第6話 仁の忠告

 古めかしく落ち着いた内装の喫茶店の窓際の席で、俺と花河は向かい合って座っている。


「ごめんね、急にお茶に誘っちゃって」


「いや、大丈……」


 言いかけて、花河が俺よりも年上だという事実に気付く。


「……大丈夫です」


 言い直した俺を見て、花河が気さくに笑う。


「いいよ、タメ口で。僕もそっちの方が気が楽だ」


「……ありがとう」


 ちょうどそこで頼んでいたコーヒーがやってきた。


 ミルクとガムシロップを三つずつ入れてから飲む。


 対面の花河を見れば、彼はブラックで飲んでいた。


「ああ。僕、甘いものあまり好きじゃないんだ。だから、ミルクもガムシロップも入れないんだ。友人には格好つけてるってよく言われるけどね」


 俺が見ていた事に気付いた花河が笑いながら言う。


 甘いものが苦手だからブラックで飲む。同年代の友人にとっては格好つけてるように見えたのかも知れないけれど、俺からしたら、それだけで花河が少し大人っぽく見えた。


「いや、格好良いと思うよ。俺、ブラックで飲めないからさ」


「ははっ、君にそういってもらえると、甘いものが苦手で良かったと思えるよ」


 無邪気に笑む花河は、見た目よりも少し幼く見えた。


 気さくで、少し幼い顔をしているから、同年代とは言わなくとも高校生かそこら辺の年齢に見える花河であるが、落ち着いていて大人っぽく見える場面もあり、俺が想像しているよりも少しだけ年上なのかも知れないと思ってしまう。


「花河さんって、いったいいくつなんだ?」


「仁でいいよ。さて、それじゃあ改めて自己紹介でもしようか。僕の名前は花河仁。普通の大学生だ」


「ヒーローやってる時点で普通じゃないと思うけど?」


「ははっ、違いない。じゃあ、ヒーローをやってる大学生だ。まぁ、今は訳あって大学は自主休講中だけどね」


「訳?」


「ああ、対した事じゃないよ。気にしないで。それじゃあ、今度は君のことを教えてくれるかな?」


 花河――仁さんの言う、訳というのが少し気になったが、俺は彼に促されるまま自己紹介をする。


「和泉深紅。ヒーローをやってる中学生だ」


「中学生! 本当に? 全然見えないなぁ」


 近頃の子は大人っぽいんだねぇと、妙に年寄りくさいことを言う仁さん。


「へぇ、中学生でヒーローねぇ。僕の年代じゃあんまりいなかったけど、深紅くんの他にもいるの? ヒーローとか魔法少女とか」


「いるよ。俺の知る限りじゃあ、魔法少女が二人」


「へぇ……」


 俺が頷けば、一瞬仁さんの視線が鋭くなった。が、瞬きの間にいつも通りの表情に戻っていた。


 見間違いか……?


 あまりにも一瞬のことだったので確証が無い。


 俺が困惑していると、仁さんはにこやかな顔で言った。


「因みに、誰だか聞いても?」


「一人は知っての通り星空輝夜。アイドル兼魔法少女」


「あぁ、星空さんね。確かに、彼女も君達と同学年か」


「ああ。でも、最近じゃめっきりテレビに出なくなってる。魔法少女活動に専念してるのか、両方とも辞めたのか」


「アイドルも難しい職業だからね。魔法少女と両立させるのも難しいんだろうね」


「確かに。中学生とヒーローの両立でさえ難しいしな」


「大学生も大変だよ。いや、言い出したらキリが無いか……」


「いくつになっても両立は大変そうだな……」


 俺は授業中にはファントムが出ても他のヒーロー任せになってるし、活動をするにしても放課後になる。いわば、部活動みたいなものだ。


「それで、もう一人の子は?」


「ああ、もう一人は……」


 言いかけて、止める。


 もう一人は黒奈――魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズのことだ。


 しかし、黒奈にはブラックローズの正体のことを口止めされている。ブラックローズの身バレの可能性に繋がる情報はなるべく口にしないほうが良いだろう。


 黒奈の正体がバレようがどうでもいいが、俺が口が軽いと思われるのは癪だ。


「いや、悪いけど言えない。言わないでくれってお願いされてるんだ」


「そう、か……分かったよ。約束を守ることは大事なことだからね」


「約束って訳でも無いけどな……」


 そう、別に約束をしたわけではない。


 相談されて、勝手に口止めされただけだ。律儀に守り続ける必要なんて無いものだ。


「じゃあ、君は義理堅いんだね。良いことだ」


「そんなんじゃ無いよ。ただ単に俺が口が軽いと思われるのが嫌なだけだ」


「どちらでも良いことだよ。そのどちらでも、口止めをした子のためになってる」


「それだと、俺はあいつにうまく使われてるみたいだな……」


「ははっ、違いない」


 俺としては面白くない話だが、仁さんはおかしそうに笑っている。


「っと、そう言えば、今更聞くのもあれだけど、大丈夫だった?」


「え、なにが?」


「いきなりお茶に誘っちゃった事だよ。何か、用事でもあるんじゃないかと思ってさ」


「ああ、そのこと……いや、対した事じゃないよ」


「本当に? 僕の方を振り向いた時、なにか思い詰めた顔をしてたけど……僕で良かったら、相談に乗るよ?」


 仁さんは心配そうに俺を見る。


 相談。相談か……。


「話してみるだけでも、楽になるかもよ? ものは試しだ。僕に話してみるといい」


 ……。


 仁さんは俺よりも年上だ。


 それに、俺に対してちゃんと向き合ってくれている。両親や姉さんが俺に向き合ってくれていないわけじゃないけど、一般市民である家族には話せない事もある。


 けど、仁さんは俺と同じヒーローだ。


 仁さんなら、話をしてみてもいいかもしれない。


「実は……」


 俺は、仁さんに橘からお願いごとをされていることを話した。


 といっても、橘のことは話さない。警察が関係していることもだ。主軸はぼかして話をした。


 話したのは、依頼内容と、俺がなぜ依頼に入れ込むのかということ。


「別に、依頼はできる範囲でいいんだ。俺は中学生だし、人より顔がほんのちょっと広いだけで、探せる範囲は高が知れてる。でも、俺はこの依頼に入れ込んでる……っていうか、ちょっとムキになってる。それが、俺には分からないんだ……」


「ふむ、なるほどねぇ……」


 短くまとめた俺の話を聞き終えた仁さんは、おとがいに手を当てて考えるような仕種を見せる。


 俺は仁さんが考えている間、喉を湿らせるためにコーヒーを飲む。


 やがて、考えがまとまったのか、顎に手を当てたまま俺の方を見る。


「君、今嫌なこととか面倒なこと抱えてるだろ? 今回の依頼以外にさ」


「……」


 言われ、考えるまでもなく思い浮かぶ。


 黒奈のことだ。


 俺の中の嫌なこと、面倒なことの主軸。


「ああ」


 俺は迷うことなく頷く。


 俺が頷けば、仁さんは顎から手を離して納得したように息を吐く。


「やっぱりね。人って、嫌なことがあると他の事に熱中して気を紛らわせようとするからさ」


 確かに、俺は家に帰ってから頭の中をすっきりさせるために勉強をする。この行動も、仁さんの言う、他のことに熱中して気を紛らわせるということなのだろう。


「君にとっては、その頼まれごとが気を紛らわせるのにちょうど良かったんだろうね」


 つまり俺は、気を紛らわせなきゃいけないほど黒奈に対してストレスを感じてたってことか……。


 俺は思わず溜め息を吐いてしまう。


 黒奈との付き合い方、考え直した方がいいのかもしれないな……。


「それで、肝心のその頼まれごとってなにかな?」


「あぁ、調べごとだよ。連続殺人犯の噂についてさ」


 途端、仁さんの雰囲気が変わる。


 先程までの明るく気安い雰囲気から、棘のある近寄りがたい雰囲気に変わった。


 突然の変化に俺は驚く。


「深紅くん、その話からはすぐに手を引くんだ。君が遊びでそんな依頼を受けないことは充分わかってる。けど、だからこそ僕は忠告する。すぐにその依頼からは手を引くんだ」


 承諾以外は受け付けない。そんな威圧感をはらむ仁さんの言葉。


 けれど、仁さんが言った通り、俺は遊びでやっているわけじゃない。それに、すでに対価はもらってしまってるし、ここで投げ出すのも無責任だ。


 確かに、嫌々引き受けた依頼だ。それに、俺がやらなくてもいいことだし、俺じゃなくてもできることだ。むしろ、なぜ俺がこんなことをしているのかすら分からない。


 けど、だからって一度引き受けた依頼を投げ出すわけにはいかない。


 いくら相手が真剣に俺のことを思って言ってくれているのだとしても、俺にも譲れないものがある。


 俺は仁さんにちゃんと言葉を返すべく、真剣な表情になる。


「仁さん、俺も遊びでやってるわけじゃない。それに、一度受けた依頼を投げ出すほど、無責任な人間じゃないとも思ってる」


「責任無責任の話じゃない。この件は君が思ってるよりも危ない。君みたいな良いヒーロー・・・・・・が関わらなくても良い事だ」


「俺も引き際はわきまえる。深入りはしない。あくまで噂を集めるだけだ。それ以上のことをしようとも思わない」


「そういう問題じゃない!!」


 ドンッとテーブルを強く叩き、声を荒げる。


 飲みかけのコーヒーが入ったグラスが倒れ、テーブルに広がる。


 温和な仁さんとは思えない行動に、俺は思わず一瞬呆けてしまう。


「関わるだけでも危険なんだ!! 僕は君の身を案じて言ってるんだ!! 頼むから、手を引いてくれ……!」


 最後の方は弱々しく、懇願するように言う仁さん。


 この人は俺のことを思ってくれている。それが伝わって来る声音だ。


 けど、分からない事が一つある。


 なんで仁さんは必死に俺のことを止めるんだ? それに、仁さんの口ぶりから察するに、仁さんはこの連続殺人事件のことを知っているように思える。それも、かなり深いところまで。


「仁さん。仁さんはいったいなにを知ってるんだ?」


「――っ!」


 俺が問えば、仁さんがしまったという顔をする。


 つまり、仁さんは喋ってはいけないことを喋ってしまったという事になる。


 俺が仁さんに問い掛けようとしたその時、電子音が鳴る。


 音は仁さんの方から聞こえて来る。


 仁さんはポケットから携帯を取り出すと、目で俺に出ていいかと聞いてくる。


 俺が仁さんに向かって頷けば、仁さんはすぐさま電話に出る。


「はい、花河です。はい…………はい…………わかりました。すぐに向かいます」


 仁さんは電話をきると、すまなそうな顔を俺に向けてきた。


「すまない、用事が出来た。それと、怒鳴ってしまって悪かった。けど、これだけは憶えておいて欲しい。君の探ろうとしていることは、危ない事だ。できることなら手を引いてほしい。それと、危なくなったらすぐに僕に連絡をくれ。すぐに駆けつけるから」


 それじゃあと言って、伝票を持って席を立ち、会計を済ませて仁さんは喫茶店を出て行った。


 仁さんが出て行った後、すぐに喫茶店のマスターが来て、テーブルを拭いてくれた。


「騒がしくして、すいませんでした」


 俺はマスターに謝ると、マスターはにっこりと優しく微笑んで言った。


「他のお客様がいないときで良かった。美形が怒っているとそれだけ迫力がありますからね。他のお客様を怖がらせなくて良かったですよ」


「すみません……」


「いえいえ。けれど、次はこぼさずにちゃんと最後まで飲んでほしいですね」


 ぱちりとお茶目にウィンクをして言うマスター。


 俺はそんなマスターに苦笑を浮かべながら言った。


「それじゃあ、もう一杯ください」


「かしこまりました」


 マスターはお辞儀をすると、カウンターに戻っていった。


 数分後、持ってきてもらったコーヒーを、今度はなにも入れずに飲んでみた。


 コーヒー特有の苦みが口いっぱいに広がり、俺は思わず顔をしかめる。


「苦い……」


 呟いてから、俺はコーヒーにミルクとガムシロップを三つずつ入れた。


 カウンター越しにそれを見ていたマスターがふふっと笑う。


 俺は気恥ずかしさを誤魔化すようにそっぽを向きながらコーヒーを飲んだ。

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