第3話 最初の一歩
前回までのあらすじ
山が悪魔軍の攻撃を受け、幸紀は星霊隊を逃すために単独で奮闘し、悪魔軍にダメージを与える。星霊隊には山の猟師である六華が新たに加わり、日菜子がリーダーとなり、徐々にチームとしてのまとまりができつつあった。
「・桜井日菜子(21歳)
・リーダー格、籠手で戦闘
・暗い金に所々ピンクが混じった髪色
・判断は早いがお人好しがすぎる面があり
・桜井美雲(19歳)
・参謀格、鎖を使用
・茶髪で露出が多い
・知恵はあるが直接戦闘は弱い傾向
・白田珠緒(19歳)
・ナイフを使用
・黒髪のメイド服
・気弱で戦闘力は低いが爆発力はある
・村雲六華(19歳)
・ライフルを使用
・白髪に白い肌
・射撃能力は高いが協調性低め」
「これがあんたの選んだ星霊隊のメンバー?コーキ?」
六華を救出した同じ日の夜、サリーは幸紀の部屋で、幸紀の作った資料を読んで尋ねる。幸紀は低い声で、あぁ、とだけ言葉を返してベッドの上で天井を眺めていた。
「ふーん…いい感じに弱そうなの選んでくれたね」
サリーはそう言って資料を横に置くと、幸紀の隣に寄り添うようにベッドに横になった。
「ところでさ、幸紀?今日の三途山での戦いさぁ?鬼の連中が勝ったけど、謎の爆発で結構な数の鬼が死んだんだって?なんか知らない?」
サリーは悪戯っぽく幸紀に尋ねる。幸紀はつまらなさそうにため息を吐きながら答えた。
「あぁ、それか。おそらく村雲の罠だろうな。頭の悪いカザンなら引っかかるだろうよ」
「へぇ?あんたも一緒にいたはずなのに?」
サリーは見透かしたように幸紀に言う。瞬間、幸紀はサリーに馬乗りになると両手でサリーの首を締め上げ始めた。
「あぐっ…!」
「俺を馬鹿にしてるのか、おん?」
幸紀が鋭く言うと、サリーは苦しみもがきながら首を横に振る。
「そんな…わけ…!ぁぁ…やば…死ぬ…」
サリーが慌てて幸紀の腕を叩き始めると、幸紀は手を離す。サリーは咳き込みながら蕩けた瞳で幸紀の方を見つめた。
「ゲホッゲホッ…ごめんね…てっきり、カザンにむかついたあんたが、建物ごと吹っ飛ばしたのかと…」
「また締められたいか?次は加減しないぞ」
「…ごめんって…」
幸紀に耳元で脅されると、サリーは大人しく謝る。そのままサリーは幸紀を抱きしめた。
「私だってカザンはムカつくんだよー、コーキ。あの野郎、いっつもいっつも独りよがりでさ、早く死んでくれないかなぁって思ってたんだよね。だからコーキがカザンをやってくれてたら嬉しいなって、思っただけなんだよー」
「なら次は俺を怒らせるな」
幸紀は不機嫌そうにサリーの上から降りて横になる。そのままサリーに背を向けた幸紀を見て、サリーは慌てて謝った。
「ごめんって、ね、なんでもするし、なんでもしていいからさ、私にお仕置きしてよ、ねぇ」
「今日は帰れ。また機嫌が直ったら相手をしてやる」
幸紀はそう言い捨てると、そのまま目を閉じる。サリーはバツが悪そうにしながら、姿を消した。
(悪魔の多くは自分の本能に従って生きる…そしてその多くは自分自身しか見えていない。自分自身の価値観と快楽が全て。だから俺は悪魔の世界では爪弾きにされる…)
幸紀はそう思いながら眠りに落ちていった。
翌朝
美雲は窓から差す朝日の光で目が覚めた。そして、見慣れない部屋を見回し、昨日の出来事が夢でないことを理解した。
「んーっ…」
美雲は軽く伸びをして、ベッドから降りる。
「本当にホテルみたい…1人1人にこんないい部屋があるなんて」
美雲はそう言いながら風呂とトイレと洗面所が一体になった部屋に入り、顔を軽く洗う。そして服装もパジャマから普段着ている青いノースリーブに着替えると、いい匂いに誘われるようにして部屋をでた。
美雲が廊下に出ると、同時に、隣の部屋から彼女の姉である日菜子も出てきた。
「あ、お姉ちゃん、おはよ」
「おはよう、美雲」
日菜子はすでにしっかりと目が覚めており、声もはっきりしていたが、その割には服装はいかにも寝起きという感じで、寝癖もそのままだった。
2人はそのまま一緒に話をしながら食堂を目指し始めた。
「それにしても本当にすごいね、ここ」
美雲がふと日菜子に言う。日菜子は何度も頷いた。
「ね。すごい高級なホテルって感じ」
「まぁこんだけ目立つ場所があったら悪魔たちにも襲われるよねぇ」
美雲が言うと、日菜子は何かを思ったような表情を見せた。
「お姉ちゃん?」
「私、昨日から少し思ったんだ。悪魔たちは、私たちが何もしなくても攻めてくる。それを思ったら、逆にこっちから敵の拠点を叩いた方が、より多くの人を守れるんじゃないのかなって」
「おー、お姉ちゃんにしては頭使ったね」
「馬鹿にしないでよ」
真面目に話す日菜子に対し、美雲は茶化すように言う。しかしすぐに美雲も真面目な表情になった。
「でも、お姉ちゃんの考えも間違ってないと思うよ」
「そうだよね」
「じゃあ、どこを攻める?」
美雲に言われると、日菜子は言葉に詰まる。
「うーん…侯爵と相談して決めようかな」
「ま、そうなるよね」
日菜子の言葉を聞いて、美雲も納得したように答える。そのまま美雲は伸びをしつつ話を続けた。
「なんか、お姉ちゃんらしいね。最終的な目標をいつも見据えてる」
「それを実現できる過程が思いつかないけどね。でも美雲はいつもそういうところに気が回ってる」
日菜子に言われると、美雲も得意げに微笑む。
「それってつまり、私の頭脳が必要、ってことだよね?」
「そう。色んな作戦を考えて、悪魔たちをやっつけるの、手伝ってほしい」
「ふふっ、元からそのつもりだよ、お姉ちゃん。代わりにブランドのバック、今度奢ってね」
「高くついたなぁ〜」
美雲の冗談に、日菜子も冗談で答える。2人は和やかに笑い合うと、食堂にたどり着いた。
食堂の大きな長机の奥には、すでに珠緒、六華、清峰、そして幸紀が席に着いていた。
「あっ、きたきた!」
六華が明るい声で2人を呼ぶ。2人は六華とは対照的に厳格な雰囲気の清峰と幸紀を警戒しながら席に着いた。
「お待たせしちゃいましたか?」
日菜子は自分たちに正面を向けて座る清峰と幸紀に気を遣いながら尋ねる。
「いいや、食事が来るのを待っていただけだ」
清峰が言うと、日菜子は安堵する。その間に、美雲は隣の席の珠緒に耳打ちした。
「ね、なんでこんな静かなの?」
「これがいつも通りなんです。侯爵はあまり喋らない人ですから」
「あ、そうなの」
「何を話してる?」
美雲と珠緒が話していると、清峰が尋ねる。しどろもどろになる珠緒と対照的に、美雲は堂々と軽い空気で話し始めた。
「珠緒ちゃんに、いつもこんなに静かなのって聞いてたんです。そしたらそうだって言うから」
「そうだな」
「せっかくなんだから、もっとみんなでおしゃべりしません?ちょっとお行儀悪いかもですけど」
美雲の提案に、珠緒が慌てた。
「美雲さん、ダメですよ」
「どうして?せっかくなんだから、みんな仲良くなりたいじゃん?」
「でも侯爵は…」
珠緒の言葉に、清峰は静かに制止した。
「美雲の意見は一理ある。我々はまだ会ったばかりだしな。互いのことをよく知るためにも、食事中の私語を解禁しよう」
「さっすが侯爵、物分かりいいねぇ」
美雲が調子よく言うと、清峰も笑う。珠緒はヒヤヒヤしながら清峰の様子を窺ったが、清峰は穏やかな表情をしていた。
そうしていると、食堂の扉が開き、メイドたちが朝食を持ってくる。料理自体は庶民でも見慣れたようなものだったが、その出来はやはり一段違って見えた。
「うちのメイドたちが作った朝食だ。どうぞ心ゆくまで食べてくれ」
「おぉ…」
メイドたちが日菜子たちの前に料理を置く。あまりの出来栄えの良さに、彼女たちは息を飲みながらスプーンを取り、スープをすくって飲んだ。
「美味しい…!」
日菜子、美雲、六華が声を揃えて言う。そのまま六華はスープの皿を持ち、ひと息でスープを飲み干した。
「ねぇ日菜子さん、山の下の人たちって毎日こんな美味しい料理を食べてるの!?」
「まさか!こんな美味しい料理滅多に食べられないよ!」
興奮気味に尋ねる六華に、日菜子も興奮気味に答えて食事を進める。六華はそのまま清峰にも話題を振った。
「侯爵、侯爵!もしかして、私、これから毎日こんな美味しい料理をもらえるんですか!?」
「まぁ、星霊隊としての任務をしてくれるならな」
「しますします!いくらでもなんでもしちゃいます!だからおかわりください!」
「わかった、持って来させよう」
六華の明るさに驚きながら、清峰は近くに控えていたメイドに指示を出す。清峰はそのまま食事を続ける六華の様子を見守った。
「六華。君は、昨日家を失ったというのに、元気だな」
清峰が言う。思わず幸紀と珠緒は清峰の顔を見た。
「侯爵、さすがにそれは…」
幸紀が言うと、六華が平然とした様子の笑顔で頷いた。
「そりゃあこんなに美味しい料理を出してもらったら元気にもなりますよ!家のことは悲しいけど、ま、よくある話かなって」
六華の様子に、珠緒は六華に尋ねた。
「六華さん、無理してませんか?」
「全然?狩りだってそうじゃない。私が倒した命は、もしかしたら子供がいたり、逆に親が居たりするかもしれない。だけどやめるわけにはいかないじゃん?それと同じ。悪魔が狙ったのがたまたま私の家だっただけ。むしろ、私は生きてるだけラッキーだと思うよ!」
六華は本心でそう言っていた。
「メンタルつよ」
向かいから六華の様子を見ていた美雲は思わず呟く。六華はそのまま話を続けた。
「あ、でも、皆が皆私みたいな考えじゃないのはわかってるよ。家を取られて、そのままやられちゃう人だってたくさんいるだろうしね。そういう人たちを出さないために、私らは悪魔と戦うんでしょ?」
「その通りだ」
清峰が落ち着いた表情で肯定する。
「すでに多くの人間が悪魔による被害を受けている。そして、少しずつではあるものの、人間側の領土は、悪魔たちに奪われつつある。私は、その状況を変えるべく、君たちを呼んだ」
「侯爵、そのことで提案があるんです」
清峰の言葉に、日菜子が言う。
「聞かせてくれ」
「私たちの方から攻めてみるのはどうでしょう」
日菜子の提案を受けて、美雲以外の人間は意外そうに日菜子の顔を見る。日菜子は続けた。
「ずっと守り続けるのは、すぐに限界が来ます。だったら、逆に敵を攻めて、しばらく動けないようにした方が、より多くの人を守れるんじゃないでしょうか」
「日菜子」
日菜子の提案を聞き、清峰が日菜子の名前を呼んだ。
「奇遇だな。同じ考えだ」
清峰の言葉に、日菜子は目を見開く。清峰はそのまま話を続けた。
「今の星霊隊の人数では、都市を守り切るのは難しい。しかし、状況が状況である以上、悪魔たちを抑えなければならない。だから先手を打つ必要があると思っていたが、君たちを送るのに反発があると思っていた。日菜子の方から提案してくれて助かった」
清峰の言葉に、日菜子は慌てて周りのメンバーの様子を見た。
「待って、これは私個人の意見で、皆の総意ってわけじゃ…」
「いや?別に大丈夫だよね?」
美雲が平然とした様子で六華や珠緒に尋ねる。2人とも頷いた。
「私は大丈夫だよー」
「攻めるのは怖いですけど…お仕事ですので」
日菜子も他3人の意見を聞いて、あ、そうなの、と言葉を失う。様子を横から見ていた清峰は微笑んで日菜子に語りかけた。
「日菜子、君の意見はみんなの意見になる。みんな君の命令に従うんだ。メンバーたちとのコミュニケーションは、しっかり取るように」
「…わかりました」
日菜子は清峰に言われて大人しく頷く。
「食後に作戦会議だ。さぁ、ゆっくり食べてくれ」
食事を終えた清峰たちは、そのまま食堂に地図を広げ、作戦会議を始めた。
「これは見ての通り、我々の住む国の地図だ」
清峰がそう言いながらタブレット端末を操作する。すると、地図に描かれていた、横に長い楕円に近い形の島国の、約半分ほどが赤く染まった。
「そして現在、その半分近くの領土を、悪魔たちに奪われている」
清峰はそう言って端末を操作し、地図の一部を拡大表示する。
「ここが今、君たちがいる私の屋敷だ」
地図に映し出されたのは上空から見た清峰の屋敷の周辺だった。山を挟んですぐ近くに、赤い線が引かれていることから、この屋敷がまさに悪魔と人間の領土の境界線に位置している事が明確だった。
「今回、領土を取り返すにあたって、考えなければならないことは占領したあとに補給や防衛がしやすいかどうかだ。仮に敵の要所を奪えても、維持ができなければ意味はない。そこで、我々の今回の目標はここにした」
清峰がそう言って端末を操作すると、地図上に青い点が現れる。屋敷から山をひとつ越えた先にある、赤い領域の中だった。
「幸紀、解説を」
清峰からの指示を受けると、幸紀は話し始めた。
「ここは
幸紀の解説に、珠緒は俯く。幸紀は構わず話を続けた。
「現在、ここには悪魔の前衛部隊が駐屯している。その数は約1000だが、昨日三途山を攻略する過程でかなりの数が死んだ。補充までには時間がかかるだろう。さらに、占拠されてから日が浅いのもあり、復旧も容易だ」
「最初の一歩にはうってつけってわけか」
幸紀の言葉に、美雲が呟く。幸紀は頷いた。
「我々はここを襲撃し、悪魔を排除、奪還する」
幸紀の言葉に、全員の背筋が伸びる。実際の戦いが目の前に迫っていることを、4人は肌で感じ取った。
「もうやり方って決まってるの?」
美雲が尋ねる。幸紀は首を横に振った。
「いいやまだだ。これから決める」
「だったらさ、私が作戦考えていい?」
美雲の提案に、幸紀は顎を引いた。
「構わないが、どうして?」
「実際に戦うのはウチらじゃん?だから、現場で急に状況が変わっても対応しやすい作戦にしたくてさ」
「現場の人間で考えたいわけだな」
「そういうこと。それに、最終的にはウチらも指示なしでも自立して動けるようになりたいからさ」
美雲の言葉に、幸紀は納得したようだった。
(俺としても好都合だ。穴の多い作戦でも怪しまれないからな)
幸紀はそう思いながら美雲に建前を伝えた。
「わかった。すでに霊橋区の何点かにカメラは設置してある。それで情報収集をするといい。作戦の立案は、美雲に任せる」
「よっし、任せといて」
幸紀はそう言って美雲に持っていた電子端末を手渡す。美雲はそれを受け取り、他のメンバーたちもそれを横から覗き込んだ。
「地図で赤くなってるのがカメラの位置?」
「そだね。今見てるのは、街の中央」
日菜子が左上に映る地図と赤い点について尋ねると、美雲は状況を説明する。同時に、映像を見ていた珠緒は息を飲んだ。
「ここ…たぶん市庁舎ですよね?すごく偉そうにしてる、この悪魔、敵のリーダーの可能性がありませんか?」
「確かに。周りにすごい数の悪魔がいるし、目立つからコイツがリーダーだよきっと!」
珠緒の言葉に、六華も賛同する。日菜子と美雲も頷いた。
「じゃあ敵の拠点をここだって仮定して。他のポイントも見てみようよ」
美雲はそう言ってカメラの映像を切り替える。荒れ果てた街の廃墟に、悪魔が数人談笑している映像が続く。
「お」
美雲は何かに気づいて映像を止める。
「どうしたの、美雲?」
「『これ』、めっちゃ使えそうじゃない?」
美雲はそう言って映像に映っているものを指差す。
「美雲ちゃん、何これ?」
「ガソリンスタンドだよ」
街の文化に詳しくない六華が尋ねると、美雲がニヤリとして答える。そのまま美雲は話を続けた。
「市庁舎に割と近いし、見た感じまだガソリンありそう」
「何を考えてるんですか?」
「ここを爆発させればさ、敵の注意って全部ここに向くと思わない?」
美雲の言葉に、六華は声を上げて笑った。
「そうだね!みんなびっくりするよ!」
「そうそう、その間にさっきの目立つやつを倒せたら、向こうガタガタになるんじゃない?」
六華の賛同を得ると、美雲は話を続ける。しかし、珠緒は首を傾げた。
「でも、そう簡単にガソリンスタンドに近づけるでしょうか…仮にも街の中央付近ですし、敵の警戒も強いんじゃ…」
珠緒の意見に、美雲も賛同する様子で唸る。
「んー、じゃあ、敵を違うところに集めよう」
「囮ってこと?」
美雲の提案に、日菜子は聞き返す。美雲が頷くと、日菜子は眉をひそめた。
「危険だよ、そんな役。私がやる」
「でもお姉ちゃん、聞いてほしくて。今3つ役割を考えてるのよ」
美雲は日菜子に説明するために、一度端末を机に置いた。
「ひとつは囮役ね。で、ガソリンに火を付ける役、そして、敵のリーダーを倒す役。私が思うに、1番ヤバいのって、たぶんリーダー倒す役なんだよね」
「じゃあ、私がその1番ヤバい役をやるよ」
美雲の言葉に、日菜子は胸を張って言う。美雲は日菜子の言葉に呆れたように言葉を返し始めた。
「お姉ちゃんはリーダーでしょ?リーダーが危険に飛び込んでいってどうするのよ」
「でも、敵のリーダーとはきっと1対1で戦うことになるよね?そうなったら、1番強いのは私じゃない?ねぇ、幸紀さん!」
日菜子は幸紀に尋ねる。幸紀は力強く頷いた。
「正直それは間違いないだろう」
「ね?だったら、私がその役をやる」
美雲は反論したかったが、日菜子の言葉には筋が通っているように思えたので、諦めた。
「わかった。じゃあ、お姉ちゃんはその役ね。残りなんだけどさ、囮役は2人必要だと思っててさ、六華ちゃんと珠緒ちゃんに任せてもいい?」
美雲は六華と珠緒に尋ねる。六華はすぐに頷いた。
「いいよ!任せて!ね、珠緒ちゃん!」
「…うん、頑張ります!」
六華と珠緒が答えると、美雲はメモを取る。横で見ていた幸紀は口を開いた。
「作戦は決まったようだな。決まらなかったら横から口を出そうと思っていたが、そうならなくてよかった」
「美雲は頭がいいんですよ」
幸紀の言葉に、日菜子が自慢げに言う。美雲は頭を掻きながら日菜子を止めた。
「やめてよお姉ちゃん、恥ずかしいって」
そんな姉妹のやりとりを見ると、他の人間たちは穏やかに微笑んだ。
柔らかくなった空気を察し、清峰が話を切り出した。
「作戦が決まったならば次は訓練だ」
清峰に言われると、全員背筋が伸びる。清峰はそのまま言葉を続けた。
「今まで悪魔軍の傾向から考えるに、あと3日で兵力が補充されるだろう。そこがタイムリミットだ」
「3日以内に訓練して作戦を実行しろ、ってことですね」
日菜子が確認すると、清峰は頷く。日菜子はそれを聞き、みんなに指示を出した。
「作戦実行は3日後の深夜!たくさん訓練して、絶対に悪魔たちから街を取り返そう!」
日菜子が言うと、他の3人もおう、と声を上げる。日菜子はそのまま幸紀の方に振り向いた。
「幸紀さん、訓練のご指導、よろしくお願いします!」
日菜子が言うと、他の3人も遅れてお願いしますと言葉をかける。幸紀はわずかに口角を上げながら頷いた。
「もちろんだ。今からでも始めよう」
幸紀が言うと、全員元気よく返事をした。
日菜子たちが寝泊まりしている館には、体育館が隣接している。これも清峰の所有物であり、さまざまなトレーニング器具が置かれていた。
日菜子たち4人はすでに動きやすい服装に着替えていたので、幸紀に案内されるままに体育館にやってくると、そのままトレーニングを始めようとしていた。
「よし、4人とも、整列」
幸紀の指示を受けて日菜子たち4人は横一列に並ぶ。幸紀は彼女たちの表情を見てから話し始めた。
「これから君たちを訓練していく。そのために、まず基本の基本から確認していくぞ」
「はい!」
幸紀の言葉に、日菜子が勢いよく返事をする。幸紀は構わず話を続けた。
「まずは霊力についてだ。霊力を駆使して武器を発現させ、それで戦うというのはみんなも普段やっている通りだと思う」
幸紀はそう言って右手を広げる。黒い光が集まると、一瞬で日本刀が彼の右手に形作られた。
「みんなもやってみるんだ」
幸紀から指示を受けると、それぞれ利き手に力を込める。
日菜子の腕と足には籠手が現れ、美雲の右手には長い鎖が現れる。
珠緒の右手には短いナイフ、そして六華の手には白いライフル銃が握られていた。
「それが君たちの基本的な武器であり、それを発現させるのが霊力の主な役割だ。だが、霊力には他にも応用方法がある」
幸紀はそう言い切ると、誰もいない方向へ刀を振るう。青白い小さな衝撃波が虚空へ飛んでいき、何もないところで爆発した。
「今のは霊力を応用し、衝撃波として飛ばした技だ。こちらから攻め込む以上、悪魔たちの抵抗も熾烈だろう。みんな霊力を応用できるようになる必要がある。実際にそういう技を持っていることで戦闘能力は跳ね上がる。この3日間ではその点の特訓と、作戦実行の練習に集中する」
幸紀の言葉に、4人は返事をした。幸紀はそれを聞くと、声を張った。
「よし、まずは日菜子、一緒に技を練っていこう。他のメンバーは順番が来るまで各自で技を練習してくれ」
「はい!」
日菜子が幸紀の方に歩み寄り、残りの3人は各自散らばり、それぞれ練習を始めた。
幸紀はそんな様子を見ながら脳裏でさまざまな考えを巡らせていた。
(さて…どこまでこの女を鍛えてやるべきなのか…)
「幸紀さん?」
考え事をしていた幸紀に、日菜子が尋ねる。幸紀は我に帰ると、日菜子と向き合った。
「あぁ、失礼。やろうか」
幸紀は日菜子を連れて少し離れたところに歩いてくる。
「それで、幸紀さん、霊力の応用ってどういうふうな例がありますか?」
日菜子は純粋な瞳で尋ねる。幸紀は淀みなく話し始めた。
「霊力を圧縮して飛ばす、体の一部に霊力を集中させて身体能力を強化する、などだが、人それぞれだな」
「なるほど…」
日菜子は幸紀の言葉を聞き、腰を落として右の手の平を正面に突き出す。幸紀はそんな日菜子の様子を見て尋ねた。
「日菜子、何をして…」
幸紀が尋ねようとしたその瞬間、日菜子の右手から桜色の気弾が飛ぶ。
気弾はそのまま体育館の壁まで直進して直撃すると、白い煙と爆発音を巻き上げた。
「あっ!」
日菜子としても想定外の出来事に、思わず声を上げる。自主練をしていた他の3人も、その声と爆発音で振り向いた。
煙が吹き抜けると、少しへこんだ壁がそこにあった。
「ごめんなさい幸紀さん!まさか出るとは思わなくて…」
日菜子は大きな声で謝りつつ、頭を下げる。幸紀は思わず息を飲んだ。
(偶然でこれか…かなりの素養がある…どこまで鍛錬するべきなんだろうな…)
「あ、あの、幸紀さん…」
日菜子は何も言わない幸紀に不安になって声をかける。幸紀はニヤッと笑うと、ひと言だけ日菜子に伝えた。
「いい攻撃だ」
幸紀が言うと、日菜子は顔を上げる。幸紀の言葉を聞いた日菜子も、自主練していた他の3人も思わず集まって喜び合った。
「ただ、次打つときにはひと声かけてくれよ?」
幸紀が冗談っぽく言うと、日菜子も頭を掻きながら反省する。幸紀はそのままアドバイスを伝えた。
「技には名前をつけておくといいぞ。人間の記憶方法の都合上、行動に名前を付けて覚えることで、実践しやすくなるし、第三者から見ても何をしたいのか分かりやすくなるから、俺としても指導しやすい」
「分かりました!」
日菜子の返事を聞くと、幸紀は他のメンバーたちにも声を張った。
「他のみんなも同じだ!霊力を応用した行動に名前を付けて、できれば俺に伝えてくれ!」
幸紀の言葉に、他の3人も返事をする。それを聞いた幸紀は、次の指示を出し始めた。
「よし、日菜子は一旦その技を自主練しててくれ。その時、これを使うといい」
幸紀はそういうと、左手に握っていた杖で軽く地面を突く。すると、黒い影が伸び、幸紀と全く同じ背格好と顔の人間が現れた。
「これは?」
「俺の分身だ。日菜子の指示で色々な動きができる。これをターゲットにして練習すると技の練度も上がると思う」
「…」
日菜子は幸紀の作った分身を見てどことなく不満そうな表情を見せた。
「どうした?」
「いや…幸紀さんを攻撃するのはちょっと嫌だなって」
「気にしなくていいのに」
日菜子の細かい心遣いに、幸紀は小さく笑う。幸紀が杖でもう一度地面を突くと、分身の顔は「へのへのもへじ」に変わっていた。
「これなら思い切り攻撃できるだろ?」
「幸紀さんにダメージはないんですか?」
「ない。だから気にしないでいい」
幸紀に断言されると、日菜子は納得したように頷いた。
「分かりました。じゃあ、分身さん、ついてきて」
日菜子は分身と一緒にその場を離れる。幸紀はそんな日菜子の姿を見て小さく微笑んだ。
(なんというか、優しい人間だな)
幸紀はそんな思いを胸の奥底にしまうと、声を張った。
「次!美雲!」
2時間後
4人分の技を確認し、幸紀はそれらをメモした。
(日菜子と美雲は気弾や衝撃波を放てるようになった。珠緒は身体能力を強化することで高速の斬撃を、六華は自由に軌道を操作できる銃撃を可能にした)
幸紀は目の前で訓練する彼女たちの姿を眺めつつ、彼女たちが体得した技を思い返し、今後の方針を考えていた。
(本当にすごい才能だ…このまま訓練すれば、カザンなんかはさっさと倒せるだろう…だが…それは同時に俺たち悪魔軍にとって重大な脅威になりかねないってことだ…)
幸紀は悪魔軍と人間たちの間で板挟みになっている自分の立場を考えつつ、日菜子たちの今後を改めて考えた。
(強くなりすぎれば、俺は彼女たちを殺さなければならない…だが訓練をしなければ彼女たちは殺される…どうしたものか…)
「幸紀さん!」
物思いにふける幸紀に、日菜子が声をかける。幸紀は平然を装いながら対応し始めた。
「どうした?」
「一回休憩を挟んでもいいですか?」
日菜子に言われて、幸紀は他の3人の様子を見る。かなり汗をかいて疲労している様子だった。
「わかった。一回食事休憩を挟もう」
幸紀に言われると、日菜子が他の3人に休憩を伝える。日菜子は他の3人が食堂へ歩き始めたのを見て、改めて幸紀の作った人形を相手にスパーリングを始めた。
「日菜子、休まなくていいのか?」
「はい。リーダーだから、もっともっと練習して強くならなきゃ」
日菜子はそう言って人形相手にキックボクシングのような要領でパンチを連打したり、蹴りを放つ。幸紀はそれを見ながら頷いた。
「わかった。気が済むまでやって、そうしたら食事にしてくれ。俺も食事に行く」
「わかりました!」
日菜子の返事を聞き、幸紀はその場を去る。幸紀がいなくなっても、日菜子は体術や霊力を応用した技の練習をしていた。
日菜子の前から立ち去った幸紀は、仮面をつけ、コーキとして霊橋区の元市庁舎だった建物を訪れ、カザンの前にやってきた。
「ようカザン、昨日は散々だったな」
幸紀は陽気にカザンに言う。カザンは机の上に足を乗せていたが、すぐに幸紀の方に歩いて行った。
「舐めてんのかこの無能が!テメェがしっかり情報を集めねぇからこんなくっだらねぇ傷ができたんだよ!あぁん!?」
カザンはそう言って顔の左頬の傷を幸紀に見せつける。幸紀はそれを鼻で笑った。
「鬼の一族はかすり傷で喚くのか、まるで人間の女だな」
冷静に言い放つ幸紀に、カザンは頭の一本角を振り下ろす。幸紀はあっさりかわしたが、幸紀の背後にあった木製の椅子は真っ二つになった。
「嫌味言いにきたんだったら今すぐ口も利けなくしてやろうか!要件を言えこのタコ!」
「別に。単純に人間側の状況報告をしに来てやっただけだ」
「へぇ?今度はちゃーんと役に立つ情報なんだろうなぁ?」
カザンに尋ねられ、幸紀は脳裏で考えを巡らせた。
(…本当の情報を伝えてやるか?…いや、俺は正直こんなヤツよりもあの女たちの方が何倍も生きる価値があると思う。なに、いざとなったら俺があの女たちを止めればいい)
幸紀は短い一瞬で答えを決めると、カザンに情報を伝え始めた。
「アイツらは昨日の攻撃でかなり弱ってる。しばらくはなにもできんだろうな」
「ほぉーほぉ?」
「だがなるべく本部から増援をもらっておくべきじゃないか?」
「そういうのを決めるのは俺だ!いちいち口出ししてくんじゃねぇ!」
幸紀の提案に、カザンはキレつつ言う。幸紀がそれを聞いて引き下がると、カザンは声をひそめて話し始めた。
「お前な、こんな時に本部の連中に邪魔されてみろよ、手柄は全部横取りされちまう。他の国じゃかなり侵攻が進んでるっていう話だし、だとしたらじきに侵略なんて終わる。そうなって手柄がないなんてなってみろ、居場所なんかなくなる!だから俺は俺の兵力でここを奪う!」
「ご立派」
「だからお前にも指図はさせねぇ。わかったな!」
「わかった。それで、結局しばらくはどう動くつもりだ?」
幸紀は冷静にカザンに尋ねる。カザンは少し考えてから話した。
「3日間はみんなの治療だ。その後、奴らを蹂躙する」
「よし。俺は潜入先に戻る。何かあったら連絡する」
カザンの話を聞き、幸紀は短く話を終え、建物の外へ歩き出した。
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