第5話 調査開始
橘からのお願い事を引き受けた翌日。
俺は、さっそくクラスメイトに連続殺人犯の噂について聞いてみた。
「え、噂? うーん、ネットに載ってる以上のことは知らないかな?」
「ああ? 噂? あー……ネットに載ってた内容程度で良いなら。なんか、被害者って裁判で無罪になった奴らなんだって」
「え、和泉くんも興味ある感じ? 実は私もー! ねね! お話しよ?」
「噂、ねぇ。……悪いけど、なにも知らないな」
「え、噂かい? うーん、俺達教員にも回って来る話は世間と変わらないからなぁ」
クラスメイトだけではらちがあかないと思い、教員にも声をかけてみたけれど、結果はご覧の通りだ。
俺は屋上のベンチに座り込み、背もたれにだらし無く寄り掛かり、天を仰ぐ。
「収穫ゼロ……」
まあ、ゼロというわけではない。
被害者の共通点が二つ上がった。
一つ、犯人はなんらかの犯罪を犯していること。
二つ、犯人は裁判で無罪になっていること。
どちらもネットで調べればすぐに出てくる類の情報だ。被害者を一人一人掘り下げて調べれば何か分かるかもしれないが、あいにくとそれは俺の仕事じゃない。
俺の仕事は、被害者の調査ではなく犯人の噂話の収集だ。
新しい情報は入ったけれど、その程度の事は警察はもうとっくに調べているはずだ。
ただ単に、俺が新しい情報を手に入れただけ。
ていうか、噂ってどの範囲の噂を集めれば良いんだ? 容姿とか、性格とかか?
「そこも含めて聞いておくべきだったな……」
聞こうにも、橘はそそくさと帰ってしまったけれど。
ともあれ、今日の収穫はゼロ。今日のところはさっさと帰るとしよう。
俺は屋上を後にして教室に向かう。
すでに放課から一時間以上経過しているため、校舎内に人の気配は無い。唯一、特別棟では部活動をしている生徒がいるので、そちらの方には人の気配がある。
音楽室の窓が空いているのか、吹奏楽部の演奏が聞こえて来る。
俺は部活には入ってない。スポーツは嫌いじゃないが、熱をあげる程でもない。それに、大会中にファントムが出てしまえば、俺はそっちに行くことになる。そうなれば、チームメイトにも迷惑をかけてしまう。
まあ、だからと言って部活がやりたかったかと聞かれれば、答えは否だ。
運動部でも文芸部でも、俺はもともとやるつもりはなかった。単に、面倒だったからだ。それ以上の理由は無い。
俺は、俺の外見を良く理解している。人の目を引き、好意を持たれる外見だ。そんな俺が集団に属せば、女子連中がどういう反応や行動をするのかは理解している。
それが煩わしくて、俺は部活をしていない。というより、集団というものに属していない。
集団という煩わしいものが、俺は外見一つで余計に煩わしいものにしてしまうのだ。世のイケメン諸君は部活に入っていたりもするのだろうが、よくやっていられると感嘆する。
「……よくやるよ、本当に」
吹奏楽部の演奏に気を取られている内に、教室にたどり着いていた。
無造作に教室の扉を開ければ、誰もいないと思っていた教室内には一人の生徒が残っていた。
「あ、深紅。お疲れ様」
俺を見ると、にっこりと微笑むのは、幼馴染みの黒奈だった。
なんで残ってるんだよ……。
「なんで残ってるんだよ……」
思わず、心の声が漏れてしまう。
俺の言葉に、黒奈はにっこりと微笑みながら言う。
「待ってた」
「いや、俺用事があるって……」
言いかけて、途中で止める。
あ、いや。俺、黒奈になにも説明してなかったか。けど、待たずに帰るだろ、普通。
「帰ってても良かったのに」
「待ってようかなって」
なにも考えていないような黒奈の答えに、俺は諦めたように溜め息を吐いて言った。
「……はぁ。帰るぞ」
「うん」
黒奈が俺に、俺のかばんを渡して来る。
俺はそれを受けとると教室を後にした。
あ、そうだ。こいつにも聞いてみるか。
「なあ黒奈」
「うん?」
「お前、連続殺人犯について何か知ってるか?」
「うーん……」
黒奈は顎に人差し指を当てて考える。
が、困ったように眉を下げる。
ああ、分かった。その反応だけでもう十分だ。
「お前がなにも知らないってことは分かったよ……」
「ごめんね」
「いや、良い。最初から期待してない」
もともと、こいつはテレビをあまり見ない。ネットニュースをたまに見るくらいだ。元々期待なんてしていなかった。
その後、俺達は特になにを話すわけでもなく帰路を歩いた。
その間、黒奈の眉毛は困ったように下がっていた。
日が空け、翌日。
俺は諦めることなく、隣のクラスの知り合いにも聞いて回った。
「連続殺人犯の噂? へー、和泉って意外とミーハーなんだな」
「え、和泉くんも興味ある系? うっそ、ウチもウチも! ねえ、ちょっとお茶してかない?」
「面白半分でそういうの聞いて回るの、不謹慎だと思う」
「噂? 被害者が惨い殺され方って事しか知らねぇなぁ」
「え、噂? アタシは知らないけど、他の子なら知ってるかも! アタシ聞いてみるね!」
「……お前、何に首を突っ込んでるのか知らんが、あまり他の生徒を刺激するようなことはするなよ?」
結果はまたもや惨敗。
最後には学年主任に叱られる始末。まあ、そりゃあそうだ。俺の立場を考えれば、妙なことを聞いて回れば裏を勘繰られるに決まってる。
ヒーローはまれに警察から捜査協力を依頼される事がある。
常人には相対できない相手。つまり、ヒーローが犯罪を犯した場合などに依頼される。
ヒーローは必ずしも善良な人間が選ばれるわけではないし、契約する精霊が必ずしも善良というわけではないのだ。
人も精霊も、悪い奴は悪いことをするのだ。
ともあれ、捜査協力をお願いされる立場にある俺が、巷を騒がせている連続殺人犯についての噂を聞き回ってるとなれば、警察から捜査協力を受けていると考えるのも不思議ではない。
といっても、俺達未成年には基本的に捜査協力は来ない。警察としても、子供を巻き込むわけには行かないからだ。
まあ、捜査に必要な場合、どうしても捜査協力をお願いする場合があるが、それは特例中の特例だ。
俺も今回はその特例の中に入る。まあ、やってることは警察の聞き込みと変わらないけどな。
「なんにせよ、また収穫ゼロか……」
まあ、中学生の情報収集力なんてたかが知れている。最初から大きな情報を掴めるとも思ってなかった。
俺は昨日と同じく、教室に寄ってかばんをとってから帰路につく。
今日は黒奈は待っていない。俺が先に帰っていろと言っておいたから、黒奈は先に帰っている。
帰りは特になにがあるわけでもなく、家に帰り着いた。
連続殺人犯の噂を調査しはじめてからすでに一週間以上が経過していた。
しかして、収穫はあいも変わらずゼロのまま。
すでに学校中の知り合い等に聞いたけれど、まったくもって情報は得られなかった。
何人かは、他の学校の友人に聞いてくれるとの事だったが、それもどれほど期待できるかは分からない。徒労に終わりそうだ。
昼休み、ご飯もそこそこに、俺は机の上に突っ伏した。
噂話なんて、ネットに載っている程度のことばかりだ。
ていうか、そもそもなんで橘は俺の力を借りようなんて思ったんだ? 確かに、俺は仕事柄、普通の人よりも顔が広い。
けど、それも他の人に比べたらだ。
それに、労力も一個人のそれでしかない。人海戦術なら人の多い警察の方が得意だし、なにより警察はその道のプロだ。俺が入手できる程度の噂話なんて、すぐに集めることができるだろう。
橘の真意はいったいなんだ?
俺は橘の真意を考えようと頭を働かせるが、まったく分からない。元々、食えないオッサンだ。俺程度が考えるよりも多くのことを考えているはずだ。俺に悟られるようなへまをするとは思えない。
「はぁ……全然分かんねぇ……」
「なにが分からないの?」
思わず出てしまった呟きに言葉が返って来る。
顔をあげなくても分かる。声の主は黒奈だ。
「お前には関係無い……」
「そう。でも、何か俺に協力できる事があったら言ってね。俺、力になるから」
「あぁ」
お前に協力してもらうことなんてねぇよ。
適当に返事をしながら、心中で悪態をつく。
成果も上げられず、橘の真意も分からない。俺の心は少しだけささくれ立っていた。
ささくれ立ったままの心ではまとも授業を受ける気にもなれず、その後の授業ではずっと窓の外を眺めていた。
眺めながら、ずっと考えを巡らせていたけれど、結局なにも分からなかった。
無駄に頭を働かせながら、無駄に時間を過ごして放課後。
帰り支度をしていた俺のところに、黒奈が嬉しそうな顔で寄って来る。
脳天気な黒奈の顔を見ると、妙に苛々する。
俺はこれ以上苛立ちたくないので、黒奈から視線を逸らす。
しかし、黒奈は俺の心中など知ったことではないようで、嬉しそうな声で話しかけて来る。
「ねえ、深紅。美味しいクレープ屋さんができたんだって! 帰りに寄ってみない?」
碧がサービス券くれたんだと、嬉しそうにサービス券を俺に見せて来る黒奈。
俺は、なるべく黒奈の方を見ないようにしながら答える。
「行かね。今日、用事あるから」
「そっか……うん、わかった」
俺が素っ気無く返せば、黒奈は目に見えてしょぼくれる。
「じゃあな」
しょぼくれる黒奈を放っておき、俺は学校を後にした。
学校を出た俺は、家ではなく、人通りの多い方に足を向けた。
不特定多数の人がいる場所なら、俺が聞いたことの無い話が耳に入ってくるかもしれないと期待したからだ。
それに、少し気晴らしがしたい気分だった。ちょっとそこら辺を歩けば、少しは気が晴れるかもしれない。
ていうか、俺はなにをこんなにむきになってるんだ? 情報が集まらないなら集まらないでそれで良いじゃないか。ファントムを倒すのが俺達ヒーローの役目であって、犯罪者を逮捕するのは俺達の役目じゃない。俺は、ただ警察にちょっと協力をすればいいだけなんだ。
だというのに、俺はむきになって情報を集めている。
思い入れも、何もない事件なのに。
俺は、なぜ自分がこうもこの事件に対して積極的なのかを考えてみた。
思い入れも無い。被害者に知り合いはいない。橘に恩義も無い。強いて言えばケーキを奢ってもらったが、俺は少しかケーキを食べていない。対価としては見合わない。
正義感だって人並みにしかない。犯人が許せないからと聞かれれば、度し難いとは思うけど、結局は他人事だ。なにより、俺が出しゃばる案件じゃない。
うん。考えれば考えるほど、俺が入れ込む理由が無い。
はぁ……今日は分からないことだらけだ……。
思考に対する答えが見つからない事に苛立ちを覚えていると、不意に声をかけられた。
「あれ、和泉くん?」
名前を呼ばれ、声の方を向けば、そこにはいつぞやの青年が立っていた。
「確か、花河さん……?」
俺が名前を呼べば、盾のヒーローことディフェンド――花河仁はにっと微笑んだ。
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