第14話 真夜中の暗殺者

 

「クロウさん、ご不快でしょうが念の為にお聞きします。村の誰かが香辛鳥こうしんちょうを盗んで行ったという可能性はありますか?」


「ククク。その疑念はごもっとも。ですが……」


 クロウさんは隣にいる香辛鳥の顔を見上げる。



「失礼なことを聞いてすみませんでした。確かにこれだけ大きな鳥を、村の誰にも気付かれず連れ出すのは人間には無理ですね。……でもそうなると、どうやってさらって行くのかが分からないんだよなぁ」



 村の者も俺たちも、できる限りの調査をしたのだ。にも関わらず居なくなる原因が分からないとなると、それこそ魔法でも使ったとしか思えない。



「そうだ! そうだよ! この世界には魔法があるんだった! 例えば転移魔法とかそういう魔法で……」


「名案だ!みたいな顔しているところに悪いけど、そんな高度な魔法を使える奴なら、家畜を奪うなんてセコい真似しなくたって高給取りになれるわよ」


「高級な鳥ならぬ、高給取りですぅ!」


「うぐっ……だよなぁ」


 ごもっともな指摘すぎて、思わず恥ずかしさで顔が熱くなる。


 しかしそれでは、一体どうやって……と考えている内に、その答えが突如やってきた。



 ――ぬるっ……ぬるぬるぬる……


「……ッ!! こ、コイツは……!!」


 ソイツは、換気用の木窓のわずかな隙間からやってきた。うように、ぬるりぬるりと侵入してきたのだ。


「この粘液状のモンスター……もしやスライムか!?」


 しかも可愛くない方のスライムだ。目や口に愛嬌の欠片も無い。そりゃあ序盤の敵といえばスライムが定番だけどよッ!


「こいつはグルメスライムよ! 貴重レアな食材や地域の特産品がある場所に突如出現しては、片っ端から捕食・消化してしまう厄介なモンスターなの!」


「なんだその街の定食屋にフラリと出現する、グルメ漫画の主人公みたいな奴は!」


「キャー! ボクも食べられちゃうですぅ! えっちな本みたいに! 凌辱展開の定番ですぅ!」


「ククゥ、グルメスライムは人間を食べないのでそれは大丈夫です。ククルゥ」



 あまりの気持ち悪さに、リタがパニックに陥っている(?)ようだ。

 そうしている間にも、グルメスライムは眠っている香辛鳥を取り込もうとしているではないか。


「まずい、止めないと!」

「スライムへの打撃や斬撃は、武器が取り込まれるか溶かされて無効化されてしまうわ」


 なんだって!?

 じゃあどうすれば……。


「槍で体内のコアを刺せば倒せるわ!」


 ……でも身体の奥にあるスライムコアを正確に破壊するのは、素人の俺には難しい。


「魔法はダメなのか?」


「広範囲な魔法だと、下手したら香辛鳥にも当たってしまうです!」


「くっ、そうか」


「それに、取り込まれたら一瞬で溶かされるほどの溶解液を飛ばして来るわ! 近付くのは下策よ!」


「強酸……いや、アルカリか? 聖剣クラージュなら溶かされないかもしれないが……どうする、どうする!」


「クソッ! 僕らの! 大事な香辛鳥を! スライムごときが! やめてくれぇ! ヤメロォッ!」



 大事な村の財産を奪われまいと、クロウがその辺にあった道具や石を投げるが、当たった側から吸収され、溶かされていく。



「なにか、何かないか……」


 下手なモノは溶かされてしまうし……どうすればいい!?


 ……そうか、アレならイケるか?!



 秘策を思い付いた俺は、魔力を練り上げ……手に石を生成した。

 そしてその石をポーンとスライムへ投げ込んだ。



「ちょっと! 石なんて作ってどうすんのよ! 溶かされて終わりじゃない!」


「まぁ、見てな……きたきたきた!」


 おっと、このままじゃ周りにも被害が出るな。

 風魔法で防護しておこう。


周囲を守れ!シルフィオスクール!! 風花護城ヴァン・ガルディエーヌ!!!!」


 俺がとっさにこの世界で一般的な防御魔法を発動させた途端。


 ――パァァァアン!!


 先程まで無限に吸収するかと思われたスライムが、まるで水を入れ過ぎた水風船のように――破裂した。





「え? え?」

「あばばばばば、ですぅ!」


 よし、成功だ――!


「ハーッハッハッハァー! 見たか! これが化学の力よ!」


「クルルルル。な、何が起きたんです?」


「ふふふふ、さっき投げた石はただの石ではない! アルミニウムだ!」




 ――アルミニウム。

 原子番号13、原子量26.98、第13族元素。

 常態では固体の金属で、日本では一円玉を始めとした多種多様の合金にも使用されている。


 軽く、加工しやすく、伝導性も良い。

 しかし単体では酸やアルカリに弱く、容易に"水素"を発生させ溶解する。


 では、爆発は水素が起こしたのか? 否。ポイントはそこではなく、至ってシンプルだ。

 それは――体積である。

 生成された水素ガスは、一円玉と同じたった1gで10L以上の空気となる。

 ヒトが2回呼吸する量が約1L、一般的なゴミ袋の容量が45Lだと言えばその恐ろしさが分かるだろう。


 つまり、スライムの中に投げ込まれたアルミニウムの塊は、スライムの酸、もしくはアルカリによって化学反応を起こし、体内に水素ガスを生成させた。そしてそのガスの圧力によって――内側から爆発した。



「俺がいた世界でも、密閉したアルミ缶に強塩基の洗剤とか入れて爆発した事故が起きていたよ。いやぁ、咄嗟とっさの思い付きだが上手くいって良かったよ! はははは!」



 単なる思い付きが功を奏し、俺は仁王立ちをしながら得意げに高笑いを上げる。いやぁ、んぎもちいぃいいい!!


 だが、そうやって油断をしていると……



「ちょっとアンタ!」

「アキラ様、危ないです!」



 なんと爆発に耐えたスライムコアが、周辺に残っていた体液を取り込んで身体を再生していた。

 しかも攻撃者である俺にキレたのか、こちら向かって襲い掛かってきた。


 ま、まずい――!

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