中なら弱いはずです」
「あ、はい」
二菜が口上を述べていると、明宵が短く話を終わらせる。二菜は少し悲しそうにしながら、自分の武器である大鎌を振るって悪魔たちを蹴散らし始めた。
「あなたたちは一体…?」
輝夜が四葉に尋ねる。四葉は自分の武器である剣を振るって悪魔を斬りつつ、輝夜の質問に答えた。
「私たち、白鷺第一高校の者です!星霊隊のみなさんのお役に立ちたくて、ここまで来ました!」
「危ない!!」
四葉が質問に答えていると、コーキが四葉の背後に急接近し、刀を振り下ろす。しかし、輝夜が咄嗟にコーキの刀を受け止め、鍔迫り合いの形になった。
「手伝います!」
四葉はそう言ってコーキ目掛けて剣を振るうが、コーキはあっさりとそれをかわし、四葉を蹴り飛ばし、さらに輝夜からも離れた。
コーキは周囲を見回す。想定外の出来事には弱い悪魔たちの特性を突かれ、無数にいたはずの悪魔たちは、もうすでに数えられるほどしか残っていなかった。
「ふん…ここまでにしておいてやろう」
コーキはそう言って刀を鞘に収めると、生き残った悪魔たちを引き連れ、道を塞いでいる大岩へジャンプして飛び乗り、そのまま輝夜たちの前から姿を消した。
コーキたちの背中を見送った輝夜たちは、ひとまず状況を確認し始める。輝夜はまず目の前に立つ四葉に話しかけた。
「お助けいただきありがとうございます。私は星霊隊の月影輝夜。あなたのお名前は?」
「市川四葉です!」
「四葉さん、助けていただいたのは感謝しますが、ここは危険です、早々に去った方がよろしいかと」
輝夜の忠告を聞きながらも、四葉は首を横に振った。
「いいえ、私たちも一緒に戦います!」
「しかし」
「このままではこの岩を越えられません!私たちを乗せて来てくれたヘリを使えば、目的地まで飛ぶこともできます!」
四葉は積極的に輝夜を説得しようとする。そんな輝夜に、明宵が耳打ちした。
「…紅葉さんが傷を負っています。早く治療しないと」
「あ、任せて!」
明宵の話を勝手に聞いていた心愛がそう言うと、発現させていたスタンド付きのマイクを持って紅葉に近づく。心愛は紅葉の隣に立つと、マイクに向けて歌い始めた。
「らーらーらー」
その歌声を聴いた紅葉は、心愛の方を見る。同時に、紅葉は自分の体の傷が治っていくのに気がついた。
「…傷が治ってる…?どういうこと?」
「心愛の霊力だよ!お姉さん!」
心愛は歌い終えると、明るくそう言って紅葉に手を差し伸べる。紅葉はその手を掴み、立ち上がった。
同時に、その場にいた8人の上空を飛んでいたヘリから、縄ハシゴが降りて来た。
「みんな!それに掴まるんだ!敵の拠点まで連れていく!」
ヘリを操縦している寺田が叫ぶ。戸惑う輝夜たちだったが、すぐに四葉が縄ハシゴに掴まり、上へ登り始めた。
「さ、行きましょう!」
四葉が言っている間にも、ひかり、二菜、心愛はハシゴを登っていく。輝夜たちも戸惑ったが、他に方法もないと悟ると、縄ハシゴを登り始めた。
その頃、日菜子たちは囮として正面から敵の基地を目指して戦っていた。しかし、悪魔の攻撃は激しく、日菜子たちはほとんど前進できておらず、さらに彼女たちの表情にも疲労が見え隠れしていた。
「みんな…!まだ…いける…!?」
ひと通り悪魔たちを倒した日菜子は元気な表情を取り繕って周囲のメンバーたちに尋ねる。そんな日菜子の姿に、他のメンバーたちも気持ちを振り絞って明るく返事をした。
「日菜子さん、まだ来るよ!」
六華が正面を見ながら言う。六華の言う通り、無数の悪魔たちが正面から迫って来ていた。
「お姉ちゃん、輝夜たち、上手くやれてるかな?このままじゃ私たちが保たないよ?」
日菜子の耳元で美雲が囁く。言っている美雲の体にも傷がついていた。
「そうだね…美雲、幸紀さんに確認してみて。私たちはこっちをやるから」
「わかった」
日菜子の指示を受けて、美雲は幸紀に通信し始める。同時に、日菜子は他のメンバーたちを引き連れて正面から来る悪魔たちと戦い始めた。
作戦地点の上空で、輝夜は幸紀から通信を受けていた。
「輝夜、今君たちはどこにいる?」
「幸紀さま、私たちは今、空を飛んでいます」
「空を?」
「ええ、乗り物に乗って。なにか、頭の上でくるくると回っている乗り物です」
輝夜の説明を聞いて、幸紀は余計に状況がわからなくなる。そんな状況を見て、四葉は思わず話し始めた。
「ヘリコプターです!ヘリに乗って目的地に向かってます!」
「誰だ今のは?」
幸紀が思わず尋ねると、紅葉が話し始めた。
「助けに来てくれた子です。ヘリも連れて来てくれて、今そのヘリに乗って目的地に向かってます」
幸紀は完全に想定外のことが起きている今の状況に、内心激しく驚き、思わず言葉を失った。
「幸紀さん?」
黙っている幸紀に、紅葉が尋ねる。幸紀はすぐに平静を取り繕った。
「すまない、聞こえている。ではこのまま作戦を続けてくれ」
幸紀が言うと、輝夜が返事をする。そうして幸紀が通信を切った瞬間だった。
ヘリの操縦席の方から聞こえたのは、ガラスが割れるような音だった。
操縦席のすぐ近くにいた心愛は、嫌な予感がして操縦席を覗き込む。操縦桿を握っていた寺田の腹から血の赤色が飛び散っていた。
「寺田さん…!!」
心愛は状況を理解すると、すぐさま霊力でスタンドマイクを発現させる。しかし、寺田はすぐに話し始めた。
「やめるんだ心愛ちゃん…!!どうやってもこのヘリはもうすぐ墜落する…!ボクが時間を稼ぐ、君たちはパラシュートで脱出するんだ…!!」
「でも…!」
「急いでくれ!」
寺田は強く心愛に言う。それを聞いた水咲は、素早くパラシュートを用意し始め、全員に配り始めた。
「ほら、ピンクヘア、あなたもさっさとしなさい」
「ねぇ!人の心とか無いの!?」
「降りろってその人が言ってるのよ?言うこと聞いておいた方がいいと思うわ」
「この…!!」
冷静に言い放つ水咲に対し、心愛は奥歯を噛み締める。そんな心愛に、寺田が語りかけた。
「心愛ちゃん…早く行ってくれ…行って、たくさんの人を、笑顔にしてあげてくれ…君は…アイドルなんだから…」
寺田の言葉を聞き、心愛は言葉に詰まる。その間に、パラシュートの装着を終えた輝夜や四葉は、静かに寺田の方に向き直った。
「寺田さま。お助けいただき、まことにありがとうございました」
「本当に感謝しています!」
輝夜と四葉の言葉を聞き、寺田は微笑んだ。
「星霊隊のみんな…心愛ちゃんを守ってあげてくれ…」
寺田の言葉を聞き、輝夜と四葉は頷く。そして、パラシュートを装着した水咲が真っ先に飛び降りると、それに続くように他のメンバーたちも降りて行った。
最後に残った心愛の肩を持ち、四葉は優しく声をかけた。
「行きましょう」
四葉に言われると、心愛は心苦しそうにしながら四葉とともにヘリを飛び降りた。
数分後、ノルズは部屋で部下たちの報告を聞きながら次の一手を考えていた。
「戦況はおおよそ予定通り。このまま行けば…」
ノルズがニヤリと笑っていると、突然彼のいる拠点のすぐ近くから轟音が鳴り響く。ノルズは思わずそちらの方に目をやりながら、手元の通信機に命令した。
「おい、今の音はなんだ。誰か報告しろ」
ノルズが言うと、少し間を置いて通信機から返事がきた。
「ヌセルです。今のは撃墜した人間の飛行機です。生きている奴はいないようです」
「そうか、使えるものは残骸から奪い取れ」
ノルズが指示を出すと、悪魔たちはそれに従ってヘリの残骸を漁り始める。一方のノルズは再び椅子の背もたれに体重を預けた。
その瞬間、ノルズの部屋の入り口の方から何かしらの物音が聞こえて来た。
「誰だ?」
ノルズがそう言って立ち上がった瞬間、部屋の入り口が乱暴に開き、何人かの女性が雪崩れ込んできた。
「悪魔軍の指揮官…!」
「星霊隊か…!」
ノルズは目の前に現れたのが輝夜たちであることに気づいた。同時に、幸紀から送られて来た情報にはいなかった四葉たちの顔にも気がついた。
「覚悟してもらう!」
丸腰のノルズを目掛けて、ひかりが一気に近づいて斧を振り下ろす。ノルズはなんとかそれを回避するが、回避した先に二菜が鎌を振り下ろしていた。
「ぬっ!」
ノルズはなんとか鎌の刃先を腕で受け止める。鎌が突き刺さり、ノルズの腕から血が滴り始めた。
そこに紅葉の炎をまとった飛び蹴りが、ノルズの顔面に炸裂した。
「ぐはっ!!」
ノルズは大きく吹き飛び、窓から外に放り出された。
少なくないダメージを受けたノルズは、口元の血を拭いながら目の前にいる星霊隊の8人を眺めた。
「…これはこれは。丸腰の相手をリンチするのが君たちの趣味か」
ノルズの言葉に対し、四葉は強く返した。
「言ってるあなたたちは何人丸腰の人間を殺してきたんですか!!今日だってあなたたちのせいで…!寺田さんは…!!」
「人間風情が抵抗するから殺されるのだ。いちいち誰が死のうと知らん。最初から俺たちの奴隷になって犯されていればよかったのだ」
ノルズは冷徹に言い放つ。四葉は感情的になって剣を構えた。
「この…!」
「ノルズ様をお守りしろ!」
その瞬間、ノルズを守るように悪魔たちが駆けてくる。部下たちに守られながら、ノルズは立ち上がった。
「退くぞ」
ノルズは短く部下たちに言う。そのままノルズは部下に囲まれながら、輝夜たちに背を向けて歩き始めた。
「待て!!」
四葉が叫び、ノルズの後を追う。他のメンバーたちも四葉と共にノルズを追うが、ノルズの部下であるヌセルが悪魔たちを率いて四葉たちの前に立ち塞がった。
「貴様ら!ここは通さん!」
「いいや、通してもらうぞ!」
ヌセルの言葉に対し、二菜が言い返す。悪魔たちと輝夜たち8人がぶつかり始めると、ノルズはその間に逃げていくのだった。
その頃、日菜子たちは明らかに敵が動揺し、弱くなっているのを感じていた。
「これは…!」
ボロボロになっていた日菜子たちの表情が明るくなる。日菜子たちは勢いを取り戻すと、動揺して浮き足立っている悪魔たちを押し返すようにして武器を振い始めた。
「勝てるよ!あと少し!頑張ろう!」
日菜子の掛け声に合わせながら、彼女たちは前に進み始めた。
日菜子たちが奮闘している間、輝夜たちもヌセルを倒したが、ノルズを逃してしまっていた。しかし、輝夜たちの周りには、もう悪魔たちはいなかった。
「…敵の指揮官、逃してしまったようですね」
明宵が冷静に呟く。輝夜は刀を鞘に納めながら首を横に振った。
「仕方のないことです」
「ま、任務は達成できたんだから、いいんじゃない?」
輝夜の言葉に、紅葉が言う。輝夜はそのまま四葉たちの方へと向き直った。
「四葉さんたち、あなた方のおかげで勝てました。改めてお礼を申し上げます」
輝夜に礼を言われ、四葉は首を横に振った。
「いいえ!お役に立てて良かったです!」
「輝夜ー!」
輝夜と四葉が会話していると、日菜子の声が聞こえてくる。輝夜たちが振り向くと、戦闘を終えて疲弊しきった様子の日菜子たちがそこにいた。
「日菜子さん!ご無事で良かったです」
「輝夜たちこそ、よく任務を果たしてくれたね!それで…」
日菜子は輝夜の横に立っている、自分たちの仲間ではないはずの女性、四葉たちに目をやった。
「今日のお昼に来てくれた子だよね?なんでここに…」
「日菜子さん、雨も降っています、中の調査も兼ね、一度拠点の中に入ってお話ししましょう」
疑問を呈する日菜子に対し、輝夜は冷静に提案する。日菜子は輝夜の提案を聞くと、それに頷き、全員を拠点の中へと誘導し始めた。
拠点の中に入った星霊隊の女性たちは、雨に濡れた体を拭き、椅子や床に腰掛けて休み始めた。
「ふぃー、あー、今日もしんどかったぁ…」
美雲が明るい空気で言うと、稲香も賛同した。
「マジでやばかったよなぁ。今日明日はたっぷり休ませてもらわねぇと」
稲香の言葉に、焔が横から口を挟んだ。
「ダメよ。この後はこの拠点の調査、明日は補給路の確保よ。休んでる暇なんてないわ」
「焔さん厳しすぎだよー」
焔の言葉に、六華が思わずぼやく。焔はあまり気にせず、珠緒に対して指示を出した。
「珠緒、侯爵と幸紀に任務完了の連絡をして」
「承知しました」
焔の指示を受けて、珠緒は通信機で連絡を取り始める。同時に、焔は休んでいるメンバーたちに対して、手を打ち鳴らして休憩を無理矢理終わらせた。
同じ頃、拠点内の少し離れた場所で、日菜子は四葉、ひかり、心愛、二菜の4人と向き合っていた。
「ひと通りあなたたちの活躍は輝夜から聞きました。本当に感謝しています」
日菜子は固い表情で言う。四葉たちも日菜子の表情につられるように固くなっていた。
「でも、あなた方がやったことは本当に危険だった!今回は運が良くて生き残ったけど、一歩間違えばヘリに乗せてくれたあの人みたいに死んでいてもおかしくなかった!」
日菜子の言葉に、四葉は黙り込む。日菜子はそのまま続けた。
「私たちの任務は民間人を守ること、なのに、民間人を巻き込んでこんなことをして!どうしてなの!?」
日菜子は四葉たちを厳しく叱責する。怯んで何も言えないでいるひかりたちを見て、四葉が一歩前に出て話し始めた。
「桜井さん、全部私の責任です!私が星霊隊に入りたい一心で、みんなを巻き込んだんです!」
日菜子は沈黙して四葉の言葉を聞く。四葉はそのまま続けた。
「皆さんのお役に立ちたい気持ちが先走って…冷静な判断ができなくなっていました…!そのせいで寺田さんは死んでしまった…!全部私のせいです!」
日菜子はそれを聞くと、四葉が反省していることと、同時に本気で星霊隊に加入したいと思っていることを理解した。
しばらく黙り込んだ日菜子は、考え抜いた末に答えを出した。
「…わかった。あなたたちを星霊隊に歓迎します」
日菜子の言葉に驚き、耳を疑ったのは四葉たちの方だった。
「え…なんで…?」
「あなたたちの星霊隊に入りたいという気持ちは本物だと思ったし、あなたたちの行動力は星霊隊に必要だと思ったから。それに、あなたたちが星霊隊に加入してくれれば、亡くなった一般の方への賠償も侯爵を通して可能になる」
日菜子は論理的に言う。四葉たちがお互いに顔を見合わせると、日菜子は笑顔を作って右手を差し出した。
「これから一緒に頑張りましょう」
日菜子の言葉に、四葉は感極まりながら、大きく返事をするのだった。
幸紀と清峰は霊橋区の市庁舎で、珠緒からの報告を受けていた。
珠緒からひと通りの報告を聞くと、幸紀は明るい表情で清峰に話しかけた。
「作戦は無事成功。敵の拠点を奪い、さらに味方も4人増えた。民間人の犠牲者は1人出ましたが、正直、大勝利といって差し障りないでしょう。おめでとうございます」
幸紀の言葉に反して、清峰の表情は険しかった。
「本当にそうか?」
「と言いますと?」
「多くの仲間がここの拠点を攻略できずに死んでいった。それがこんなにも簡単に掌握できるのか?我々は罠に誘いこまれたのでは?」
清峰はそう言って幸紀を見る。幸紀が何も言わないでいると、清峰はすぐに険しい表情を解いた。
「いやすまない、幸紀に言っても仕方のないことだった」
「いえ、警戒は怠らないようにします」
「そうしてくれ。私は犠牲者の件をなんとかする」
清峰はそう言って幸紀の肩を軽く叩くと、その場を後にする。
幸紀は雨の降る窓の外を眺めながら、次の行動を考え始めた。
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