第8話 探偵コンビ
俺と緋姉は図書館に向かった。
平日ということもあってか、図書館にはそれほど人はいなかった。
「この図書館も懐かしいなぁ。よく皆で夏休みの宿題しに来たよねぇ」
「ああ、そういえばそうだね」
言われて思い出す。
確かに、俺達はよくこの図書館に来て夏休みの宿題をしていた。
わからないところを姉さんや緋姉が丁寧に教えてくれたっけ……。
「さて、それじゃあ始めようか」
「ああ」
緋姉の言葉で感傷に浸っていた心が、現実に引き戻される。
俺達は連続殺人事件について調べに来たのだ。
「じゃあ、わたしはネットで調べるから、しんちゃんは新聞の方を持ってきて」
「わかった」
俺はカウンターに行き、司書に連続殺人事件の記事が載っている新聞を貸してほしい旨を伝えた。
「ああ、それなら、一ヶ月前のものから全部ね」
「ぜ、全部……?」
「ええ。毎日記事になってるわ。ちょっと待っててね」
一ヶ月分、全部……。
全ての記事に目を通すには時間が足りないな。
図書館の閉館時間が十八時で、現在時刻が十六時半。一時間半しか時間が無い。
一時間半で一ヶ月分の記事全てに目を通して情報をまとめるのは不可能だ。
新聞では貸し出しはしてないので、持ち帰ることもできない。
毎日通うしか無いか……。
放課後の限られた時間でどれほど調べられるかはわからないが、やるだけやってみよう。
とりあえず、今日は五日分の新聞を調べよう。
「はい、これ。一ヶ月分の新聞」
予定を考えていると、司書が山積みになった新聞を持って来てくれる。
俺はそれに申し訳なさそうな顔をして言う。
「すみません、今日はとりあえず五日分だけ貸してください」
「ええ、わかったわ。遡ってから五日分でいい?」
「はい」
俺の言葉に嫌な顔を一つもせずに、司書は五日分の新聞を取り出してくれる。
「はい、これが五日分。破かないように注意してね?」
「はい、ありがとうございます」
五日分の新聞を受け取り、緋姉の元へと向かう。
緋姉はネットで調べるって言ったから、パソコンコーナーにいるはずだ。
そう当たりをつけ、パソコンコーナーの方へ向かえば、案の定緋姉はそこにいた。
パソコンコーナーは一台のパソコンの前に二つの椅子が置かれており、各パソコン事に仕切りで区切られている。
計十台のパソコンがあるうちの、一番端っこの席に緋姉はいた。調べる内容が内容なので、他の人に話が聞こえないようにの配慮なのだろう。
といっても、パソコンコーナーには俺達しかいないけれど。
俺は緋姉のところへ向かうと、隣の椅子に座る。
「どうだった?」
「一ヶ月前の新聞から毎日記事になってるらしい。だから、遡ってから五日分の新聞を借りてきた」
「そんな前から? 一日も欠かさずに?」
「そうみたい」
司書も仕事柄新聞には毎日目を通しているのだろう。だから、司書の言うことには信憑性があるし、勘違いだったとしても、おそらくは一日二日記事が抜けてるくらいだろう。それくらいは誤差の範囲だ。
「よく内容が尽きないねぇ……」
緋姉は呆れたように言う。
「調査が日に日に進んでるから、書くネタに尽きないんじゃないか?」
「だとしても、毎日似たり寄ったりの内容にならない?」
「まだ読んでないからわからない。とりあえず、読んで気になったところをまとめていこうと思う」
「じゃあ、わたしはネットの書き込みとかをまとめるわ」
「お願い」
「合点でい!」
ふざけたように言いながら、緋姉はブラウザにキーワードを打ち込んでいく。
俺も俺の作業に移ろう。
かばんからルーズリーフとペンケースを取り出す。
キーボードの横に緋姉の分のルーズリーフとペンを置いてから、新聞に目を通す。
新聞の記事には、被害者の名前、前科、地元等が載っていた。
俺は、それらの情報をルーズリーフに書き込んでいく。
キーワードだけを抜き取るのでは見落としてしまうこともあると思い、ちょっとでも気になったり、引っ掛かったりした情報も書き込む。
キーボードのかたかたという音と、ルーズリーフにペンを走らせる音だけが聞こえる。
俺達は、閉館時間まで、無心で情報をまとめていった。
図書館の閉館時間になり、俺達は図書館を出た。
今日の成果は、被害者の氏名、年齢等の個人情報から、殺害現場や地域の特定と殺害方法だ。
まだまだ情報は足りないが、ゼロからスタートしたと考えれば大きな進捗だろう。
図書館を出た緋姉は両手を組んで真上に伸ばす。
「ん~~~~! っはあ! 久々にめっちゃ集中した~」
「勉強とかしないの?」
「しないしない! 適当にやってれば適当に点とれるし」
なははっと笑う緋姉。
「それで? なにか分かった?」
「そんなにすぐに分かったら苦労しないよ」
「おいおい、しっかりしてくれよ名探偵。皆が君の推理を待ってるんだぜ?」
芝居がかったように言う緋姉に、俺は苦笑する。
「言ったろ? 俺がやるのは刑事の鼻を明かす事だけだ。それ以上のことをしようとは思わないよ」
「え~~? ここは、事件の全貌を明かして、その刑事をぎゃふんと言わせるところじゃないの?」
「ぎゃふんとは言わせたいけど、危ないことに首を突っ込む気は無いよ」
それに、俺だけならまだ良いけれど、緋姉を巻き込むようなことはしたくない。
「ふ~ん、そっか」
一瞬、落胆したような表情を見せる緋姉。
「名探偵にでも憧れた?」
「違うよ。しんちゃんの格好良いところが見たかっただけ」
「それは期待が重いなぁ……」
俺は物語の探偵のように推理なんてできない。
地道に情報を積み上げて答えにたどり着くことしかできないのだ。
「俺には名探偵は無理だよ。できてワトソンみたいなことくらいさ」
まあ、医学もなにもかじってないけどね。
「じゃあ、わたしがホームズ?」
「かもね。お騒がせなところは似てるかも」
「え~なにそれ?」
くすりと楽しそうに笑う緋姉。
「あー、でも、わたしも名探偵にはなれないなぁ」
「じゃあ、ワトソンが二人だ」
「ワトソンも無理。医学なんてわかりませーん」
「それは俺も一緒だよ」
「大丈夫。しんちゃんはワトソンと同じところがあるから」
「え、どこが?」
「性別」
「それだったら世界中の男は皆ワトソンだよ……」
緋姉の言葉に、思わず呆れ眼を向けてしまう。
「ていうか、ホームズがいなかった迷宮入りじゃないか」
「あら、そうでも無いよ? いい、しんちゃん。謎を解き明かすのが名探偵の仕事なら、悪い奴をとっちめるのがヒーローの仕事なの」
「それなら、今回は俺の仕事は無いように思うけど?」
何せ、頼まれた事は情報収集だけだ。それ以上の事をしようとも思っていない。
「あるよ、しんちゃんにしかできないこと」
「俺にしか、できないこと……?」
「そう! しんちゃんにしかできないこと!」
言いながら、緋姉は楽しそうにくるくる回りながら俺の前を行く。
そして、俺の前に立ち塞がり、にっと笑って言う。
「物語を終わらせるのが、主人公の仕事なんだよ?」
主人公。物語の主役。
つまり、なにか? 緋姉はこの事件の主役が俺だとでも言いたいのか? それは余りにも荷が重過ぎるし、余りにも見当違いな回答だ。
俺はこの事件に最初から関わっていないし、むしろ
ただちょっと、一枚噛ませてもらっているだけの脇役だ。
「買い被り過ぎだよ。俺はただの中学生だ。それに、良いように使われてるのが嫌でちょっと意趣返ししようってだけで、事件に積極的に関わろうだなんて思ってないよ」
「ちっちっちっ! そうは問屋が降ろしませんぜ、旦那!」
「そのキャラはなんなのさ……」
キャラブレの激しい緋姉は、俺の言葉を無視して、とびっきりの笑顔で言った。
「わたしが、しんちゃんを主人公にしてあげよう!!」
「……いきなりなにを言うかと思えば……」
魅力的な笑顔を前に一瞬見とれてしまい、言葉を返すのが遅れてしまう。
そんな俺の様子には気付いた様子もなく、緋姉は言う。
「あー、信じてないなー?」
俺の呆れ声に、緋姉はぷくぅっと子供のように頬を膨らませる。
「わたしたちで事件の真相を暴く! それを刑事に伝える! 刑事が動く! 事件解決! わたし達お手柄! 完璧じゃない!」
「いや、言うのは簡単だけどさ……」
「とにかく! やると言ったらやる! はい、決定!!」
「えぇ……そんな強引な……」
「しんちゃん!」
むぎゅっと俺の頬を両手で掴んで、緋姉は屈託の無い笑顔で言う。
「犯人、絶対に捕まえようね!」
屈託の無い笑顔で言う緋姉を見ると、自然と否とは言い難い。
……まぁ、緋姉が満足するまで付き合えば良いか。どうせ、やることはそんなに変わらないし。少し目標が大きくなっただけだ。それに、緋姉も本気で犯人を捕まえようとは思ってないだろう。不謹慎ではあるが、ある種のゲーム感覚なのだろう。
非日常に身を置いてみたくなるのは、中高生なら誰でも一度は思うことだろう。緋姉も、そんな憧れがあり、強引に俺を誘っているのだろう。
俺は仕方が無いとばかりに息を吐いて見せる。
それだけで、緋姉は嬉しそうに笑う。
「分かったよ。満足行くまで付き合うよ」
「よろしい! それじゃあ、明日から本格的に捜査開始だね!」
「了解。あ、そうだ。緋姉、連絡先交換しない? なにかあったときのためにさ」
「あ、ごめん。わたし、携帯持って無いんだよね」
「え、そうなの?」
このご時世に珍しい。高校生になっても携帯を持ってないなんて。
「どうしようか。落ち合う場所とかさ」
「なら、いつも遊んでた公園で落ち合おうよ」
「ああ、あそこか」
俺達が幼い頃よく遊んでいた公園の事だろう。
懐かしいな。中学に上がってから一度も行ってない。
「分かった。じゃあ、明日の放課後に落ち合おう」
「うん! じゃ、明日楽しみにしてるから! ばいばーい!」
手を振りながら、緋姉は駆けていく。
楽しそう手を振る緋姉に、俺も手を振り返してから帰路に着く。
こうして、俺と緋姉の、探偵のいない捜査が始まったのだった。
この時の俺は、まだ知らなかった。
この事件の行く末が、あんな事になるなんて。俺達にとって、どんなに願っても取り返しのつかない事になるなんて。
何も知らなかった。
知っていれば、もう少し変わった結末になったかもしれない。
けれど、過去は変えられない。
この時の俺達は、ほの暗い未来へと歩を進めるだけだった。
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