第16話 港町トリメアへ

 香辛鳥の大宴会があった翌日。

 部屋から宿の食堂へ向かうと、朝食を摂っているロロルと会った。


「おはよう、ロロル」

「ん、おはよう……」


 昨日の酒が残っているのか、眠そうにトロンとした目で優しく微笑むロロル。

 うーん、こういう時は可愛いんだけどなぁ……。


 声に出すと怒られそうなので、俺は大人しく朝食を注文する。このあとは聖都から出発する予定なので、今ここで余計な口論はしたくないし。


「なぁ、さっきから気になってたんだが……あの隅っこの席で朝からエールを飲みながら、山盛りの唐揚げを喰らっている女性は誰かな……」


「はむっ! はむはむはむ! はむぅ!」


 俺の見間違いじゃなければ、レイナさんに見えるんだが……。


「……なぁ、ロロル。彼女、アレでも王の妹なんだよな?」


「それにマーニ教の枢機卿でもあるわね。面白くて良い人じゃないの。それより、今日は次の街に行くんでしょ? きっと彼女もお別れを言いに来てくれたのよ」


 うーん、そうだろうか。

 俺の目にはここのご飯を食べに来たようにしか見えないんだが。


 そんなことを考えている間に、レイナさんのテーブルの上にあった料理がすっかり空になっていた。そして彼女はナプキンで口元の汚れを綺麗にすると、俺たちのテーブルへツカツカと足音を立ててやってきた。


「もう! こんな美味しい料理を作ったんなら、わたくしも呼んでよ!」

「いや、レイナさんは仕事でお忙しいかと思って……」

「こんなに美味しい食事のためなら、仕事なんてサボってでも来るわよ! それに今日出発って、ちょっと急すぎるんじゃない? 色んな料理を知ってるなら、もっと作ってほしかったわ!」


 ちょっと拗ねたような口調でそんなことを言うレイナさん。だけどその表情は笑顔で満足そうだ。


「旅から戻ったらご馳走しますよ。何かリクエストあります?」


「あら、いいの? そうねー。肉料理も良いけど、わたくしは魚料理も好きなの。次の街のトリメアは港街だし、珍しい魚料理を思い付いたらわたくしに作ってくださる?」


「そうですね、なにか良いネタがあったら考えておきますよ。 ちなみにそのトリメアって、何かオススメとかあります?」


 特産品とか、観光名所とかあれば是非とも教えてほしい。


「そうねぇ、食べ物じゃないんだけど、マーレ族っていう亜人種が居るわ。水中でも陸でも生活ができる珍しい種族で有名よ」


「に、人魚キター! やったぁぁ! 俄然楽しみになってきた! よし、行こう! いざ、麗しのマーレ族に会いに!!」


 亜人といえばファンタジーの醍醐味!

 モフモフの獣人も良いけど、そういうおとぎ話に出てくるような種族にも会ってみたかったんだよね!!



「ねぇレイナ? そのマーレ族ってたしか……」


「ふふふ。彼を驚かせたいから、どんな見た目なのかは内緒にしておきましょう」


 なにかロロルたちがコソコソと話しているが、俺は美人な人魚の妄想で忙しい。


「ちょっと、忘れないでよね? トリメアから出ている船で海を渡って、太陽の国ヘリオスにある次の神器を手に入れるのが目的なんだからね?」


「ふははは! 愛は人種を越えることを証明してみせようではないかぁ! えへえへえへへへ」


「「この勇者、もうダメかもしれないわ」」



 ◆◆◇◇


「ヒドイです! なんてボクの事起こしてくれなかったんですか! 朝カラアゲ定食を食べ損ねたです!」


「おいおい。リタは昨晩、一人で五人前も食べたじゃないか……」


「昨日は昨日です! そんな古いこと言ってると、また加齢臭が漂ってくるですよ!」


「俺まだ二十代だよ? さすがに傷つくよ!?」



 言い争う俺とリタ、そして運転手のロロルを魔導機に乗せ、俺たちは聖都ジークを出発する。今日の天気は快晴で、絶好の旅日和だ。


「いやー、こう天気が良いのは俺の普段の行いが良いからだな! 港街に着いたら海水浴でもしたいぜ」


「それを言うなら、私の行いが良いからよ。なにせ善行しかしないもの」


「ボクのお祈りが女神様に通じたです!」


 ロロルの発言にはツッコミどころしかないが、神官であるリタの祈りはもしかしたら効果があったのかも?


「女神様も俺のこと見てくれてるのかなー。そういえば、この世界で知られてる女神様ってどんな神様なんだ?」

「美人よ!」

「美人ですぅ!」


 なんだ? 二人とも即答したけど……。

 でもまぁ神様が美人なのは良くある話だよな、うん。



 ワイワイと会話をしながら、俺たちは街道を進む。

 途中飛び出してくる雑魚ゴブリン達は、ロロルのMD砲で街道の肥料となった。


 そうして快調に進むこと、約二日。



「うーーっはぁぁあ!! うーーみーーだーーー!」


「あいっかわらず広いわねー! 真っ青で綺麗だわ!!」


「うにゅ? もう昼ごはんです?」


 小高い丘を抜けると、そこには地平線の先まで広がるブルーの絨毯があった。


「ちょっとだけ心配していたけど、この世界も青い海で良かったよ。真っ赤な血の海だったらどうしようかと」


「教典では青い血の海と言われてるですよ? 創世の時代に海神が魔神と戦ったときに流れた血が、そのまま海になったってお話ですぅ」


「うはぁ。でもまぁ想像のお話だしな、気にしない気にしない」


「それでその戦いで落とした片腕が肉片となり、海の生物になったとか」


 やめて!? これから海の幸楽しもうとしてるんだから、生々しい話やめようぜ!?


「盛り上がっているところ悪いんだけど、トリメアの街に着いたから降りる準備をしてくれる?」


「ん? おぉ、着いたか! この街もいい具合に賑わってるな〜」


 街の奥にある港に、ヨットみたいな帆船がずらっと並んでいるのが遠目に見えた。カラフルな帆が多く、見てるだけで面白い。まるでヨーロッパの絵画のようだ。


「ハハハ。色とりどりで綺麗だろ? 今見えてるベレーロっつう帆船で漁をやってるんだぜ」


 街の入り口で騒いでいると、ふいに話しかけられた。その人物を見れば、簡単な木製鎧と槍を持ったお兄さんだった。


「……おっと、トリメアの街へようこそ! この街は初めてかい?」


「ロロル! ロロルさんや! ホンモノの門番さん!!」


 彼女から「やめてよ恥ずかしい!!」というツッコミを受けながら、俺は初めて見る門番さんに興奮しまくっていた。


「ん? もしや王都から来たのか? 王都や聖都は結界で守られてるから門番が居ないもんな」


 え、そういう理由だったんだ。王都には一か月近くいたけれど、知らなかったな。


「この港街は半分海に囲まれてるし、隣国から商人や冒険者がやって来る。結界魔法では覆いきれないし、コストが合わないからね。だから俺たち門番が人の目でチェックしてるってワケだ」


「へぇ〜。そういや思い返してみれば、王都にゃ外壁も門も無かったわ。もしかすると町に門も壁もない日本に住んでいたから、違和感が無かったのかもしれないな」


「ニホン? 異国の人かい? まぁどこの出身でも問題を起こさなきゃ、このトリメアは大歓迎だ。特にこの街はいろんな種族が居るから、仲良くしてくれよな!」


「(問題を起こすな、かぁ……なんとなく起きる気しかしないなぁ)」


 嫌な予感を頭からふるい落とすようにして、俺たちは潮の香る港街トリメアへと入って行った。




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