第2話 突破
前回までのあらすじ
悪魔に対抗するための部隊、星霊隊のメンバーを集めるように指示を受けた悪魔軍のスパイ、幸紀は、そこまで強くない日菜子、美雲、珠緒を星霊隊として採用する。3人は新たな仲間を探し、近所の山を目指していた
15分ほど歩いてきた日菜子、美雲、珠緒の3人は、件の山の麓にやってきた。
「こっから山登り?足太くなっちゃうよ〜」
「わがまま言わないの、美雲。そんなに距離はないからすぐ着くよ。行こう」
「はーい」
美雲をたしなめるように日菜子が言うと、美雲も渋々言うことを聞く。美雲はふと珠緒の方を向いて話し始めた。
「ねぇ珠緒さん?幸紀くんってさ、どんな人なの?」
「さん、なんて付けなくていいですよ、美雲さん」
美雲に尋ねられ、珠緒はまずそう答えると、少し幸紀のことを考え始めた。
「そうですね…正直、私もよくわからないです。ずっとあのお屋敷に住み込みで仕えているらしいですけど、あまり話す機会もなくて…」
「じゃあ、珠緒ちゃんはいつから働いてるの?」
「今年で19で、16の時から住み込みで働いてます。始めた時にはもう幸紀さんもいました」
「ふーん、じゃあ幸紀くんは3年以上はあそこに住んでるのか。いくつなんだろうね?」
「わからないですけど、長く悪魔と戦っているって言ってましたから、実は結構年上なのかも…?」
「そうも見えないけどね。せいぜいお姉ちゃんより少し上とかくらいに見えるなぁ」
美雲と珠緒は雑談を交わしながら、ゆっくりと山を登っていく。日菜子は2人の少し前を進んでいた。
「日菜子さんは、どうして星霊隊のお仕事引き受けたんですか?」
珠緒がふと日菜子に尋ねる。日菜子は尋ねられると、言葉をわずかに詰まらせた。
「え?いや…私、無職でさ。でも人より少し霊力もあるから、せっかくだから使って人の役に立とうと思って」
「そうだったんですか?」
「うん。真面目に働いてる珠緒ちゃんはすごいと思うよ。私たちなんて、一応おばあちゃんの家で暮らしてるけど、実質ホームレスみたいなものだし。定職就かなきゃなぁって思ってたの」
「…なんか、すごい家庭環境ですね」
日菜子が語る日菜子自身の家庭環境の話を聞き、珠緒は言葉を失う。
「ねぇ珠緒ちゃん、星霊隊のお仕事をするから、清峰侯爵のお屋敷で寝泊まりできたりしないかな?」
「空いてるお部屋自体はたくさんありますから、侯爵とお話がつけば問題ないかなと思います。私からお話をしておきましょうか?」
「ありがとう、助かるよ」
日菜子の提案を受けた珠緒の気遣いに、日菜子も深く感謝をする。3人は会話を続けながら山を登り続ける。
そんな中、1発の銃声が山に響く。咄嗟に3人はしゃがみ込むと、3人の後ろの草むらに銃弾が直撃した音がした。
「何?銃撃?」
美雲が冷静に状況を分析する。珠緒は恐怖で頭を抱え、日菜子も木に張り付いて周囲を警戒していた。
そんな3人をよそに、銃撃の着弾した方からうめき声が聞こえてくる。3人が振り向くと、1体の悪魔が姿を現す。しかし、眉間に穴が開いており、その場に倒れ込むと、黒い影となって消え去った。
「3人とも大丈夫〜?」
悪魔の死体とは反対方向から聞こえてきたのは女性の声だった。3人が振り向くと、ライフルを担いだ白い服の女性が山から3人の方へと降りてきた。
3人は若干警戒しながらその女性と向き合った。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「そーか、よかったよかった」
珠緒が礼を言うと、その女性は満面の笑みで頷く。その様子を見て、日菜子は尋ねた。
「あなたは、
「は〜い、そうですよ?あれ、なんで名前知ってるの、お姉さん?」
六華が認めて聞き返すと、日菜子は落ち着いて答え始めた。
「私たち、悪魔と戦うための人を集めているの」
「悪魔?もしかしてさっき私が倒したやつ?」
「そう。それで、あなたはすごく霊力が強いって話を聞いたから、仲間になって欲しくてきたの」
「なになに?おもしろそう!混ぜて混ぜて!」
日菜子の話を聞くと、なぜか六華は乗り気だった。日菜子も六華の姿を見て嬉しそうに微笑んだが、そんな様子を見て珠緒と美雲は小声で会話をしていた。
「美雲さん、なんで皆こんなに乗り気なんですかね」
「さぁ?お姉ちゃんはともかく、この子は悪魔に家族を殺されたとか、かも」
美雲と珠緒の会話をよそに、日菜子と六華の会話は段々と盛り上がっていく。そして日菜子は美雲と珠緒の方に振り向くと、話に割って入った。
「美雲、珠緒ちゃん、これから六華ちゃんの家にお邪魔させてもらえるから、行きましょ」
「え、説得できたの?」
「まだかな。あとちょっとで押し切れそうだから、2人とも手伝って」
「わかった」
日菜子から耳打ちされると、美雲も頷く。そのまま3人は六華に案内されるままに山を登っていった。
同じ頃、幸紀は仮面をつけて悪魔の領土にやってきていた。人間が築いた街を、悪魔が戦争を仕掛けた結果できた荒れ果てた街である。
幸紀はこの荒れ果てた街を支配する鬼の一派の元へやってきた。荒れ果てた高層ビルの最上階で、幸紀は見事な一本角を生やした筋骨隆々の赤い肌の鬼と向き合っていた。
「コーキ、テメェ何しにきた、おぉん?」
「カザン、忠告にきた。今人間たちは悪魔に対抗するために霊力の強い人間たちを集めている。こちらも慎重に仲間を集めて攻撃の準備をするべきだ」
幸紀の言葉に対し、カザンは大きくため息をついた。
「バッカじゃねぇのお前?俺たち鬼の一族は!力で全てを蹂躙する!それこそが鬼の美学!いちいちヒヨってちゃ鬼なんかやってられねぇんだよ!」
「力で蹂躙するためにも情報を駆使してだな」
「黙れ!お前は何にもわかっちゃいない!俺たちはどんどん領土を広げなきゃならないんだ!圧倒的な力による破壊と侵略と蹂躙!それこそが俺たち鬼の一族の矜持!ま、お前は人間の血が入っているからわからねぇか?」
カザンはそう言って幸紀を挑発する。幸紀は自分の親切心を雑にあしらわれ、頭に来た。
「そうか。ちょうど今、三途山にそいつらが集まってる。お前の言う通りできると思うならやってみろ」
「おう!そういう情報だけよこしゃいいんだよ、生意気に口出しすんな、鬼のなり損ないがよ!」
幸紀はカザンの言葉を鼻で笑い飛ばすと、カザンに背を向けて歩き始める。カザンの方は机の上にあった黒電話に手を伸ばし、怒鳴るようにして部下を呼び集め始めた。
1人になった幸紀は、集まっていく鬼の若い衆とすれ違いながら日菜子たちが向かった山へと歩き始めた。
(所詮カザンは暴れることしか考えられないチンピラだ。とはいえあそこまで俺をコケにしておいてそのままというのも癪だな)
幸紀は荒れ果てたこの街を見る。一応鬼たちはこの街で過ごしているが、人間との領土の境界線ということもあり、鬼の中でも特にガラの悪い鬼たちしか住んでいない。したがって、人間から奪い取って破壊したものはほとんどそのままだった。
(この街を人間が奪っても、悪魔軍全体にはさして影響はない。星霊隊の最初の目標にしてやるのはいいかもな)
幸紀はそんなことを考えながら、その場を後にするのだった。
同じ頃、日菜子、美雲、珠緒の3人は、六華が暮らしているという山小屋の中にやってきた。
「ごめんね〜、うち座布団で生活してるからさ〜、テキトーに座布団とって座っちゃって〜」
六華はそう言いながら自分のライフルを立てかけ、囲炉裏の周りに座布団を置く。六華が腰掛けたのを見て、他の3人も座布団を取り、その上に座った。
「それでさ、3人は、悪魔を倒すために戦ってるの?」
「そうだよ。星霊隊っていう組織で戦ってるの」
六華の問いかけに、美雲がフランクな空気で答える。それを見て日菜子が嗜めようとしたが、逆に六華はそれを止めた。
「大丈夫、私もお固いの苦手だからさ。それで、わざわざそんな組織を作ってるってことは、山の下はそんなにひどいことになってるの?」
六華の質問に、珠緒が答えた。
「そうです。最近、悪魔の侵略が激しくなってきて、領土境もかなり荒らされています。誘拐されたり、殺害されたりする人も、後を絶ちません…」
「そんなことになってたんだ…」
珠緒の言葉に、六華は思わず驚く。そのまま美雲も話を繋いだ。
「この辺りは、悪魔は来てないの?」
「うん。まぁ、最近、ちょくちょく来るようになったくらいかなぁ。まぁでも、みんな私が狩りの要領で倒しちゃってる」
六華が平然と言うと、他の3人は感嘆の声を上げた。
「六華ちゃん、ご両親は?」
「あぁ、死んだよ、けっこー前に。一人暮らしだから、畑と狩りでご飯食べてるよ」
日菜子の質問にも、六華は平然と答える。六華の死生観は、都会で生きてきた日菜子や美雲とは異なるものだった。
そんな六華に3人が感心していると、何かに気づいた六華は急に立ち上がった。
「どうしたの?」
美雲が尋ねるのも聞き流し、六華はライフルを手に取って山小屋から出た。他の3人も六華についていくようにして山小屋の外に出た。
六華が山のふもとを見下ろすと、他の3人も見下ろす。木々の間から見えるのは、おびただしい数の赤い肌の悪魔たちだった。
「嘘、こんなに…!」
思わず珠緒は恐怖して腰を抜かし、その場にしゃがみ込む。一方の六華はライフルを前に回した。
「もう、勝手に来られちゃ困るなぁ。全員帰ってもらお」
「待って六華、さすがにあの数を相手にするのはキツいって」
ライフルを構えて敵に撃とうとする六華に対し、美雲がそれを制止する。六華は意外そうに眉を上げた。
「でも、倒さないと。私の畑も荒らされちゃう」
「この数は捌ききれないよ。逃げなきゃ」
「でも…」
美雲の意見に対し、六華はまだ口答えしようとする。そんな様子を見て、日菜子が割って入った。
「六華、家を失いたくない気持ちはわかる。でも、ここで戦っても、きっと犯されて、殺されるだけ。だから、ここは一旦逃げて、態勢を整えてからここを取り返しましょう?」
「そんなに逃げたいなら都会の人たちだけで逃げなよ、私は自分の家を守るために戦うから」
六華は日菜子に対してもそう言い返すと、言うが早いか山を降り始める。
日菜子は止めきれず、六華の背中を見送る形になった。
「待って、六華!」
「無駄だよお姉ちゃん!六華が時間稼いでるうちに逃げよう!」
日菜子に対し、美雲が作戦を述べる。日菜子はそれに対し、反射的に言葉を返していた。
「仲間を見捨てていけないよ!」
「だからって私たちまでやられたら元も子もないって!珠緒もそう思うでしょ!?」
美雲は珠緒に対して話を振る。珠緒は美雲に全面的に賛成だったようで、何度も頷いた。
「そうです!このままじゃ私たち殺されちゃいます!」
「そんな!」
「行くよ、お姉ちゃん!」
日菜子の意見を聞きながらも、美雲は強引に日菜子を引きずり、六華の行った方向と逆方向へ逃げ始めた。日菜子は抵抗しようとするが、珠緒も美雲に力を貸すと、日菜子はされるがままに山道を降り始めた。
六華と日菜子たちが別行動を始めた頃、幸紀は鬼の一族たちに囲まれた山の麓を遠くから眺めていた。
(これは…思ったよりも多すぎるな…日菜子たちももたないんじゃ…)
幸紀がそう考えていると、山から銃声が響いた。
(村雲六華の銃撃か…まずいな…あいつら鬼の連中と戦うつもりなのか…このまま全滅されたら俺が侯爵に疑われる、バレない程度に救ってやるか)
幸紀はそう思うと、鬼たちのいない方まで回り込み、草木をものともせず、人間には登れない斜面を登って銃声の元を目指し始めた。
一方六華と別行動をしていた日菜子、美雲、珠緒は、銃声を背中で聞きながら山を下っていた。
銃声を聞いた日菜子は思わずそちらの方へと駆け出そうとしたが、美雲がそれを抑えた。
「だめ。あれは六華が自分で選んだことなんだから」
「…ごめん、美雲、私、六華のこと見捨てられない!2人は私を気にせず逃げて!」
日菜子はそう言うと、美雲の手を振り切って来た道を戻り始める。美雲は日菜子を呼んだが、日菜子は構わず六華を救うために走って行った。
「…はぁ、どうする、珠緒?」
「え…美雲さんは、お姉さんを置いて行ってもいいんですか?」
「嫌な聞き方しないでよ、もう」
「ご、ごめんなさい」
「…ついて来てくれる?」
「…はい」
美雲と珠緒は言葉を交わすと、日菜子の後を追って走り始めた。
その頃六華は、無数の悪魔たちを正面にして銃を構えていた。
「あのさぁ、ここ私の家なんだよね。早いところ帰ってくんない?」
六華は強気に言う。悪魔たちは六華のそんな姿を見てざわめいていた。
「おい、人間の女だ」
「あんな真っ白な髪と肌の女初めて見たぜ。やり甲斐がありそうだなぁ!」
下世話な会話をする悪魔たちの足元に向けて、六華はライフルを発砲する。
「今の、最後の警告だから。死にたくなかったらさっさと出ていって!」
「構うもんかぇ、女なんざやっちまえ!」
悪魔の1人が威勢よく言うと、六華を目指して正面から駆け出す。だが、すぐさま六華のライフルが火を吹き、その悪魔の眉間を撃ち抜いた。
そのまま六華は押し寄せてくる悪魔たちの眉間を次々と貫いていく。銃声が鳴るたびに、黒い煙になる悪魔の数は増えていった。
(ふん、やっぱりそうだ。悪魔なんて私の銃にかかれば…!)
六華が正面から押し寄せる悪魔たちを撃ち抜いていたその時だった。
「捕まえたぜぇ!」
六華の背後から聞こえた敵の声。六華が振り向こうとしたその瞬間には、六華は背後から羽交締めにされていた。
「!!」
六華はなんとかそれを振り解こうとするが、正面から迫っていた悪魔の1人がライフルを取り上げた。
「離せ!離せぇっ!!」
「うるせぇ!」
暴れる六華の頬に、悪魔の1人がビンタを叩き込む。怯んだ六華の元に悪魔たちが群がっていく。
「見ろよ、こいつド貧乳だぜ!」
悪魔の1人がそう言って下品な笑いをあげる。六華はもがくが、それも虚しく、服の胸元を乱雑に破かれた。
「やめて!やめてぇ!!」
六華は思わず叫ぶが、悪魔の1人は構わず六華の胸を掴みあげ、別の悪魔は六華の顔を掴み、自分の唇を六華の唇に押し付けようとしていた。
「いやぁっ…!!」
「そぉらっ!!」
その瞬間、六華に口づけしようとした悪魔の首がとび、黒い影になる。さらに、六華を羽交締めにしていた悪魔も同じように首を飛ばされ、六華の胸を掴んでいた悪魔も蹴りで粉砕された。
六華はその場に倒れ込む。しかし、すぐに六華を助けた張本人である日菜子が、六華を抱えるようにして支えた。
「大丈夫?六華」
「日菜子さん…」
「おい!2人目だ!こっちの方がやり甲斐ありそうだぜ!」
日菜子が六華を介抱するのも気にせず、悪魔たちは声を張る。そんな悪魔の頭を、鎖とナイフが貫いた。
「さらに2人追加よ!」
日菜子の背後から美雲と珠緒が現れる。日菜子は振り向いて微笑んだ。
「美雲!珠緒ちゃんまで…」
「遅くなりました!」
「ホント、お姉ちゃんは放っておけないんだから」
珠緒と美雲はそれぞれ好きに言う。日菜子もそれを見て勝利を確信した。
「みんな…私のために…」
「礼はここを抜けてからでいいよ」
六華の言葉に、美雲は冗談っぽく言って返す。
その間に、日菜子は六華をそこに横にすると、正面にいる無数の悪魔たちに身構えた。
「女が増えたぞ!全員やっちまえ!」
悪魔たちは一斉に日菜子たちのもとへ駆け出す。3人は一瞬顔を見合わせて微笑むと、それぞれ三手に分かれて悪魔の相手を始めた。
日菜子は駆け寄ってきた悪魔に逆に近づくと、渾身の正拳突きを悪魔に叩き込み、黒い影へと変えた。
そんな日菜子の背後を取ろうとした悪魔に、美雲の鎖が直撃し、再び黒い影に変わる。
「ええい、籠手と鎖の女は後回しだ!弱った女とナイフ女を狙え!」
悪魔たちは指示を受けると、日菜子や美雲の横にいた珠緒を狙って走り始める。珠緒は急に自分が狙われるようになり、戸惑ったが、すぐに覚悟を決めた。
「お前の魔力をもらっていくぜ!」
悪魔の1人がそう言うと、珠緒に覆いかぶさろうとする。しかし、珠緒は姿勢を低くしながら悪魔の足元をナイフで切り抜けると、背中越しに悪魔の背中を貫いた。
「へへっ、1人ガラ空きだぜ!」
山の斜面から六華を目掛けて悪魔が駆け上がってくる。先ほど無茶苦茶にされた六華はダメージが癒えておらず、もし覆いかぶさられたら抵抗できそうになかった。
「もらった!」
「させません!」
六華に覆いかぶさろうとした悪魔の横から、珠緒のナイフが飛び、悪魔のこめかみを貫いた。
「ありがとう、珠緒ちゃん」
「いや、それよりも…!」
珠緒は目の前の景色に絶望する。
「背後からも敵がたくさん来てます!囲まれました…!」
「なっ…!」
珠緒の報告を聞き、思わず日菜子と美雲の動きが一瞬止まる。しかしすぐに日菜子は指示を出した。
「美雲、珠緒ちゃんと一緒に後ろの敵、任せた。私はこいつらの相手するから!」
「OK」
日菜子の指示を受けて、美雲は一度目の前の悪魔をあしらうと、珠緒の方へバックステップして合流した。
「女1人で勝てると思うなァ!」
今まで美雲に行っていた敵が、日菜子の元に殺到していく。ざっと見ただけで5人は日菜子の元に集中していた。
日菜子は怯まず悪魔を1人ずつ殴っていく。
そんな日菜子の背後から、すぐに悲鳴が聞こえてきた。
日菜子が見ると、珠緒に対して悪魔が2人がかりで襲いかかっており、羽交締めにされて今にも悪魔に口をつけられようとしていた。
「何してんのよ!」
そんな珠緒を助けようと、美雲は鎖を振るおうとするが、悪魔の一体が正面から美雲に抱きつき、美雲を取り押さえた。
「美雲!」
日菜子はそんな美雲を助けようとするが、すぐさま日菜子の背後から悪魔が覆いかぶさり、日菜子のズボンを剥ぎ取ろうとし始める。
「離せ…!この…!」
日菜子は悪魔を振り解こうとするが、別の悪魔もやってきては日菜子の頭を押さえつけ、日菜子は抵抗も虚しく犯されようとしていた。
「日菜子さん…!」
六華はライフルで日菜子を助けようとするが、やはり悪魔に覆いかぶさられる。六華の細い腕では鬼を押し返せなかった。
4人はそれぞれ悪魔たちに犯されようとしていた。
「助けて…!誰か…!」
4人が諦めていたその時だった。
白刃が4人の周りに疾る。
4人をそれぞれ犯そうとしていた悪魔たちの重さが消え去っていた。
「皆、無事か」
4人の耳に聞こえてくる男の声。4人の女性は顔を上げた。
「幸紀さん!」
日菜子、美雲、珠緒の3人は最高の仲間の到着に声を上げる。一方、状況を理解できていない六華は自分を救出したその男の姿を見て言葉が出ないでいた。
そんな六華に、幸紀は手を差し伸べる。
「無事か?」
「はい、ありがとうございます…」
六華はわずかに恥じらいながら幸紀の手をとり、立ち上がる。その間にも他の3人も立ち上がっていた。
「このままじゃ囲まれておしまいだ、逃げるぞ」
幸紀は他の4人に指示を出す。珠緒は六華が辛い表情をしていたのを見逃さなかった。
「あの、幸紀さん、なんとか戦えませんか…?」
珠緒が無理を承知で幸紀に尋ねる。幸紀は意外そうに眉を上げる。同時に、六華の心情を察したが、現在の状況を鑑みて冷静に答えた。
「ダメだ。君たちを生かして帰す義務が、俺にはある」
幸紀の言葉を聞き、六華はうなだれる。そんな空気をあえて気にせず、美雲は幸紀に話し始めた。
「四方八方敵だらけだよ?どうやってここを抜け出す?」
「うまいこと草木に隠れながら進んでいく。あいつらは視点が高い分低いところは細かく見れない。その隙をついて進んでいく」
幸紀が慌てる様子もなく、平然と言うと、女性陣も安心したようにそれに頷く。同時に、山の下の方から敵の声が聞こえてきた。
「時間がない、日菜子、みんなを任せる。俺は時間を稼ぐ」
幸紀はそう言うと、悪魔の声がした方へと下っていく。同時に、日菜子は残った他の3人に指示を出し始めた。
「幸紀さんの頑張りを無駄にしたくない、みんな、逃げよう!六華、この山は詳しいでしょ?下まで案内して!」
「…わかった!」
日菜子の言葉に、六華は自分の思いを押し殺すと、すぐ近くの草木が生い茂る斜面に突っ込んでいく。日菜子、美雲、珠緒の3人もそれに続いて草木の中に身を隠しながら山を下り始めた。
敵のいない斜面をゆっくりと下りる最中、六華は隣を歩く日菜子に尋ねた。
「ねぇ、さっきの男の人は誰?」
「幸紀さん。すっごい頼りになるでしょ?私もさっき助けてもらったんだ」
日菜子は心なしか微笑みながら答える。六華はその名前を聞き、自分の言葉で反芻した。
「幸紀…くん…うん…すごい暖かい手の人だった…」
六華の案内と幸紀の奮闘もあり、日菜子たちは敵に見つかることもなく、山を下り切る。草木に覆われた、道なき道を進んだこともあり、彼女たちの体には葉っぱが大量についていた。
彼女たちが舗装された道に出ると、山の入り口の様子が見える。無数の悪魔たちが列を成して山を登っていた。
「…うーわ、すごい数。幸紀くん、大丈夫かな」
美雲は目の前にいる悪魔たちの数を見て呟く。同時に、六華もそれを見て目を伏せていた。
「六華さん」
元気のない六華に、珠緒が声をかける。
「家をこんなふうにされて…なんて言ったらわからないんですけど...でも、絶望しちゃいけないと思います。私たちは、六華さんみたいな思いをする人を、1人でも多く減らしたいから…肝心の六華さんが希望を失っちゃダメです」
「珠緒ちゃん…」
六華は珠緒の励ましを受け、伏せていた目をあげる。
それとほとんど同時に、日菜子が他の3人に指示を始めた。
「幸紀さんのことは不安だけど、多分大丈夫、それよりもきっと私たちが逃げ損なった方が幸紀さんに迷惑をかけることになる。だから、早くここを離れてお屋敷に向かおう」
日菜子の言葉を受け、全員頷く。日菜子が先導すると、4人は足早にその場を去っていった。
同じ頃、幸紀はコーキとして山の山頂にいた。そんなコーキから遅れて、悪魔たちが山を登ってきた。
「ここは俺たちのモンだァ!」
悪魔の1人が声を上げ、それにつられるように他の悪魔たちも声をあげる。その間を縫って、カザンがコーキのもとにやってきた。
「おうおう、やっぱり余裕だったじゃねぇかコーキ、あぁん?」
コーキは大きくため息を吐くと、山を下り始めた。
「おい!どこ行く気だ!」
「潜入先」
「はっ!行け行け!ここにいても役立たずだからな!」
カザンはコーキを小馬鹿にしながら見送る。コーキはそれに背を向けて山を下りるだけだった。
(一杯食わせてやるか)
コーキはカザンたちが山小屋に入ったのを背中越しに確認すると、ズボンのポケットの中でスイッチを押した。
コーキの背中で爆発が起きる。それに巻き込まれた悪魔たちの無数の悲鳴が、コーキの背中から聞こえてきた。
(ざまあみやがれ)
コーキは1人そう思いながら山をゆっくりと下っていくのだった。
幸紀として山を下りた時には、日は大きく傾いていた。夜の中で山だけが燃え上がり、幸紀はそれを背にしながら清峰の屋敷に戻ってきた。
「幸紀さん!」
屋敷の扉を開けた幸紀を出迎えたのは、日菜子たち4人の女性と清峰侯爵だった。
「あぁ、みんな、無事でよかった」
「それはこっちのセリフだよぉ、よくあんな中を生きて逃げられたね?」
幸紀の言葉に、美雲が驚嘆と呆れが混じったような声で言う。幸紀は、まぁな、とだけ返した。
「幸紀、ご苦労だった。無事で安心したぞ」
清峰も幸紀に言うと、幸紀はどうも、と答えた。
「お前の奮戦のおかげで、日菜子たちが新しい仲間を連れてくることに成功した」
清峰はそう言うと、後ろの方に控えていた六華の背中を押した。
「改めて紹介しよう。
清峰がそう言うと、六華は頭を下げた。
「さっきはありがとうございました。本当に、おかげで助かりました…他の3人も、ありがとう…」
六華はそういってみんなに頭を下げる。そんな六華に、日菜子が笑いかけた。
「そんなにしなくていいよ、助かったのはお互い様じゃない」
「私のせいで…みんな死にかけたのに…そう言ってくれるの?」
六華は頭を下げたまま尋ねる。日菜子はすぐに答えた。
「だって、私たち、仲間でしょ?仲間同士なら、助けるのは当たり前だよ」
日菜子が言うと、美雲と珠緒も同調する。清峰と幸紀も、その後ろでわずかに微笑んだ。
「…ありがとう…!私、このお礼に、みんなの役に立てるように、頑張るから!」
六華はそう言って顔を上げる。わずかに彼女の瞳には涙が輝いていたが、すぐに笑顔の輝きの前に消えた。
「さて、ひと段落したところで」
清峰が4人の輪の中に加わる。4人は清峰のほうを向いた。
「4人の中から『リーダー』を決める」
清峰の言葉に、美雲が尋ね返した。
「幸紀くんじゃないんですか?」
「俺は前線には出られない。一応負傷者なんでな。後方からみんなのバックアップをやらせてもらうよ」
幸紀が言うと、清峰も付け加えた。
「そういうわけだから、前線で戦いながら指揮を執るのが『リーダー』というわけだ」
清峰が言うと、4人はなるほど、とうなずいた。
「幸紀、何か意見はあるか?」
清峰が幸紀に尋ねる。幸紀は一瞬考えを巡らせた。
「日菜子が適任だと思います」
「え」
幸紀の言葉に、日菜子は戸惑う。幸紀は構わず続けた。
「別行動中、他の3人を無事に逃した手際を考えれば、俺は日菜子が最適だと思います」
幸紀はもっともらしいことを言いながら、その裏で考えを巡らせていた。
そんなことを知らない清峰は、幸紀の意見に頷き、日菜子の方を向いた。
「日菜子、引き受けてくれるか?」
清峰は日菜子に尋ねる。日菜子は緊張した表情で姿勢を正すと、声を張った。
「は、はい!全力で頑張ります!」
「お姉ちゃん、力みすぎだよ」
美雲が後ろから軽く日菜子の尻を叩く。
「ひぅっ!?もう、美雲!よしなさい!」
「そうそう、そういうふうにしてれば良いリーダーになれるよ」
美雲は反省していないような態度で言う。日菜子はさらに叱ろうとしたが、すぐに珠緒と六華が入ってきた。
「一生懸命支えますから、よろしくお願いします、リーダー!」
「なんでも命令してね」
2人の言葉に怒気を抜かれた日菜子は、怒りを飲み込み、呆れたように微笑んだ。
「決まりだな。よし、今日は休んでいいぞ。風呂も好きに使っていい。夕食も、うちのメイドたちに用意させよう」
「侯爵、私もやります」
清峰の提案に、メイドでもある珠緒が言う。しかし清峰は首を横に振った。
「今日はゆっくり休め、珠緒。今後も星霊隊として戦ってもらうのだから、メイドの仕事は最低限でいい」
清峰に言われると、珠緒は引き締まった表情で、わかりました、と言葉を返した。
「それじゃあ、みなさん、お風呂にご案内しますね」
珠緒がそう言うと、美雲がよっしゃ、と声を上げた。
「いやぁもう汗でびっしょりだったんだよー。さっぱりしよっと」
「山の下のお風呂ってどんな感じなんだろう?なんかワクワクするなぁ」
「きっと、とっても気持ちいいよ。ゆっくりのんびり入ろうね」
六華の疑問に日菜子が答えながら、4人は大浴場へと向かった。
「では侯爵、俺は治療を受けてきます」
「あぁ、ゆっくり休んでくれ」
幸紀と清峰も短く言葉を交わすと、幸紀は医療室へと歩いて行った。
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