第4話 霊橋区奪還作戦

前回までのあらすじ

 星霊隊は悪魔軍への反撃の第一歩として霊橋区を攻撃目標とした。作戦を考えた彼女たちは、それを成功させるために、幸紀からの訓練を受けて霊力を応用した技を編み出し、作戦実行の日を控えていた。



「改めて作戦を確認する」

 まだ日も昇っていない時間、幸紀は体育館で日菜子たち4人を一列に並べ、ホワイトボードに今回の作戦が行われる地形を描く。

「まず、珠緒と六華が正面から霊橋区に侵入。悪魔たちを引きつける」

 幸紀は珠緒と六華の名前が貼られた磁石を移動させる。

「その間に、美雲は単独でガソリンスタンドに接近。爆破することで注意を引く」

 幸紀は美雲の名前が貼られた磁石を白板のガソリンスタンドの上に置く。

「そして日菜子が単独で市庁舎にいる敵のリーダーを撃破し、統制が取れなくなった悪魔軍を各個撃破していく」

 幸紀は日菜子の名前が貼られた磁石を白板の中央に置いた。

「作戦開始まであと18時間。今から多少訓練を行い、睡眠。起きて準備が整ったら、夜の闇に紛れて作戦を実行する」

「はい!」

 幸紀の言葉に、4人の女性たちは威勢よく返事をした

「それじゃあ訓練を始めるぞ」



4時間後

 日も差し込んできた頃、日菜子たち4人は訓練によって肩で息をしていた。

「よし、今回はここまでだ」

 幸紀がそう言うと、4人は床に座り込む。そんな4人に、幸紀はメイドが用意した飲み物を差し出した。

「休みがてらこれを飲むといい。霊力も体力も回復できるぞ」

 幸紀にそう言われ、4人は手渡された飲み物を飲む。そのまま幸紀は指示を出した。

「これを飲み終えたら、みんな風呂に入って、ゆっくり眠るといい。一旦ここで解散する」

 幸紀に言われ、4人は返事をする。そしてコップを控えていたメイドに返すと、本館の大浴場へと向かって歩き始めた。



大浴場

「みんな、いい動きになってたね」

 露天風呂に浸かりながら、日菜子が他の3人に言う。美雲と六華が笑ったのに対し、珠緒は俯いた。

「どうしたの珠緒ちゃん?」

 美雲が尋ねると、珠緒は両手で自分の身を守るようにしながら話し始めた。

「正直…自信がないです。こんな短期間の訓練で、あの悪魔たちと戦えるかどうか…」

 珠緒の不安に、日菜子と美雲も考えこむ。しかしすぐに六華が明るく話し始めた。

「だいじょーぶだって、なんとかなるよ!私を助けにきてくれたときだって、なんとかなったじゃん?いけるって」

 六華が言うと、美雲も話し始めた。

「六華ちゃんと珠緒ちゃんの仕事は、敵を引きつけることだからさ。無理に戦おうとしなくても、引きつけてさえくれれば逃げても大丈夫だよ」

「そんなことはできないです。皆さんが頑張ってるのに、そんなこと…」

 珠緒は美雲に言われて、反省した。

「臆病なことを言って、すみませんでした…」

「謝らなくていいんだよ、珠緒」

 謝る珠緒に、日菜子が優しく声をかける。日菜子はそのまま他の3人全員に向けて話し始めた。

「私たちは確かに悪魔たちと戦うためにここにきた。でも、それは死ぬためじゃない。生きて沢山の悪魔たちを倒し、みんなを守るためだよ。だから、みんな自分の命を最優先にしてね」

 日菜子の言葉に、みんな黙り込む。日菜子はそのまま笑いかけた。

「大丈夫、みんなが逃げたら私1人で全部やっつけちゃうから」

「強すぎでしょ。もっと、か弱くないとモテないよ?」

 日菜子の冗談に、美雲がツッコミを入れる。4人から思わず笑いがこぼれると、暗かった空気は明るくなっていた。



作戦開始2時間前

 清峰と幸紀は数人のメイドたちと共に、作戦の状況を監視するためのモニターや、カメラ付きのドローンを用意していた。

「ドローン、モニター、いずれも問題ありません」

 確認作業を終えたメイドの1人が言う。幸紀もそれを聞いて頷くと、清峰に声をかけた。

「それでは侯爵、星霊隊のメンバーたちを起こしてきます」

「わかった」

 侯爵からの返事を聞くと、幸紀は準備室を後にする。

 日は既に沈み、暗い廊下を1人で歩きながら、幸紀は周囲を見回し、誰もいないことを確認した。

「さて」

 幸紀はひと言呟くと、握っていた杖で床を突く。黒い光が集まり、幸紀の目の前に、幸紀とそっくりの分身が現れた。

「分身よ、俺はこの場から指示を出さねばならん。お前はコーキの姿となってカザンの街に忍び込み、俺の指示通りに動け」

「…御意」

 幸紀の分身がそう言うと、分身の顔は見る見るうちに仮面に覆われていく。分身の顔は、すぐにコーキの姿に変わった。

「行け」

 幸紀に言われると、分身は走り出す。幸紀はその様子を見送ると、星霊隊のメンバーたちが眠る個室へ歩き始めた。



作戦開始30分前

 幸紀に起こされた星霊隊のメンバーたちは、清峰、幸紀とともに作戦室に集合した。

「作戦は事前に伝えている通りだ。我々はここでバックアップを行う。質問はあるか?」

 幸紀はメンバーに尋ねる。みんな質問がない様子を見て、日菜子が全員を代表し、ありませんと答えた。

「では、侯爵」

「うむ。今から行う作戦は、人類の反撃、その最初の一歩だ。君たちには心から期待している。作戦を成功させ、無事に戻ってきてくれ」

 清峰が言うと、4人は背筋を正す。清峰は腕時計を見ると、声を張った。

「時間だ!霊橋区奪還作戦を開始する!総員配置につけ!」

「はい!」

 清峰の号令と共に、メイドたちは監視用のモニターの前に座る。

「行くよ、みんな!」

「おう!」

 日菜子も他の3人に声をかけ、作戦室を出る。幸紀は彼女たちを見送ると、清峰と共に状況全体を見渡せるモニターの前に移動しつつ呟いた。

「長い夜になりそうですね」

 清峰はその言葉にニヤリとしながら席についた。

「そんな時こそ夜明けは美しい。そうあってほしいな」



作戦開始時刻

 月の光も差さない林道を、珠緒と六華はライトもつけずに進んでいた。

「あと100mほどで霊橋区の入り口です。待ち伏せに良さそうな場所はありましたか、六華さん?」

 珠緒が不安そうに尋ねるのに対し、六華は楽しそうに周囲の木々を見渡していた。

「うーん、うん!少し先にクスノキがあるでしょ?あそこの草むらにするよ!珠緒ちゃん、あのあたりで戦ってね」

「わかりました。本当に、いざとなったらお願いしますね?」

「まっかせといて!」

 珠緒と六華は言葉を交わし、六華は草むらの中に潜る。珠緒はそれを見て、大きく息を吸い、霊橋区の入り口へ駆け出した。


 そんな珠緒の姿を、霊橋区の入り口で見張りを任された悪魔たちは目撃していた。

「おい、人間の女だ」

「へっへ、みんなで可愛がってやろうぜ!」

 悪魔たち3体のうち、2体は見張り台を飛び降りて珠緒のもとに向かう。残った1体は原始的な拡声器に声を張った。

「人間の女が来たぜ!暇な奴は来いや!」

 連絡担当の悪魔もそう言うと、見張り台を飛び降りて珠緒の方へと走り出した。


 さっそく珠緒は霊橋区の入り口付近で2体の悪魔に道を塞がれていた。

「こんな夜中に迷子かぁ?可哀想になぁ!」

「可愛がってやるぜぇ!」

 悪魔たちは口々に好きなことを言って珠緒に襲いかかる。

「来ました…!」

 珠緒はメイド服の襟につけた通信機にそう言いながら、脚に霊力を集中させ、悪魔たちの頭上を宙返りして飛び越える。

「なっ!?」

 想像していなかった珠緒の俊敏な動きに、悪魔の動きが止まる。止まった悪魔の一体に、珠緒は霊力でナイフを発現させ、それを突き立てた。

「あぎゃああ!!」

「お、おい!」

 仲間をナイフで突き殺され、動揺しているもう片方の悪魔の後頭部に、銀色の銃弾が飛んでくる。銃弾に頭を貫かれ、その悪魔も黒い煙になって消え去った。

「ナイスショット、私!」

 悪魔の一体を銃撃で倒した六華は、草むらの中で調子の良いことを言いながら銃弾を排莢する。珠緒も、自分が刺した悪魔が黒い煙になったのを見届けてから、ハンカチでナイフの刃を拭った。

「よかったぁ…」

 珠緒は安堵のため息を吐く。そんな珠緒の耳につけられた通信機から、幸紀の声が聞こえてきた。

「珠緒、六華、そちらにかなりの数が来るぞ、最低でも20はいる」

「20!?」

 珠緒は思わず声を上げる。それと同時に珠緒の背後から悪魔たちの声が聞こえてきた。

「女はどこだぁ!」

 珠緒は思わず息を飲む。

「だいじょーぶ、1人で10体くらい倒せばいいんだって!」

 通信機を通して六華が冗談を言う。珠緒は覚悟を決めた。

「…そうですよね。私だって、やるって決めたんだから…!」

 正面から迫ってくる悪魔たちに対し、珠緒はナイフを握りしめた。



同じ頃

「幸紀くん、珠緒ちゃんたちどう?」

 美雲と日菜子は既に霊橋区に忍び込み、ガソリンスタンドの近くの草むらで息を潜め、幸紀に状況を尋ねていた。

「現在30体ほどの悪魔が珠緒たちの方に向かっている」

「そんなにたくさん…大丈夫なの?」

 日菜子は幸紀に尋ねる。幸紀は珠緒と六華の状況がわかるモニターを確認しつつ答えた。

「問題なさそうだ。美雲、ガソリンスタンドの方は」

 幸紀に尋ねられると、美雲は周囲を見てから答えた。

「いい感じに減ってきた。始めるね」

「健闘を祈る」

 美雲の返事に対して幸紀が言うと、美雲は隣の日菜子に笑いかけた。

「それじゃ火付けてくるね。お姉ちゃんも上手いこと敵のリーダーを倒してよ?」

「任せておいて」

 姉妹は自信に満ちた表情で微笑み合うと、日菜子は美雲と分かれて走り始めた。

 一方の美雲は、目の前のガソリンスタンドに入るために周囲を見回した。

「…よし」

 敵が誰もいないことを確認し、美雲はガソリンスタンドの倉庫の入り口へ駆け出した。

 倉庫の入り口に辿り着いて、改めて誰にも見られていないことを確認し、音を立てないようにして倉庫の中に忍び込む。

 スマホのライトで倉庫の中を照らし出すと、ガソリンの入った赤いタンクが無数に並んでいた。

「さて」

「誰だ!」

 美雲がポケットからライターを取り出そうとした瞬間、背後から悪魔の声が聞こえてくる。美雲が振り向くと、素手の悪魔が一体だけそこに立っていた。

「人間の女か!敵がいるぞ!」

 悪魔はそう言って声を張ると、美雲を襲おうと飛びかかった。

「あー、めんど!」

 美雲は横に転がって悪魔をかわしながら、霊力で鎖を作り出し、右手に握る。

 悪魔は体勢を立て直し、美雲に再び襲い掛かろうとする。

 しかし、その瞬間、美雲は敵の頭上を目掛けて技の名前を叫びながら鎖を振るった。


「『ラフィーネ・スラッシャー』!」


 美雲の言葉と同時に、美雲の鎖から桃色の衝撃波が放たれる。衝撃波は天井に直撃し、天井は悪魔の上に崩れ落ちる。悪魔はそれに押しつぶされたが、まだ辛うじて息があるようだった。

「さてと」

 美雲はそう言いながらライターの火をつける。すると、大勢の悪魔たちが倉庫に入ってきた。

「そいつだ…殺せ…!」

 ガレキに押しつぶされている悪魔が他の悪魔に指示を出す。それと同時に、美雲はわざとらしく悪魔たちに話しかけ始めた。

「ハーイ、悪魔のみんな。私のカラダ、堪能しにきたのかなぁ?」

 美雲はそう言って右腕で豊満な胸を寄せる。悪魔たちは、その一瞬動きが止まった。

「でも残念。君たちは、こっちを楽しんでね!」

 美雲はそう言うと、鎖を天井の穴から外へ伸ばし、少し離れた電柱に巻きつける。

 同時に、左手のライターを後ろのガソリンタンクへ投げ捨てた。

「じゃあね!」

 美雲は鎖を霊力で操って巻き上げていく。悪魔たちは美雲の足を掴もうとしたが、美雲は既に倉庫の天井からその場を去っており、失敗に終わった。

 同時に悪魔たちは美雲が何をしたかを理解した。


「爆発す」


 悪魔たちが逃げようとしたその瞬間、夜空に真っ赤な炎が立ち昇り、悪魔たちの無数の悲鳴が響いた。

 美雲は既に倉庫からかなり離れており、遠目でその様子を見ていた。

「すっご、大爆発じゃん」

 真っ暗だった街は、炎によって明るくなる。風による延焼で、無傷だった悪魔にも被害が出た。

「さて、雑魚の掃除でも始めよっか」



 同じ頃、珠緒と六華の2人からもガソリンの大爆発は見えており、その爆発音に悪魔たちの動きが止まっていた。

「何が起きてんだ!?」

「知らねぇよぉ!」

「俺の寝床がぁ!」

 悪魔たちが情け無く混乱し、悲鳴をあげていると、珠緒と六華はその隙を見逃さず、辺りにいた悪魔たちにナイフや銃撃を浴びせ始めた。

「よし…今度はこっちの番…!」

 珠緒はそう言って悪魔たちに向かっていく。残りの数が少なくなった悪魔たちは、弱気になって珠緒から後ずさり始めた。

「やべぇよぉ!死んじまうよ!」

「か、カザンの兄貴のとこまで行こう!」

 悪魔たちはそう言って珠緒に背を向けて逃げ出す。しかし、その悪魔たちの後頭部に、六華の銃弾が浴びせられた。

「珠緒ちゃーん!」

 六華は草むらから出て珠緒と合流する。

「美雲ちゃん、上手くやったね!」

「はい!こっちの敵も、おかげさまで全然いません!」

「いやいや、珠緒ちゃんのおかげだよー!」

 六華が笑顔でそう言っていると、彼女の背後から瀕死の悪魔が覆い被さってくる。

「ひやっ!?」

 六華はすぐに振り向くが、悪魔に押し倒され、強引に口付けされようとしていた。

「せめて…霊力は奪ってやる…!」

「六華さん!!」

 見ていた珠緒が、悪魔の背中にナイフを突き立てる。悪魔はあっという間に黒い煙となって消えていった。

「はぁ…危なかった…ありがとうね、珠緒ちゃん」

「いいえ、六華さんが無事でよかったです」

 珠緒はそう言って微笑みながら六華に手を差し伸べる。六華はその手をとって立ち上がり、街の方を見た。

「…あとはリーダーの日菜子さんですね…大丈夫でしょうか…」

 珠緒は不安そうに呟く。すぐに六華は笑って珠緒の背中を叩いた。

「だいじょーぶだって!日菜子さんだよ?誰よりも訓練してたじゃん?だからきっと勝ってくれる!私たちも街に行って他の敵を倒そう!」

 六華は自信に満ちた表情で言い切る。珠緒もそれに応えるように頷くと、2人は街を目指して走り出した。



同じ頃

 市庁舎にいたカザンと数人の部下は、爆発音と立ちのぼる赤い炎に驚きを隠せないでいた。

「なんだありゃあ…!?何が起きやがった…!?」

 カザンは全くの想定外の出来事に言葉を失う。しかし、すぐにリーダーらしく振る舞うことを思い出すと、近くに控えていた部下たちに指示を出した。

「おい!様子見てこい!急げ!」

 カザンに怒鳴られ、部下たちは部屋から出ていく。

 1人になったカザンは、爪を噛んで考え事を始めた。

「なんだってんだよ…!?人間どもの攻撃…?いやまさか…」

 カザンがそう考えていると、部屋から出ていったはずの部下たちの悲鳴が聞こえてくる。カザンは息を飲みながら部屋の壁に立てかけてある棍棒に手を伸ばした。

 部下の悲鳴と物音が近づいてくる。カザンが棍棒を握りしめると、カザンの部下が部屋の入り口の扉と共に吹っ飛んできた。

「…!」

 部下は黒い煙になって蒸発する。

 本来扉があったところから、暗い金髪の人間が姿を現した。

「テメェ、ナニモンだ!」

 カザンはいつも通り怒鳴って尋ねる。その人間はゆっくりとカザンの方に向き直った。


「私は星霊隊のリーダー、桜井日菜子。あなたを倒し、この街を取り返しに来た!」


 日菜子はそう言うと、黒い籠手で守られた拳を握りしめ、カザンと戦う姿勢になる。カザンはそれを見て、棍棒を構えた。


「人間風情が!叩きのめして犯してやる!」


 カザンもそう宣言し、棍棒を振り上げながら日菜子に近づく。日菜子は臆さず、カザンの様子を見た。


「うぉらっ!!」


 カザンの棍棒が日菜子へ振り下ろされる。日菜子はそれを冷静に回避し、棍棒は床をへこませた。


「こいつ!!」


 カザンは横に逃げた日菜子へ棍棒を振るう。しかし、日菜子はそれも冷静にしゃがんで回避した。

 そのまま日菜子は一気にカザンに接近する。


(練習の成果、出し切る!)


 日菜子はカザンの心臓部分に、右の手の平を当てる。

 カザンがその手を振り払おうとした瞬間だった。


「『桜花拳』!!」


 日菜子の気合いと共に、霊力が彼女の手の平に集中したかと思うと、霊力は気弾となって日菜子の右手から放たれた。


「うごぁっ!?」


 至近距離から気弾を浴びせられたカザンは、大きく吹き飛び、さらに棍棒を落として仰向けに倒れた。

 しかしすぐさまカザンは立ち上がり、素手で拳を構えた。

「て、テメェ、やるじゃねぇかよ。こりゃ俺も本気の出しがいがあるぜ」

 カザンは強がって言葉を吐くが、日菜子はそんなことも気にせず、ただカザンを殺すことだけを考えていた。


 2人は無言でお互いの出方を窺う。


 先に動いたのは日菜子だった。


 霊力を脚に集中させ、自分の身体能力を上げると、片足で地面を蹴り、もう片方の足を突き出す。凄まじい速さの前蹴りが、カザンの方へと飛んでいた。


(見えてんだよ!)


 カザンはそれを横に移動して回避すると、日菜子の横に陣取る。

 そうして日菜子の脳天に、頭の一本角を振り下ろした。


 想定外の出来事だったが、日菜子は降ってくる角を横から殴ってその軌道を逸らす。


 角が当たらなかったのを確認すると、日菜子はその角を足で押さえつけた。


「なっ…!!」


 カザンが動けなくなったことを確信すると、日菜子は角を押さえていない方の足に霊力を込めた。


「『飛燕ひえん翔空しょうくう』!」


 日菜子は宙返りする勢いを利用して、カザンの顎を思い切り蹴り上げる。


「ぐぉあっ」


 カザンの角は折れ、カザンはバランス感覚を失う。よろめきながら日菜子と距離を取ろうとするが、日菜子はその隙を見逃さなかった。


「『桜花拳』!!」


 日菜子は腰を落とし、右の手の平をカザンに向けて霊力を放つ。

 放たれた桃色の気弾は、カザンの胴体に直撃する。


「うぐっ…!」


 カザンは気弾に押し込まれるような形で壁際に追い込まれる。


「バカな…!!」


 気弾はカザンをそのまま壁に押しやり、ついに壁を壊し、カザンを外へ吹き飛ばした。


「うわぁああ!!」


 2階から屋外に叩き出されたカザンは、背中を地面に叩きつけられ、ダメージを負う。しかし、まだ辛うじて息はあり、意識もあった。


「クソッ…!なんで俺様がこんな目に…!」


 カザンがそう思っていると、日菜子がカザンの後を追って建物の2階から飛び降りつつ、カザンを殴ろうとする。

 カザンは悲鳴を上げながらその場から逃げ、どうにかその攻撃を回避した。

 そのままカザンは、日菜子の方を見ながら後ずさる。日菜子は全てを殺す決意をした表情で、ゆっくりとカザンの方へと歩いてきていた。


「お…おい!誰かいないのか!!ゼルン!ゴズ!誰でもいい!!誰か!!」

 

 カザンは恐怖を隠そうともせず、日菜子から逃げつつ仲間の名前を呼ぶ。しかし誰も助けには来なかった。

「助けは来ないわ。みんな倒したもの」

「…!」

 日菜子はカザンに事実を伝えると、後退って逃げようとするカザンに、再び右の手の平を向けた。


「逃がしはしない。あなたもここで終わりよ!」


 日菜子はそう叫び、気弾を放った。




 カザンは死を覚悟した。


 だが、気弾は当たらず、カザンは生きていた。


「…え?」


 カザンが正面を見ると、今まで誰もいなかったはずの、カザンと日菜子の間に、誰かが立っているのが見えた。


「何…?」


 日菜子は突如現れたその悪魔に強い警戒心を抱く。それと同時に、カザンは嬉しそうに声を上げた。


「コーキじゃねぇか!よくやった!さすがお前は…」


 調子に乗って言葉を並べようとするカザンの喉元に、コーキは日本刀の刃先を突きつけた。


「無駄口を叩くな、早く消えろ。ここは俺がやる」


 コーキに鋭く言われると、カザンもそれに気圧され、何も言わずに背中を向けて逃げ出した。


「待て!」


 日菜子はそんなカザンを追おうとする。だが、そんな日菜子の前に、コーキは立ち塞がった。


「あなたも悪魔なの?」


 日菜子はコーキに向かって尋ねる。コーキは何も言わずに刀を構えた。


「…そう。だったらそこを退いてもらうから」


 日菜子はコーキに言い放つと、拳を構える。

 そんな日菜子の耳元に、幸紀からの通信が入った。


「日菜子!どうした!」

「幸紀さん、敵のリーダーに逃げられました!今目の前に黒いコートと仮面の悪魔がいて、これから戦うところです!」


 日菜子からの報告を聞き、幸紀は血の気が引くような感覚を覚えた。


「日菜子、逃げろ!」

「大丈夫です幸紀さん!敵のリーダーは絶対捕まえますから!」


 日菜子はそう言うと、コーキに向けて右の手の平を向けた。


「『桜花拳』!!」


 桃色の気弾がコーキに向けて飛んでいく。コーキはそれに対して少しも動かなかった。

(よし、直撃コース!)

 日菜子の想像は的中し、気弾はコーキの胴体に直撃する。

 しかし、白い煙が吹き抜けたかと思うと、コーキは平然とした様子でその場に立っていた。

(そんな…!直撃してたのに…!)

 日菜子は内心強く動揺する。しかし、すぐに気を取り直すと、右の手の平をもう一度コーキに向けた。


「『桜花』」


 日菜子が技の名前を言おうとした瞬間だった。

 10歩は離れていたはずのコーキが、突然日菜子の目の前に立っていたのである。

「!!」

 そしてコーキは、持っていた日本刀の柄の部分で、日菜子の腹を強く突いた。


「っ…!!」


 強烈な痛みに、日菜子は思わずよろめく。だが、日菜子にはまだ戦える余力があった。


(格闘戦なら…!)


 日菜子はそう思うと、拳を作ってコーキの顔面へと振るう。

 しかし、コーキはそれを最低限の動きで回避した。

 日菜子は逆の拳でコーキの顔を殴ろうとする。

 だが、今度はその拳をコーキに掴まれた。


「あぐっ…!」


 コーキの握力は凄まじく、日菜子の拳が握り潰されそうになっていた。


(まずい…!砕ける…!!)


 日菜子がそう思って防御が疎かになった瞬間、コーキは日菜子の首に手を伸ばした。


(しまった!)


 日菜子はその手を払い退けようとするが、それよりも早く、コーキは日菜子の首を掴み、持ち上げ、締め上げ始めた。


「あぁ…がっ…!!」


 日菜子はコーキの手を振り解こうと必死にもがく。何度もコーキの胴体に蹴りを入れるが、コーキは少しも怯まず、そのまま日菜子の首を絞めていた。


(負け…るか…っ!)


 日菜子は気合を入れ直すと、足を振り上げ、太ももでコーキの顔面を挟み込むと、体重をかけてコーキを後ろに投げる。


 日菜子の首からコーキの手が離れ、2人は距離を取って向き合った。


(勝負はここから…!)


 日菜子はそう思うと、足に霊力を集中させる。そして一気に地面を蹴ると、飛び蹴りの要領でコーキに近づきながら蹴りを放った。


「『星霊せいれい十字脚じゅうじきゃく!』」


 日菜子は鍛錬した技の名前を叫びながら、霊力で宙に浮きつつ、コーキの顔面を目掛けて真っ直ぐな蹴りを放つ。


 コーキは横に移動してあっさりとその蹴りを回避する。


(もらった!)


 日菜子はすぐさま2発目の蹴りを放ち、真横からコーキの顔面を狙った。


 しかし、コーキはそれすらも読んでいたかのように、簡単に日菜子の足を掴んだ。


「!?」


 コーキはそのまま日菜子の勢いを利用すると、日菜子を振り回すようにして、日菜子を地面に叩きつけた。


「ぐぁっ…!」


 地面に叩きつけられ、日菜子は泥にまみれる。


 コーキは仰向けになっていた日菜子の首を掴み上げ、再び締め上げる。


 そうしてそのまま日菜子を地面に叩きつけた。


 日菜子の悲鳴が辺りに響く。


 日菜子の体にダメージが入り、日菜子自身も弱まったのを見ると、コーキは日菜子を無理矢理立たせ、後ろに回り込み、腕で日菜子の首を締め上げた。


「くっ…離せ…!」


 日菜子はコーキの腕から逃れようと必死に身をよじってもがく。しかし、コーキの力は尋常ではなく、日菜子には抜け出せるものではなかった。


「…弱い女だ…己の愚かさを呪うがいい…」


 日菜子の耳元で、コーキは囁く。そのままコーキは日菜子の首を絞める腕の力を強めた。


「…うぅう…っ…!!」


「楽に殺してもつまらん…ゆっくり死ぬといい…」


 コーキに囁かれながら、日菜子が気絶しようとした瞬間だった。


「お姉ちゃん!!!」


 日菜子とコーキの耳に入ってきたのは、美雲の声だった。日菜子の窮地を察し、美雲は慌てて走ってきたのだった。


 コーキはそれに対し、冷静に刀を振るう。美雲の足元に、青白い小さな衝撃波が飛ぶと、小さな爆発が起こり、美雲も吹き飛んだ。


「美雲…!」


 日菜子は朦朧とした意識で美雲のことを気遣う。しかし、コーキはそんなことも構わず、日菜子のことを引きずり始めた。


「開け」


 コーキは自分の背中の空間に刀を振り下ろす。


 空間が裂け、赤黒い光が漏れ出るような、異空間の入り口がコーキの背中に現れた。


 立ち直った美雲は、目の前で起きている事態に気づくと、握っていた鎖を振るい、異空間に日菜子を連れ去ろうとするコーキを止めようとした。


「『ラフィーネ・スラッシャー』!!」


 桃色の衝撃波が飛び、コーキへと肉薄する。


 だが、衝撃波が当たる寸前のところで、コーキと日菜子は異空間へと入り、異空間の入り口は閉ざされ、桃色の衝撃波は空を切った。


「お姉ちゃぁああん!!!」


 誰もいなくなってしまったその場に、美雲の声だけがこだました。




同じ頃

 幸紀と清峰は作戦室の無数のモニターを見比べ、日菜子の様子を探していた。

「おい、幸紀、日菜子はいたか?」

「いいえ」

「他のメンバーに状況を報告させろ、今すぐ!」

 清峰は緊迫した様子で幸紀に指示を出す。幸紀もそれに呼応するように、通信機に声をかけ始めた。

「幸紀だ、日菜子の行方を知ってるものはいないか?」

 幸紀が尋ねると、すぐに珠緒が返事をした。

「白田と村雲です、こちらでは見かけませんでした、日菜子さんに何かあったんですか?」

 珠緒が状況報告と質問をする。それに答えるように、美雲が会話に加わった。


「美雲です…お姉ちゃんは…桜井日菜子は…敵に拉致されて、行方不明になりました…」


 美雲からなされた報告に、関係者全員、言葉を失った。

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