第18話 モンスターの大群VS勇者


 港の側に集まると、遠く海の彼方から、うねりをあげて波が襲ってくるのが見えた。

 いや、違う。

 大量のモンスターの群れが、津波の如くこちらに向かってきているのだ。



「来たぞー!! モンスターの大群がウジャウジャ来やがったぁぁあ!!」


「奴ら、泳ぐだけじゃねぇ! 空を飛んでやがる!」


 え、なんじゃそりゃ。

 海のモンスターなのに空を飛べるのか!?


「アレはピギールというモンスターじゃな」

「ピギール? ってあなたは!?」

「……ふむ。この街に来たのは八十年振りかの」


 俺たちの背後に突然現れた人物。

 180cmを越える長身に、足首ほどまであるスカイブルーの長髪。

 身体はスレンダーで、肘や足首に特徴的な薄いヒレがついている。


 局部には自前なのか、鱗でできた部分鎧のようなもので覆われている。不思議な気品さがあるおかげで、肌の露出が多いのにイヤらしさはまったく感じられない。



「我はマーレ族の族長、レジーナ=クーラブじゃ。そこらで騒がれておる勇者じゃな」


 彫刻のような整った顔と切れ長の目で、慌てふためく街人を見つめるレジーナさん。



「へ? じゃあ貴方が勇者カニ男……いや、そもそも男??」


「お主はいったいナニを指差しておる。初対面なのに失礼じゃぞ?」


 い、いやだって……股間にナニが無いからどっちなのかなって……。


 って待てよ?

 情報として聞いていたマーレ族って、この人たちのことだったのか!?

 なんだ、人魚じゃなかったのか……。


「我らマーレ族は繁殖時にのみ性別が現れるからな。今は男っぽく見えるだけじゃ。……それより其方。その身体に神器を宿しておるな? 女神が召喚した本物の勇者であろ?」


「えっ、どうしてそのことを!?」


「我もそれなりに長生きなのでな。ある程度の神の気なら感じ取れるのじゃ」


 レジーナさんは俺に近寄ると、耳元で中性的なボイスで耳元にささやいてきた。

 なんだろう、すっごくゾクゾクする。今のレジーナさんが魅力的すぎて、どっちの性別かなんてどうでもよくなってくる。



「あ、あの……さっきの言い方だと、レジーナさんは街の人に呼ばれて来たってことですよね?」


「いや、仲間が海でピギールの大群を見つけての。このままでは街へ押し寄せそうじゃったので、我はその警告にきたのじゃが……少し遅かったようじゃの」


 え、それじゃあ街の人の儀式は?

 あのヘンテコな踊りは関係なかったってこと?


 俺が戸惑っていると、隣にいたロロルがレジーナさんに声を掛けた。


「ちなみにそのピギールって、どういうモンスターなんですか?」


「ピギールは、海神リーヴィアの肉片より生まれたとされるモンスターじゃ。普段は深海で大人しくしておるのじゃが……突如何かに引き寄せられるように陸へ向かいはじめてな。何が原因なのか、我にも分からぬのだが……」


 じゃあ街の人も普段は見掛けないモンスターなのか。しかしあんな大量に押し寄せてくるって、なにごとなんだろうか。


「あのモンスターは太く大きく、ヌルヌルウネウネしておっての。マーレ族の得意とする槍でも中々刺さらん」

「物理が駄目なら、魔法でどうにかならないんですか?」

「魔法も粘膜を剥がすまでは中々効かぬ。敵対すると本当に厄介な奴なのじゃ……」


 フォークのような三叉槍を握りしめながら、悔しそうに歯噛みするレジーナさん。歴戦の彼(彼女?)でも倒せないほどのモンスター。それも大群となると、中々にマズそうだ。

 

 と、そんな話をしているうちに敵の第一陣がやってきた。



「「「ぴぎぃ! ひっぎぃいぃいいい!!!」」」


 ピギールらしきモンスターが、港の目前までやってきた。

 俺の肉眼でも見える距離なのだが……とにかく見た目がキモイ。

 豚のような鼻を持ち、太く長くて黒光りしている。それが大量に、ヌメヌメとしながら陸へとジャンプしてきた。


「本当に飛んだ!?」


「なんかすっごく戦いたくないんだけど……」


「うえぇ、気持ち悪いですぅ……」


「くっ! 我が時間を稼ぐ! お主らは逃げるのじゃ!!」


 カニ男改め、麗しの海の勇者であるレジーナさんが槍を回転させながら、果敢にもピギールに立ち向かう。


 なんだろう、彼なら勝てそうな強者のオーラがある。思わず俺は期待の眼差しで彼の行く末を見守ってしまっていた。


ひぎぃぃい!お前ら! ぴぎぃひぎぃいい!獲物が来たぜ!


ぴぎぃ!上者だ! ひぎぃぃっ!やっちまえ!



「くっ! まとわりつくなぁあ! やめっ! ちょっ、入ってこないで! あっ!」



 そしてピギールの大群に飲み込まれて消えた。


「…………」

「…………」


 ちょっ! レジーナさぁぁあん!?


 ウネウネと山のような塊をつくるピギールたちに囲まれ、彼の姿は完全に見えなくなってしまった。

 俺たちは思わず呆然としていると、そのピギールの山からぺいっ!と弧を描いてドサッと何かが落ちてきた。


「ふ、ふえぇっ……、ヌメヌメこわいよぉぉ」


 ま、マズいぞ……!!

 レジーナさんが、ヌメヌメ地獄で精神崩壊してしまっている……!!


「や、やばいぞ! 勇者様でも敵わないなんて!」


「に、逃げろぉおお!!」


 最初こそ勇者レジーナさんと共に戦おうとしていた街の兵達も、彼の敗北を見て僅かばかりを残して逃げ出してしまった。まぁそれも仕方ないだろう。こんな粘液まみれにされたら怖いもんな。



「大丈夫ですか、レジーナさん!」


「うっぐ、ひっぐ。わたち、けがされちゃったぁ……うえぇ」


「ダメね、幼児退行してしまったわ」


「あのヌメヌメはキョーイです! どうにかしないと、ボク達もアレにヤられてしまうですよ!!」


 うっ……取り敢えずダメ元でもやってみるしかないな!


「やっぱ水棲生物には雷魔法だろう! クード・フードル!!運命の戯れ


 呪文を唱えると、左手に集めた魔力球からピギール達へ、蜘蛛の巣のような雷がほとばしった。


「――やったか!?」


「そんなフラグ建てるんじゃないわよ!」


 いやでも、結構な魔力を込めたし、少しぐらいはダメージを与えているんじゃ……。


 そんな淡い希望を持ってピギールたちを見てみるが、1匹たりとも倒せてはいなかった。くそう、マジで粘液で魔法をガードしてやがるのか。



「はっ! ココは!? ピギールはどうした!」


「あ、レジーナさんおかえりなさい。今俺が雷魔法撃ったんですが、全く効かなかったんですよ……」


「そ、そんな。このままでは、余はまた陵辱されてしまうのじゃ! イヤじゃイヤじゃぁ! またねばねばヌルヌルをぶっかけられるのはイヤじゃぁ!!」



 イヤらしい体液まみれにされて、クールさのカケラも無くなってしまったレジーナさん。さすがに哀れに思ったのか、あのドSなリタがタオルで身体を拭いてあげていた。


「とにかく、あの粘液をどうにかしないと……」


 魔法も駄目、武器も駄目。

 ならどうするか。


 俺が打てる手は他に……そうだ、化学だ。


「粘膜……魚……も、もしかして!」


 アレがあればなんとかなるかもしれない。


 俺は戦場を離れ、とある場所へ向けて走り出した。

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【ボンッ☆】勇者召喚された薬剤師ですが、“化学チート”で無双できますか!?化け物だらけのハードモードだけど、社畜時代より楽しいぜやっほい! ぽんぽこ@書籍発売中!! @tanuki_no_hara

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