柏原照観地獄八景亡者戯

ZIONIC

第一話

   Prologue


「俺の行く末、お前の母が拓いた道は修羅道だ。・・・・・・」




  SCENE1 賽の河原


「はい、そんな訳で私は今、義理の父、と言っても過言では無い方と共に、修羅界があります、ここ地獄へと来ております。とっていも、まだ着いた訳ではなくて入口とも言える三途の川の渡し場へと向かっている最中なんですが、観てください。この広い河原。これが名高い『賽の河原』です。いやぁ、三途の川も大きい川ですが、それに負けないくらい広い河原です」

「・・・・・・」

「そして、私、実は一時期ココで過ごしていたことがありまして、いやー懐かしいですねぇ。御覧ください、あちらでは親より先に死んだ子供たちが河原の石を積み上げております。あ、今鬼が来てその積み上げられたものを片っ端から崩しています。いやー、非道ですねぇ。私も何度やられたことか」

「・・・おい」

「あれ、地味に辛いんですよねぇ。いや、辛いという気持ちなのかどうかわからないのですが、こう自然と目から水が流れてきて。あとで、それが涙というもので、辛いから勝手に出てくるのだと教わったのですが」

「・・・おい」

「そして、こちらを御覧ください。枯れたかのように葉が一つもない木に白い着物が幾つもかけられています。そう、これが有名な『奪衣婆の木』です。薄汚れたものから真新しいものまであり、その歴史を感じさせますねぇ」

「・・・おい!」

「さて、ここで同行者の柏原照観先生をご紹介いたしましょう。先生、よろしくお願いいたします」

「ああ、よろしく。・・・ではなくて、どういうことだ!」

「と、申しますと?」

「ここは何処だ! そして、お前は誰だ!」

「先程も言いましたように此処は『賽の河原』ですね。つまり、地獄といってもよいですかね? あと、私は一応あなたの案内人?みたいな存在です」

「案内人だと?死神か!

「まあ、似たようなものですかね。そんなことよりも、ほら急がないと。船が出てしまいますよ」

「船だと?」

「ほら、早く早く」

「まて、背中を押すな! くそ、こいつガキのくせに力が強い」

「ほらほら、急いで急いで」



  SCENE2 三途の川


「はい、途中色々ありましたが、三途の川の渡し場へと到着したのですが・・・。あー、もう出てしまっていますね。次の便までは時間がありますから、あそこで休みましょうか」

「何だあれは?」

「奪衣婆が営んでいる『バー・ババア』ですね」

「奪衣婆? 奪衣婆とは、あの奪衣婆か?」

「ですね」

「奪衣婆といえば、三途の川で亡者の衣服を剥ぎ取っているババアのことではないのか? 何故、バーなど。いや待て。三途の川だと。なんで、俺は此処にいるんだ?俺は死んだのか」

「ええ。死んでます。そうでないと此処には来れないでしょう。まぁ、たまに生きたまま来る方もいるようですが、先生は死んでますよ」

「なぜ、それが解る!。俺も生きたまま此処に来ているかもしれないだろう!」

「まあまあ、生きてるか死んでるかなんてそんな些細なこと気にせずに、まずは休憩しましょう」

「些細なことではない! まて、押すな。背中は押すな。くそ、力が強い」


  SCENE3 『バー・ババア』改め茶屋


「いらっしゃませー。何名様ですか」

「あ、二人です」

「おタバコはお吸いになられますか?」

「先生、タバコ吸われましたよね」

「・・・ああ」

「喫煙席、二名様ご案内でーす」


「・・・お酒はなそうですね」

「では、コーヒーで構わん」

「ケーキセットはどうします。このショコラケーキってのお薦めみたいですよ」

「俺は甘いものは苦手だ」

「あ、そうですか。では私はいただきますね。あ、すいませーん。ちょっといいですか?」

「はい、喜んでー。ご注文お決まりですか?」

「えーと、コーヒー一つと、ケーキセットをオレンジジュースで」

「コーヒーとケーキセットのオレンジジュースですね。ケーキセットはお一つでよろしいですか。はい、一つですね。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「はい、それでお願いします」

「オーダー入りーまーす。コーヒーとオレンジセットでーす」

「はい、喜んでー」


「・・・ここは、バーではなかったのか?」

「ちょっと前はバーだったんですけどね。コーヒー持ってきたらその時聞いてみましょうか。客も私達だけみたいだし」


「おまたせしましたー。コーヒーとケーキセットになりまーす」

「あ、ありがとうございます。あ、ちょっとお尋ねしたいことあるんですが」

「はい、何でしょう?」

「ここ、前はバーじゃなかったですか?奪衣婆さんがやってた」

「あー、そうなんですけどね。脱衣婆さんがアルバイトの鬼とデキちゃって、それを知った閻魔様が大層お怒りになりまして、奪衣婆さんと二人、地獄を追放されちゃったんですよ」

「ああ、それは仕方ないですねぇ」

「待て、なんで鬼とデキたら閻魔が怒るんだ」

「あれ?ご存知ないですか。奪衣婆さん、閻魔様のお妾さんだったんですよ」

「閻魔の妾ぇ!?」

「あ、先生は最近地獄(こちら)に来たばかりで」

「あら、じゃあご存知ないのも無理ないですね」

「妾なのも知らなかったが、なんでバーなんかやってるんだ。奪衣婆ってのは三途の川で亡者の衣服を剥ぎ取るのが仕事じゃなかったのか?」

「それがですねぇ、戦争に負けたあと、GHQから『着物の重さで罪の軽重を決めるのは不当だ』と着物剥ぎの仕事が廃止されまして。他に仕事を知らないので、立ちんぼしてたらしいんですけど・・・」

「立ちんぼ!?ババアが!?」

「先生、メリーさんに失礼ですよ」

「いえいえ、先生の言う通り、薹がたちすぎてますでしょう。客なんて取れないわけですよ。で、閻魔様にご相談に行かれたところ、モノ好きにも程がある話なんですが、閻魔様が妾にして店を持たせたってわけなんですよ」

「確かにモノ好きだなぁ」

「先生、これから閻魔様のところに向かうんですよ」

「でまぁ、ご存知のように閻魔様は嘘や隠し事が嫌いでございましょう。素直に、好いた男ができたと言えば良いのですが、援助が無くなると困る婆さん、バイトの鬼との関係を隠してたわけなんですよ。けど、相手は閻魔様ですからね。すぐにバレて追放ってわけで。で、空いた店が勿体ないってことで、渡守組合が買い取って茶屋にというわけです」

「そうなんですね。あ、お仕事中なのにお時間取ってすいません」

「いーえ、ちょうどよい暇つぶしになりました」


「地獄にも協会なんてものがあるのか」

「ええ、戦後にできまして。それまでは個人でやってたんですが、最近はコチラに来る人も減りましたでしょう。それで客の取り合いが激しくなって、下手したら刃傷沙汰になったりで。そこを長五郎さんが渡し守連中をまとめ上げて組合を作ったんですよ」

「ほう。その長五郎ってのは腕っぷしの方もかなりのようだな。にんじょうざたになるようなら、渡し守というのは気の荒い者も多いだろう」

「結構前にコチラに来た人で、なんでも若い頃は血の気の多い連中をまとめていたこともあるようで、地元ではかなりの有名だったようですね。あ、先生そろそろ時間ですね。船着き場に行きましょうか。あ、支払いは私の方で」


  SCENE4 船着き場


「ということで、私達は再び船着き場に来てこれから船に乗って渡らないといけないのですが・・・」

「タダで乗せるわけには如何!」

「・・・とまぁ、渡し守の鬼が言うように、船に乗るにもお金がいるわけです。先生、お金持ってます?」

「地獄で使える金などもっていないぞ」

「棺桶に、冥銭を入れてもらってないですか?」

「自分が死んだことすらさっき知ったところだぞ。棺桶の中のことまで知る由もないな」

「ちょっと、袂を探ってもらえます?

「・・・ん?何か入っているようだな。今まで、重さを感じなかったから気づかなかったが」

「とりあえず、全部出してもらってよいですか」

「ちょっと待て。・・・よし、コレで全部のようだ」

「ひのふのみの・・・。かなり有りますね。先生、意外と人徳あるんですねぇ」

「ふむ。自分で言うのも何だが、他人に好かれるような人間では無かったから、人付き合いなぞ数えるほどしかないぞ。これは、おそらく嶺井戸の当主だろうな」

「嶺井戸の当主、ですか」

「ああ、あそこの当主はなんだかやけに俺の絵を気に入っておってな、終いには神格化しおって付き合うのも億劫だったが、金が必要だったから仕方なく付き合っていたな。そういえば、何時だったか『親類縁者もいないから、俺が死んだらあとは頼む』と言っていたことがあってな。それを律儀に守ってくれたのだろう」

「なるほど。まぁ、誰が冥銭を入れたのかはともかく、これで渡し賃はどうにかなりそうですね」

「渡し賃など六文でよいのだろう。現代だと幾らになるのだ?」

「聞いてみましょうか。船頭さん、お支払い幾らになりますか」

「なんで死んだのか、死因を言え。それで、渡し賃が決まる」

「死因で変わるだと。六文ではないのか」

「昔はそれでよかったんだがな。最近は亡者の数も減ってきているんで時価、じゃない死価になっているのさ」

「世知辛い世の中だな」

「えーと、先生の死因はっと・・・。あー、コレですね」

「ん、どれ。・・・おおう、コイツはどんだけ恨みを買ったんだ。最近は見掛けなくなったが、今の時代コレは引くわぁ」

「あー、やっぱりですか」

「何だ?オレはなんで死んだんだ」

「ああ、いえなんでもないです。そんな珍しいものでもないので」

「しかし、鬼が引くような理由なのだろう。珍しいのではないのか」

「ああ、いえまぁ、最近では珍しいだけなんで。ええ、死因としては特に珍しいものでもないので」

「む、そう言われると余計にに気なるだろうが。言え。オレはなんで死んだんだ」

「ジュサツ、ですね」

「ジサツ?。自殺ならば自分が死んだことに気づかないことはないだろう」

「いえ、ジサツでなくジュサツです。『呪い殺す』の呪殺です」

「呪殺!? オレが? 呪われるようなことをした覚えなどないぞ。誰だ!俺に呪いをかけたやつは誰だ!」

「いやー、そこまでは・・・」

「くそ! 何処のどいつだ! 俺はまだ描き切っていないというのに」

「まあ、今更そんなこと気にしても仕方ないですよ。で、幾らになります?」

「普通、呪殺は四苦八苦の苦しみがあるので三十六と七十二で百八になるんだが、コイツは記憶から消したいくらい苦しんだんだろうからそれに百掛けて一万飛んで八百だな」

「いい加減な計算だな。ボッタクリじゃないか」

「まぁ、死価なんてそんなものですよ。それじゃ、コレで」

「おう、毎度。よし、それじゃ船を出すぞ。早く乗ってくれ」

「さぁ、先生行きますよ」

「だから、押すなと・・・」


  SCENE5 六道の辻


「さ、先生降りますよ」

「だから押すな、危ないだろうが。足を踏み外して落ちたらどうする」

「いやー、なんか癖みたいになっちゃって」

「まったく・・・。それで、これから何処へ向かうのだ。というか、川を渡ったということは、オレはもう生き返れないということか・・・」

「先生、三途の川まで気たら渡ろうが渡るまいが生き返れませんよ」

「しかし、世の中には三途の川で、祖父や先祖に『帰れ』と言われて生き返った者もいるではないか」

「あー、そんなの全部夢ですよ。妄想ですよ。死ぬ予定のない人を三途の川に連れてくるわけ無いじゃないですか。そんなこと死たら、閻魔様にものすごく叱られますよ。尋常じゃなくらい怖いんですから、閻魔様」

「ふむ、そういうものなのか。まぁいい。それでここはどこだ。なんだか賑わっているところだな」

「ここは『六道の辻」と呼ばれていまして、観てください。船着き場から六方向に道が出ていますでしょう」

「おお、確かに六本道があるな」

「ええ、それで『六道の辻』と呼ばれているのですが、ここには寄席や芝居小屋、映画館、百貨店にレストラン、バーやキャバレー等々、色んな店がありまして、常に亡者や鬼たちで溢れているところなのです」

「なるほど。つまり銀座や仲見世のようなところか。それは賑やかだな」

「ええ、それに芝居や寄席なんかは出ている人が豪華でなんですよ。特に、歌舞伎座の看板見てください」

「どれ、浅野内匠頭に市川團十郎、大石内蔵助が市川團十郎?、吉良上野介、市川團十郎・・・って、全部市川團十郎じゃないか!」

「ええ、初代から十代目までのオール市川團十郎の忠臣蔵』。夢の共演ですよねぇ。あと、寄席なんかも」

「五代目古今亭志ん生、八代目桂文楽、三代目三遊亭金馬、六代目三遊亭圓生、五代目柳家小さんか。ん?春風亭柳好?あいつはまだ生きているだろう?」

「え?どれどれ。ああ、よく見てください左肩に『近日来演』と書かれてますよ」

「ああ、なるほどな。地獄ともなれば死に時もわかるか。しかし、これはなかなか楽しめる場所のようだな。まさか地獄にこのような場所があるとはな」

「地獄の鬼も娯楽に飢えていたようで、最初は『出雲の阿国』が踊っていただけなんですが、芸達者なものが増えてくるにしたがって今の様になったそうですよ。どうです、何処か寄って行きますか」

「いや、やめとこう。人が多いところは苦手でな。それよりも、さっさと閻魔のところに行こう。面倒なことは早く済ませたい」

「そうですか。では、先に進みますか」


  SCENE6 閻魔庁


「次の亡者、入れ!」

「大王、今の亡者で今日の裁判はおしまいです」

「なに? 手元にはもう一枚書類があるぞ?」

「ああ、すみません。連絡がいってませんでしたか。其の者の行き先は地獄から外れまして」

「そうか。では、今日はもう上がって良いのだな」

「はい、お疲れ様でした」


  SCENE7 ???


「ここが閻魔のいるところか?さすがに、地獄の裁判所ともなると漂っている空気が違うな。ピリピリと肌を刺すような感じだな」

「いえ、ここは地獄の裁判所ではありませんよ」

「なに、ではここは何処だというのだ?」

「『修羅道』です。先生については裁判を経ることなく、こちらの方に案内することになっていますので」

「修羅道だと?」

「ええ、世間的には『阿修羅が住み、終始戦い争うために苦しみと怒りが絶えない世界』なんて言われ方もしていますが、ちょっと大げさですよね」

「どういうことだ! なぜ、オレが修羅道なんかに落ちなければならないんだ!」

「落ちるも何も、先生が選んだ道ではないですか」

「なに!?選んだだと?」

「ええ。ほら、あの晩年の名作『阿修羅』像、あれを世に”発表”した時に先生は修羅道を選んだじゃないですか」

「なっ・・・。『阿修羅』像だと…。何故、お前がそれを…」

「その場にいましたので」

「馬鹿な、あの時お前のような子供など…」

「まぁ、いたというよりも…」

「ひぃ!?。て、手が生えた!?」

「「「・・・本人ですからねぇ」」」

「・・・か、顔が全身に・・・」

「「「おや?見覚えありませんか?貴方が”作った”体じゃないですか」」」

「俺はそんな・・・悍ましいモノなど・・・。まて、まさかそれは・・・」

「「「≪阿修羅≫という名前もつけてくれたじゃないですか。『お義父さん』」」」

「お前は・・・、いやまさかお前は・・・」

「「「思い出しましたか?お義父さん」」」

「…そうか。お前は『阿修羅』か。それで、私を此処に連れてきたのは復習かなにかか?」

「「「復讐?」」」

「俺が、お前をケイから、母親から取り上げ、死なせることになったことの復讐なのか、ということだ」

「「「まさか。名前のなかったボクに名前をつけてくれたじゃないですか。そのお礼ですよ」」」

「礼だと!?こんな、切った張ったの争いしかない世界へ連れてくることの何処が礼だ」

「「「だって、お義父さんボクに言ったじゃない。『俺の行く末は修羅道だ』って。だから、『ああ、お義父さんは修羅道へ行きたいんだ』と思って、大王にお願いして裁判もなしで直接連れてくる許可もらったんだよ」」」

「俺はそんな事を望んではいない。いなかった!」

「「「ええー、そうなの?ボク間違えた?お義父さん喜んでくれるかと思ったのに」」」

「誰がこんなところに連れてこられて喜ぶと言うんだ!戻れ!戻せ!俺を、さっき場所まで戻せ!」

「「「無理だよ。だって、もう大王の裁可貰っちゃってるもの。お義父さんは当分の間ここで過ごさないと」」」

「なっ・・・」

「「「あ、そろそろボクも行かないと。それじゃあ、お義父さん。元気でね」」」

「ま、待て!待ってくれ!」

「「「あ、そうそう。もう二度と会うこともないから教えるけど、お義父さんを呪殺したのボクだよ」」」

「なっ!?なんだと」

「「「だって、ボクとお母さんを離れさせてあんなところに一人ぼっちにさせるんだもん。お母さんは会いに来てくれないし。お義父さんが邪魔をしていたんでしょ?」」」

「なっ。それは・・・」

「「「だから、お義父さんがいなくなればお母さんはボクに会いに来てくれるんだよね」

「待て、違う!お前の母は・・・」

「「「じゃーね、お義父さん。ばいばいーい」」」

「待ってくれ!俺を置いて行かないでくれ!」


   Epilogue


「「「さあ、早く戻ってお母さんが迎えに来るの待たないと」」」




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