第10話 やらかし魔法少女

 学校が終わると、俺は緋姉の待つ公園へと向かった。


 昔よく遊んだ懐かしの公園に来てみれば、すでに緋姉はそこにいた。


 ブランコに座り、空を眺めながらブランコを小さく揺らしていた。


 空を眺める緋姉の顔は、どこか寂しげで、何かを憂いているように見えた。


 きこきこと鉄の擦れ合う音が、緋姉以外誰もいない公園にやけに淋しげに響く。


 少し寂しげにブランコを揺らす緋姉の元へ歩く。


 緋姉は俺に気付いているだろうに、視線は空に固定させたままだ。


「空になにかあるの?」


「なーんにも。雲一つ無い青空だよ。こういうの、快晴って言うんだよね」


 言いながらブランコから立ち上がる。


 緋姉は先程までの寂しげな表情から、常のような笑顔になり、俺に向き直る。


「それじゃ、いこっか」


「ああ」


 聞いても良いことなのか分からず、俺は緋姉の言葉にただただ頷く。


 あの表情の意味は、緋姉のこれまでを知らない俺には理解できない。それほどまでに、緋姉と俺の間には空白の時間がある。


 歩き出す緋姉の隣に並ぶ。


「今日のニュース見た?」


「ああ、見たよ。新しい被害者の事がやってた」


「警察もまったく手掛かり掴めて無いみたいだね」


「そうだね」


 証拠も痕跡も見付けられていないのか、警察は犯人を捕まえられていない。いや、証拠はあっても、犯人が見つからないだけなのかもしれない。どちらにせよ、犯人が狡猾なのか、それとも警察の捜査が一歩遅れているのか。


 一番の疑問は、モンタージュ写真や目撃情報、街頭カメラの映像が出回らないことだ。


 目撃情報も無く、映像記録も無い。はたして、現代日本でそんなことが可能なのだろうか? 人口の少ないどがつくほどの田舎ならともかくとして、都心に程近いこの町には大勢の人がいる。その全員の目にも写らず、ましてや耳にも届かないなんてこと、果して可能なのだろうか?


 調べたところまでだが、被害者は全員|人気(ひとけ)の無いところで殺害されている。犯人が意図的にそういう場所を好んでいるのは間違い無いが、それにしたって目撃情報が無いのはおかしい。


 目撃情報も無く犯行を行う。そんな超常的な事ができるとすれば、犯人は常人ではない。


「もしかすると、犯人は俺と同じ……」


 精霊との契約者。つまり、ヒーロー、もしくは魔法少女である可能性が高い。


 痕跡が全くない犯行なんて常人には不可能だ。ヒーローなら、常人には不可能なことさえできる。


 もちろん、憶測の域を出ない可能性の話だ。けれど、この可能性も十分に考えられる。


「俺と同じ、なに?」


 俺の呟きを聞いていた緋姉が俺の顔をしたから覗き込みながら聞いてくる。


 身長差があり、上目遣いのように俺を覗き込んでくるので、ちょっと照れ臭い。


「ん、ああ、いや。この犯人、目撃情報が全然無いからさ。そんな芸当できるってことは、俺と同じヒーローなのかなって」


「ああっ! 確かに! しんちゃん頭良いね!」


「可能性の話だって。確信は無いよ」


「でも、その線で考えてみるのもありだよ! うん、全然あり!」


 にこにこと笑顔で俺の憶測を称賛する緋姉。


 まぁ、俺もその可能性の方が大きいと思うけど、あくまで素人考えだ。それに、それを裏付ける証拠が無い。まぁ、証拠が無いから、ヒーローなのかもって思ったのだけど……考えはじめたらきりがないな。


 とにかく、可能性が一つ広がったってことだ。そう思うことにしよう。


 ていうか、もしも俺の憶測が正しかったら、橘は俺にそのヒーローと戦って欲しかったのか? いや、それなら率直に言うだろう。俺が未成年とは言え、協力要請をするのはそう変なことではないのだから。わざわざ遠回しに言う意味が無い。

 

 ということは、橘の真意は俺とそのヒーローとの対峙ではない、ということになる。


「わからない事だらけだな……」


「捜査を進めていけばわかるよ! さぁ、今日も頑張ろう!」


 びしっと天に向けて拳を突き出す緋姉。


 そう言いながら、俺達は図書館に入る。


 実は、公園と図書館はそんなに離れていない。歩いて五分もかからないのだ。


 図書館に入り、俺はカウンターに昨日の続きの新聞を借りに、緋姉はパソコンコーナーへと向かった。


 昨日と同じ司書から新聞を受け取ると、俺は緋姉の待つパソコンコーナーへと向かった。


 昨日と同じで、パソコンコーナーは閑散としていた。それでも緋姉はパソコンコーナーの端っこに陣取っていた。


 緋姉の元に向かい、隣の席に座る。


「じゃあ、やることは昨日と同じだね?」


「ああ」


「よし! 張り切ってくぞー!」


 図書館だからか、声を潜めながらも気合いをみなぎらせる緋姉。


 楽しそうにかちゃかちゃとキーボードを打つ緋姉を見て、思わず笑みがこぼれる。


 っと、ぼんやりしてる場合じゃない。俺も調べないと。


 昨日まとめたルーズリーフを取りだした後、新聞の記事を読んでいく。


 記事から情報をまとめていき、ルーズリーフに書き込んでいく。


 相変わらず犯行現場はてんでんばらばらで、いくつのも県を|跨(また)いでいる。


 それに、殺害方法もばらばらだ。


 近くにあった鉄パイプで殴殺したり、高所から落としたり、首の骨を折ったり……殺し方に統一性が無さすぎる。


 殺し方に美学を求めているわけではなさそうだし、こだわりもなさそうだ。その場で安易にできる殺害方法を選んでいるように思える。


 現場に自身を示すマークを残しているわけでもなければ、次の犯行予告を残しているわけでもない。って、それは流石にドラマの見すぎか。実際にそんなことがあるはずもない。


 ともあれ、ゲーム感覚での犯行ではなさそうだな。ゲーム感覚なら、犯行はもっと大胆になってるはずだしな。


 人目を忍ぶと言うことは、証拠を残したくないということだ。なにがなんでも犯行を遂行させる。そんな意思を感じる。


 ということは、犯人には明確な目的がある? ばれたくないということは、この犯行には明確な終わりがある? 被害者全員が前科持ちであるということは、この犯人にはちゃんとした殺害者リストがある?


 ……ダメだな。やっぱり憶測の域を出ない。


 新聞の記事だけじゃ、情報が断片的過ぎる。


「はぁ……」


 一度息を吐き、張り詰めていた思考を緩める。


 ちらりと時計を見てみれば、もうすぐ閉館の時間だった。


「緋姉、そろそろ閉館の時間だから、今日はもう切り上げようか」


「ん、ああ。もうそんな時間なのね。分かった。今日はおしまーい」


 んーっと凝り固まった身体をほぐすように伸びをする緋姉。


 ブラウザを閉じ、電源はそのままにしてパソコンコーナーを出て、カウンターで新聞を返し、俺達は図書館を後にした。


 図書館から出れば日は傾きはじめており、青空はすっかりと夕焼け色に色付いていた。


「それじゃあ、今日は――」


 これでお開きで、そう言おうとしたとき、遠くの方から悲鳴が聞こえてきた。


「――っ!」


『深紅、ファントム反応アル!』


「他の同業者ヒーローは?」


『向かってる気配がするアル!』


「人数は?」


『一人アル!』


 一人か……仁さんだったらまずいな。ディフェンドは防御力こそあれど、攻撃力が決定的に欠けている。決定打が無いまま持久戦になった場合、仁さんがうまく事を運ばないと勝敗は五分五分だ。


「アルク、ベルト」


『はいアル!』


 俺はアルクからベルト受け取るとすぐさま装着する。


「イグニッション!!」


 掛け声の直後、炎が俺の身体を包み込む。


 そして、炎が晴れれば、そこにいるのは俺のもう一つの姿、クリムゾンフレアだ。


「ごめん緋姉。ちょっと行って来る」


「あ、待って」


「なに?」


「わたしも連れって」


「え? いや、危ないからダメだよ」


 ファントムは人の感情を奪う。もし緋姉の感情が奪われるなんて事があったら、俺は緋姉のご両親に顔向けできない。


 俺はやんわりと断ろうとしたが、緋姉は俺が口を開くよりも先に言う。


「しんちゃんが戦ってるところを生で見てみたいの。ダメ?」


 ダメ? のところで駄目押しとばかりに小首を傾げながら言う。


 ……正直、そういうのはとってもずるいと思う。


 緋姉にそんなふうにお願いされて、断れるわけが無い。俺も男だ。緋姉に良いところを見せたいと思ってしまう。


「……絶対に、物陰から出てこないでね?」


「分かった。んふふっ、ありがとうしんちゃん」


「今回だけだからね」


 言いながら、時間も惜しいので緋姉を抱き抱える。


「わっ! しんちゃん力持ち!」


「いいから。舌噛むから口閉じててね!」


「ん~~~~~~~~!!」


 俺が忠告と共に大きく飛び上がれば、律儀に口を閉じたまま声を上げる緋姉。


 足と腰、そして肩から炎を出して空を飛ぶ。


 ブラックローズとためを張れる程の速度。けれど、この速度の中での戦闘となると、ブラックローズの方が上手うわてだ。むかつくけれど、それだけは認めている。


 高速で空を飛び、近場と言うこともあって一分も経たない内に戦闘区域に到着する。


 一度地上に降り、緋姉を物陰に降ろす。


「ここで待っててくれ。すぐ終わらせて来るから」


「うん。頑張って!」


 風圧によりぼさぼさ頭になった緋姉が笑顔で親指を立てて言う。


 少し笑っちゃいそうになったが、誰でもなく俺の仕業しわざなので我慢する。


「じゃ、行って来る」


 俺はそう言うと、颯爽と物陰から飛び出した。


 が、俺が飛び出すと同時に戦闘は終了した。


「はぁっ!!」


「ぶべらっ!?」


 裂帛れっぱくの声と共に突き出された拳がファントムの顔面に突き刺さり、黒色の光を・・・・・撒き散らしながらファントムが吹っ飛んだ。


 その一撃でファントムはノックアウト。精霊によって強制送還された。


「……」


「終わっちゃったねぇ」


 物陰からひょっこりと顔を出した緋姉が言う。


 いや、終わったのは別にいい。緋姉に格好良いところを見せられなかったのも別にいい。問題は、ファントムを倒した相手だ。


「ふぅ……」


 ファントムを倒した少女は息を吐いて身体の緊張を解く。


 そして、俺と目が合うと嬉しそうに微笑んだ。


「あ、しん……じゃなかった。クリムゾンフレア!」


 おーいと脳天気に手を振る少女に、俺は痛くも無い頭をおさえる。


 ファントムを倒した少女は俺のよく知る少女であった。まあ、その中身は少女ではないわけだが。


 少々露出の多い黒を基調としたゴスロリ衣装に身を包んだ少女は、にこにこと微笑みながら俺の方に駆け寄って来る。


 ああ、こればっかりはあいつを責められない。今回は完全に俺の失態だ。ただ、間が悪いにもほどがあるだろう。


 少女は俺の前に来ると、にこにこ笑みを崩さずに話を始めた。


「クリムゾンフレアも来たんだ!」


「ああ……」


「なら、私はいらなかったかな?」


「そんなわけあるか。お前も魔法少女なら、少しはファントムと戦え。誰が割食ってると思ってんだ」


「あ、ご、ごめん……」


 俺が若干怒りながら言えば、少女はしゅんとしょげたように笑みを曇らせる。


 なんだか悪いことをしたような気になるが、こればかりは俺が正論だ。いつもこいつの変わりに誰が戦ってると思ってるんだ。少しは役割通りの仕事をしろ。


「しんちゃん、女の子イジメちゃダメだよ?」


 いつの間に俺の後ろに移動していたのか、緋姉が後ろから顔をひょっこりと出して怒ったように言う。


 緋姉が俺にそう言えば、少女はわたわたと慌てて手を振って否定する。


「い、いえ。私が悪いんです! いつもクリムゾンフレアに頼ってばかりだから……」


「そうだ。こればっかりは俺も譲る気は無い」


「むぅ! しんちゃん、男の子なんだから、女の子は守らないとダメだよ? お姉ちゃん、そんな子に育てた覚えは無いよ?」


 そもそもこいつは女の子ではないし、緋姉にそういうふうに教育された覚えも……いや、あった。幼少の頃から口をすっぱくして聞かされてた……。


 それを思い出してしまったから、居心地が悪い。目の前の少女の困ったような顔を見れば余計にだ。まるで俺が悪いことをしてるみたいだ。


 くそ……姿が完全に女だからな。せめて元に戻れば…………戻っても変わん無いか。


 どちらにせよ、俺がそこを言及するわけにはいかない。こいつとの義理を果たすためにも、ここで俺は余計な事を言わないほうがいい。


「はいはい。悪かったよ。次から気をつける。それじゃあ用も終わったし、俺達はもう行こうぜ」


 言いながら、緋姉の背中を押してこの場を離れようとする。


「え、ちょっと、しんちゃん?」


 強引にこの場を離れようとする俺に困惑したような声で問う緋姉。


「いいからいいから」


 ここで時間をくうわけにはいかない。これ以上会話をして余計な気付きを両者に与えてはいけない。


 が、俺の気遣いも虚しく、馬鹿がやらかしやがった。


「しんちゃん……? …………もしかして、緋姉?」


「え?」


 馬鹿の呟きはしっかりと俺と緋姉に聞こえていた。


 俺は頭を押さえて天を仰ぎ、緋姉は驚いたように振り向いていた。


「もしかして、くーちゃん?」


「やっぱり緋姉! …………あっ!」


 嬉しそうに言った後、馬鹿も気付く。


 緋姉を緋姉と呼ぶのは、俺とこの馬鹿だけだ。他の二人は緋日お姉ちゃんと呼んでいる。


 つまり、こいつは自分から緋姉にヒントを与えたのだ。


「くーちゃん久しぶりー! ずいぶん可愛くなってー!」


 言いながら、嬉しそうに馬鹿の手を取る緋姉。


 緋姉に自ら身バレのヒントを与えてしまった馬鹿は緋姉に手を取られながらどうしようと焦ったように視線を泳がせる。


 が、特に良い案も思い浮かばなかったのか、馬鹿――ブラックローズは懇願するように俺の方を見た。


 俺は今日一番の深い溜め息を吐いた。

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