第9話 暴走

前回までのあらすじ

 星霊隊の奮闘によりノルズの考えた三方向からの侵攻は阻止された。

 しかし、その戦闘の最中、雪奈が悪魔軍の手により怪しい錠剤を飲み込まされ、暴走状態に陥った。



悪魔軍霊橋区攻撃部隊司令本部

「遅くなりました」

 悪魔軍の敗残兵をまとめながら、コーキはノルズが待つ彼の自室にやってきた。

 先に逃げていたカザンが椅子に腰掛けるノルズの前に立っており、コーキが来るなり、カザンは大きな声で喚き始めた。

「ノルズ将軍!コイツです!コイツのせいで我々は負けたのです!敵は我々の動きを知ってました!コイツは鬼の一族でありながら人間に魂を売ったのです!」

 カザンが大声で言うのに対し、コーキは何も言わない。ノルズはそんな様子を見て、落ち着いた声で話し始めた。

「まぁ落ち着け。両方ともそこに座れ」

 ノルズはそう言って両者を座らせる。両者は特に抵抗もせずに椅子に座った。

「今回の戦、我々は750の兵を失った。実に8割以上だ。これには3つの敗因があると言えるだろう」

 ノルズは腰に提げていたサーベルを抜くと、そのサーベルを差し棒の代わりにして地図をなぞった。

「ひとつ。戦場が細い道だったこと。これでは大軍の利は活かせない。地の利を活かした向こうが一枚上手だったと言わざるを得ないだろう」

「しかし」

「黙れ!」

 ノルズの状況分析に対し、カザンが口答えしようとするが、ノルズはそれを一喝して黙らせる。そしてノルズは話を続けた。

「もうひとつ。敵の1人、風花という女を侮っていたこと。コーキの報告通りの意気地無しで戦力にならないと思っていたが、これに想定以上に盤面を狂わされた」

「それもやはりこのコーキの不手際」

 カザンが便乗してコーキを糾弾しようと瞬間、ノルズは立ち上がり、カザンの心臓を持っていたサーベルで貫いた。

「ノルズ…将軍…!?」

「最後のひとつは!貴様だカザン!貴様は我が身可愛さに戦線を放棄した!!そのせいでサネガンもナパスも死んだのだ!!」

 ノルズは感情的に叫びながらサーベルを抜くと、もう一度カザンの体をサーベルで貫いた。

「貴様があと5分戦線を保たせていれば!!我々は勝っていた!!挙句その罪を他人になすりつける?この役立たずの臆病者め!!鬼の一族の面汚しめ!!恥を知れ!!」

 ノルズはそう叫びながら何度もサーベルをカザンの体に突き立てる。ノルズの息が切れた頃には、カザンは何も言えない死骸になっていた。

 ノルズはサーベルを自分の腰の鞘に納める。そしてコーキの方に振り向いた。

「いやぁコーキ。ご苦労だった」

 ノルズの顔は血に汚れたままであり、ノルズはそれを拭かないままコーキに笑顔を見せる。コーキは何も言わずに一礼した。

「君のこの戦での功績は大きい。戦線を保たせ、撤退の手際もよかった。何より、君の得た情報によってこの戦は有利に運べたのだ。負けたとはいえ、それは誇ってくれていい。悪いのはそこのそれだ」

 ノルズはカザンの死体を顎で指して言う。ノルズは血に汚れた手を拭くと、コーキの手を持った。

「今後も君のことは頼りにしている。どうか力を貸してくれ」

「仰せのままに」

 コーキはノルズにそう言って頭を下げる。ノルズはそんなコーキの姿を見て、満足そうに呟いた。

「君のその忠義と武勇こそ、鬼の一族の鑑。私のようなの一族が憧れるもの。これからもよろしく頼む」

 ノルズはそう言って口角を上げる。コーキもそれに合わせて口角を上げるが、その仮面の内側は、ノルズには見えなかった。




霊橋区市庁舎

 激戦を終えた日菜子たちは、市庁舎で傷の手当を終え、ひと休みしていた。

 戦闘が終わると同時に幸紀が清峰に連絡しており、幸紀と清峰は目の前で休む星霊隊のメンバーたちを眺めていた。

「幸紀さん」

 六華が幸紀の方に歩み寄り、声をかける。幸紀が振り向くと、六華の後ろのソファーで横になり、苦しそうに息をする雪奈の姿が見えた。

「敵を倒したのに、雪奈ちゃん、全然熱が下がらなくて…」

「何があったんだ?」

「敵に変なものを飲まされてました。それからすごく暴走して…」

 六華からの報告を横で聞いていた清峰が幸紀と相談し始めた。

「当然まともなたぐいのものじゃないだろうな」

「病院に送るべきでしょうか」

「いや、『月影つきかげ神社』の方がいいだろう」

 清峰の言葉に、六華は尋ねた。

「えっと、『月影神社』って?」

「昔から悪魔祓いをしている神社だ。ここの巫女たちは霊力の専門家で、雪奈の暴走が霊力によるものだとしたらきっとなんとかしてくれるはずだ」

 清峰が解説していると、話を聞いていた日菜子が会話に加わった。

「侯爵、私が雪奈を連れていきます!」

「だが日菜子、君は…」

 反論しようとする清峰を、幸紀が制した。

「侯爵、日菜子が最適かと。今は車も使えませんし、一刻を争う状況です。星霊隊の代表者として日菜子が行くのが、1番話が早く済むと思います」

 幸紀に説得されると、清峰もその言葉に従った。

「わかった。日菜子、雪奈を頼む」

「お願いします!日菜子さん!」

「任せて!」

 日菜子は快活に言うと、雪奈をおぶる。その状態で他のメンバーたちに声をかけた。

「みんな、行ってくる!美雲、何かあったらここをお願いね!」

「オッケー。お姉ちゃん、気をつけてねー」

「ありがとう!」

 日菜子は美雲と短くやり取りすると、雪奈を背負って部屋を出ていく。それと入れ違いになるように、焔が青ざめた表情で清峰と幸紀の下に駆けてきた。

「侯爵、侯爵、大変です」

「どうした焔、そんなに慌てて」

榊原さかきばら防衛長官が…つい先ほど殺害されました…!」

「なにっ!?」

 焔が伝えた情報に、思わず清峰も大きな声を出す。部屋にいた全員が、思わず清峰の方を見るが、構わず清峰は話を続けた。

「焔、一体何があったんだ!?」

「詳細は分かりません…ですが、捕まった容疑者が、侯爵に会いたいと言っているそうです。侯爵と星霊隊にだけ、話したいことがあるようで…」

 焔が言うと、清峰は素早く決断した。

「わかった。会おうじゃないか。焔、幸紀、私と共に来てくれ。美雲、ここの守りは任せたぞ」

「はーい」

「行くぞ」

 清峰は素早く歩き出す。幸紀と焔もそれにつき従うようにして少し後ろからついていき、部屋を出た。

 3人がいなくなると、稲香が他のメンバーたちに尋ねた。

「なぁ、防衛長官ってどんな人なんだ?侯爵、めちゃくちゃ慌ててたけど」

「この国の、悪魔との戦線の全てを指揮する人です」

 珠緒が解説すると、稲香は意外そうに声を上げた。

「え、ここ以外にも悪魔と戦ってるところがあるのか?」

「そーだよ。うちらがいるのが中央。他の有名なとこだと、北と南だね」

 美雲が解説すると、稲香は何かを察した。

「じゃあもしかして、ここに男があんまりいないのって、みんなそっちに行ってるから?」

「そう…私の友達でも、そっちに行ってる人もいます…」

 風花が言うと、稲香は驚きの真実に何も言えなくなっていた。

「でも、基本的に最前線以外、平和なんだ。前に、1回すごい戦闘があって、それでかなり悪魔たちの勢いは抑えられたし。それ以来、志願者は戦いに行くけど、無理矢理行かされるような人はいないはずだよ」

 美雲が言うと、稲香は俯いた。

「そっかぁ…じゃあ、少しでも早くこの戦いを終わらせて、みんなで心から笑い合えるようにしてぇな!」

 稲香が言うと、隣に座っていた六華も賛同した。

「そうだよ!そのためにも…雪奈ちゃん、早く元気になってほしいな…」

 珍しく元気のない六華に対し、美雲が笑いかけた。

「大丈夫だよ。うちのお姉ちゃん、すっごい頼りになるから」



20分後

 日垣ひがき紅葉もみじは、石造の灯籠とうろうが照らす、月影神社の境内にやってきた。鳥居をくぐり、正面の賽銭箱と本堂には向かわず、横にある古い小さな一戸建ての家のほうに進むと、その古臭い引き戸の隣にあるチャイムのボタンを鳴らした。

「はい、今参ります」

 気品のある凛とした声が中から聞こえてきたかと思うと、すぐに紅葉の目の前の引き戸が開く。

 紅葉の目の前に現れたのは、艶やかな長い黒髪に、赤い瞳、黒い和服と赤の巫女袴を着た、いかにも大和撫子然とした女性だった。

「ういーっす、輝夜かぐや。夜食作りにきたよ」

 紅葉はそう言って右手に握られたビニール袋の中に入っている食材を見せつける。それを見た和服の女性、輝夜は、小さく微笑んだ。

「いつもありがとう。さ、上がって」

「お邪魔しまーす!」

 紅葉が明るく挨拶しながら輝夜の家に上がる。靴を手早く脱ぐと、紅葉は慣れた足取りで家の台所に向かった。

「今日も遅くまでお祓いやってたのか?」

 紅葉は隣を歩く輝夜に尋ねる。輝夜は頷いた。

「そうね。最近、悪魔関係の事件がすごく増えているの。だから夕飯もこんなに遅くなって、紅葉に作りにきてもらっちゃって」

「気にしなくていいって、ご近所同士だろ?困ったらお互い様だって」

 2人は雑談をしていると、リビングにたどり着く。居間では座布団に正座しながら眠りそうになっている輝夜の母もいた。

「あぁ、紅葉さん。来てくれてありがとう」

「どうも、おっかさん。台所借りますね」

 紅葉は輝夜の母にも軽く挨拶をすると、台所に入り、持ってきた食材を置いて料理を始めつつ、居間で待つ輝夜と雑談を始めた。

「本当に『月影の巫女』ってのも大変だねぇ。毎日毎日、いろんな人が悪魔に怯えてここに駆け込んでくる。その1人1人を相手しなきゃならないんだから、楽じゃないよな」

「それも月影の巫女の宿命…お役目だから」

「ははは、輝夜は真面目だなぁ」

 輝夜の言葉を聞きながら、紅葉は手際良く料理を続ける。輝夜は居間でお茶を飲みながら、小さく微笑んだ。

 そんな輝夜と紅葉の耳に、外から知らない声が聞こえてきた。


「すみません!!誰かいらっしゃいませんか!」

 

 切羽詰まった女性の声。輝夜と紅葉は、それを聞くなり背筋を伸ばした。

「おばさん、ちょっと味噌汁見ててください!」

「紅葉と様子を見てまいります」

 輝夜と紅葉は輝夜の母にそれぞれ言うと、素早く駆け出す。2人が居間からいなくなると、輝夜の母は台所へと歩き始めた。

 輝夜は声がした玄関先までたどり着くと、引き戸を開ける。輝夜と紅葉の前には、青白い髪の少女を背負った、暗い金髪の女性が立っていた。

「月影神社の巫女さんですか!?」

 暗い金髪の女性が輝夜に尋ねる。輝夜は落ち着いた物腰で応対し始めた。

「はい。そうです。ご用件はなんでしょうか?」

「待った。輝夜、この人、星霊隊の人じゃないか?」

 輝夜に対して紅葉が言う。輝夜が戸惑っていると、目の前の女性は声を上げた。

「そうです!私は星霊隊の桜井日菜子です!この子が戦闘中に、悪魔に変な薬を飲まされて…!」

 日菜子はそう言うと、背負っていた雪奈を輝夜に見せる。

 雪奈は顔を赤くし、額には汗を浮かべ、苦しそうに喘ぎ声を漏らしていた。

「ただの熱とかじゃなさそうだね」

「今こちらのものに診せます、紅葉」

 輝夜が指示を出すと、紅葉は日菜子から雪奈を受け取り、居間にいる輝夜の母の下へと連れて行った。

「おばさん!ちょっとこの子診てやってください!」

 輝夜の母が雪奈を診ている間、紅葉は日菜子の下に戻ってきた。

「日菜子さん、とおっしゃいましたね。私はここの巫女の月影つきかげ輝夜かぐやと申します」

「輝夜さん、はじめまして。じゃあ、そっちの子も、巫女さん?」

 日菜子は紅葉の方を見て尋ねる。紅葉は首を横に振った。

「いや?アタシはただのご近所だよ。日垣ひがき紅葉もみじっていうんだ」

 紅葉が軽く自己紹介をしていると、輝夜が何かを感じ取る。同時に、紅葉も同じような反応を示した。

「紅葉」

「ああ」

 2人は短く言葉を交わすと、日菜子の横を通って外に出る。日菜子も何か非常事態を悟って2人についていった。


 3人は誰もいない神社の境内にやってくる。同時に輝夜と紅葉は霊力を自分の体に集中させつつ、大きく息を吸った。

「悪魔よ!出てまいれ!月影の巫女が相手になる!」

 輝夜の声が夜空に響く。日菜子は輝夜の言葉の真意が見えず、戸惑っていたが、瞬間、地面から黒い煙が集まり、3人を囲むようにして悪魔たちが地面から現れた。

「そんな…!」

「どうやらけられていたようですね」

 悪魔たちに対して輝夜が冷静に言う。日菜子は目の前の現状に奥歯を噛み締め、輝夜たちに言った。

「私のせいね…!2人は下がって!私がやる!」

「戦い疲れてるんじゃないの、星霊隊のお姉ちゃん!私らに任せな!」

 日菜子の言葉に対し、紅葉は威勢よく言う。同時に、紅葉は霊力でヌンチャクを作り出し、握る。日菜子は紅葉の言葉に、思わず驚いて声を張った。

「そんな!悪魔は強いよ!?生半可な腕じゃ殺される!」

「ご心配は無用です。私たちも戦い慣れておりますゆえ」

 輝夜もそう言って霊力で日本刀を作り出し、腰を低く落として構える。

「やっちまえぇ!」

 悪魔たちは3人へ襲いかかり始める。

「慣れてるんだよ!!」

 紅葉の元に一斉に5体の悪魔が襲いかかる。紅葉はヌンチャクを軽く振るって悪魔を1体倒すと、炎を纏った足の蹴りで、一撃で残りの4体を黒い煙に変えた。

 同時に、輝夜にも5体の悪魔たちが棍棒を振り下ろす。輝夜は全てを軽やかな動きで回避すると、一瞬だけ刀を抜く。輝夜が刀を鞘に納めると、5体の悪魔たちは無数の斬撃を浴びて黒い煙に変わった。

「すごい…!」

 日菜子は圧倒的な戦闘力の輝夜と紅葉に思わず声を上げる。その間にも輝夜と紅葉は悪魔を片付け、辺りにはもう悪魔の姿はなかった。

「ま、晩飯前の運動にはなったか?」

 紅葉は炎を纏っていた足を軽く叩いて軽口を言う。輝夜も得意げな笑みをたたえながら霊力で作った刀を光の粒に戻した。

「2人ともすごい!なんでそんなに強いの?」

 日菜子は興奮した様子で2人に尋ねる。紅葉も霊力で作ったヌンチャクを光の粒に戻しながら笑った。

「へへ、ま、いつも輝夜の手伝いしてたからな」

「ええ。悪魔を祓い、皆さんの生活を守る。それが月影の巫女の使命なので」

 2人が得意げに言うと、日菜子は感心して思わず拍手する。

 そんな3人の元に、輝夜の母がやってきた。

「3人とも、あの子のことで話が。戻ってきて」

「わかりました!」

 日菜子は勢いよく返事をすると、輝夜の母のもとへ走っていく。輝夜と紅葉は周囲にもう悪魔がいないことを確認してから日菜子を追って走り始めた。


 輝夜の自宅に戻り、布団の上に寝かされている雪奈を見下ろしながら、日菜子は輝夜の母から話を聞かされていた。

「結論から申します。この子の症状は、我々月影の巫女の手には負えないものでした」

「そんな…!」

 輝夜の母からの言葉に、日菜子は言葉に詰まる。すぐに紅葉は輝夜の母に尋ねた。

「おばさん、どういうことっすか?」

「私の思いつく限りの手を打ってみました。しかしいずれも効果がなく…悪魔に飲まされたという薬の効果で、私たちの霊力が跳ね除けられているようなのです」

 輝夜の母が説明すると、横で様子を見ていた輝夜が提案した。

「母上、明宵あけよのところに連れていきましょう。彼女ならば何か思いつくやも」

「アケヨ?」

 日菜子は耳慣れない言葉に、輝夜に尋ねる。輝夜は頷き、日菜子に説明し始めた。

「私の友人です。霊力にかけては私や母上以上に詳しく、本人も比類ない霊力を有しています」

 輝夜の言葉に、輝夜の母も頷いた。

「そうね。明宵さんなら信頼できる。日菜子さん、それでもよろしいですか?」

「はい!雪奈を救えるなら、それで!」

 日菜子は真剣な表情で言う。輝夜の母はそれを見て頷き、輝夜に指示を出す。

「わかりました。輝夜、日菜子さんを連れて明宵さんの元へ行きなさい。紅葉さん、あなたは帰ってもいいのよ?」

「そうも行かないでしょ?乗りかかった船だ、私も手伝うよ、日菜子さん」

 紅葉は快活に日菜子に言う。日菜子は嬉しそうに笑顔を見せて頷き、雪奈を背負った。

「では、行きましょう!」

 輝夜は話がまとまったのを見て、他のメンバーたちに言う。輝夜に案内される形で、日菜子、紅葉は、夜の街へ走り始めた。




 同じ頃、清峰、幸紀、焔の3人は、前線である霊橋区から少し離れた町の白鷺しろさぎちょうまでやってきた。

 近代的なビルが並ぶこの街の中央から少し離れたところに警察署が設けられており、その地下に留置場がある。3人の目的地はそこだった。

 3人は警察署に入ると、焔が早速受付の警官に話を通す。警官は焔から状況を知らされると、3人を連れて留置場への階段を降りはじめた。

「お待ちしていました、侯爵」

「長官が亡くなった時の状況を教えてもらえるだろうか」

 階段を降りながら、清峰は警官に尋ねる。警官は淡々と知っていることを話し始めた。

「死亡時刻は今日の22時2分。長官はこの街に所有していた別荘で休暇を楽しんでおられました。どうやら長官は女性と楽しんでいたようで、その隙を殺害された様子です」

「それで、容疑者が私を呼んでいたとのことだが」

 清峰は警官に尋ねる。警官は変わらず淡々と話を続けた。

「はい。容疑者は星海ほしうみ水咲みさき。以前から長官と関係を持っていたようで、さらに調べたところ数々の偽名で窃盗や詐欺を働いている女です」

 階段を降りきり、留置場への扉の前で4人は止まる。警官からの報告を聞いた焔は、警官が扉の鍵を開けている間に清峰に耳打ちした。

「凶悪犯ですよ。油断なさらないで」

「ああ、わかっている」

 2人がやり取りしていると、警官が扉を開ける。扉の向こうには、鉄格子で区切られた小部屋がいくつか並んでいた。

 警官が先に進み、3人はそれについていく。そして1番奥の小部屋の前にたどり着くと、警官が声をかけた。

「星海、面会だ」

 声をかけられた彼女は、背中を向けていたが、ゆっくりと振り向く。

 モデルをやっていてもおかしくないような抜群のプロモーションに、短い濃紺の髪と、男なら誰でも引き込まれそうになる妖艶な空気感を漂わせているのが、今3人の目の前にいる星海水咲という美女だった。

「あら、随分焦らしてくれたわね?」

 水咲は余裕たっぷりの表情を見せながら、清峰たち3人の方へ近づき、鉄格子に寄りかかる。清峰は冷静に水咲を見下ろすようにしながら話し始めた。

「私は清峰。侯爵だ」

「えぇ、知ってるわ」

「用はなんだ」

 高圧的に尋ねる清峰に対し、水咲は警官の顔を見て不服そうな顔をした。

「そっちのおまわりは必要ないわ」

「なぜだ」

「私にとって用があるのは、星霊隊だけなのよ」

 水咲はニヤッと笑いながら清峰に言う。清峰はそんな水咲に不満そうな顔をしたが、警官をその場から退出させた。

「警官はいない。さぁ話せ」

「あら、そっちの男は?星霊隊には女しかいないって聞いたのだけど」

 水咲は幸紀を顎で指しながら尋ねる。清峰はややイラつきながら答えた。

「彼は東雲幸紀、星霊隊の訓練教官だ」

「あぁ。どーりであんな小娘たちが悪魔に立ち向かえてるワケね」

 水咲はそう言いながら、幸紀の方へと近づいた。

「ねぇ、あなた…イイ男ね。ここから出たら、私と遊ばない?」

 水咲は幸紀を妖しく誘う。だが幸紀は顔色ひとつ変えず、眉も動かさなかった。

「ねぇってば」

「貴様!」

 清峰は冷静さを失って水咲の胸ぐらを掴み上げた。

「いい加減にしろ!この国の安全を担う重要人物が死んだんだ!遊んでいる場合じゃないんだぞ!」

「侯爵、落ち着いてください」

 焔が清峰を取り押さえる。水咲は清峰から離されると、服を整えた。

「ふふ、せっかちね、早苗ちゃん」

「おちょくるな!」

「こっわーい。でも、これで『本物』ってわかったわ」

 水咲の言葉を清峰は理解できず、戸惑った。

「どういうことだ」

 水咲はそんな清峰の様子を見て、ニヤリとして話し始めた。


「今回の事件、犯人は人間に化けた悪魔よ」


 水咲の言葉に、清峰は言葉を失う。水咲はそのまま話を続けた。

「もしも、政府の上層部に敵が潜り込んでいた、なんてことが広まろうものなら、世間は大混乱になるでしょうね」

「だからこの話は星霊隊だけにしたかったと?」

「それもそう。だけど、星霊隊は他の軍隊とは違う。あんたの一存で動かせるわけでしょ?大事になる前に問題を片付けられるわ」

 水咲は得意げに微笑みながら話す。清峰が驚き、納得しているような様子の横で、焔が水咲に詰め寄った。

「私たちがここに呼ばれた理由はわかったわ。でも、その犯人はどこにいるの?」

「逃げた時に霊力で傷をつけた。辿ればすぐに場所はわかる」

「あなたの目的は何?あなたのような人がただ世間のために動くとは思えないわ」

 焔は水咲に対して鋭い目線を送る。水咲はそれに対しても余裕の表情で答え始めた。

「ここからの釈放と前科の帳消し。このふたつってところかしら。清峰侯爵の権力なら、できないなんて言わせないわよ?」

 水咲は清峰の方を見て言う。清峰は水咲の様子を窺いながら言葉を返した。

「貴様の発言が事実である証拠はあるのか」

「ないわ。でも事実。私を信じなければ、また新しい死体ができるだけ。そちらがお好みなら好きにすればいいわ」

 水咲は突き放すように言う。清峰は奥歯を噛み締めながら鉄格子から離れ、幸紀と焔を相手に小声で相談し始めた。

「どうするべきだと思う、幸紀、焔」

 幸紀は清峰に聞かれると、水咲を見る。同時に、水咲の発言をひとつひとつ脳裏で振り返り、自分のするべきことを考えていた。

(この女が言っていることは事実だ。悪魔軍の将軍の1人が人間軍の長官に接触していた。このまま言う通りに動かれたら、面倒なことになる)

 幸紀は短い間に考えを決めると、清峰に堂々と意見を示した。

「侯爵、この女を信じるべきではないと思います。俺は、この女の責任逃れの可能性を捨てきれません」

 幸紀がはっきりと言うと、隣に立っていた焔が反論した。

「侯爵、私は信じてみるべきだと思います。仮に彼女の言葉が事実だった場合、被害は計り知れません。嘘だったとしてもたったひとり女性が逃げるだけです」

「焔、冷静になれ。この女こそ悪魔かもしれないぞ」

「だったら私と幸紀で見張りましょう。怪しければ、その場で倒す。それならあなたも異論はないんじゃないかしら」

 幸紀と焔の議論が白熱する。その様子を見て、清峰は2人を止めた。

「もういい、2人とも。今回は私も焔に同感だ。責任は全て私が取る。奴を信じてみよう」

 清峰ははっきりと言う。幸紀は反論したかったが、それを飲み込んだ。

「…わかりました」

 幸紀が清峰に従ったのを確認すると、清峰は水咲の寄りかかる鉄格子まで歩く。水咲は笑顔を浮かべていた。

「ふふっ、聞こえてたわよ」

「なら話は早いな。関係者に話をつけてくる」

 清峰はそう言うと、水咲から目を逸らすようにして警官たちのいる上の階へと歩き始めた。

 水咲の前に残された幸紀と焔は、注意深く水咲を観察する。水咲はそんな2人を見て、やはり余裕ある笑みを浮かべていた。

「聞こえてたわ。あなたたちが私のお目付け役ってワケね」

 水咲の言葉に対して、幸紀も焔も何も言わない。水咲は残念そうに呟いた。

「あら、お喋りくらいしてくれてもいいじゃない。それとも、私の事を黙って見ているのがお好み?」

「軽口もそこまでにしておきなさい。話すのは事件に関係のあることだけで十分」

 水咲に対して、焔は冷徹に言う。水咲はわざとらしく残念そうに肩をすくめた。

「はぁ。そんなのだから嫌われるのよ。ねぇ、お兄さん?」

 水咲は幸紀に話を振る。だが幸紀は何も言わなかった。

「ふふっ、寡黙な人ね。口数が少なくて、謎が多い。その杖だって本当なのかわからない。そういう男は大好き。いつか見てみたいわ。あなたの全てを」

(…こいつ、俺のことを何か知っているのか?)

 幸紀は水咲の言葉に、内心穏やかではない状況だったが、そんなところに、清峰が警官を連れてやってきた。

 警官は水咲を閉じ込めていた鉄格子の鍵を開けると、鉄格子を開く。水咲は大きく伸びをしながら鉄格子の外に出た。

「うーん、外は最高ね」

 水咲はそう言って幸紀と焔を見る。焔は腕を組んで冷ややかな目で水咲を睨んでいた。

 そんな焔と幸紀の横から、清峰が声をかけた。

「焔、幸紀、私は書類を作る。お前たち2人は彼女を見張り、彼女の言う『犯人』を倒してくれ」

「了解」

 清峰は言葉を伝え終えると、水咲をひと睨みしてから警官とともに階段を登っていく。水咲は意外そうに眉を上げた。

「それじゃあ、星海さん。犯人のところまで案内してもらいましょうか?」

 焔は嫌味っぽく水咲に言う。水咲はニヤッと笑った。

「えぇもちろん。喜んで」

 水咲はそう言うと、右手に霊力を集中させ、自分の武器であるむちを発現させる。鞭の先端は、重力に逆らって斜め上へと伸びた。

「それじゃ、いきましょうか?」

 水咲はそう言うと、ゆっくりと歩き出す。幸紀と焔は水咲を警戒しながら、その少し後ろを歩き始めた。

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