第6話 面接

前回までのあらすじ

 星霊隊は霊橋区を奪還し、日菜子をなんとかして取り戻すことに成功した。スパイである幸紀は、状況を悪魔軍の司令部に報告するため、悪魔の1人、コーキとして悪魔軍の軍法会議に出席する。



悪魔軍総合作戦本部

 薄暗い部屋の左右に、長机がそれぞれ置かれている。その席に座る悪魔たちは、部屋の中央に跪いているカザンの無様な姿を見下ろしていた。

 そんなカザンの正面に置かれた椅子へ、筋骨隆々の赤黒い肌と、立派な一本角を生やした男が大槍を持ちながら腰掛けた。

「これより軍法会議を始める。議長は拙者、七将軍しちしょうぐんの筆頭である、シュテンが務める」

 シュテンはそう言うと、椅子にぶら下げられていた小槌を手にし、椅子の肘置きを叩き、会議の幕開けの音を打ち鳴らす。

 同時に、シュテンから見て右側の長机の席に座る男が手を挙げた。

「エクネス将軍、発言を許可する」

 シュテンがそう言うと、手を挙げていた男が立ち上がる。中世のヨーロッパの軍人のような服装をした青い肌のその男、エクネスは周囲を見回しつつシュテンに尋ねた。

「シュテン将軍、軍法会議は本来、七将軍全員が揃った上で行うものと記憶しております。しかし、今この場においてはシュテン将軍と、私の向かいに座っておられるノルズ殿しか居ません。果たしてこれでよろしいのでしょうか」

 エクネスの生真面目な声が薄暗い部屋に響く。すると、エクネスの正面から不真面目な声が聞こえてきた。

「いいんじゃないでしょーかー。別に3人だったら多数決しても票は割れませんし?」

 そう言ったのは緑色の肌をもつ男、ノルズだった。脚を組んで机の上に載せ、おおよそ将軍らしからぬ態度を見せているノルズに、エクネスは不機嫌そうに反論した。

「されど、これは軍規に反する行為です。上のものがそうしてしまっては下のものに示しがつきませんぞ」

 エクネスはそう言ってシュテンに視線を送る。シュテンは目を閉じてから考え、目を開いて声を発した。

「とはいえ、他の4人は各々の戦場いくさばに立っている状況、こたびは軍規を守りたくても守れん。従って拙者の責任において、軍法会議を執り行うこととする。エクネス将軍、従ってくれるな」

 シュテンの威厳のある言葉に、エクネスも反論しなかった。

「はっ。シュテン将軍がそうおっしゃるのであれば」

「よろしい。それでは軍法会議を始める。ノルズ将軍、脚を下ろすように」

「はい」

 シュテンの声に従い、ノルズも足を下ろし、普通に座る。そして、3人の将軍たちはカザンを見下ろした。

「貴様は何者だ」

 シュテンは低い声でカザンに尋ねる。カザンは怯え切った声で答え始めた。

「カ…カザン…」

「はっきり申せ」

「カザン!...と言います…」

 シュテンに低い声で言われ、カザンは声をひねり上げるようにして名乗った。

 その間にエクネスは自分の手元にあるパッドを操作し、カザンの身元を調べた。

「カザン、鬼の一族の者か。歳は24、1000名ほどの部下を率いていたはずだが、その多くは軍規違反者の荒くれ者ばかり。そのため事実上放任され、勝手に人間の領土に攻撃を仕掛けていたそうだな?」

「それで?昨日は人間に領土を奪われた挙句?部下を見捨てて自分だけ逃げてきた。合ってますよね?」

 エクネスとノルズは鋭くカザンに尋ねる。カザンは否定できず、下を向いていた。

「そうか。ではここで証人を呼ぼう。コーキ!」

 エクネスは声を張る。カザンはまさかと思うと、慌てて振り向いた。

 カザンたちの目には、堂々と歩いてその場にやってくるコーキの姿が映っていた。

「コーキでございます」

 コーキはカザンの横まで歩いてくると、跪き、頭を下げる。その姿を見たエクネスは、何かに気づいた。

「貴様、分身だな?本体が出向かず分身に出向かせるとは、失礼だとは思わないのか?」

 エクネスが尋ねるが、コーキは構わずそのままの姿を維持する。すぐにノルズが冷静に話し始めた。

「エクネス殿、コーキはスパイとして人間陣営に忍び込んでおります。なのでこのようなことは仕方のないことかと」

「どうか、ご容赦いただきたく」

 ノルズの助け舟に乗る形で、コーキは頭を下げる。すぐにシュテンもノルズに賛同した。

「コーキ、構わん。証言を続けよ」

「はっ」

 シュテンから指示を受けると、コーキは顔を上げて話し始めた。

「まず、4日前、カザン率いる全軍で人間の三途山を攻撃。この際に人間の罠にかかり、死傷者が400名。これの治療のため霊橋区に駐屯していたところ、昨日人間たちの襲撃を受け、最低でも300名が死亡、200名ほどが行方不明となっています」

「ではコーキ、お前から見たカザンの行動はいかがなものか」

 シュテンが改めて尋ねると、コーキは堂々と主張した。

「慎重さに欠け、目先の利益しか求めず、結果として多くの部下を殺しました。指揮官としては最悪と言っても過言ではないかと」

「コーキ貴様!」

 コーキの主張に対し、カザンは食ってかかろうとする。しかし縛り上げられていたカザンは何もできなかった。

「されどコーキ」

 エクネスがコーキの方に冷静な声で呼びかけた。

「お前はカザンの副官であり、情報担当でもあったわけだ。それなのにこうなったのには、お前の責任も少なからずあるのではないか?」

 エクネスに指摘され、コーキは話し始めた。

「はい。しかし、私は多くの情報を渡し、提案などを行ったのにも関わらず、カザンは一方的にそれを拒否しました」

「嘘だ!!」

「証拠はこれを。霊橋区の本拠点での我々の会話映像です」

 コーキは冷静にいうと、持っていた小型端末で全員が見えるように映像のデータを大型モニターに送る。3人の将軍たちは、カザンがコーキの意見に対して逆上し、さらにコーキへ角を振り下ろしている映像を黙って見ていた。

「これはこれは…」

 ノルズはニヤニヤと笑いながらカザンを見下ろす。カザンは青ざめた表情で映像を見つめていた。

「言い逃れはできんな、カザン」

 シュテンが威厳のある声でカザンに言う。シュテンは持っていた槍の切っ先を、カザンの首に突きつけた。

「貴様は部下を見捨てて自分だけが生き延び、領土を失った。挙句、鬼の一族の誇りである角まで折られ、生きているのが恥ずかしいとは思わないのか」

「シュテン様、どうかご容赦を!」

「見苦しい!」

 カザンの命乞いに対し、シュテンは槍の刃の峰でカザンをたたき伏せる。

「エクネス将軍、ノルズ将軍、軍規に従い、この者を処刑する。異議はないな」

 シュテンは2人の将軍に尋ねる。先に返事をしたのはエクネスの方だった。

「異論ありません」

「ノルズは」

 シュテンが問いかけると、ノルズはカザンの無様を見下ろし、そして口を開いた。

「生かしておきましょう」

 ノルズの意外な言葉に、エクネスは思わず立ち上がった。

「ノルズ殿!このようなものは悪魔軍の恥晒し、生かす価値など」

「待たれよ、エクネス将軍。ノルズ将軍の考えを聞こう」

 エクネスを抑えるようにして、シュテンが言う。ノルズは脚を組みながら話し始めた。

「今後、私がこいつに代わって中央戦線の指揮を取ります。そして現在私が考えている作戦において、こいつにやらせたい仕事があります。だめでしょうか」

 ノルズの提案に対し、シュテンは槍をカザンに突きつけたままコーキに問いかけた。

「コーキよ、カザンがノルズの指示に従うと思うか」

 シュテンに尋ねられると、コーキはカザンを見下ろす。カザンは涙ぐんだ目でコーキを見上げていた。

「…はい。ノルズ将軍の統率力ならば、カザンも言うことを聞くと思います。そうでないなら、私がカザンを処分します」

 コーキの言葉を聞くと、シュテンは頷き、槍を下ろした。

「よろしい。此度は拙者とノルズ将軍の判断で、カザンの処刑を見送る」

 シュテンはそう言うと、自分の手元にあった小槌を打ち鳴らした。

「加えて、カザンにはノルズ将軍の麾下に加わることを命じる。そして、ノルズ将軍には、中央戦線の指揮を執ってもらう。それで良いな」

 シュテンが言うと、ノルズは背筋を伸ばし、シュテンの方へと体を向けた。

「はい。お任せくださいませ」

 ノルズは堂々とシュテンに言う。シュテンはノルズの返答を聞き、信頼に足ると判断すると、もう一度小槌を叩いて声を張った。

「これにて軍法会議を終える。エクネス将軍、南部戦線からご苦労だった。貴殿の反対も記録しておく」

「いえ、これも義務なので」

「うむ、各将、今後も奮戦を期待する」

 シュテンが立ち上がって言うと、その場にいたカザン以外の者は悪魔軍独自の敬礼をシュテンに送る。

 シュテンがその場を立ち去ると、エクネスもその後に続くようにして薄暗い会議室を去っていった。


「さ、て、と」

 会議室に残ったのはカザン、ノルズ、コーキの3人だった。カザンは未だに後ろ手で縛られてその場に跪いており、ノルズとコーキはそれを見下ろしていた。

「コーキ、縄をほどいてやってください」

 ノルズから指示を受けると、コーキはカザンの縄をほどく。気まずそうな顔をしてカザンは顔を上げ、ノルズを見上げた。

「ノルズ将軍、この度は命を救っていただき…」

「黙れ」

 カザンが丁重に礼を言おうとすると、ノルズは今までの穏やかそうな笑みを消して言う。カザンが思わず黙り込むと、ノルズは冷徹な声で話し始めた。

「貴様に命などない。私が死ねと言ったら死ね、貴様に残された道はそれだけだ。従えないならここで殺す、わかったな」

 ノルズに脅されると、カザンは何も言い返すことができず、ただ弱々しく肯定の返事をするだけだった。

「よし、3番倉庫に行け、指示があるまで待機、だが勝手な真似はするな」

 ノルズの指示を受けると、カザンは逃げるようにして部屋を出る。ノルズはそんな無様なカザンの姿を見て鼻で笑った。

「コーキ、わかってもらえたか?ああいう知能が低いやつは動物と同じ、力関係をわからせて、しつけなければならない」

 ノルズは今までの穏やかな声に戻ってコーキに笑いかける。コーキはそれを聞くと、静かに頷いた。

「おっしゃる通りかと」

「おいおい、君にはそんなことはしない」

 ノルズはコーキが怯えているのだと勘違いして優しく言う。ノルズはさらに付け加えた。

「むしろ、私は君のことは高く評価しているんだ。君という存在が我が軍にもたらす優位性は、決して他の者には真似できない。最前線の人間軍の指揮官でありながら、我が軍のスパイ、そんなものは君をおいて他にいないからね」

 ノルズはそう言ってコーキに微笑む。コーキは何も言わずに頭を下げるだけだった。

「今後は私のために、その力を発揮してほしい。頼みにしている」

 ノルズはコーキの肩に手を置き、仮面で隠れたコーキの瞳を見て言う。コーキはノルズの瞳に底知れぬ何かを感じながら、ノルズに返事をした。

「かしこまりました」

「ありがとう。情報はいつでも待っている。適宜送ってくれ」

 ノルズはそう言うと、コーキに背を向けて去っていく。コーキはその場に立ち尽くし、ノルズの背を見送っていた。



2日後 朝 霊橋区

 幸紀は霊橋区の一角で、復興作業が行われている様子を見学していた。

「幸紀さーん!」

 幸紀がただ立っていると、日菜子たち星霊隊の4人が駆け寄ってくる。幸紀は元気そうな4人の姿を見て微笑んだ。

「久しぶり、みんな元気そうで何よりだ」

「幸紀くんこそー、2日も寝込んで、みんな心配してたんだよ?」

 美雲がそう言って幸紀に笑いかける。

「そうなのか?」

「そーだよー、特にうちのお姉ちゃんなんか毎日毎日、幸紀さん、幸紀さんって」

「ちょっと、美雲!」

 美雲から急に秘密をバラされ、日菜子は思わず止めにかかる。横から六華と珠緒も援護するように話し始めた。

「言ってたよねー!日菜子さん!」

「いざとなったら私が全責任を取る、って」

「こら!リーダーをからかって!怒るよ?」

 日菜子は怒って皆を脅し始める。幸紀は仲良く笑い合う4人の姿を見て、思わず自分も微笑んでいた。

 同時に、幸紀は清峰が作業着にヘルメットの姿でこちらに歩いてきているのに気づいた。

「侯爵」

 幸紀がそう言って頭を上げると、他の4人も気づいて頭を下げる。清峰は全員に軽く挨拶を返すと、幸紀に話しかけ始めた。

「まさか来てるとは思わなかった。大丈夫なのか?」

「はい、軽く運動した方がいいので」

 清峰は納得したように、そうか、と答えると、本題に入った。

「来てもらったところ悪いが、日菜子と珠緒を連れて屋敷に戻ってもらえるか?」

 話題に出た日菜子と珠緒は何かと首を傾げる。幸紀も同じように思い、清峰に尋ねた。

「どうしてです?」

「星霊隊の志願者が2名来たそうだ。それで…ほむらが対応している」

 清峰が気まずそうに言うと、幸紀は清峰の言いたいことを察し、珠緒の

顔から血の気が引いた。

「こ、侯爵、焔さんの回復ってあと1ヶ月はかかるって…」

「…まぁ、焔だからな、責任感で持ち直したんだろう…」

 バツが悪そうに清峰が話す。話についてこれなかった六華が手を上げて珠緒と清峰に尋ね始めた。

「はい、質問。焔さんって、誰?」

「侯爵のお屋敷のメイド長で、私の上司にあたる人です。その…結構怖いというか…」

 珠緒が言葉を選びながら言う様子を見て、焔を知らない3人は、一緒に怖がる。すぐに清峰はフォローを入れた。

「いや、悪い人間じゃないんだ。ただ、ちょっと真面目すぎるというか、融通が利かないと言うか…礼儀のなっていない人間には厳しいんだ…」

「うわぁ…死んだわ私」

 清峰の言葉に、美雲が呟く。

「今後は焔も星霊隊に加わる予定だ。だから、彼女は加入予定者の面接に参加したいと言っている。幸紀、日菜子、焔の基準は厳しすぎると思うから、お前たち2人の判断で、良いと思ったら採用してくれ。珠緒は焔の指示で動くように」

 清峰は幸紀と日菜子と珠緒にそう言う。日菜子はこわばった表情を無理に笑顔にして頷いた。

「わかりました…頑張ります…」

「頼んだぞ、3人とも」

 清峰はやはり気まずそうな表情をして3人に言う。3人は顔を見合わせると、屋敷に向かって歩き始めた。



 幸紀、日菜子、珠緒の3人がいたところから屋敷までは歩いて20分ほどで辿り着いた。

「幸紀です、戻りました」

 幸紀が屋敷の入り口の扉を押し開き、声を張る。

「おかえりなさい」

 入ってすぐの玄関ホールの2階から声が聞こえてくる。3人が顔を上げると、他のメイドたちとは違う、赤いメイド服の女性が、姿勢正しく立っていた。

 長い赤髪に豊満で女性らしい体つき、端正な顔立ちをしていたが、なぜか日菜子はその女性から威圧感を覚えていた。

「日菜子、紹介しよう、彼女が侯爵のメイド長の、焔だ」

 幸紀が紹介する間に、焔は階段を降りると、3人の前までやってきて丁寧に頭を下げた。

空乃そらの焔と申します。あなたが星霊隊のリーダー、桜井日菜子さんですね?」

 焔はメイドの手本のように頭を下げ、物腰柔らかく日菜子に尋ねる。日菜子は初めて丁重に扱われたこともあり、動揺しながら返事をした。

「は、はいっ、桜井日菜子です!初めまして!」

「お初にお目にかかります。このたびは、私が指揮するはずの星霊隊を指揮していただいて、誠にありがとうございます」

 日菜子は初めての情報に幸紀の方を見る。幸紀は日菜子に事情を説明し始めた。

「本当だったら焔がリーダーになるはずだったんだ。だけど、焔はその時重傷を負ってな。そこで日菜子に入ってもらって、リーダーをやってもらっていたってわけだ」

 幸紀から事情を説明されると、日菜子も納得したように頷いた。

「それじゃあ…代わります?」

 日菜子が尋ねると、焔は表情を少しも変えずに首を横に振った。

「急にリーダーが変わっては、指揮系統に混乱が生じます。これからは私も、あなたの指揮下に入りますので」

「は、はい、わかりました」

 日菜子は焔に押し切られるような形で会話を終える。焔は改めて幸紀と日菜子に話し始めた。

「応接間の方で加入希望者がお待ちです。行きましょう。」

 焔がそう言って他の3人を先導して階段を登っていく。他の3人も階段を上がり始めると、焔はその間に来客について話し始めた。

「今回いらしたのは2人。お2人とも若い女性で、礼儀も比較的わきまえた、なかなか好印象な人たちですよ」

 焔が話していると、応接間の扉の前にやってくる。焔は他の3人のタイミングを待たずに応接間の扉を開いた。


 日菜子、珠緒、幸紀が応接間の中に入ると、見慣れない2人の女性が応接間の机を挟んで座っていた。

 1人は透き通るような青白い髪に、同じような色をした瞳、そして雪のように白い肌を持つ女性だった。椅子に座っていても小柄なのがわかるほどの体格で、全体的に色素が薄いのも相まって幼く見えた。

 もう1人は明るい若草色の髪をした、それ以外に目立った特徴のない女性だった。しかし、サングラスをかけており、座り方も自信がなさそうに下を向いていて、表情は読めなかった。

「お二方、お待たせいたしました。こちらが星霊隊の責任者の2人です」

 焔はそういうと、幸紀と日菜子を来客の2人に紹介する。幸紀と日菜子が丁寧に頭を下げると、来客の2人も頭を下げた。

「それでは、お二人の面接を始めましょう。どちらから始めますか?」

 焔が話を進める。言われた来客の2人は、相談を始めた。

「私が先に行っても良いですか?」

「うん…どうぞ…」

 青白い髪の方が無邪気に尋ねると、緑色の髪の方は気弱そうに言う。青白い髪の方は、ありがとうございます、と礼を言って椅子を降りると、幸紀たちの方へ歩き出した。

「わかりました。珠緒、お客様のお世話をして差し上げて。部屋も掃除しておくこと」

 焔から指示を受けて、珠緒は応接間の中に入り、緑色の髪の女性の世話を始める。

「それでは、行きましょう」

 焔はそれを見て、面接用の会議室へ歩いていく。幸紀と日菜子は、焔が場を仕切る様子に戸惑いながら、青白い髪の女性とともに焔の後をついていった。


 4人が会議室にたどり着くと、焔、幸紀、日菜子の3人は長机のそばに並んだ3つの椅子に腰掛ける。青白い髪の女性は、その机から少し離れて1つだけ置かれた椅子の横に立った。

「どうぞ、腰掛けてください」

「はい、ありがとうございます」

 幸紀に言われて、青白い髪の女性は椅子に腰掛ける。女性は緊張など感じていないかのようにニコニコとしながら幸紀たち3人の顔を見比べていた。

「それでは、面接を始めます」

「よろしくお願いします!」

 幸紀が言うと、青白い髪の女性は愛想よく挨拶する。幸紀が毒気を抜かれていると、日菜子が女性に尋ねた。

「まず、お名前を教えてもらって良いですか?」

 日菜子に尋ねられると、女性は日菜子の方に向き直りながら話し始めた。

「はい、玉輝たまき雪奈せつな、15歳です!」

 雪奈はハキハキと名乗り、年齢を言う。日菜子はそんな雪奈の姿に思わず笑顔になっていた。しかし焔は表情を崩さず、雪奈に対して質問を続けた。

「玉輝さん、まず、どういった経緯で星霊隊を知り、どういった理由で精霊隊に加入したいのか、教えていただけますか」

 焔の真剣な表情に対し、雪奈は明るい表情のまま答え始めた。

「はい!先日のニュースで、星霊隊のみなさんが頑張ってくれたと聞きました!霊力を使って悪魔を倒す特殊部隊!私も人の役に立ちたいと思ってここに来ました!」

 雪奈の純粋な言葉と表情に、日菜子はやはり微笑みが漏れる。それとは対照的に焔は事務的な表情で質問を続けた。

「あなたも霊力を扱えるという認識で合っていますか」

「はい!」

「どのような霊力ですか。よければこれを使って再現してみてください」

 焔はそう言うと、雪奈に持っていた万年筆を手渡す。雪奈は焔から万年筆を受け取ると、一度焔の表情を確認してから万年筆を見た。

「じゃあ、始めてもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

 焔から言われると、雪奈は万年筆を指でなぞった。

 瞬間、幸紀たち3人は部屋の空気が一気に冷たくなったのを感じた。日菜子と焔は思わず周囲を見たが、幸紀はじっと雪奈の方を見ていた。

 雪奈の手に握られていた万年筆が、あっという間に氷漬けになっていた。

「はい、どうでしょうか!」

 雪奈は氷漬けになった万年筆を無邪気に焔に差し出す。雪奈は得意げな表情をしていたが、日菜子は驚き唖然とし、焔は無言で万年筆を見下ろしていた。

「…使えなくなったな、そのペン」

 幸紀が焔に言う。その瞬間、雪奈は自分がしたことに気づいた。

「あ、ごめんなさい!悪気はなくて…!」

 雪奈が弁明しようとした瞬間、焔はペンを持っていない方の手の指を鳴らす。すると、ペンを持っていた手から小さな炎が立ち上り、一瞬で氷を溶かして元の状態に戻した。

「え…!?」

 日菜子と雪奈は驚いた様子でそれを見る。焔は余裕の表情を見せると、雪奈に向けて話し始めた。

「あなたが氷の霊能力を使えるように、私は炎の霊能力を使える。それだけの話よ」

 焔が言うと、雪奈は思わず拍手をする。焔は平然として咳払いをすると、話を切り替えた。

「それじゃあ、面接を続けましょう」



同じ頃

 珠緒は、もう1人の加入志願者と同じ部屋でお互いに向かい合って座っていた。しかし、珠緒も相手も話題がなく、じっと下を見て無意味に時間を過ごしていた。

(どうしよう…もう15分もこのまま…)

 珠緒は腕時計と相手の顔を交互に見比べては時間が過ぎるのを待っていた。

 気まずくなった珠緒は、相手の女性に話しかけた。

「あ、あのぉ…」

「は、はいぃ…」

 2人の女性は互いにオドオドしながら探り探りに話し始めた。

「えっと…お飲み物でもいかがですか…?」

 珠緒が言うと、相手の女性は慌てたような様子で答えた。

「いえっ!!大丈夫です…はい…」

「…はい」

 相手の女性に断られると、珠緒は話を続けることができず、座り込む。

 そうして再び沈黙が部屋を包んだ。


 そんな沈黙を破ったのは、応接室の扉が開く音だった。

 珠緒と女性が振り向くと、面接を終えた雪奈と、雪奈を案内してここまでやってきた日菜子がそこに立っていた。

「雪奈ちゃん、ここで待っててね」

「はい!わかりました、日菜子さん!」

 雪奈と日菜子は明るくやりとりし、雪奈は応接室の中に入る。日菜子は声を張った。

「次の方ー!」

「はいぃ!」

 日菜子に呼ばれて、若草色の髪をした女性は自信なさそうに声を張り上げて立ち上がる。そして日菜子に連れられて、面接会場まで歩き出した。


「連れてきましたよ」

 日菜子は面接会場に来ると、焔と幸紀に挨拶する。若草色の髪をした女性は日菜子の陰で小さくなって2人にお辞儀をした。

「どうぞそちらへおかけください」

 焔がそう言ってひとつだけ置かれた椅子を指し示す。日菜子とその女性は、それぞれ自分の席についた。

「それではお名前と年齢を教えてください」

 焔は事務的に言う。若草色の髪の女性は、サングラスを軽く直しながら話し始めた。

「…愛川めかわ風花ふうかといいます…恋愛の愛に、川で、愛川めかわです…年齢は17…です」

 風花はおどおどしながら話す。それに対し、焔は冷静に声をかけた。

「愛川さん、サングラス、外していただけますか」

 焔に言われると、風花は言葉を失い、冷や汗を浮かべた。

「…え」

「顔を確認しておきたいんです。今後一緒に戦うかもしれないんですからね」

 焔に言われ、風花は諦めたように下を向いた。

「…わかりました」

 風花はそう言ってサングラスを外す。

 そして風花が顔を上げると、日菜子は思わず息を呑んだ。

「左右で目の色が違う…!?」

 日菜子が驚いたように言うと、風花はその目を下の方へ逸らしながら話し始めた。

「…私、悪魔と人間のハーフなんです...そのせいで、こんな見た目になって…それでずっとみんなから嫌がらせをされてました…」

 風花はそう言うと、赤い左目と青い右目で焔や幸紀を見る。そうして感情的になりながら訴え始めた。

「だから、この霊力でみんなを見返してやりたいんです!その気になればビルを吹っ飛ばせるくらいの風は起こせますし、空だって自由に飛べます、私。だって悪魔ですから!だから!」

「落ち着いて、風花さん」

 幸紀は優しい声で風花に言う。風花も幸紀に呼びかけられて我に還ると、反省して大人しくなった。

「風花さん、あなたは悪魔なんかじゃない。立派な人間ですよ」

 幸紀はそう言って風花に対して微笑む。安堵した風花に日菜子が追い討ちをかけるように言葉をかけた。

「そうですよ。こうして、星霊隊に志願してくれたんですから!悪魔だったら絶対にこんなことしませんからね!あなたは素敵な人間です!」

 日菜子と幸紀に褒め殺され、風花は涙ぐみ始める。気まずい空気になるのを察した日菜子は、話を切り替えた。

「風花さん、あなたの霊力がどんなものか、見せてください!」

 日菜子に言われると、風花は返事をして立ち上がった。

「じゃあ…ちょっとやってみますね」

 風花はそう言うと、目を瞑り、両手を広げた。

 窓が閉まっていて空調も効いていないはずの部屋に、風が吹き始めた。

 風花が目を開くと、風が風花の周りを包み、風花は徐々に宙に浮き始めた。

「風の力で浮いているんだ…!」

 日菜子は風花の魔法の正体に気づく。風花は少し浮いたところから幸紀たち3人を見下ろしながら話を続けた。

「こんな感じの能力です、どうでしょうか…!」

 風花が言うと、幸紀たち3人はお互いに顔を見合わせて相談し、日菜子が代表して話し始めた。

「わかりました。一旦止めてもらっていいですか?」

「はい」

 日菜子から言われると、風花は魔法を止め、もう一度床の上に立った。

 すぐに風がおさまると、焔が風花に話し始めた。

「霊力は見せていただきました。それでは、いくつか質問をさせていただきますね」



 15分程度の面接が終わり、風花も部屋を退出すると、幸紀、日菜子、焔の3人が会議室に残り、誰を採用するかの相談をしていた。

「さて、早速ですが日菜子さんの意見を聞かせてください」

 焔が話を切り出すと、日菜子は自分の意見を言い始めた。

「はい。2人ともやる気はあるし、いい子ですし、霊力も強いですから、すぐに採用してもいいと思います!」

 日菜子はハキハキとそう言い切る。焔はそれに対し、眉ひとつ動かさずに返事をすると、自分の意見を示した。

「私は反対です。2人とも採用するには不適格かと」

「え…どうしてです?」

 焔の鋭い言葉に対し、日菜子は少し気圧されながら尋ねる。焔は淡々と意見を述べ始めた。

「まず、2人とも情緒が不安定です。戦場において情緒が不安定なのは死に直結し、さらには他の人も巻き込むことになります」

 焔に言われ、日菜子は黙り込む。焔はそのまま続けた。

「さらに、情緒が不安定なのにも関わらず、2人とも霊力が強すぎます。暴走した場合、誰も歯止めが利かなくなる可能性が高いように見受けられます」

「…確かに…」

「そして何より、星霊隊となる以上はここで生活することになります。2人の不安定さは、2人と共に暮らす清峰侯爵の評判を落とすことにつながりかねません」

 焔が毅然とした態度で言うと、日菜子もそれに押し切られそうになる。一方、焔と日菜子に挟まれて座っていた幸紀は1人で考えを巡らせていた。

(あの2人の暴走に見せかけて自滅、というのがやりやすくなるから、どっちかと言うと入って欲しいんだが。さて、どうやって焔を丸め込もうか)

「幸紀さん、幸紀さんはどう思いますか?」

 幸紀が考えていると、日菜子が横から尋ねてくる。幸紀はそれを受けて口を開いた。

「俺はあの2人を両方とも採用するべきだと思う」

 幸紀が言うと、日菜子の表情は明るくなり、焔は眉をひそめた。

「どうして、幸紀?」

 焔に尋ねられると、幸紀は焔の方を向いて話し始めた。

「まず単純に人手が欲しい。霊力を扱えるだけで貴重な存在だし、多くの場合、霊力が強力になれば情緒も不安定になる傾向がある。だからそこの部分は目をつぶってもいいと思う」

「でも幸紀、私たちは特殊部隊を集めてるのよ?感情的になって部隊の足を引きかねない人間を採用するのは危険じゃないかしら」

「情緒は訓練で安定させられる。やる気があればな。俺が訓練する。だから、俺は将来的に考えて彼女たちを採用する価値はあると思う」

 幸紀の意見を聞き、焔は黙り込む。真っ直ぐな幸紀の瞳から少し目を逸らすと、焔は諦めたように微笑みながらため息を吐いた。

「賛成2、反対1、多数決で私の負けね。わかったわ。大人しく引き下がる」

 焔は潔く負けを認めると、席を立った。

「あの2人を呼んでくるわ」

 焔はそう言って部屋を出る。焔がいなくなると、日菜子は思わず幸紀に声をかけた。

「幸紀さん、ありがとうございます!賛成してくれて!」

「別にいいさ。俺もあの2人には期待しているだけのこと」

 幸紀と日菜子が雑談をしていると、焔と珠緒が、雪奈と風花を連れて会議室へ戻ってきた。

「幸紀、伝えてあげて」

 焔に言われると、幸紀は立ち上がり、雪奈と風花に向けて話し始めた。

「2人とも、熱意は伝わりました。今後は星霊隊として、お2人の活躍を期待しています」

 幸紀が言うと、雪奈と風花の表情が明るくなる。それを見た日菜子は笑顔になりながら2人の前に出た。

「改めて、私は桜井日菜子、星霊隊のリーダーをやってます!雪奈ちゃん、風花ちゃん、よろしくね!」

「え、そちらの男の人はリーダーじゃないんですか?」

 風花は思わず幸紀の方を見て尋ねる。幸紀はそれを言われて首を横に振った。

「俺は違う。東雲幸紀、君たちの訓練役で、後方から君たちに指示を出す」

 幸紀が名乗ると、風花はへー、と感心の声をあげ、雪奈は幸紀の方を向いた。

「幸紀さんって言うんですね!今日からよろしくお願いします!」

 雪奈が明るく無邪気に挨拶すると、幸紀も無言で頷くと、女性陣はお互いの自己紹介を始めた。



同じ頃 霊橋区

 美雲と六華は復興作業の一環で建物を直したり、道路の舗装をおこなっている工員の男性たちに挨拶をしながら悪魔が来ないか辺りを見回っていた。

「こんちはー!」

「お、美雲ちゃんと六華ちゃんか!俺らの街を取り戻してくれてありがとうな!」

 六華の挨拶に、工事の責任者の中年男性が明るく言う。それに対して美雲は明るく答えた。

「気にしなくていーよ!おじさんたちは作業頑張って!悪魔たちはうちらが追っ払うからさ!」

「悪いなぁ!女の子に戦わせちゃって!今度お菓子買ってあげるからさ!」

「お菓子!?楽しみにしてるよー!」

 六華はお菓子に釣られて声を張る。責任者の中年男性は、そんな六華と美雲の様子に豪快に笑いながら、作業に戻っていった。

「美雲、六華」

 そんな2人に清峰が歩いてきて声をかける。美雲と六華はそちらの方を向いた。

「何か異常はあったか?」

 清峰に尋ねられると、美雲と六華は明るく答えた。

「特に何もないですよー!」

「ま、強いて言うなら侯爵の作業着がバッチリ決まりすぎってとこ?」

「お褒めに預かり光栄だな」

 六華の報告と美雲の冗談を聞き、清峰は軽く答える。そうして手に持っていたタブレット端末を見た。

「この後はあと3時間ほど作業をして駐車場と市庁舎を復旧する予定で…」

 清峰が話していた途中だった。

「なんだあれは!?」

 作業員たちが叫び出し、空を指差す。清峰たち3人もそれに気がついて振り向き、様子を見た。

 空に穴が開き、そこを中心として渦のようなものができていた。

「何あれ…!?」

 美雲が思わず言葉を漏らす。次の瞬間、その穴から青白い稲妻が落ちたかと思うと、空は元通りに戻っていた。

「なんだったのかな、今の」

 六華が呟いた直後、稲妻が落ちた地点から作業員の声が聞こえてきた。

「女の子が倒れてるぞー!誰か来てくれー!」

「行こう」

 作業員の声を聞き、清峰は走り始める。すぐ後ろを美雲と六華も走り始めた。

 ものの数秒で3人が目的地に辿り着くと、地面に倒れた女性を、作業員たちが不思議そうな様子で囲んで見ていた。

「みんな下がって」

 清峰がそう言って作業員たちを下がらせると、美雲と六華にも倒れたその女性の姿が見えた。

 豊満な体つきをした黄色い髪の女性で、見慣れないジャージを着ているが、女性にしては大柄な外見なのがわかる。しかし、清峰たちにとってわからないのは、目の前に倒れている彼女が気絶しているにも関わらず傷や汚れをひとつも負っていないことだった。

「あの雷からこの子が現れたんだよね?」

 六華がつぶやく。美雲と清峰は頷いたが、同時に目の前で倒れているその女性を強く警戒していた。

「…いや、このままでも仕方がない。2人でこの女性を救急テントに運んでやってくれ。起きたら私が尋問する」

「はーい」

 清峰が六華と美雲に指示を出すと、2人は目の前で倒れている女性の肩を担ぎ、運び出す。その様子を見た清峰は、スマホを取り出して幸紀たちへ連絡を取り始めた。

「幸紀か、星霊隊のメンバーを全員連れて霊橋区に来てくれ、なるべく早く頼むぞ」

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