スパイ生活は星霊隊の24人の美女たちと共に
晴本吉陽
1.美女たちとの出会い
第1話 星霊隊結成
今日も魔物による被害者が出た。
この幻界と呼ばれる世界では、魔物に襲われると、男は殺され、女は犯される。何度魔物を打ち払っても、必ずどこからか魔物は湧いてくる。
そんな日々に怯えた街の人々は、この世界の有力者の1人清峰早苗侯爵の下に直訴していた。
「この世界を守るためになんとかしてほしい」
それを聞いた清峰侯爵は自分が持てる全てを使ってこの世界のために戦う部隊を作ろうと決心した。
「東雲幸紀、参りました」
清峰侯爵は幸紀にすぐそこにあった椅子に座るように指示を出すと、書いていた書類を横に置き、幸紀に話し始めた。
「待っていたぞ幸紀。今朝、ちょうど女王陛下への直訴状を記し終えたところなんだ。以前話した、『星霊隊』のな」
「星霊隊」
「あぁ。昨今、魔物どもは人間の領土への攻撃を強めている。そこで、我々人間も、国境警備隊を作ろうという話だ」
「その国境警備隊の名前が、『星霊隊』というわけですね」
「そうだ。そして、星霊隊の訓練と指揮を、君に任せたい」
清峰侯爵がそう言うと、幸紀はわずかに俯いて自分の足を見る。
「…魔物に対抗するためには、強力な霊力、ないしは魔力が必要。今までの情報から考えるに、女性の方が強い霊力を持つ傾向が高い。そうですよね、侯爵」
「そうだな」
「ならば、星霊隊の多くは女性ということになる。女性にばかり戦わせ、片足の動かない俺は高みから指示を出して、訓練して、ということですか」
「幸紀、そう卑下するな。魔物との戦闘でお前の右に出るものはいない」
「いな『かった』、ですよ」
「細かいことはいい。その経験で皆を導いてくれ。仮にここを魔物たちに抜かれることがあれば、男だ女だなどとも言っていられなくなる。そうなっては遅いんだ」
清峰侯爵の言葉に、幸紀は静まり返り、頷いた。
「…わかりました。引き受けます」
「ありがとう、幸紀」
「それで、メンバーのアテはあるんですか」
幸紀が尋ねると、清峰侯爵は幸紀に資料を手渡してから話す。
「あぁ。ここに勤めてくれているメイドたちが志願してくれた。リーダーはメイド長の
清峰侯爵が話していると、突如として執務室が開く。慌てた様子でメイドの1人が入ってくると、荒れた呼吸で報告を始めた。
「侯爵様!魔物の襲撃です!」
「状況は!」
「裏庭は真理子さんと雅さんが抑えてます!正面は焔さんが!」
メイドが報告していると、清峰侯爵の後ろの窓が割れる。そして、頭に角の生えた、赤色の肌で筋骨隆々の人型の大男のような悪魔が2人、窓から執務室に入ってきた。
「おっ!活きのいい女ダァ!魔力もらうゼェ!」
悪魔の1人がそう言って清峰侯爵に覆いかぶさろうとするが、清峰侯爵は引き出しに隠していた拳銃で悪魔の足を撃ち抜き、横へと逃げる。
だが、もう1人の悪魔が清峰侯爵を抱き上げると、清峰侯爵を羽交締めにした。
「くっ…!」
「へっへェ!人間の魔力は久々だゼェ!たっぷり味わってやるからナァ!」
悪魔はそう宣言すると、舌を出して清峰侯爵の首を舐め上げ、そのまま清峰侯爵の耳へと舌を突っ込んだ。
「いゃ…っ!...離…せ…っ…!」
清峰侯爵が悲鳴にも似た声をあげると、悪魔は逆に野太い笑い声をあげる。
もう1人の悪魔が動き始め、清峰侯爵の服を脱がそうとする。
「こ、侯爵様…!」
メイドが思わず声をあげる。これから清峰侯爵が犯されるのだと思うと、恐怖で腰が抜け、動けなくなっていた。
「やめろ…!」
清峰侯爵も絶望したような声をあげる。彼女が着ていたスーツも、乱雑に破かれた、その時だった。
服を破いた悪魔の動きが止まる。悪魔が見ると、彼の体は刀によって貫かれていたかと思うと、次の瞬間には悪魔の体は真っ二つになり、黒い影になって消えていった。
驚いたもう1人の悪魔の脳天にも、白刃が振り下ろされる。清峰侯爵は悪魔の手を離れて振り向くと、幸紀が悪魔の後ろに回り込み、刀を握りしめたいた。
「ご無事ですか、侯爵」
「…えぇ、さすが幸紀。負傷してもその腕は衰えないものね..」
清峰侯爵は敵を蹴散らした幸紀の姿を見て呟く。気にせず幸紀は魔力で作り出した刀を鞘に収めた。
同時に、窓の外から爆発音と銃声が聞こえてくる。幸紀が窓の外を見ると、裏庭方面で爆発が起き、悪魔たちが逃げていくのが見えた。
「早苗様…」
執務室の入り口から弱々しい声がする。
名前を呼ばれた清峰侯爵が振り向くと、服が破れ、所々に傷を負った赤いメイド服のメイドがいた。
「焔!」
清峰侯爵がそのメイドの名を呼びながら駆け寄る。焔は、清峰侯爵に倒れかかった。
「大丈夫です、敵は追い払いました…ですが、メイドは数名さらわれ…雅と真理子は負傷…うぅ…!」
「焔、もういい、休んで…!珠緒、焔を医務室へ!」
清峰侯爵はその場で腰を抜かしていたもう1人のメイド、珠緒に指示を出し、焔を渡す。焔を受け取った珠緒は、焔の肩を担いで医務室へと走り始めた。
同時に清峰侯爵は自分の机にある館内全体につながる内線を手に取ると、凛とした声色で声を張った。
「全館、それぞれの持ち場の被害状況を報告せよ!」
清峰侯爵が言うと、次々と各地から被害報告が聞こえてくる。その一つ一つをしっかりとメモして、全ての報告を聞き終えると、清峰侯爵は感情を押し殺すようにして短く返事をした。
「…わかった。報告ご苦労。各自復旧作業に取り掛かってくれ」
清峰侯爵はそう言って内線の通話用の受話器を置き、椅子に腰掛けて頭を抱えた。
「…8人だ。私のメイドたちが、8人も拉致された。皆未来ある若い女性だ。
清峰侯爵がそう言って机を殴りつける。幸紀は静かに清峰侯爵を見守る。
「私は絶対にあの悪魔どもを許しはしない…!絶対に、私の力で、星霊隊で!あいつらを滅ぼす…!手伝ってくれるな、幸紀!」
清峰侯爵は鋭い表情で幸紀に尋ねる。幸紀は頷いた。
「もちろんです、侯爵。ですが…」
「なんだ」
「星霊隊を率いるはずの焔さんは負傷、ここに記載されているメンバーたちも負傷、ないしは拉致されています。このままでは星霊隊も何もないかと」
幸紀の冷静な言葉に、清峰侯爵も感情的になりそうだったが、幸紀の発言は正論であり、頷いた。
「そうだな…代わりになるメンバーを集めないとな…」
そう言いながら清峰侯爵は頭を抑える。幸紀が心配して近づくが、清峰侯爵はそれを制止した。
「大丈夫だ…悪魔の唾液で発熱したらしい…情報によればほんの数時間で治る…はぁっ…はぁっ…だから…ちょっと、席を外しててくれ…」
清峰侯爵の言葉を聞くと、幸紀は大人しく執務室を出る。
「待って、幸紀」
執務室を出ようとした幸紀に、清峰侯爵は声をかける。先ほどよりも顔は赤くなっているように見えた。
「この状態では…私もそう動けない…メンバー集めは、任せてもいいか」
「お任せください。今日はもう遅いので、明日から始めます」
「頼んだ、幸紀…」
幸紀はそのまま去ろうとする。
「待って、幸紀」
「なんでしょうか」
「扉は、閉めておいてくれ…誰も入らないように、札も変えておいてくれ」
「かしこまりました」
執務室を出た幸紀は、扉を閉める。
分厚い扉越しに、清峰侯爵の喘ぎ声がかすかに聞こえてくる。発熱の苦しみとは違うもののように聞こえた。
幸紀はその声の正体に気付きながら、自室へ戻っていく。廊下では、攻撃を受けた箇所を補修するために様々なメイドたちが作業をしていた。
幸紀はそのメイドたちに軽く会釈をしながら、自分の部屋に戻った。
1階の角部屋である幸紀の部屋も、悪魔の攻撃を受けて窓ガラスが割れている。
幸紀は持っていた杖をベッドに放り投げると、ため息をつきながら部屋のロッカーにしまっていた
「全く、俺の部屋までこんなふうにしやがって」
そう言いながら部屋を掃除する幸紀の足は、怪我人とは思えないほど軽快に動いていた。
「へぇー、アンタ、こんな杖使ってんの?」
幸紀以外誰もいないはずの部屋で、女の声がする。幸紀は特に驚くこともなく声のしたベッドの方を見る。
いつの間にか背中に黒い翼を生やし、豊満な胸の谷間を露出している、絵に描いたような小悪魔のような服装をした女が、幸紀の杖を片手で弄びながら幸紀のベッドに腰掛けていた。
「サリーか」
幸紀は至って平然な様子で呟く。誰がいたのかを確認した幸紀は再びガラスをちり取りに集め始めた。
「全くよ、俺の部屋までこんなふうにしやがって。次やったら容赦しねぇって、お前のヘボ上司に言っておけ」
「えぇ?そんな口利いていいの?私の上司は、悪魔軍でも相当の地位だよ?アンタの悪魔軍での立場も相当悪くなるんじゃないの?ただでさえ悪魔軍では弱い立場の鬼の一族と、人間のハーフの、コーキくん?」
「クォーターだ」
「誤差でしょそんなの」
サリーは好きに言いながらベットで足をパタパタさせる。幸紀はちり取りのガラスをゴミ箱に捨てながら言葉を返した。
「第一な、俺がヘソ曲げた時に困るのはお前らの方だぞ。今回だって事前に俺に言っておけば手引きしてやったのに、どうせお前の上司のメンツがどうたらってので強行して、失敗したんだろ?人間と情報と俺を舐めすぎなんだよ」
「もー、そんなヘソ曲げないでよぉ」
サリーはそう言いながら杖をベッドから下ろし、幸紀に近づく。
「ね、私が悪かったからさ。いっぱいお仕置きしてよ。気が済んだら、たくさん情報教えて」
サリーはそう言うと、幸紀に抱きつき、幸紀の唇にキスをする。幸紀がすぐにサリーを引き剥がすと、サリーの頬は赤くなり、目はとろんとしていた。
「んー。やっぱり悪魔の唾液って最高…すっごい胸がドキドキして…体が疼いちゃう…ねぇ、ほら、私のここに…いっぱいお仕置きしてぇ…」
サリーが甘い声でねだると、幸紀はベッドにサリーを突き飛ばすように押し倒す。
そのまま幸紀はサリーの体に覆いかぶさった。
数時間後
月が高くのぼる。サリーは幸紀に蹂躙されるだけされ、ベッドに全身の力が抜けたような状態で大の字になっていた。
「はぁっ…はぁっ…コーキ、やっぱ、あんた、ヤバすぎぃ…私、サキュパスなのに…こんな腰砕けにされちゃうなんてぇ…」
サリーの言葉を気にせず、幸紀は服を着る。サリーは幸紀の背中にしがみつくように抱きつくと、彼の耳元で囁いた。
「ねぇ…もっとしてよぉ…」
「今度、お前たちに対抗するために人間の部隊を結成することになった。メンバー選びから訓練まで、俺がやることになった」
幸紀はサリーの言葉を無視して事実を並べる。サリーは急に仕事の話を振られると、メモを取り出して書き始めた。
「ふーん。じゃあ当然、スパイのコーキは、弱いやつを選んでくれるんだよね」
「ま、そうだ」
「さっすがー。そうすれば人間の領地もどんどんこっちのものにできるね。そうやって私ら悪魔軍の領土を広げて、この世界の全部を手に入れる…そしたら私たちの思うままだね。そうなったら…毎日私のこと、今日みたいにムチャクチャにしてね」
「暇だったらな」
サリーに対して、素っ気なく言葉を返す。サリーは少し膨れっ面をすると、スッと姿を消した。
翌朝
幸紀は侯爵への挨拶を軽く済ませると、清峰邸から1時間ほど歩き、最も栄えている街、
幸紀は数多くそびえ立つガラス張りのビルの数々を見上げ、交差点を行き交う人々の姿を遠くから見ていた。
(まるで別世界だな)
幸紀は自分が普段寝泊まりしている清峰邸とその周りのことを考える。周囲は薄暗い森で、あたりには娯楽施設や商業施設もない。それと比べると、この街は明るすぎるくらいだった。
(さて、改めて考えよう)
幸紀は辺りを歩きながら、すれ違っていく人々の顔を見ては目を逸らす。
(俺が見つけ出さなければならないのは、ほどほどの霊力を持ちながらも戦闘能力がさして高くない人間だ。清峰侯爵に疑われない程度に弱い人間…いるのか?)
幸紀はそう思うと、道の隅にあったベンチに腰掛ける。道ゆく人々たちは、幸紀の姿に見向きもせずに通り過ぎていく。幸紀は目の前を通っていく人々の顔を見ては、自分の思うような人間が少しもいないのを痛感していた。
(ダメだな…数は多くても、霊力を有している人間は少ない。少し持っているならまだいいが、ゼロなのは困る…)
そう思いながら幸紀は空を見上げる。いつも幸紀がいる場所に比べれば、空は青く、美しかった。
(たいていの人間は、平和に生きているせいもあり、無関心なのだろうな)
幸紀は誰も自分に見向きもしないのを見て、ため息を吐く。
杖を横に置くと、自分の左手を眺めた。徐々に薄黒い光が集まっていくと、幸紀はその手を握りしめた。
(…さて、もし戦う人間がいるなら…姿を現してくれ)
黒い光が幸紀の手からこぼれ落ち、石畳の上に雫のように落ちると、徐々に黒い光は広がっていく。
そして、昨日清峰侯爵の屋敷を襲ったような頭に一本角が生えたような赤い肌で筋骨隆々の悪魔が数体、その光の中から現れた。
「ヤッホイ!人間ばっかじゃねぇか!」
「魔力もらうぜぇ!」
悪魔たちはそう言うと、好き勝手言って腕を振るい、周囲の人間たちに襲いかかる。
人間たちは悲鳴を上げながら逃げ惑う。悪魔たちは自分の進行方向に立ち塞がる花壇やベンチを蹴り飛ばし、逃げ惑う人間たちを悠々と追いかけ始めた。
(なに、これは本物の悪魔じゃない、幻だ。だから死人は出ない)
幸紀は冷静に脳裏でそう考えると、周囲を見回す。立ち向かう人間は、未だに幸紀の目には見えなかった。むしろ人間たちは我先にと押し合いへし合い、逃げようとしている。
(やはり、か。人間も結局自分が可愛いだけだ。悪魔と何も変わらない。むしろ何も取り繕わない分、悪魔の方がいいまであるだろうな)
幸紀は半分失望しながら、自分の発現させた悪魔の動きを見る。悪魔の1匹が女性を壁に追い込み、威嚇していた。
「フハハ!!貴様から吸えるだけ吸ってやるわ!!」
「誰かぁ!!」
女性は絶叫するが、誰も助けようとしない。悪魔はそれをいいことに、女性に掴みかかった。
「そりゃぁっ!!」
瞬間、その悪魔の腕に光が走ったかと思うと、悪魔の腕はあらぬ方向へと曲がっていた。
「なんじゃあこりゃぁ!!」
同時に、そんな悪魔の背後から、裂帛の気合を入れる声が聞こえてきた。
悪魔が振り向くと、強烈な回し蹴りが悪魔の顔面を蹴り抜き、悪魔は次の瞬間には灰になっていた。
「大丈夫ですか!」
悪魔を蹴り倒したその女性は、襲われていた女性に声をかける。襲われていた方は何度も頷いた。
「お姉ちゃん!後ろ!」
再び別の女性の声が響く。蹴り倒した女性が振り向くと、別の悪魔が蹴りの女性の背後に立ち、今にも抱きつこうとしていた。
「もらったぁ!」
「お姉ちゃんに手出すなっての!!」
そんな女性の声が響いたかと思うと、鎖が伸び、蹴りの女性につかみかかろうとしていた悪魔の顔面に直撃すると、鎖は縦に振るわれて悪魔の体を二つに裂いた。
「ありがとう、
「まだだよお姉ちゃん!数が多い!」
鎖の女性、美雲は自分の姉にそう言う。しかし、次の瞬間、美雲は背後から悪魔に抱きつかれた。
「いやぁっ!」
「へっへぇ!いい女じゃねぇか!」
悪魔はそう言うと、美雲のうなじに吸いつこうと口を近づける。だが、美雲はそれを身をよじってかわしていく。
「美雲に手を出すな!」
「じゃあお前をもらうぜ!」
美雲を助けようとした美雲の姉だったが、彼女の背後から悪魔が迫り、彼女を押し倒す。美雲の姉はすぐに振り向くが美雲の姉を凄まじい力で抱きしめ、美雲の姉の唇に自分の口を押し付けようとする悪魔と押し合いをしていた。
「活きのいい女は大好きだぜ!たっぷり魔力貰ってくからな!」
「離せ…!この…!」
美雲の姉も身動きが取れず、美雲も身動きが取れない。このままでは2人とも犯されるのは時間の問題だった。
「諦めない…絶対…!」
美雲の姉はそう言うが、徐々に悪魔に力負けし、悪魔の口が美雲の姉の唇を奪おうとしていた。
美雲の方も、既にうなじに吸いつかれていた。鎖を振り回せど、悪魔を追い払うことはできなかった。
「誰か…!」
その瞬間、白刃が2度奔ったかと思うと、美雲を掴んでいた悪魔の腕が斬り飛ばされ、美雲の姉に覆いかぶさっていた悪魔の腕は宙を舞った。
2人はそれぞれ悪魔の腕の中から抜け出し、思い思いにとどめの一撃を悪魔に浴びせる。倒された悪魔たちは、黒い粒となって姿を消した。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
「うん、美雲も無事そうだね」
美雲とその姉はお互いの無事を確認する。そして、2人は自分を救ってくれた目の前の刀を握る男、幸紀の方に向き直った。
「おかげで助かりました、本当にありがとうございます」
「お兄さん、強いんですね、ありがとうございました」
姉がそう言って頭を下げると、美雲も頭を下げる。幸紀はこれが自作自演であることは言えないので複雑な気持ちを押し隠して言葉を返した。
「いいえ。無事でよかった」
幸紀は目の前の2人の女を見た。どちらもどこにでもいそうな普通の20代前半の女性に見える。しかし、幸紀は2人からなかなかに強力な霊力を感じ取っていた。
(霊力は強く、戦闘能力はさして高くない。だったら、俺の求めているちょうどいい人材かもしれない)
幸紀はそう思うと、2人をスカウトする流れを作るために話を始めた。
「俺は東雲幸紀。悪魔と戦う仕事をしています。あなた方、お名前は?」
「悪魔と戦うお仕事なんてあるんだ…あ、失礼、私は
「私は妹の美雲です。いやぁ、危うく悪魔にやられちゃうところだったよ。幸紀くん、マジありがとね」
幸紀が挨拶すると、目の前の姉妹はそれぞれ自分の名前を名乗る。
姉である日菜子は暗い金に所々ピンクが混じった独特の髪色をしており、それをポニーテールでひとつにまとめている。同時に言葉の端々から真面目さが感じ取れ、幸紀としても好印象だった。
妹である美雲は、明るい栗色の髪をしており、それをボブカットにしている。パーカーを着ている姉に比べてノースリーブを着ているため露出も多く、人懐っこいところから会話に慣れているのが幸紀には感じられた。
「みんな逃げ惑っている中、どうしてあなたたちは逃げなかったんですか?」
幸紀が尋ねると、美雲は日菜子を小突く。日菜子は気まずそうに笑いながら話を始めた。
「お恥ずかしながら…困っている人を放っておけなくて…私も美雲も、少し霊力が使えるから、そんなに強くない悪魔なら倒せるんですよ。それで、今回も悪魔を倒せると思ったから、つい何も考えずに突っ込んで行っちゃって…」
「危うく悪魔にモノ突っ込まれるところになったと」
「こ、こら美雲。そういう下品な話はやめなさい」
「はいはい。全く、お姉ちゃんってばホントお人好しが過ぎるよね」
目の前で会話を繰り広げる姉妹を見て、幸紀はますますこの2人はちょうどいいと感じるようになった。
(戦闘能力も高くなければ、思慮も深くはない。これならウチの悪魔どもでも倒せないことはないだろう。清峰侯爵も騙せそうだ)
幸紀は邪な考えを2人に悟らせず、本題を切り出した。
「俺がここに来た理由は、悪魔と戦える人間を探すためです。お二人とも、力を貸してくれませんか?」
「え?」
幸紀の言葉に、2人は戸惑う。幸紀も急な会話に内心少し反省すると、色々と説明を始めた。
「俺は、清峰侯爵の部下なんです」
「清峰侯爵って、あの?」
「そうです。この度、悪魔に対抗するための組織『星霊隊』を結成することになりました。初めは侯爵の部下数名で構成される予定だったんですが、この間悪魔の襲撃を受け、そのメンバーが負傷したり、拉致されたりして、新しいメンバーを探す必要が出てきたんです」
「なるほど…」
日菜子と美雲は幸紀の話を聞き頷く。押し切れると思った幸紀は改めて警戒されない程度に力強く言葉を繋いだ。
「どうか俺たちに力を貸し」
「やります!」
幸紀の言葉に対し、食い気味に日菜子が笑顔で言う。美雲も幸紀も思わず日菜子の顔を凝視した。
「お姉ちゃん?話聞いてた?」
「聞いてたよ。私たちの力が必要とされてるんでしょ?」
「だいたいそうだけど、相手は悪魔たちだよ?負けたらレイプされるんだよ?死ぬかもしれないんだよ?なのにそう簡単に『はい、やります』なんて…」
「でも、私たちがやらなきゃ他の誰かがやるんでしょ?それって誰かに押し付けてるだけじゃない?私はそんなの嫌。誰かが嫌がることは率先してやるべきだと思うの」
日菜子は美雲に言い切ると、幸紀の方に向き直る。幸紀よりも低い目線から、日菜子は上目遣いになって頼み込み始めた。
「お願いします、幸紀さん。私、悪魔と戦いたいです。悪魔と戦って、街の人たちの平和を守りたいです!」
真剣な表情で日菜子は幸紀に頼み込む。幸紀は困惑しながらも、結果として目的を達成できそうなので頷いた。
「わかりました。日菜子さん、清峰侯爵の屋敷に来てもらって、正式に星霊隊に…」
「待って待って幸紀くん。私も行きます」
悩んでいた様子だった美雲も、幸紀に言う。
「お姉ちゃん1人だったら心配だしね。それに、幸紀くんが悪い人じゃないって保証もないでしょ?私が守ってあげるからね、お姉ちゃん」
美雲がそう言うと、日菜子と微笑み合う。幸紀はそんな2人の様子を見て、笑顔を作った。
「お二人ともありがとうございます。それでは、侯爵の屋敷まで案内します」
1時間ほど雑談をしながら歩くと、3人は屋敷に着く。
「あれ、思ったより荒れてる」
屋敷に着くなり美雲が呟く。幸紀は屋敷の入り口を開けながらそれに答えた。
「悪魔の襲撃があったのもつい昨日だからな。まだ復旧しきれてないんだ」
屋敷の中に入った3人を、メイドの1人が出迎えた。
「お帰りなさい、幸紀さん」
「珠緒か。侯爵は?」
「はい、執務室におられます。そちらのおふたりは?」
「件の部隊の候補だ」
幸紀と珠緒が話していると、美雲が横から珠緒に話しかけ始めた。
「ねぇねぇ、そのメイド服かわいいね。ここのメイドさんの制服?」
「えっ…あ…はい…」
美雲に話しかけられると、珠緒は目を逸らす。幸紀はそれを見ると、会話の流れを断ち切った。
「ごめんな。珠緒は人見知りなんだ。執務室へ行こう。あと、珠緒もついてきてくれ。話したいことがある」
「はい、わかりました」
こうして4人は2階の執務室の前にやってくる。幸紀は早速扉を叩いた。
「清峰侯爵、幸紀です。星霊隊の候補を2人、連れてきました」
「入ってくれ」
清峰侯爵の返事が聞こえると、幸紀は扉を開けて中に入る。幸紀に連れられ、日菜子と美雲は中に入った。
「本物の侯爵だよ、お姉ちゃん」
「上品な人ねぇ」
清峰侯爵の目の前にして、日菜子と美雲は小声で話す。清峰侯爵は椅子を回転させて4人の前に向き直った。
「君たちが?」
「侯爵、ご紹介します。こちらが桜井日菜子さん、そしてその妹さんの美雲さんです。街に出た悪魔を共に倒しました」
「ということは、霊力を扱えるのか。なるほど。幸紀、彼女たちと話をしたい。席を外してもらっていいか」
「かしこまりました」
清峰侯爵の指示を受け、幸紀は珠緒を連れて執務室を出て、日菜子と美雲を清峰侯爵の前に置いて席を外した。
廊下に出た幸紀は、早速珠緒に本題を切り出した。
「珠緒、君も星霊隊にならないか」
「えっ…」
幸紀の提案に、珠緒は言葉を失う。幸紀の想像通りだった。
(珠緒も霊力は十分に持っている。だがこの臆病な性格じゃまともに悪魔とは戦えないはずだ)
幸紀は珠緒の臆病な性格を知っていて誘っていた。さらに彼女は押しに弱い。幸紀はそれも知った上でやや強引に珠緒を勧誘し始めた。
「この状況、1人でも多く人が欲しいんだ。頼む。珠緒しかいないんだ」
「そんなこと言われても…私、悪魔相手に戦える自信なんて…」
「大丈夫。連れてきた2人と一緒に俺が訓練する。俺を信じてくれないか。君なら戦える」
幸紀が強く言うと、珠緒も戸惑いながら目を伏せる。
「こんな状況…ですもんね…怖いとか、言ってられないですよね…わかりました…どこまで役に立てるかわからないですけど…私も頑張ってみます」
「ありがとう、珠緒。よく決断してくれた」
幸紀が言うと、珠緒は恥ずかしそうに笑う。幸紀もそれに合わせて微笑んだ。
(よし、今のところ3人。しかも全員強くはない。俺の立場は疑われず、悪魔どもには恩が売れるな)
幸紀の邪な考えに、目の前の珠緒も気づく気配はなかった。
会話を終えたちょうどそのタイミングで、執務室の扉が開き、日菜子が幸紀を呼んだ。
「幸紀さん、清峰侯爵がお呼びです」
「わかりました」
幸紀は執務室の中に入る。日菜子、美雲と並び、幸紀は清峰侯爵の前に立った。
「幸紀、いい人材を連れてきたな」
清峰侯爵は笑顔になって言葉を発する。同時に日菜子と美雲も笑顔を見せた。
「2人と少し話をさせてもらった。星霊隊としての素質は十分だと私も思う」
「ありがとうございます。もう1人、いい人材を見つけたのですが」
「誰だ?」
清峰侯爵に尋ねられると、幸紀は執務室の扉を開け、珠緒を招き入れる。
「珠緒?幸紀、流石に珠緒は向いていないんじゃないか?」
「いいえ侯爵、確かに珠緒は臆病ですが、霊力は一流のものがあります。訓練次第で非常に強力なメンバーになってくれると思います」
幸紀の言葉を聞き、清峰侯爵は顎に手を当てて考える。そして、珠緒の方を見た。
「珠緒、やれるか?」
「…はい、やります」
珠緒は覚悟を決めたような表情で答える。清峰侯爵も、それを見て深く頷いた。
「やる気は十分のようだ。幸紀、訓練してやってくれ」
「わかりました」
「さて、これで3人か」
清峰侯爵はそういうと机の上のファイルを手に取る。
「君たち3人に、最初の任務を与える」
清峰侯爵がそう言うと、日菜子たちの表情が硬くなる。
「そんなに難しい任務じゃない。私も星霊隊の候補を探していたんだ。そしてここから少し離れた山に住むとある猟師が、高い霊力を備えているという噂を聞いた。3人で説得し、星霊隊に引き入れてもらいたい。それが最初の任務だ。できるな?」
「できます!」
清峰侯爵が言うと、日菜子がすぐにふたつ返事をする。美雲と珠緒は戸惑ったが、そんな様子を見て清峰侯爵は微笑んだ。
「日菜子、君のやる気は素晴らしいな。資料はここにある、持っていってくれ」
清峰侯爵はそう言って日菜子に分厚いファイルを手渡す。ファイルの中には、清峰侯爵がまとめたその猟師の情報がつらつらと記されていた。
「善は急げだ。早速行ってきてくれ」
「了解です!」
清峰侯爵の命令に、日菜子が元気よく答える。美雲と珠緒は少し困惑しながらも、遅れて了解ですと答えた。
執務室から出て、屋敷の外に出た4人だったが、美雲がさっそく日菜子に小言を並べ始めた。
「お姉ちゃん、またすぐにやりますなんて言っちゃって。よくないよホントに」
「あ…そうだね。もっと考えて動かないと…」
美雲に言われ、日菜子は頭を掻いて反省する。
その裏で、珠緒は幸紀に話しかけていた。
「あの、幸紀さん。この後登山になりそうですけど、幸紀さん、その足で行けそうですか?」
「…そうだな。確かにこの足だと厳しいかもしれない。俺だけ別行動でいいか?」
幸紀の問いに、日菜子が会話に入って答えた。
「わかりました。新しい子は、またここに連れてくる感じでいいですか?」
「それでいい。またここで会おう」
「わかりました」
幸紀と日菜子は短く会話を交わし、それぞれ別の目的地を目指して歩き始めた。
背中越しに聞こえる女子たちの会話を聞きながら、幸紀は考えを巡らせた。
(俺は一度、鬼の一派のところに行こう。星霊隊が本格的に動き出すなら、一番最初に戦うのはあいつらだ。しっかりと備えさせないとな)
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