第11話 勘違い

 溜め息を吐きつつ、俺は周囲の様子を確認する。


 ファントムが出現したこともあると思うが、ブラックローズとクリムゾンフレアがいるという状況によって、少なからず人が集まって来ている。


 誤魔化すにせよ素直に話すにせよ、ここで色々話すわけにはいかない。


「ブラックローズ。とりあえず場所を変えるぞ。昔遊んでた公園で待ってる」


「あ、うん。わかった」


「緋姉、俺達も行こう」


「うん、わかったわ」


 俺は緋姉を抱き上げると、今来た道を引き返すように空を飛ぶ。俺達が飛んで行くのを見ると、ブラックローズは急いで俺達と反対の方向に向かって飛んで行った。


 ブラックローズは恐らく、メポルに人気ひとけの無いところに案内してもらってからこっちに来るだろう。


 とりあえず、俺達は先に昔一緒に遊んでいた公園に向かう。


 そんなに距離があるわけではないので、公園にはすぐに到着した。


 行きと同じでぼさぼさ頭になった緋姉を地面に降ろせば、緋姉はにこにこ笑顔でブランコに座る。


「いやぁ、それにしても驚いたねぇ。あんなところでくーちゃんに会えるなんてぇ」


「ああ、俺もびっくりだよ……」


 言いながら、俺は変身を解く。


 本当にびっくりしたよ。魔法少女になることを渋ってる黒奈がブラックローズに変身して戦ってるんだから。いつもは俺に任せっきりのクセに。


「くーちゃん、可愛かったなぁ。ねぇ、普段のくーちゃんもあんな感じなの?」


「そうだなぁ……」


 言われ、考える。


 普段の黒奈とブラックローズでは、外見で言えば差異はあまりないように思う。いや、性別が違う時点で差異は大きいけど……。


「見た目は、そんなに変わらない。けど、雰囲気はだいぶ……いや、かなり違う」


 いつもの黒奈はおどおどなよなよしてるけれど、ブラックローズになった黒奈はきりりと凛々しく、それでいて自信に満ちあふれている。


 見た目は変身すれば女性っぽさが増して分かりづらいと思うが、掛け離れているかと言われればそうでもないのだ。まず、泣き黒子ぼくろが同じ位置にあるし、顔の造形もほとんど同じだ。けれど、雰囲気や立ち居振る舞いの違いで、普段の黒奈がブラックローズではないと思わせる。それほどまでに、黒奈とブラックローズの雰囲気には明確な差異がある。


「へぇ、見た目はそんなに変わんないんだ。じゃあ、とっても美人さんに成長したんだねぇ」


 お姉ちゃんは嬉しいよと、若干親目線で言う緋姉。


「まぁ、美人っちゃ美人だけど……」


 確かに、黒奈は顔の造形は良い。自意識が低い本人は気づいていないが、黒奈を良いと言う女子は少なくない。美少女である碧が牽制するかのように黒奈と仲良くしているからなかなかアタックはされないが、それでも密かに人気はある。男子にも若干の人気があるのは、その気が無い黒奈にとってはさすがにかわいそうなので黙っているけれど。


「しんちゃんはくーちゃんは好みじゃないのかな?」


「まさか! 冗談でもやめてくれ」


 顔は良いが、普段が鬱陶しいことこの上ない。しかも、黒奈は男だ。俺は普通に女の子が好きだし、もっと言えば同年代は子供っぽくて好きじゃない。


「俺は、俺のことをちゃんと分かってくれて、俺を支えてくれる人が好みだ。それに、同い年の子は子供っぽくてダメだ」


「あら、しんちゃん生意気言うじゃない」


「事実だからな」


「しんちゃんが思うほど、皆子供じゃないと思うけど?」


「どーだか。恋だの青春だの、そんな事に一生懸命になるなんて子供の証だ」


「あー! 今全国の中高生を敵に回したぞー! 因みにわたしも敵に回ったからね! わたしも青春とか恋とか大好きだぞー!」


 緋姉が少し膨れて文句を言う。


 緋姉が敵に回ると思うと先程の先程の迂闊な発言を少しだけ後悔する。


「でも、事実だろ? そういうのって、頑張ってするものじゃないじゃないか。昔を振り返って始めてわかるものじゃないか?」


「あー、確かにね。うん、しんちゃんの言うことも一理あるよ」


「一理、ね……」


 少し不満げに言えば、緋姉はくすくすと笑う。


「確かにね、頑張ってするものじゃないよ。でも、頑張ったことに価値が無いとは、わたしは思わないな」


 言いながら、緋姉は寂しげに少しだけ顔を伏せる。


「頑張ることに意味が無くっても、それを楽しかったって笑えれば、わたしはそれだけで良い。楽しかった思い出が胸の内にあるなら、例え意味が無くても、後から振り返って馬鹿だなって思っても、良いよ。だって、楽しかったのは本当なんだから」


「緋姉……」


 緋姉の言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。


 彼女の空白を知らないのが、今はとてつもなく口惜しい。


 彼女は俺の顔を見ると、無理矢理に笑みを作った。


「だから、ね? しんちゃんもさ、今しかできない事を全力で楽しんでみてよ。後でこうすればよかったなんて後悔しないように、全力で青春してみなよ。子供っぽくたって良いじゃん。だって、わたしたちはまだ子供なんだよ? なら、子供は子供らしく、節度を守って馬鹿やろうよ」


「節度をもって馬鹿をするって……どういうことだよ」


 緋姉の言葉に、少し笑みをこぼしながら言う。


「ルールを守って楽しく遊ぼうってことだよ!」


「なら、俺はもうとっくにルールから逸脱してるな……」


 ヒーローをやって、殺人事件に首を突っ込んで……子供の踏み込んでいい領分を軽く超えてる。


 俺の言いたいことがわかったのか、緋姉はブランコから降りると後ろで手を組み、にっと悪戯っ子な笑みを浮かべた。


「じゃあ、わたしたち共犯者だね。あー、悪い子だー」


 くすくすと楽しそうに笑う緋姉。


 そうやって笑う緋姉はとても楽しそうで、おそらく、今俺達がしていることも、青春の一環だと思っているのだろう。


 緋姉の心に残っていない青春を埋め合わせるように、今を過ごしているのだろう。


 昔から、俺は緋姉の笑顔に弱い。


 大好きな緋姉が楽しそうにしていたら、俺はもっと楽しませたいと思ってしまう。


 分別も、大人っぽく取り繕うことも忘れて、緋姉を喜ばせたいと思ってしまう。


 俺が緋姉の足りない部分青春になれるなら、俺も嬉しい。


「緋姉、俺は最後まで付き合うよ」


 唐突に言う。


 緋姉は一瞬きょとんとした顔をした後、俺がなんの事について言っているのかを理解してから嬉しそうに笑みを浮かべる。


「それでこそ相棒バディだね」


「共犯者なのか相棒なのか、どっちかにしてほしいかな……」


「どっちもで」


「欲張りだなぁ」


「だって、どっちも正しいんだもん」


 くふふっと笑いながら言う緋姉。


 まあ、確かにそうだ。俺達は緋姉の言うルールから逸脱している。なら、俺達は共犯だし、一緒に悪いことをする相棒だ。


 緋姉に釣られて、俺も笑ってしまう。


 そうしていると、背後から土を踏む音が聞こえてくる。


 見やれば、黒奈が少し息を切らせながらこちらに来ていた。


「ご、ごめん。人気ひとけが無いところを探すの、手間取っちゃって……」


「くーちゃん久しぶりー!」


「わっ!」


 黒奈が俺の隣に並んだ途端、緋姉が黒奈に勢い良く抱き着く。


「ふふっ、くーちゃん、昔から可愛いって思ってたけど、随分と美人さんに育ったねぇ」


「わ、わわっ!」


 抱き着かれながら頭をわしゃわしゃと撫で回される黒奈は、突然の事に目を白黒させている。


「緋姉、黒奈困ってるから」


「ああ、ごめんね? ついつい興奮しちゃって」


 見かねて止めに入れば、緋姉は興奮の割にあっさりと黒奈を離した。


「び、びっくりした……」


 緋姉は黒奈のくしゃくしゃになった頭を手櫛ですく。


 なんだか、俺の時と違って黒奈との距離が近い緋姉に少しだけむっとしてしまう。


「あはは、ごめんねぇ」


 まったく悪びれた様子も無く謝る緋姉。


「ううん、大丈夫。それよりも緋姉、いつこっちに戻ってきたの?」


「つい最近だよ。ちょっと野暮用があってねぇ」


「そうなんだ……」


 引っ越してきたわけではないと知り、黒奈は目に見えてしょんぼりとする。


「そ・れ・でぇ? くーちゃんはいつから魔法少女なのかなぁ?」


「あう……」


 緋姉との再開の嬉しさで忘れかけていたのだろう。そういえばそうだったという顔をする黒奈。


 困ったような顔をしながら、視線を泳がせる。


 おそらく、どう説明したものか考えているのだろう。


 前に黒奈自身が言っていたが、黒奈は男である自分が魔法少女をやっている事がばれたときが一番怖いと言っていた。皆のイメージを壊してしまうこともそうだが、皆に騙していたと責められるのが怖いのだと。


 目に見えて顔を青ざめさせる黒奈。


 黒奈の失態だが、さすがにかわいそうに思えてきたので、黒奈の変わりに緋姉に説明しようとした。


 が、緋姉はあっけからんと言った。


「まぁ、くーちゃんが魔法少女になったことに不思議は無いけどねぇ。くーちゃん、昔から可愛かったし」


「え?」


「それにしても、まさかくーちゃんがあのブラックローズだったなんてねぇ。くーちゃんが普段も魔法少女も立派な美少女・・・になってて、お姉ちゃん嬉しいよ」


「美少……」


「女……?」


 緋姉の言葉に、俺と黒奈は顔を見合せる。


 これはもしや、黒奈の性別を勘違いしている……?


 確かに、黒奈は小さい頃から女顔だった。けど、俺達は黒奈を女の子として扱ったことは一度も…………いや、待てよ? 昔、碧と花蓮ちゃんのおままごとに付き合わされたとき、黒奈はいつも母親役だったような……。


 いや、しかしそんなはずは無い。黒奈は昔から俺って言ってるし、遊ぶときも俺と同じように虫取りとか泥遊びとか、男の子っぽい遊びをしていた。黒奈を女の子と勘違いするわけが無い。


 俺と黒奈がそれぞれ頭を働かせていると、緋姉は少し不満げに頬を膨らませる。


「それにしても、くーちゃん、いくら可愛いからってその格好はどうなの? 女の子・・・なんだから、もっとお洒落しないとダメだよ? それ、ただの部屋着でしょう?」


 うん、やっぱり勘違いしてる。だから、さっき黒奈が恋愛対象かどうか聞いてきたのか。


 しかし、これは都合が良いかもしれない。


「あ、緋姉? お――」


「黒奈、ちょっと来い」


「え?」


 黒奈が言い募ろうとした寸前、俺は黒奈を引っ張って緋姉から少し離れる。


 そして、黒奈の耳に口を近付け耳打ちをする。


「黒奈、今日のところは女ということにしとけ」


「え、ええ? どうして?」


「そっちの方がなにかと都合が良い。それに、ここでパニックになられても困るだろ? 人気ひとけが無いとは言え住宅街だ。誰に聞かれててもおかしくない」


「た、確かに……」


「俺も協力するから、今は女の子ということで通せ。誤解は後で俺が解いておくから」


「う、うん。あまり気乗りしないけど、わかった」


「よし」


「内緒話は終わったー?」


 内緒話がちょうど終わったタイミングで、律儀に同じ場所で待っていた緋姉がたずねてくる。


「ああ。大丈夫」


「う、うん。なんでもない、ですわよ?」


 ですわよってなんだよ。


 黒奈め、女の子を演じるのを意識しすぎて空回ってやがる。


「二人でなーに話してたのかなぁ? 怪しー」


 にやーっと悪い笑みを浮かべる緋姉。


 この後、俺達は緋姉の誤解をそのままに、どうにか話を合わせて会話を続けた。


 まぁ、話を合わせる必要があったのは最初だけで、残りの時間は楽しい思い出話に花を咲かせた。


 俺達と思い出話をする緋姉の笑顔はとても楽しげで、俺一人の時には見られなかった笑顔を見られたことだけは、黒奈に感謝してもいいと思った。

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