第15話 魅惑の鳥南蛮
油断した隙に復活してしまったグルメスライム。
攻撃されたことに怒ったのか、無防備な俺に向かって襲い掛かってきた。
「(まずい、殺される――!?)」
反撃するよりも先に、戦闘慣れしていない俺はつい身がすくんでしまった。スライムは大きな口を開け、そのまま俺を飲み込まんと飛び掛かる。
終わった――そう思った瞬間。
目の前に、ひとつの影が飛び出してきた。
「(誰かが俺を庇って――でも誰が!?)」
「くぅーーー!!!」
――
しかもアンさんはグルメスライムよりも一回り大きく巨大化し、逆にグルメスライムを
「あ、ありがとうアンさん……っていうか大丈夫? お腹壊しちゃわない?」
「『ペッ!』しなさい! 食べ物じゃないのよ!」
「アンさん、さいきょーですぅ!」
俺やロロルの心配をよそに、モッシャモシャと咀嚼するアンさん。見ている限り、美味しそうに食べているけど……。
「アンさんのおかげでフラン村は守られたわね!」
「スゴイですアンさん!」
「う、うぅ~ん? 結果オーライなのか? でも今度から拾い食いはダメだからな?」
「くぅ? くぅーーーん!!!」
◆◆◇◇
「皆様がた、この度は誠に助かりましたじゃ。これでこの村も平和を取り戻し、村の者も一安心ですじゃ。またこの付近を訪れることがありましたら、是非この村にも立ち寄ってくだされ」
「いえいえ、無事に依頼が達成できてこちらも良かったです」
グルメスライムとの戦闘を終えた、次の日の朝。
依頼を終えた俺たちは聖都ジークへ帰還するため、村の入口へと来ていた。その際に世話になった村長やクロウさんが俺たちを見送りに来てくれていたのだが……。
「……村長、口調の語尾が変わってませんか?」
「ふおっ?! そ、そそ、そんなことないクルゥ!」
「村長……いくら村の特徴を出したいからって、村人全員に変な口調をさせるのはやめましょうよ。村の子供達なんて完全にスルーしてるじゃないですか」
同じく口調が普通になっているクロウさんが、村長に冷めた視線を送る。え、なに? あのクルルゥはワザとだったの?
しかも地域性をアピールしたいからって、そんなご当地キャラクターみたいなことをしなくても……。
「いやじゃいやじゃ! ワシの村もキャラクター作ってグッズで大儲けしたいんじゃぁあ! クロウの裏切りものぉ!」
「まったく、思い付きで村人を困らせないでくださいよ。……あ、皆さん。このたびは本当にありがとうございました。これ、お土産の香辛鳥の卵と肉です。村長の言うことは無視して良いんで、いつでも遊びに来てくださいね!」
こうして、笑顔のフラン村の人たちに見送られつつ、俺たちは聖都へ帰るのであった。
「いやぁ初依頼だったけど、万事上手くいったな!」
「ほとんど行き当たりばったりだったじゃないのよ。それにトドメを刺したのは、アンさんだったし」
「アキラ様は石を投げただけです」
「くぅー!」
別にいいだろ!
それに誰も怪我することなく終わったんだから。
「っていうか、お前らこそ何もやってないじゃないか!」
「さぁって! 仕事も終わったし、美味しいもの食べたいわね!」
「わーい、他人のお金で食べるご飯は最高ですぅ!」
わーぉ、清々しいほどの変わり身!
でも今日の夕飯は、村で貰った香辛鳥で料理だ。
「ホント!? アンタって意外に料理が上手だから期待してるわよ!」
「アキラ様が料理するですか? 変なモノ入れないです?」
「俺も喰うんだから大丈夫だよ! じゃあ俺は必要な食材を調達して、宿で下ごしらえしてくるわ」
異世界に来て地球の料理が恋しくなった時、障害となるあるあるは、恐らく調味料の類であろう。
そして今回、俺が香辛鳥を使って料理を作るに当たって必要としたのは――醤油である。
大豆を発酵醸造した液体調味料で、幅広い料理に使用されているのはご存知だと思う。
俺がこの世界に来て一ヶ月と少し。
街の食料品店や市場を回り、ありとあらゆる調味料を見てきたが、ついぞ醤油を見つける事は叶わなかった。
しかし、今回はどうしても使いたい!
「というわけで、無けりゃ自分で作れば良いという結論に至ったわけだ」
もちろん日本と同じように作ろうとすれば、設備やら麹やら手間暇がかかり過ぎて、とてもじゃないが作れない。
――というわけで。
「そこで今回は助っ人をお呼びしました! どうぞ!」
「くぅーーー!!!」
借りた宿のキッチンに可愛い鳴き声が響き渡る。
恐らくこれまでで誰よりも一番活躍しているであろう、アンさんの登場だ。
「いやぁ、まさかグルメスライムを食べたことで、アンさんの能力がアップしたとは! 素晴らしいです先生!」
「くぅくくぅー!」
醤油を構成しているのは、大豆・小麦・魚介などを分解して出来る旨味成分のアミノ酸、塩分などである。
他の異世界ではよく小麦を使わなかったりするが、それは江戸時代あたりで良く作られた溜まり醤油に類似したものだ。もちろん、それも最高に美味い。
ちなみに第二次世界大戦頃の日本では、物資の不足によって醤油が不足し、代用醤油が作られた。それにならって今回は、市場で見つけた大豆、小麦、干し小魚、塩、砂糖を用意して再現することにした。
ちなみに砂糖はカラメルにして、赤茶色の色素として使う。
「グルメスライムの消化能力とアンさんの菌としての力。それで醤油が完成する……!」
用意した材料を全部まとめてアンさんに食べてもらう。
そしてあっという間に、体内で分解。続いて発酵、熟成を短時間で行ってもらった。ラストはアンさんの口からピューっと代用醤油が噴出され、完成だ。
「いやー! アンさん様々ですわ! お陰で美味しいご飯が食べられそうだよ!」
こんな簡単にできて良いのかとも思うが、ともかくこれで調味料は用意できた。
香辛鳥のもも肉を生姜、ニンニク、酒、醤油に漬け込んで下味を付けていく。
そして肉を漬け込んでいるその間に、今度はタルタルソースを作っていこう。
香辛鳥の卵を茹でたら潰して細かくし、作っておいたマヨネーズ、レモン、刻んだ玉ねぎを投入。次に甘酢ダレに取り掛かる。代用醤油に酢、砂糖、生姜を少しいれて混ぜればオッケーだ。
「よし、鳥もも肉に下味がついたな」
下準備ができたら、肉に衣をつけて揚げ焼きをおこなう。
普通に揚げようとすれば油を大量に使ってしまうし、後処理にも困るから揚げ焼きがベターだろう。
「これでちゃんと火が入るの?」
「あぁ、しっかり焼けば大丈夫。一人暮らしなんかをしていると、揚げ料理はハードルが高いし、よくこの方法を使っていたんだ」
揚げてまだ熱々の内に、甘酢ダレを掛けて染み込ませる。
冷めてからでは甘酢タレが染み染みにならないからね。
そして最後に、白い魅惑のタルタルソースを掛ければ完成だ。
「揚げたり茹でたりと、随分と手間を掛けたわねー」
「でもこの甘酸っぱい匂いで、ヨダレが溢れてくるですぅ!」
「よーし、完成だ! 熱いうちに食べよう……の前に」
俺はそそそくさと宿の調理場から持ってきたのは、キンキンに冷えたビール。やはり揚げ物にはコレがなくっちゃな。
「んーーっ! 甘辛くてジューシーな鳥肉に、タルタルソースの酸味とまろやかさが合わさって、もうさいっこう!」
「冷えたエールが口の中を流すから、いくらでも食えるよな〜」
「ぱくぱくモグモグ、ぱくもぐぱくもぐ。グビッ! もぐもぐもぐ」
香辛鳥は獣特有の臭みは一切ない。かわりに日本のような化学調味料が無くても、複雑な味わいをみせている。
肉の繊維の隙間から脂が洪水のようにあふれ出し、染みた甘酢がクドさを中和する。そしてタルタルが旨味だけを押し上げ、舌を優しくコーティング。
そこへビールを流しこめば最高のエンディングを迎えられる。
これはこの世界の二人にもウケたので、調理場を借りたお礼に宿の女将達にもお裾分けをした。すると是非作り方を教えて欲しいと頼まれるほど好評だった。
そこで簡単な代理醤油の作り方から一通り試作をしていると、今度は他の宿泊客から味見をさせてくれと懇願されるようになり。
それが他の客にもどんどんと広まり、結局はこの宿で出す今夜のメイン料理になってしまった。
「へぇ、聖都で評判の料理とな? これは国の代表として知っておく必要があるな……」
「そうですな。それに妹君の様子を見ておきたいところですし」
「おっ、それはナイスアイデアだ!」
――数週間後、この宿はフラン村と業務提携を結ぶまで繁盛し、どこかの王族がお忍びで食べにくるほどになるのだが……それはまた別のお話。
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