第33話 ちっぽけな正義
〜柊視点〜
元々の私は正義感の強い人間だったと思う。
小さい時から悪いことをしている人が許せない性格だった。
そんな自分の性格は警察官に向いていた。
そんな私はある時───女神に「魔王を討伐してくれませんか?」と言われた。
どの道断れない状況だったので、了承した。
私が異世界に行けた時はまだ<帰還>なんてものは使えなかった。
そう、私は異世界に召喚されたのだ。
召喚された私は驚きよりも恐怖心が勝った。
毎晩毎晩、王国に攻め入ってくる魔王軍。
激しい戦闘音が街に響いた。爆発に悲鳴、宿から火柱が見えたなんて事も珍しくなかった。
そんな時、思った。現実世界に懲らしめていた悪なんてちっぽけで、この世には色んな悪がいるのだと。
私は決心した。
必ず魔王を倒そうと。
そこからの私はレベル上げに集中した。
<隠密>は気付かれずに効率よく狩れるので非常に使い勝手が良かった。
固有スキルがハズレだった私は持っている他のスキルでやっていくしか無かった。
幸い、召喚された私の基礎的なステータスは一般の人よりは上だったので、遅れを取る事はなかった。
冒険の途中、色んな人に出会った。
笑顔が素敵な人、辛そうな人、私のように正義感の強い人。
私はこの人達を守りたいと邁進した。
召喚されて一年程が経過した。
魔族の国───アゼフェルトについた時の私のレベルは80を超えていた。
低級の魔物であれば殴っただけで殺せるレベルだ。
私は傭兵団の一員として乗り込んだ。さすがに一人で攻略するのは厳しそうだったからだ。
魔族は他の魔物とは違った。
社会性があると言った所だろうか?仲間が危険に晒されていたら直ぐに助けが来た。人間の私でさえ驚くほどに仲間思いだった。
そのために手強かった。一体一体はそこまで強くないものの頭を使ってくるのが厄介だった。
幸い戦い慣れている人の多い傭兵団に死者は出なかった。
「もう少しで魔王城だ。更に気を引き締めろよ」
この傭兵団の隊長をしていた───ガウス・オルフェイズさんがそう言った。
彼はとてもいい人だった。人情に溢れており、仲間のメンタルケアも出来る、そんな人だった。この人が居なければここまで辿り着けなかったかもしれない、と思うほどに心強い存在だった。
「了解っす」
「分かりやした」
「隊長も気を引き締めてくださいよ」
「バカ言ってんじゃねぇぞバカの癖に」
傭兵団はどんな時も和やかな雰囲気で戦場にいた。これも精神を落ち着かせる一貫だったと思う。ずっと気を張っていると疲れて、逆に隙が生まれるという考えからだ。
「やるでは無いか人間共。だが甘い!」
「グアッ───!」
突如、傭兵団の一人が何者かに切り付けされ、倒れた。
そこに居たのは私たちと同じ人間だった。
しかも傭兵団に居た者だった。
だがそいつはどこか違った。
「何者だ貴様!」
ガウスが声を張り上げる。
人間の皮が剥がれ、そこに現れたのは角の生えた魔族だった。だが今まで戦ってきた者とは別格の強さを感じた。
「我が名はグリード。魔王軍幹部だ」
「幹部だと……………」
全員の背筋が凍りついた。こいつはレベルが違うと誰もが思った。
「グリード。何先走っているのかしら」
赤髪に二本の角の女の魔族。
「えぇ〜戦い?めんどくさいなぁ」
タレ目に猫背でやる気のなさそうにしている男の魔族。
「余力のある人間がだいたい20人…………豊作だ!!」
ぷくりと太った大きな体に巨大な口と牙を持った男の魔族。
グリードが現れたと同時にその三体の魔族も姿を現した。その三体もグリードと同じく、レベルの違いを感じた。
こちらには戦い慣れている人達が20人も揃っているというのにこの4体に勝てる想像が出来なかった。もし勝てたとしても魔王を討伐する余力なんて残らないだろうと。
「シイラギ。お前だけでも魔王城にいけ」
「待ってください。それじゃあ隊長達は───」
「俺たちはこいつらを倒してから行く。お前はこの傭兵団で一番の実力を持っている。ここで足止めされている場合では無いだろ」
確かにそうだった。この傭兵団で私は一番強かった。
この4体を全員で相手にするよりも誰かが魔王の元に行った方がいいと考えた。
なぜならこの4体は魔王城を守るために現れたのだから。
「早く行け!」
ガウスが叫ぶ。
それに当てられた私は<隠密>を使い、回り込んで魔王城に向かった。
「そんな貧弱な魔法でかいくぐれると思ってたのかしら」
赤髪の魔族が私の前に現れた。
っ!?
そして手に持つ剣を私に振るってきた。
「であっ!」
カン
ガウスが私の前に立ち、その剣を防ぐ。
「俺に構うな…………早く行け…………」
苦しそうに剣を受け止めるガウス。
おそろく相当重い一撃なのだろう。
「すみません」
私は走った。
後ろを見ず走った。
「貧弱貧弱!あまりにも貧弱すぎるぞ人間!」
「グ、グアァァ…………」
「いただきまーーす!」
「ウワッァァァァ…………!!」
「めんどくさいから早く死んでよ!」
「や、やめっ───」
仲間の悲鳴が耳を劈く。
戻って応戦したい、そんな気持ちを抑え、私は魔王城に入った。
中に敵はいなかった。魔王自身の方に誘い込んでいるかのような構造をしており、部屋は直ぐにわかった。
恐る恐るドアを開けると、そこには玉座に座った魔王がいた。
黒髪に鋭い黒目、角は生えていない、まるで人間のような見た目をしていた。
全身に緊張が走る。
目が合っただけで足がガクガクと震えた。
「お前、こっちの人間じゃないな」
「っ───!?」
なぜバレた?なぜわかった?
私は恐怖で手が震え、剣を落としそうになる。
「おいおい。そんなに震えていては戦いにならんぞ」
「くっ───!」
私は舌を噛み、剣をがっしりと握る。
「はあああああ!!」
私は叫び声を上げ、一直線で魔王に向かって走った。
仲間のため、正義のため、無理とわかっていても傷はつけてやろうという勢いで襲いかかった。
「跪け」
「あっ………あぁ…………」
魔王の目が赤く光った。
魔王の持つ魔力が私に襲いかかってくるような、底知れぬ力を見せつけられ、恐怖で体が硬直した。
普通ではなかった。
睨まれただけで私はその場にへたりこんだ。
でも───
私は諦めはしなかった。
「殺してやる!」
私は剣を持ち再び魔王に向かって走り出した。
「ほぉ……案外やるな」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべる魔王。
「
「ぐっ………ぐぁ…………」
何かが奪われる感覚を感じた。
力が抜けていくような、まるで───
「うっ…………う、そ………レベルが…………」
そう、私のレベルが吸われていた。
能力値がものすごい勢いで下がっていく。
「殺しはあまり趣味では無い。特に俺と同じようなやつにはな。お前の持つ固有スキルは使えそうだ。利用させてもらう。だが歯向かわれては面倒だ、力は奪わせてもらうぞ」
そうして私は力を吸われ続け、Lv20にまで下げられた。
「
私の心臓に呪いの術式が刻まれた。
「この呪いは俺が好きなタイミングで発動出来る。発動すればもちろん死ぬ。が俺に服従し、指示に従うというのなら生かしてやろう」
余裕の表情で私を見る魔王。全くと言っていい程、私を敵だと思っていない。
格が違いすぎた。
魔王はこの世から逸脱した力を持っていた。
私では倒せない。指一本でほとんどの相手は死ぬだろう。
いやだ。死にたくない。まだ生きていたい。
私は涙を流した。
そうして───私の中のちっぽけな正義は砕け散った。
「服従します。だから殺さないで………………」
「ハハハハ。良いんだろう。では早速頼もうか───」
魔王から指示されたのは一つだった。
ビルヘイツ王国の王───ゼブンを殺せという指示だ。
ビルヘイツはアゼフェルトに最も近い国であるが故に兵力も最大だ。
なのでこの国が滅べば、人間側に未来はない。
「ゼブンを殺せばビルヘイツは揺らぐ、その隙に畳み掛けるつもりだ」
私は疑問だった。
なぜ、私を利用するのか。擬態スキルを持ったグリードだっていたはずなのにどうしてわざわざ私を使うのか。
「お前を使う理由は単純だ。何者かがビルヘイツ全体に結界を張った。そのせいで魔族が入り込む隙が無い。だからだ」
つまりは結界で弾かれない人間の私をスパイとして使うという事だ。
幹部のグリードでも入り込めない結界なのだろう。
その人の方がよっぽど役に立ってるじゃない。
私は一体何をしてたのよ……………。
「本名を使っては怪しまれる」
そう言うと魔王は不敵な笑みを見せ、続けた。
「これからお前をパペットと呼ぼう」
「なるほど…………操り人形という事ですか……………」
この国の言語は英語では無い。パペットを操り人形だと分かるということはある程度、英語を知っているということだ。
「あなたも私と同じって事ね…………」
「そうだな。違いがあるとするならば俺は魔族の味方だということだ」
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