第7話 ノルズの侵攻 前編

前回までのあらすじ

 星霊隊に新たに雪奈、風花、焔という強力な3人の女性が加入した。そんな中、星霊隊が奪還した霊橋区を復興している最中、突如として異変が起き、また新たな女性が気絶した状態で現れた。

 同時に、悪魔軍も新たな指揮官に交代し、霊橋区を奪還する計画を立てているのだった。



 清峰から連絡を受けた幸紀は、屋敷にいた星霊隊のメンバーたちを引き連れて霊橋区にやってきた。

「侯爵」

 幸紀と日菜子が全員を代表して救急テントにやってくる。清峰はテントの中にあるベッドの横に立ち、2人を待っていたようだった。

「幸紀、日菜子、待っていたぞ」

「その子が噂の?」

 日菜子がベッドに横になる女性を指差しながら尋ねる。清峰は頷いた。

「あぁ。突然、空に穴が開き、気づいた時には彼女がこの状態で現れた」

 清峰が言っていると、その後ろで女性は上体を起こす。日菜子は驚いた様子で口を抑え、幸紀は清峰を守るようにして女性と清峰の間に立った。

「ふぁあ〜…よく寝たぜぇ…」

 女性はそう言って伸びをする。豊満な乳房が大きく揺れたのが3人の目に見えた。

 女性は幸紀たちの方に気づいてそちらを向いた。

「ん、どこだここ?お兄さんたち、誰だ?」

 女性は幸紀たちに尋ねる。幸紀が3人を代表して話し始めた。

「ここは霊橋区。悪魔軍との最前線だ。そして俺たちはこちらにいる清峰侯爵の部下だ」

 幸紀はそう言って清峰を軽く紹介する。女性は清峰を見ると、ベッドから立ち上がった。

「へー、清峰さん、ね。じゃあ、こっちの美人なお姉さんも、清峰さんの部下ってワケか?」

 女性は日菜子の方を向いて尋ねる。日菜子は頷いた。

「そうだね。私は桜井日菜子、あなたは?」

 日菜子に尋ねられると、女性は明るく自己紹介し始めた。

「オレは妻咲つまざき稲香いねか。よろしくな、日菜子ちゃん」

 稲香はそう言うと、日菜子に右手を差し出す。日菜子は少し戸惑いながらその右手を握った。

「なぁ日菜子ちゃん、彼氏とかいる?」

「え?いや、いないけど…」

「じゃよかったら付き合わね?」

 日菜子は稲香の言動に戸惑いながら笑って答えた。

「ご、ごめんなさい、私、付き合うなら男の人がいいなーって…」

「え?おいおい、オレだってケッコーハンサムだよ?まぁ女顔とは言われるけどさ」

「いや、あなた、女の子じゃ…」

「ん?」

 稲香は日菜子の言葉に違和感を覚える。そして、ふと自分の体を見下ろした。

 本当なら付いていないはずの物体が、ふたつ、自分の胸元に付いていた。

「んん?」

 稲香はそれに手を伸ばし、揉みしだく。

「うーん?」

 さらに稲香は事態の確認のために自分の股ぐらにも手を伸ばす。徐々に顔が青ざめていくのが他人から見てもわかった。

「…ない…」

 稲香は徐々に自分の体に起きている事態を把握すると、慌てた様子で日菜子に声をかけた。

「お、おい、鏡持ってねぇか?」

「え、あ、うん」

 日菜子は尻ポケットから手鏡を手渡す。稲香はそれを受け取り、自分の体を確認した。

「え…マジかよ…」

 稲香は鏡が示す事実に目を疑い、言葉を失った。

「女の子になっちまったよオレ!?」

 稲香が大きな声で言う。清峰は冷静に尋ねた。

「つまり元は男だったと?」

「あぁそうだよ!カノジョもいたし、バスケ部のキャプテンで結構モテてたんだよオレ!?なのになんだコレェ!?巨乳でスタイル抜群の美少女になっちまってるじゃねぇか!」

 稲香は錯乱した様子で言う。恐怖や驚きなどが一度に彼女の心に溢れているのが、幸紀や清峰から見てもわかった。

「とりあえず、一旦落ち着こう、稲香。君はどこから来た?ここにくる直前、何をしていた?」

 幸紀は落ち着いた様子で稲香に尋ねる。稲香はそれによっていくらか落ち着いたのか、自分がここにくるまでの状況を話し始めた。

「オレは東京の高校に通ってて…普通にバスケ部が終わって、ちんたら歩いて帰ってたら、急に目の前に変な光が現れて…気がついたらこうなってた」

 稲香が言うと、幸紀と清峰は互いに相談し始めた。

「東京?地名だろうが、聞いたことあるか、幸紀」

「いいえ。もしかしたら…別世界かもしれないですね」

 幸紀と清峰の会話を聞き、稲香は尋ねた。

「じゃあ、オレ、異世界転移しちまったってこと?」

「可能性は高いな。稲香の世界には、悪魔はいたか?」

 幸紀が尋ねると、稲香は首を横に振った。

「いや、そんなのアニメとかの中だけの話だった。実在はしてない」

「こちらの世界は現実に悪魔たちと戦っている。やはり別世界みたいだな」

 幸紀と稲香はお互いの知っていることをすり合わせ、状況を確認する。稲香はそれを聞き、大きく息を吐いた。

「参ったな…異世界転移できたと思ったら、戦争中のやっべえところに来ちまったし、女にもなっちまったし…どうしたもんかな…」

「稲香、行く当てがないなら、私の屋敷で寝泊まりするといい」

 清峰が稲香に言う。稲香は清峰の言葉に目を見開いて喜んだ。

「いいんすか?」

「あぁ。行く先が決まるまで、使ってくれて構わないぞ」

 清峰に言われて稲香は喜んでいたが、しばらくして逆に考え始めた。

「でも、泊めておいてもらって何もしないのも、礼儀に反するよな。な、悪魔と戦ってるんだろ?オレも手伝う!」

 稲香は清峰に言い切る。清峰が目を見開いて稲香を見ると、日菜子が思わず尋ねた。

「でも稲香ちゃん、あなた、霊力使えるの?」

「霊力?」

「悪魔と戦うための魔法みたいなものだよ。心を強く持って、腕に力をこめてみて」

 日菜子は稲香に言う。稲香は言われるがままに腕を見て力を込めた。

「うーん…?」

 稲香が唸った瞬間だった。

 稲香の腕に、黄色い稲妻が走ったかと思うと、次の瞬間には、彼女の両手に武器が握られていた。

「うぉっ、トンファーだ、これ」

 稲香は自分の両手に握られた武器を見て確認する。そして手が馴染むように振り回し始めた。

「申し分ない霊力だ、これなら戦えると思う」

「マジで!?」

 稲香の様子を見て、幸紀が言うと、稲香も嬉しそうに聞き返す。幸紀は頷いて答えた。

「よっしゃ!じゃあ、今後お世話になります、侯爵!なんかあったらオレのことも使ってください!」

「あぁ。その時は、そっちの2人の指示に従ってな」

 清峰は盛り上がる稲香に対して冷静に言う。稲香は日菜子と幸紀の方に向き直り、頭を下げた。

「ということらしいから、今日からよろしく、日菜子ちゃん、と…」

「俺か。東雲幸紀だ」

「幸紀!幸紀な。よろしく!」

 稲香が軽い空気感で挨拶すると、日菜子と幸紀も軽く答えた。

「それじゃあ、他の星霊隊の仲間にも、挨拶しようか」

「星霊隊?」

 日菜子が言うと、稲香が尋ねる。日菜子は笑って答えた。

「私たち、悪魔と戦う人間たちのことだよ。みんなを呼んでくるね」

 日菜子は簡単に解説すると、テントを出る。その間に、稲香は清峰に尋ねていた。

「侯爵、なんで『星霊隊』って名前なんですか?」

「あぁ。私たちの世界には、広く信仰されている教えがあってな。この世界に住む1人1人に、その人を守ってくれる星と、その星の霊、星霊がいるという教えだ」

「ロマンチックすねぇ」

「そうだろう。私たちが、悪魔から人々の生活を守る星霊となる。そう思って星霊隊と名付けたんだ」

 清峰の言葉を聞くと、稲香は深く感じ入った様子で清峰のことを見つめた。

「みんな!新しいメンバーだよ!」

 日菜子がテントに戻ると、他のメンバーたちが勢揃いして稲香の前に立つ。稲香は驚いたが、すぐにみんなに対して挨拶した。

「初めまして!妻咲稲香です!今日からみんなと一緒に戦います!美女揃いでびっくりしてるけど、よろしくお願いします!」

「あなたも美女だよ!」

 稲香の挨拶に対して、美雲がガヤを入れる。稲香は一瞬反論しそうになったが、笑って頭を下げ、みんなからの拍手を受けていた。

「これで8人か。大きくはなったが、まだまだ小さいな、幸紀」

 清峰は楽しそうに自己紹介をし合う星霊隊のメンバーたちを横目に、幸紀に言う。幸紀も清峰に話を合わせた。

「そうですね。もっと増やしていけたらとは思います」

「期待しているぞ」

 幸紀と清峰は短く会話を交わす。そして2人は星霊隊の8人の前に出た。

「諸君、今日は一度屋敷に戻ろう。私のメイドたちが腕によりをかけて作った料理が待っているぞ」

 清峰が言うと、歓声が上がる。幸紀は少し離れたところからその様子を見ると、1人で考えを巡らせていた。

(4人も増えたか…明日軽く訓練して、どんな感じなのかを確認してからノルズに報告しよう)

「幸紀、行こう」

 清峰が声をかける。幸紀はそれに従って屋敷に歩いていく星霊隊のメンバーの列に加わった。



翌日 夜

 ノルズは霊橋区から1.5kmほど離れた中央戦線の司令本部の自室で、幸紀から送られてきた情報を自分の端末で確認していた。

「・玉輝雪奈(15歳)

・強力な氷の霊力を持ち、霊力の補助でステッキを使用

・青白い髪色に、青白い肌

・無邪気で明るい性格だが、幼いために情緒は安定していない


・空乃焔(24歳)

・炎の霊力を持ち、素手の格闘戦を得意とする

・赤く長い髪

・規律や規則を重んじる性格で、一部の隊員から恐れられている


・愛川風花(17歳)

・風を操る霊力を持ち、空を飛ぶことも可能。使用武器はギター

・黄緑色の髪に、赤い左目と青い右目を持つ

・魔族と人間のハーフで、非常に怖がりかつ情緒不安定


・妻咲稲香(17歳)

・雷の霊力を持ち、トンファーで戦う

・黄色い髪色をしている

・異世界出身の元男性」


「ほぅ…これはこれは、個性的な女ばかりだ…」

 ノルズは端末に送られた情報を見ながら呟く。端末のタッチスクリーンを上下にスワイプにしながら、雪奈の欄を見て指を止めた。

「この女…この年齢に対して強力すぎる霊力…そしてこの外見…上手くすれば…」

 ノルズは脳内で邪悪な考えを巡らせる。そして自分の中でひとつの結論を下すと、持っていた端末でカザンを呼び出した。

「はい、カザンです」

「カザンか、命令を下す。明日、200ほどの悪魔を連れて霊橋区を攻撃しろ。その際、これから送る画像の女の動向に注目しろ」

 ノルズはそう言うと、雪奈の画像をカザンに送る。カザンは画像を受け取り、自分の端末で雪奈の顔を確認した。

「詳細は明日、出撃前に改めて伝える。とにかく明日に備えておけ」

「わかりました」

 カザンはノルズの言葉に従う。ノルズはカザンが言う通りに従うことを確信すると、通話を切り、霊橋区周辺の地図を広げた。

 そして、ノルズは違う相手へと通話を始めた。

「もしもし、ノルズです。例のものを分けてください。よろしくお願いします」



さらに翌日 昼

 焔、雪奈、六華、稲香の4人は、清峰邸に併設された体育館で訓練を行なっていた。他の4人は霊橋区で復興作業の警備を行なっている。

 幸紀は1人ずつ訓練の様子を見ながら、その間に他のメンバーたちは自主的にトレーニングをさせていた。

「よし、稲香、来てくれ!」

「あいよ!」

 幸紀は直前まで見ていた雪奈を自主練習に戻し、稲香と交代させる。雪奈は自分の自主練習のスペースに戻ると、ひと休みも兼ねて床に腰を下ろした。

「ねぇねぇ、雪奈ちゃん」

 そんな雪奈に、隣のスペースで射撃訓練をしていた六華が話しかける。雪奈は自分に気軽に話しかけてくれた六華を見上げた。

「はい、なんでしょうか?六華さん」

「さっき見てたんだけどさ、雪奈ちゃんの魔法、すっごいね!あんなふうにたくさんの氷を飛ばすなんて、初めて見たよ!一緒に戦えると思うと、すっごい頼もしいなぁ!」

 六華が満面の笑みで雪奈に言うと、雪奈も思わず満面の笑みになって立ち上がった。

「ほんとうですか!?私、頼もしいですか!?」

「うん!その綺麗な白い髪も、すっごく輝いて見えるよ!」

 六華にさらに褒められると、雪奈も嬉しそうに笑い、飛び跳ね始めた。

「ありがとうございます!六華さん!!私、もっともっと皆さんの役に立てるように頑張っていきたいです!」

「そこの2人」

 六華と雪奈が盛り上がっていると、その背後から焔の声が聞こえてくる。2人は恐る恐る振り向いた。

「今は訓練中よ。私語は慎みなさい」

「でも、今は休憩中だし…」

 六華が反論しようとすると、焔はじっと六華を見た。

「幸紀から休憩してもいいという指示は出ていないわ。言い訳せずに訓練を続けるべきよ」

「えー」

「私たちは多くの人の命を預かってるのよ。たるんでる暇なんてないわ。わかったら訓練に戻りなさい」

 焔は彼女たち2人に対し、年長者として叱る。焔の目線の厳しさに六華も雪奈も何も言い返せず、大人しく返事をして訓練に戻った。

「全員集合!」

 幸紀が突然声を張る。その声色は緊急事態のものであり、訓練中だった4人は慌てて幸紀のもとに駆け寄った。

 幸紀は持っていたスマホをスピーカー通話に切り替えた。

「侯爵、全員揃いました」

「緊急事態だ、手短に伝える」

 清峰からの言葉で、全員の背筋が伸びる。清峰は続けた。

「悪魔軍の部隊が霊橋区に接近中だ、至急全員霊橋区の市庁舎に集まってくれ」

「了解しました、急ぎます」

 清峰からの命令を受け、幸紀は答える。そして幸紀は目の前に並ぶ4人の女性と顔を見合わせ、頷いた。

「皆聞いたな、俺が車を出す、今すぐ行くぞ!」

 幸紀の号令に合わせ、女性たちは、はい!と返事をする。幸紀は彼女たちを引き連れ、車に向かった。


10分後 霊橋区 市庁舎

 幸紀が運転する車が市庁舎の横に停車する。すぐさま乗っていた5人は車を降りると、市庁舎のエレベーターに乗り、2階の作戦室にたどり着いた。

 作戦室では既に清峰が机の上に地図を広げ、先に霊橋区で警備を行っていた日菜子、美雲、珠緒、風花の4人が地図を見て作戦を練っていた。

「侯爵!」

 幸紀が声をかけると、その場にいた5人が一斉に振り向く。清峰は幸紀と、やってきた4人の顔を見て頷いた。

「待っていたぞ」

「状況はどうなっていますか」

 清峰と手短に挨拶を交わすと、幸紀は状況を確認し始める。清峰は地図を見せながら話し始めた。

「悪魔軍が霊橋区に侵攻できるルートは北、東、西の3つ。いずれも岩山に挟まれた細い道だ。先ほどそこから霊橋区に侵入するところをゲートで封鎖したが、悪魔軍は西側に兵力を集中して突破しようとする動きを見せている」

 清峰がそう言いながら指し棒で地図をなぞる様子を、星霊隊の女性陣は真剣な表情で見つめていた。

「既に作業員たちは避難させたが、霊橋区の内部で戦えば、復興作業は台無しだ。悪魔たちを中心部に侵入させずに、撃退して欲しい」

 清峰が言っていると、清峰の通信機に連絡が入った。

「清峰だ、どうした」

「侯爵!西のゲートが攻撃されてます!」

 侯爵の通信機から聞こえてきたのは、小屋に避難している作業員の声だった。それを耳にした星霊隊のメンバーたちは窓から西のゲートの様子を見た。

 高さ3mほどの分厚い鋼鉄でできたゲートに、何かが叩きつけられるような音が鳴り響く。その向こうで悪魔たちが力任せにゲートを破ろうとしているのは、想像に難くなかった。

「このままだと長く持たないんじゃ…!」

 珠緒が悲観的に呟く。その言葉に、実戦経験のない雪奈、風花、稲香の表情が固くなった。

「ここで何をしてても仕方ない!風花、空を飛べるんでしょう?上から悪魔の様子を見てきて!」

 緊張感が漂う中、日菜子はリーダーとして指示を出し始める。日菜子の指示を聞いた風花は、我に返った。

「は、はいぃ!!」

 日菜子が窓を開けると、風花は霊力で自分の背後から突風を吹かせつつ、窓から飛び出して空に舞い上がった。

「六華、雪奈!あなたたちはここで待機!もし悪魔が来たら、その飛び道具で敵を倒して!」

「任せといて!」

 日菜子の指示に、六華が明るく答える。雪奈は緊張で声が出なかったが、日菜子は指示を続けた。

「残りの皆はついてきて!敵を入れないようにするよ!」

 日菜子がそう言いながら走り出すと、他のメンバーたちも返事をしながら走り出す。

「気をつけてな、みんな」

「無事を祈る」

 幸紀と清峰に言われながら、日菜子たち6人は階段を駆け下り、悪魔たちが迫る西側ゲートへと走り始めた。

「じゃ、雪奈ちゃん、私たちも屋上に行こう!」

 六華は雪奈に対して言う。雪奈は肩に力が入り切った状態で六華の方に振り向き、頷くと、2人は屋上を目指して走り始めた。



 悪魔軍を率いていたのはカザンだった。

「オラァ!さっさとぶっ壊せ!!」

 カザンは部隊の一番後ろに居ながら部下の悪魔たちをけしかける。悪魔たちは手持ちの棍棒や鈍器で鋼鉄製のゲートを殴りつけていた。

(それにしても…ノルズ将軍は何を考えてやがるんだ…別に負けてもいいなんて…本当に大丈夫なのか?)

 カザンはそう思いながら、自分の端末に送られていた情報を確認する。それには雪奈の画像が貼られていた。

(この女…まだ姿を見せていないが…ノルズ将軍はこの女に注目している。何があるってんだ?)

 カザンはそう思いながら部下たちがゲートを破る作業をしているのを見ていた。


 そんな様子を、風に乗って上空から風花は確認していた。

 大雑把に悪魔たちの数を数えると、風花は服の襟につけた通信機に声を張った。

「風花です、悪魔は200体くらいいて、今もゲートを攻撃しています!そろそろゲートも壊されそうです!」

 風花からの報告を聞いて、ゲートの裏に待機している日菜子たちは苦い表情をしていた。

「ゲートが破られるのは時間の問題ね」

 焔は冷静に言う。日菜子も同じ思いを抱いていると、美雲が提案した。

「お姉ちゃん、ゲートごと守るのは無理だよ。ゲートの裏で待ち伏せしよう。私たちの後ろを抜かれたら、六華と雪奈にそいつらを任せる感じにしてさ」

 美雲が言うと、日菜子もそのアイディアに頷き、通信機に声を張った。

「六華、雪奈、聞こえてた?」

「聞こえてたよー!日菜子さんたちが倒し損ねた敵を倒せばいいんだね?」

「そう!」

「OK!」

 日菜子と六華は作戦を確認し合う。その間に美雲は珠緒とともにゲートに近づいた。

「珠緒ちゃん、ナイフ2つ作って」

「はい」

 美雲から指示を受けて、珠緒は霊力でナイフを2つ作る。美雲はそれをゲートの両端の地面に差し込むと、それに自分の霊力で作った鎖を引っ掛け、張るようにした。

「美雲ちゃん、何してんだ?」

 稲香が美雲に尋ねる。美雲は自分の霊力で新しく鎖を作りながら答えた。

「入ってきた悪魔たちの足を引っ掛けようってトラップ。悪魔たちが転んだところを攻撃しようって話よ」

 美雲が解説していると、風花の声が全員の耳に入った。


「ゲートが破られます!!」



 風花の絶叫と共に、ゲートに大穴が空き、日菜子たちの前に悪魔たちの顔が現れる。そして悪魔たちは力任せにゲートを押し開くと、日菜子たちを見て目の色を変えた。

「殺せぇえええ!!!」

「霊力もらうぜぇええ!!」

 悪魔たちは口々に自分の欲望を叫び、日菜子たちの方へと走り出す。

 しかし、先頭の悪魔たちの集団は美雲の仕掛けた鎖に足を取られて転倒した。

「よっしゃ、今のうち…」

 稲香がそう言って転倒した悪魔たちを攻撃しようとした瞬間、後ろの悪魔たちが転倒した悪魔たちを踏みつけながらゲートの内側に雪崩れ込み始めた。

「『桜花拳』!」

 日菜子は何の躊躇いもなく、迫り始めた悪魔たちに桃色の気弾を放つ。それを皮切りに、他の女性たちも迫り来る悪魔たちを相手に戦い始めた。



 雪奈は、日菜子たちが戦っている場所から離れた市庁舎の屋上で、日菜子たちの戦いを見ていた。

 日菜子たちは各自が持っている武器を振るって悪魔たちと戦う。しかし、数の暴力により、日菜子たちは徐々に押されつつあるのが雪奈の目にも見えていた。しかし、雪奈はただ立ち尽くしてその状況を見ることしかできなかった。

「やばい、何匹か抜けてきた、やるよ、雪奈ちゃん!」

 六華は雪奈に声をかけると、霊力でライフルを発現させ、その場に寝そべりながら、作業員たちが隠れている小屋に迫り来る悪魔たちに銃撃を浴びせ始める。

「雪奈ちゃん!あなたも!」

 六華に言われると、雪奈は我に還った。

「は、はい!」

 雪奈は霊力で青白いステッキを作り出し、自分の前にそのステッキを立て、霊力を集中する。

 雪奈はその霊力で鋭い氷を作り出すと、日菜子たちが倒し損ねた悪魔たちへと飛ばし始め、悪魔を貫き始めた。



 同じ頃、ゲートの近くで戦っていた日菜子は、悪魔たちを倒しながら稲香と背中合わせになっていた。

「稲香!大丈夫?」

「へっ、オレは大丈夫だぜ!喧嘩には慣れてるんでな!」

 日菜子と稲香は言葉を交わしながら自分たちを囲む悪魔を殴り倒していた。

 そんな中、日菜子は横から鋭い殺意が来たのを感じた。

「稲香避けて!」

 日菜子が稲香に向けて叫んで前に転がる。稲香もそれに反応して前に転がると、2人がいた場所に凄まじい衝撃が走り、土煙が舞った。

 日菜子と稲香は何かと思い振り向くと、巨大な棍棒を持ったカザンが日菜子を見下ろしていた。

「お前は…!」

「久しぶりだなァ…星霊隊の桜井日菜子ォ!てめえに折られたこの角の御礼をしに来てやったぜェ!!」

 カザンは日菜子に対して殺意に溢れた目を向けて言う。日菜子はすぐに身構えたが、その瞬間、カザンの背後から稲香が襲いかかった。

「背中がお留守だぜ!」

 稲香がそう言って雷を纏った拳でカザンを殴ろうとする。

 しかし、カザンは稲香の拳が届く前に振り向くと、稲香の腕を掴みあげた。

「っ!!」

 稲香は掴まれた腕を振り解こうとするが、カザンの力は凄まじく、全くほどけない。もがく稲香の腹に、カザンの膝蹴りが叩き込まれた。

「ぅぐぁっ…!」

「稲香!!」

 日菜子は思わず声を上げる。構わずカザンは怯んだ稲香を地面に引きずり倒すと、稲香を踏みつけた。

「こんな女の攻撃が効くかよ!」

 カザンはそう言い捨てると、さらに稲香を踏みつける。日菜子は仲間を踏みにじられたことに、内心強い怒りを覚えた。

「…許さない!!」

 日菜子はそう叫びながらカザンのもとに駆け出す。

「『星霊十字脚』!!」

 日菜子は霊力を纏わせた足でカザンの顔面を目掛けて跳び回し蹴りを放つ。

「ひっでぇ蹴りだな!!」

 カザンは邪悪に笑いながらそれを回避すると、野球のスイングの要領で持っていた棍棒を振るう。

 宙に浮いていた日菜子は、それを避けられなかった。

「うわあぁっ!!」

 日菜子は悲鳴をあげながら大きく飛んでいく。


 その日菜子が飛んでいった先には、1人で無数の悪魔たちと格闘戦を繰り広げていた、焔がいた。

「!」

 焔はちょうど悪魔を殴り倒した直後であり、日菜子を避けることができなかった。

「っ!」

 焔は日菜子を受け止めるが、その場で日菜子に下敷きにされるような形で倒れた。

「…日菜子さん、生きてる?」

 焔は日菜子の下から抜け出しながら日菜子に尋ねる。日菜子は棍棒で殴られた腹を抑えながら声を絞り出すように答えた。

「はい…うぅぅ…!!」

「あの女弱ってるぞ!!やっちまえェ!!」

 日菜子がダメージで動けない中、悪魔たちがそれに気づいてやってくる。焔は日菜子を守るために立ち上がると、寄ってきた悪魔の1体を炎を纏った蹴りで倒す。

「うっ…」

 しかし焔の体にもダメージはあり、思わず体を庇う。

 その瞬間、焔は背後から迫っていた悪魔に気づかず、押し倒された。

「しまった…!」

「オラァ、大人しく霊力よこせや!」

 焔に対して悪魔は言う。しかし焔は寝返りを打つような形で肘打ちで悪魔を引き剥がすが、すでに焔は3体ほどの悪魔に囲まれていた。

「へっへぇ!!」

「くっ、寄るな…!!」

 焔は仰向けになりながら後退り、足で悪魔たちを追い払おうとするが、力のない蹴りは逆に掴まれてしまう。抵抗しようとするのも虚しく、悪魔たちは焔の腕を押さえつけた。

「いやっ、放せ!いやああっ!!」



 雪奈は、市庁舎の屋上から仲間たちが蹂躙されそうになっている姿を見て、呆然と立ち尽くしていた。

「あ…あぁっ…」

「雪奈ちゃん!何やってるの!早くみんなを助けてあげて!!」

 六華は美雲と珠緒を援護射撃しながら雪奈に指示を出す。しかし、雪奈は震えるだけで何もできそうになかった。

「雪奈ちゃん!!」

「わ…私も…ああいうふうにされちゃう…殺される…」

 雪奈はうわごとのように呟く。六華は雪奈の正気を取り戻そうと声をかけようとしたが、瞬間、六華の靴が凍りついた。

「え、何これ?」

 六華がそう思って雪奈の方を見てみると、雪奈は震えながら涙を流していた。

 急に空に黒い雲が立ち込める。そして、一気に辺りの気温が下がっていったのが、六華には感じられた。

「いやだ…私、死にたくない…!悪魔に犯されたくない!!」

 雪奈が虚空に向けて叫ぶ。同時に、雪奈の周りに、先ほどよりも明らかに多く鋭い氷が形作られていた。

「出ていって…!この街から出ていけ!!」

 普段の雪奈からは考えられないような血走った目で、雪奈は叫んだ。

 辺りの空気が一気に冷たくなったかと思うと、無数の氷柱が雪奈の周りと、日菜子たちの上空から降り注いだ。



 雪奈の霊力が生み出した鋭い氷柱の大雨は、無数にいたはずの悪魔たちを貫き、次々と黒い煙に変えていた。

 部下たちが次々と死んでいく状況で、カザンは降ってくる氷柱を棍棒で叩き落としつつ、生き残っている部下たちに指示を出した。

「これ以上は意味がねぇ!帰るぞ!」

 カザンの指示に従い、悪魔たちは引き上げていく。カザンは棍棒で身を守りながら、市庁舎の屋上をチラリと見る。血走った目で霊力を放ち続ける雪奈と、それを抑えようとしている六華の姿が見えた。

「…こりゃノルズ将軍に報告だな」


 悪魔たちが撤退し始めたのを見た美雲は鎖を振り回して氷柱を防ぎつつ、珠緒と共に他のメンバーたちの救出に走っていた。

「美雲さん、稲香さんが最後です!」

「OK!早いところどこか建物の中に隠れよう!」


 一方市庁舎の屋上では、雪奈が未だに殺意に満ちた声で氷柱を生成していた。

「出ていけ!!この地球上から滅びろ!!悪魔めぇえ!!」

 そんな雪奈の声を横で聞いていた六華は、凍ってしまった自分のブーツを脱ぎ捨てて動けるようになると、雪奈の後ろから抱きしめた。

「大丈夫だよ、雪奈ちゃん。敵はもうみんないない、雪奈ちゃんのおかげだよ。だからさ、その魔法を一旦やめてあげて、ね?」

 雪奈は六華の声に若干、我を取り戻す。生成された氷の量が減ったのに気がついた六華は、雪奈の頭を撫で、優しく囁き始めた。

「もう大丈夫なんだよ。雪奈ちゃんのおかげで、みんなが守られたの。だから、落ち着いて。みんな、雪奈ちゃんに、ありがとうって思ってるからさ。大丈夫、もう怖くないよ」

 六華の言葉に、雪奈もだんだんと心が落ち着いてきたのか、生成されていた氷が減っていく。徐々に暗くなっていた空も明るくなっていき、最後には晴れた空に戻り、異様に低くなっていた気温も元に戻り、雪奈の周りに浮いていた氷も無くなった。

「ふぅ…」

 六華がひと息ついた瞬間、雪奈が六華の方に倒れ込む。六華が慌てて雪奈を抱き抱えると、雪奈は疲労し切った表情で意識を失っていた。

 そんな六華の耳に、通信が入った音が聞こえた。

「日菜子です、悪魔たちは去ったみたいだけど、六華と雪奈は大丈夫?」

 日菜子に尋ねられると、六華は答え始めた。

「生きてるよー。雪奈ちゃんは気絶しちゃったけど…」

「わかった。とりあえず、みんな傷の治療のために市庁舎に行こう」

 日菜子からの指示を受けると、六華は気絶した雪奈を抱き抱えて市庁舎の中へと戻っていった。

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