第5話 リーダーの役目
前回までのあらすじ
霊橋区の奪還作戦は成功し、そこにいた悪魔たちはほとんど全滅した。
しかし、日菜子が敵のリーダーであるカザンと戦っている最中、突如として現れた悪魔、コーキによって日菜子は異空間へと拉致された。
美雲は目の前で姉を拉致され、その状況を幸紀や、清峰に報告していた。
「…美雲、清峰だ。日菜子の件は残念だが…我々にはどうすることもできない。現時点をもって、作戦を終了、撤収を指示する」
美雲の耳に、清峰の冷静な指示の声が聞こえてくる。
しかし、美雲は1人、自分の武器である鎖を握りしめると、燃える街を背中にしながら首を横に振った。
「…やだ」
「美雲。我々の当初の目標は達成した。日菜子はもう助からない。これ以上の犠牲を払う必要はないんだ」
「お姉ちゃんは生きてる!絶対私が助ける!」
清峰の冷徹とも取れる言葉に、美雲は感情的に言い返す。しかし、やはり清峰は冷静だった。
「美雲、これは命令だ。指示に従うんだ」
清峰はそう言うが、美雲は聞かず、自分の鎖に霊力を集中させ始める。清峰は美雲の説得を始めた。
「やめるんだ美雲!日菜子を誘拐した相手を見ただろう!あれの強さは尋常じゃない!君まで死ぬことになるぞ!そうなったら私は責任を取れないんだ!」
清峰は美雲に強く訴えかける。しかし、美雲はやはり気にしなかった。
「ごめんね、侯爵。私の勝手な行動だから、気にしなくていい。お姉ちゃんと私の分だけ、星霊隊のメンバーを補充して」
清峰は美雲の説得が不可能なことを察すると、美雲の説得を諦めた。
「わかった。珠緒、六華、君たちは帰投しろ」
清峰の命令に対し、聞こえてきたのは六華の声だった。
「あー、侯爵、私、美雲ちゃん手伝ってから戻るね」
「なんだと?」
「だって困ってるみたいだし」
六華はあっさりとそう言ってのけると、通信を切り、美雲のもとを目指して走り始める。清峰は少し呆れながら、珠緒に指示を出した。
「珠緒、わかってるな?」
「…申し訳ありません、侯爵!お叱りは後ほど受けますので!」
珠緒もそう言うと、通信を一方的に切り、六華の後を追うようにして美雲のもとへ走っていく。
清峰は作戦室で1人頭を抱えて座り込んだ。
「…だめだ…彼女たちまで…!」
清峰は悔しそうな思いを隠そうともせずに呟く。そんな清峰に、幸紀が話し始めた。
「侯爵、自分が援護に行きます」
幸紀の提案に、清峰は顔を上げた。
「なんだと?しかし、その足じゃ…」
「あまり使いたくはなかったんですが、一時的に霊力を過剰にする方法があります。それを使って身体能力を強化すれば、足も動かせますし5分程度で現場に到着できると思います」
清峰は幸紀の提案に、驚きながらも冷静に尋ねた。
「そんなことができたのか…だが、その副作用はないのか?」
「2、3日寝込むことになりますね。有給の余りをここで消化してもよろしいですか?」
幸紀は冗談も交えながら清峰に提案する。清峰は幸紀を信頼し、幸紀の言葉に答えた。
「わかった。彼女たちを頼む」
「了解」
幸紀はそう言うと、立ち上がり、持っていた杖で床を突く。
瞬間、幸紀は黒い光に包まれ、黒いオーラを纏った。
「それでは」
幸紀はそれだけ言うと、杖を持ちながら、走って作戦室を飛び出る。
その光景と幸紀の速さは、その場にいる誰も見たことがないものだった。
「幸紀…やはり謎の多い男だな…」
清峰はふと呟く。しかしすぐに我に還ると、部下たちに指示を出した。
「作戦はまだ続く!気を抜くな!」
作戦室を出て1分後
幸紀は暗い林道を全速力で駆け抜けながら、自分の分身であるコーキと意識を共有していた。
(危なかったな…流石にカザンまでやられていたら、俺の面目が完全に潰れるところだった。だが、こっちもどうしようか…)
コーキの目を通して、幸紀には捕らえられ、両腕を鎖に繋がれ、吊るされている日菜子の姿が見えていた。
(…本音を言えば殺したくはないが…かと言って無傷で生かすのも怪しまれる…日菜子には悪いが、ちょっと痛い目を見てもらうか)
幸紀は自分の分身に、霊力を駆使して指示を出す。
(我が分身よ、今からお前に指示を出す)
異空間
日菜子は、鉄製の頑丈な鎖によって、手首を拘束され、バンザイの形で吊るされ、気絶していた。
そんな日菜子の正面から、異様に冷たい水が浴びせられた。
「ぶはあっ…!」
あまりの冷たさに、日菜子も思わず気絶から立ち直る。そして、自分が拘束され、身動きが取れない状況に置かれていることに気づいた。
(どこ…ここ…?)
日菜子は戸惑いながら自分のいる部屋を見回す。石造りの壁に、2本の篝火があるだけの狭い部屋。そして、そんな日菜子の正面には、日菜子をここに連れてきた張本人である、黒いコートに鬼の仮面をつけた、コーキが立っていた。
「気がついたか、女」
コーキは冷酷な声で言い放つ。日菜子は身構えようとしたが、拘束されて身動きが取れなかった。
「なんなのあんた、私をここから…」
日菜子がコーキ相手に話しかけようとすると、コーキは霊力で鞭を発現させ、それを日菜子の体へ振るった。
「いやっ…!!」
鞭が当たった部分の服が破け、日菜子の脇腹が見える。コーキは日菜子の都合など気にせず語り始めた。
「貴様に質問する権利などない。貴様は死んだのだ。敵の強さに関する判断を誤り、敗れた。思慮が浅いのだよ。こうして被害が自分1人だからいいものの、次は仲間ごと死ぬのだろうな」
コーキの言葉に、日菜子はハッとする。しかし日菜子が反省する間も無く、コーキの鞭がもう一度日菜子を襲った。
「ぁあっ…!!」
「もっとも、貴様に次などないがな?」
コーキは日菜子の背中側に回り込むと、日菜子の耳元で囁く。日菜子が力無く首を横に振ると、さらに鞭を振るい、日菜子の背中に鞭を直撃させた。
「あぐっ!!ひやぁっ!!」
強烈な痛みが日菜子の背中に走り、日菜子は耐えきれずに悲鳴をあげる。コーキは満足そうに日菜子の耳元に口を近づけた。
「いいぞ、もっと情けない悲鳴を聞かせろ。自分の短慮を悔いながら、この痛みを味わうがいい。今後貴様の人生は、この無様が一生続くのだ」
コーキは日菜子の心を踏みにじるための言葉を並べる。日菜子が奥歯を噛み締めると、その背中にコーキの鞭が振るわれた。
数分後
幸紀は全力疾走し、燃える霊橋区の市庁舎の近くにやってきた。
「みんな」
幸紀は美雲たち3人に声をかける。3人は驚いた様子で幸紀を見た。
「幸紀さん!?もう着いたんですか?」
「それに、足は大丈夫なの?」
珠緒と六華は幸紀に尋ねる。幸紀は若干苦しそうな表情をしながら答えた。
「あぁ。あと20分は自由に動ける。そこからは正直どうなるかわからんけどな」
幸紀のそんな姿を見て、美雲は幸紀の前に歩き、頭を下げた。
「ごめんね、幸紀くん。私がわがまま言ったせいで…でも、どうしても…お姉ちゃんは…」
「わかってる」
幸紀は美雲の肩に手を置く。美雲は顔を上げた。
「君たちをこの戦いに巻き込んだのは俺だ。責任を持って無事に帰す」
「幸紀くん…」
「大事なお姉ちゃんなんだろ?さぁ、早いところ助け出そう!珠緒、六華、手伝ってくれるな?」
幸紀は珠緒と六華の方を見て尋ねる。珠緒と六華も、力強く頷いた。
「最初からそのつもりだよー!」
「はい。日菜子さんのこと、助け出しましょう!」
幸紀は美雲の方を見て微笑む。美雲はみんなの思いを受け取り、頷く。
「ありがとう、みんな…!」
「それで、どうやって日菜子を探すか、見当はついてるか?」
幸紀は美雲に尋ねる。美雲は目元を軽く拭うと、頷いた。
「うん。私とお姉ちゃんの霊力って、姉妹だから似てるんだ。だから私はお姉ちゃんの霊力の痕は辿れるの。それを使ってみる!」
「ナイスアイディアだ。でも、なるべく早く頼むぞ」
「うん!」
美雲は幸紀から催促されると、早速自分の霊力を鎖に込めて地面に垂らす。
すると、鎖はひとりでに動き出し、虚空を指した。
「あっち!ついてきて!」
美雲は鎖が指した方角へ走っていく。他の3人も美雲について行くようにして走った。
異空間
コーキは鞭を振るい、日菜子の背中に赤い傷跡を作っていた。
既に日菜子の服のほとんどは破け、下着によって守られた部分以外は肌が見えており、その肌には鞭でつけられた無数の赤い傷跡がついていた。
「はぁ…はぁっ…」
「誰が呼吸をしていいと言った!」
コーキは理不尽に因縁をつけると、日菜子の背中に、鞭による強烈な一撃を浴びせる。あまりの痛みに、日菜子は悲鳴もあげられず、その瞳から涙がにじんだ。
「ほう?泣くか?痛くて泣いちゃうか?泣けばみんなが助けてくれまちゅか?うん?」
コーキは涙を耐える日菜子の心を揺さぶるために、煽り言葉を耳元で囁く。日菜子はそれを振り払おうと身をよじった。
「うるさい!」
「黙れ!」
日菜子が叫ぶが、逆にコーキも叫び返し、鞭で日菜子を叩く。
「いぁぁっ…!」
コーキはそのまま日菜子を鞭で連打し始めた。
「やはりお前はリーダー失格だな!自分の言動がどのような結果を招くかも考えず、感情で動く!だからこうして捕らえられ、周囲を苦労させるのだ!リーダーとしての役目も果たせないお前は、ただの赤ん坊か、それ以下だ!」
コーキは言いたいことを好きなだけ言いつつ鞭を振り回す。日菜子も、鞭のダメージとコーキの言葉によって気力を失い、ガックリと下を向いた。
コーキはそんな日菜子を吊るしていた手首の鎖を一度外すと、日菜子の両手を後ろに回し、そこで縛り上げる。日菜子はちょうど、両手を背中に回した土下座のような状態になった。
「もう少し遊んでやろう」
コーキはそう言うと、日菜子の首に鞭を巻きつける。日菜子は抵抗しようと頭を振ったが、すぐにコーキがその頭を踏みつけた。
「こらこら、暴れるな!」
コーキはそう言いながら、日菜子の首に巻いた鞭を引く。日菜子はすぐに呼吸ができなくなる感覚を覚えた。
「殺しはしない。間違えて殺す可能性はあるけどな」
コーキはそう言って笑うと、そのまま日菜子の首を鞭で絞める。
(…このまま…死ぬのか…)
日菜子は呼吸が苦しくなり、徐々に遠のく意識の中で、死を覚悟していた。
同じ頃
美雲の鎖が指す方向に従いながら、幸紀たちは歩いていた。
だが、あるところに差し掛かると、鎖が指す方向が狂い始めた。
「幸紀くん、ここのはずなんだけど、何もないよね?」
美雲が言う通り、一見して美雲たちが立つ場所には何もない。だが、幸紀はそこで何が起きているかを察した。
「下がってろ」
幸紀はそう言うと、日本刀を発現させ、縦に振り下ろす。剣閃に合わせるようにして、空間に裂け目ができると、赤黒い光が漏れ出る異空間への入り口が開いた。
「…!幸紀くん、これだよ!」
「突入するぞ」
幸紀がそう言うと、真っ先に異空間の中に飛び込む。美雲、珠緒、六華と後に続いて中に入った。
異空間の内部に入った4人は、すぐさま鞭で何かを叩く音と、日菜子の悲鳴を耳にした。
4人は日菜子の悲鳴のした方へと走り出す。そう遠くはなく、ものの数秒で4人は檻の中で日菜子が屈辱的な格好で、何者かに頭を踏みにじられているのを目の当たりにした。
「お姉ちゃん!!」
美雲が思わず叫ぶ。すると、日菜子を踏みにじっていたその悪魔は、日菜子の首に巻かれた鞭で日菜子に正面を向かせた。
「ほぉ?お前のお仲間か?」
「お姉ちゃんを返せ!」
悪魔は日菜子に尋ねるが、美雲がそれを気にせず声を張る。悪魔は助けに来た4人の顔を眺めると、興味深そうに幸紀を見た。
「おやぁ?お前は片脚にしてやったと思ったが?」
コーキはそう言って小さく笑うと、幸紀は堂々と言葉を返した。
「久しぶりだな、コーキ。相変わらず良い趣味してるな」
「知り合いなの?」
幸紀とコーキの応酬に、六華が尋ねる。幸紀は真剣な表情になって頷いた。
「あぁ…こいつはコーキ…よく知ってるよ」
「なんだっていい、早くお姉ちゃんを返せっつってんだろ!」
美雲が痺れを切らし、大きな声を出す。そのまま襲い掛かろうとする美雲を、幸紀は抑えた。
「お前も災難だな。言うこと聞かない女なんか、こうやって首輪つけて調教しろよ」
コーキはそう言って日菜子の首に巻かれた鞭を引く。
その鞭を、銃弾とナイフが撃ち抜いた。
「何っ」
一瞬のコーキの動揺を見逃さず、幸紀はコーキに斬りかかった。
しかし、コーキも刀を発現させると、幸紀の攻撃を受け止め、鍔迫り合いの形になった。
「今だ、急げ!」
幸紀は他の3人に指示する。その指示に従い、美雲と珠緒は日菜子を担いだ。
「六華、幸紀くんの援護を!」
「必要ない!先に逃げるんだ!」
美雲の指示に対し、幸紀は指示を出す。
「でも!」
「君たちじゃこいつに勝てない!だから逃げろ!早く!」
幸紀の鬼気迫る声に、3人はためらいながらも撤収を開始する。
「へぇ?女は逃して自分は戦うか、色男だな!」
コーキはそう言うと、幸紀の刀を弾き返す。
2人は激しく剣をぶつけ合い始めた。
幸紀がコーキと戦っている間に、日菜子たち4人は異空間を脱出し、元の霊橋区に戻ってきた。
「はぁ…はぁっ…お姉ちゃん、生きててよかったぁ…」
辛うじて目的を果たした美雲は、安堵の声を漏らしながら日菜子に言う。日菜子は傷が痛みながらも、立ちあがろうとしていた。
「でも…幸紀くんが…助けに行かないと…」
日菜子がそう言った瞬間、日菜子の脳裏にコーキの言葉がよぎった。
(自分の言動がどのような結果を招くかも考えず、感情で動く!だからこうして捕らえられ、周囲を苦労させるのだ!)
(…そうだ。感情で動いたら、また…でも…)
逡巡する日菜子の肩に、珠緒が手を置いた。
「日菜子さん、幸紀さんは大丈夫です。きっと戻ってきます」
「珠緒ちゃん、言い切れる?」
珠緒の言葉に六華が尋ねる。珠緒は静かに頷いた。
「前もあの悪魔と戦ったと聞いています。幸紀さんは一度戦った相手に不覚を取るような人ではありませんから…」
「…珠緒ちゃんが言うならそうだと思う。日菜子さんも、今は傷だらけで動けないんだし、幸紀くんのこと、信じて待とう?」
珠緒と六華に言われ、日菜子は悩む。だがすぐにそれを振り切り、頷いた。
「ここで幸紀さんを待とう」
同じ頃
幸紀とコーキは、鍔迫り合いの形だけ取っていた。
「…閉まったか?」
「そのようです」
幸紀とコーキは、短くやり取りを交わし、この状況が誰にも見られていないことを確認すると、お互いに剣を納めた。
「いや分身よ、よくやった。これで日菜子も思慮深くなるだろうし、カザンが生きてるから俺の面目も立つ。本当によくやった」
「いやいや、ちょっと調子に乗って日菜子の事をいじめすぎました。あんまり良い悲鳴をあげてくれるものですから」
「気持ちわかるよ、俺もお前だもん」
幸紀とコーキはそう言って笑い合う。しかしすぐにコーキの方が真面目な表情になって尋ねた。
「それで本体、今後どうします?」
「あー、そうだなぁ」
「上手い言い訳をしないと、お上からお叱りを受けかねないですぞ」
コーキに言われて、幸紀も考える。短い思考の末、結論を出した。
「言い訳は後で考えておく。ひとまず、うまいこと誤魔化しながらここは凌ごう。お前は悪魔軍の陣地に行ってカザンたちと合流しろ」
「御意」
「じゃあ、最初は勢いよく出て行って、後は流れで」
「はい」
幸紀とコーキは打ち合わせを済ませると、お互いに刀を抜き、2人が居た異空間を飛び出した。
幸紀を待っていた4人の目の前に、突如として幸紀とコーキの2人が現れ、お互いに吹き飛ぶようにしながら距離を取った。
「幸紀さん!」
幸紀を心配して、4人は声を掛ける。だが幸紀は地面に刀を立てつつ、その4人を制止した。
「ふん…やはりやるな、貴様」
コーキも疲労した様子で幸紀に言う。幸紀もボロボロになりながら構えた。
「まだやるか?」
「遠慮しておく。楽しみは万全の時、最後の最後にとっておく主義でな」
幸紀の質問に、コーキは堂々と言い切ると、刀を納める。そのまま幸紀たち5人に背中を見せつつ、悪魔軍の基地へと歩き始めた。
「六華、今なら…!」
美雲が六華に指示を出し、コーキの背中を撃たせようとする。しかし、幸紀がそれを止めた。
「ダメだ。俺たちもここで引き上げるぞ」
幸紀が指示を出している間に、コーキはすでに姿を消していた。
そんな様子を見て、美雲は幸紀に怒り始めた。
「なんでダメなの幸紀くん!後ろからやればワンチャンあったかもしれな…」
美雲が言葉を言い切るのも待たず、幸紀は力尽きた様子でその場に倒れ込んだ。
「幸紀さん!」
珠緒が幸紀の介抱に入り、そのまま傷の様子を確認する。
「…大丈夫、見たところ重傷は無さそうです。でも早く引き上げませんか?」
珠緒は日菜子の方を見て問いかける。日菜子は頷いた。
「珠緒の言う通りね。早く戻りましょう。侯爵には私から連絡するね」
日菜子はそう言うと、服の襟につけてあった通信機に向けて話し始めた。
「侯爵、侯爵、日菜子です、聞こえますか?」
「日菜子か!ああ聞こえる、無事か?」
侯爵は思わず興奮した様子で尋ね返す。日菜子は報告を続けた。
「はい、なんとか無事です。ですが、幸紀さんが急に倒れて…」
「わかった。悪魔はもう追い払えたな?」
「はい、ここにはもういません」
「了解した。作業班と救護班をそこに送る、待機していてくれ!」
侯爵はそう言って作戦室にいた部下たちに指示を出す。部下たちもその指示に応えて走り始めた。
一方の日菜子たちの目の前では、幸紀が意識を取り戻した。
「幸紀さん!」
幸紀の隣で介抱していた珠緒が、それに気づく。幸紀はそのまま上体を起こした。
「ありがとう、珠緒。俺は大丈夫だ」
幸紀の周りに、4人の女性は集まる。初めに話し始めたのは日菜子だった。
「幸紀さん、それにみんなも、迷惑かけてごめんなさい!特に幸紀さんは、こんな風になっちゃって…」
必死に頭を下げる日菜子に、幸紀は首を横に振った。
「大丈夫。日菜子の方こそ、傷だらけじゃないか。大丈夫なのか?」
幸紀に言われると、日菜子は自分の体を見る。
「正直まだすごい痛いですけど…生きてるだけマシかなって」
「そうか…しばらくはゆっくり休んでくれ」
「はい、その、本当に、助けてくれてありがとうございました」
日菜子はそう言って改めて頭を下げる。すぐに隣にいた美雲も頭を下げた。
「私からも言わせて。ほんっとうにありがとう、みんな!完全に私のわがままだったのに、付き合ってくれて…」
美雲が言うと、六華が笑った。
「別に平気だよね?私ら、友達でしょ?」
六華の言葉に珠緒も賛同する。
「はい、そうです。侯爵からのお叱りは怖いですけど…」
「うわー、確かに。ご飯抜きとかやられたら最悪かもー」
珠緒と六華はそう言って暗い表情をする。だがすぐに幸紀が割って入った。
「なに、侯爵はみんなが無事に戻れば怒らないさ。仮に何か言われても、俺が上手く言っておくよ」
幸紀がそう言うと、六華が歓声を上げる。美雲は幸紀に話しかけた。
「幸紀くん、何から何までありがとうね。お姉ちゃんを助けてくれたし。なのに、『なんでアイツを殺さないんだ!』とか言ってごめんなさい」
「俺も美雲の立場なら同じようなことを言ったよ。丸く収まった以上、気にしなくていい」
幸紀がそう言って微笑むと、美雲と幸紀は頷きあう。
5人の間に穏やかな空気が流れると、何台かの車両が5人の下に向かってきている音が聞こえてきた。
「さて、帰ろうか」
翌朝
幸紀は霊橋区から戻ると、気絶するように眠りについていたが、朝日が部屋に差し込むのと同時に目を覚ました。
(さて、俺はしばらくこの部屋で療養するように指示を受けている。誰も来ないなら、カザンの処罰会議に出られるな)
幸紀はそう思うと、窓を開けるためにベッドを下りようとした。
その瞬間、部屋の扉がノックされた。
「幸紀さん、日菜子です。朝ごはん持ってきたんですけど、今いいですか?」
扉の向こうから聞こえてきた日菜子の声に、幸紀はベッドに戻って布団を自分にかけながら答えた。
「あぁ、申し訳ないな。入ってくれ」
「お邪魔します」
日菜子は扉を開けると、米と味噌汁と焼き魚を載せたお盆を持って幸紀の部屋に入った。
「怪我人に働かせて悪いな。そこに置いておいてもらえるか」
「はい」
幸紀に頼まれ、日菜子はお盆を幸紀の枕元の小さな机に置く。
「ありがとう、日菜子」
「あの、良かったら少しお話しできますか?」
日菜子は横になっている幸紀に尋ねる。幸紀は少し考えてから上体を起こした。
「あぁ。そっちの椅子、使っていいぞ」
「ありがとうございます」
日菜子は幸紀のベッドの近くに椅子を置くと、そこに座った。
「それにしても、怪我は大丈夫なのか?」
「はい。全部皮膚の怪我だけで、傷薬で治るって」
幸紀は日菜子の状況を確認する。間接的に自分がしたことなので、日菜子の状況は幸紀としても気になっているところだった。
「よかったよ。それで、ご用件は?」
幸紀に尋ねられ、日菜子は一瞬俯くと、大きく息を吸ってから話し始めた。
「…あの敵に捕まって…鞭で打たれてる時、言われたんです。『お前は短慮で、感情で動くから皆に迷惑をかける』って」
(言ったな)
「…幸紀さんも、私のこと、そう思いますか?」
日菜子は幸紀に尋ねる。幸紀は言葉を選び、答えた。
「…残念ながら」
「…そうですよね。自分でもそう思います。幸紀さんに、やめろって言われたのに、私は突っ込んで…皆を危険に…リーダー向いてないんですかね、私…」
日菜子の声に、震えが混じりだす。日菜子はそのまま下を向いた。
そんな日菜子の頭に、幸紀は左手を置いた。
「日菜子、君をリーダーに推薦したのは、他でもない俺だ。なぜなら、君の素養は、誰よりもリーダーに向いていると思ったからだ」
「でも」
「最後まで聞いてくれ。確かにコーキには『短慮』と言われたかもしれない。だが、それは言い換えるなら『速決』ってことだ。仮に熟考ができたとしても、何かを決断するって言うのは、誰にでもできることじゃないんだ」
幸紀はそう言うと、日菜子の顔を上げさせる。
「今、ここで日菜子は自分の弱点を見つめ直せた。短所を改善し、進歩することは、人間に与えられた特権だ。だから日菜子、ここで弱点を克服し、時に慎重になれる、決断力を持ったリーダーを目指してほしい。君ならできる。俺はそう思ったから君をリーダーにしたんだ」
幸紀の言葉に、日菜子の目から涙が溢れる。幸紀は僅かに動揺しながら言葉をかけた。
「え、もしかしてやめるつもりだった?やめるつもりで相談したのに、引き止められちゃって気まずいパターン?」
「やめません…!やめませんから…!!」
日菜子は濁音混じりでそう宣言し、涙を拭く。そして元の自分に戻ると、笑顔を作って話し始めた。
「ありがとう、幸紀さん!私、良いリーダーになります!みんなを危険に晒さない、立派なリーダーに!そのために、今後も訓練、よろしくお願いします!」
「あぁ。それこそがリーダーの役目だよ、日菜子」
幸紀はそう言うと、満面の笑みの日菜子の頭を撫でる。日菜子は、そのまま幸紀に頭を撫でられていたが、現在時刻が目に入った。
「ごめんなさい幸紀さん、侯爵に報告に行ってきますね」
「あぁ。気をつけてな」
日菜子は大慌てで部屋を出ると、幸紀はそんな日菜子の背中を見送った。
部屋で1人になった幸紀は、天井を眺めて静かに考え始めた。
(うーむ。直接本部行くのも面倒だな。分身で出るか)
幸紀はそう思うと、目を瞑り、自分の分身であるコーキに意識を移し替えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます