第4話 ケーキバイキング
色々あった一日が過ぎ、翌日。
いつも通り、黒奈を置いて行こうかと思ったけれど、黒奈に聞きたいことがあるので、俺は黒奈が来るのを待つことにした。
玄関を出て、門柱に背中を預けて黒奈が来るのを待つ。
もう五月も終盤。六月に入ろうとしている今の時期、気温は夏さながらに上昇している。
外で待つべきじゃなかったか……。
家の中で待っていれば良かったと後悔しはじめた頃、黒奈が下を向いてとぼとぼと歩いてきた。
落ち込んでるのか……?
下を向いて何かを考え込んでいる様子の黒奈。しかし、黒奈は俺の存在に気づくと、顔を上げてにっこりと微笑んだ。
「おはよう深紅」
「……ああ、おはよう」
気のせい、か……? まあ、脳天気な黒奈に悩み事なんてあるわけないか。
俺は黒奈が隣に来てから歩き始める。
「今日も暑いねぇ」
「そうだな」
「もう夏って感じだね。まだ五月だけど」
暑い暑いと言いながら、シャツの胸元をぱたぱたと振って服の中に風を送り込む黒奈。
「なあ、昨日言ってた連続殺人犯のこと、お前はどう思う?」
「え?」
唐突な話題に、黒奈が驚いたような顔をする。
「だから、連続殺人犯の事だよ。昨日、お前も言ってたろ」
「あ、ああ。うん。言ったね」
「で、どう思うんだ?」
「どうって?」
まったく進まない会話に、俺は苛々しながら言う。
「連続殺人犯、ネットとかじゃ正義の執行人って呼ばれてるらしい。お前はどう思うんだ?」
「俺は、特になにも。ニュースでやってたから話しただけだから……」
「……じゃあ、今どう思った? お前も正義の執行人だと思うか?」
俺がそう問えば、黒奈は少し考えるような仕種を見せた後、まっさらな瞳で俺を見た。
「どうかな。わからないや」
「……お前に聞いた俺が馬鹿だった」
なにも考えてない黒奈の言葉に、俺は溜め息を吐いた。
学校に着き、朝のホームルームも終え、一時現目の面倒な数学をしのぎ、次いで面倒な理科を終え、少しは気が紛れる体育の授業をそこそこに楽しみ、お昼一歩手前の集中力が一番切れる四時現目の社会科教員の間延びした声を聞きながら、いつも通り窓の外に視線を向ける。
間延びした声をBGMに、俺は考える。
橘の言ったお願い事。これは十中八九連続殺人犯に関わることだろう。
この街の状況を考えれば、警察からのお願いなんて容易に想像が付く。
けれど、問題は、俺になにをお願いしたいのかだ。
大まかなお願いは先ほど言った通り、連続殺人犯のことだろう。けれど、俺は周囲の人間になにを聞けば良い? 連続殺人犯の情報? それとも、被害者の共通点? それとも、連続殺人犯の趣味趣向? いや、最後のは冗談だ。
けど、頼まれ事の範囲が広すぎて、なにを頼まれるのかまったく想像がつかない。
俺みたいな素人に頼む事だから、そんなに難しい事じゃないと思うけど……。
なんにせよ、面倒なことには変わりが無い。橘からは依然連絡が来ないし……。
そんな授業とまったく関係の無いことを考えていると、終業のチャイムが鳴る。
「えー、それでは、今日はここまでで。課題は特にありません。日直さん、号令を」
「起立、礼」
日直が気怠げに号令をかければ、常と同じく、まばらな返事が返る。
教師が教室を後にすると、皆各々のコミュニティでお昼を食べるために机をくっつけたりしている。
俺も自分の席で弁当を広げる。
考えるにせよ行動に移すにせよ、栄養補給はしっかりしなくてはいけない。いざという時に身体が動きませんでしたじゃ話にならない。
「和泉くん、一緒に食べよう?」
「和泉、一緒に食おうぜ!」
俺が弁当を広げていると、クラスメイト達が俺の元へやってくる。
「ああ、いいよ」
俺が快く返事をすれば、近くの人から机を借りて俺の机にくっつける。
最終的に、俺を含めて五人で弁当を食べることに。
「ん、そういえば、和泉くん、如月くんは良いの?」
「ああ、大丈夫だろ」
ちらりと黒奈を見れば、俺と共通の幼馴染み、浅見碧と一緒に弁当を食べていた。
碧は黒奈を病的なまでに愛している。
それは、今に始まったことではなく、幼い頃からその片鱗を見せており、二週間ほど黒奈を家に帰さなかったことがあったりもする。
最終的には警察沙汰にまでなり、見つかった黒奈と碧は互いの両親にこってり絞られた。
それから、多少のなりは潜めているものの、時折自制がきかなくなったように黒奈を溺愛したりする。
それにしても、珍しいな。碧が黒奈とお弁当を食べるなんて。
碧は、黒奈を病的なまでに大切にしてはいるけれど、決して他人や自分を
俺は少し不思議に思いながらも、そんな日もあるだろうと勝手に納得する。
「あぁ、浅見さんと食べてるのか」
「てか、浅見さんやっぱ可愛いよなぁ」
「スタイルも良いしねぇ」
「スタイル良いって言ったら、四組の吉沢もだろ」
「ちょっと、女子もいるんだから、下世話な話は止めてよね!」
クラスメイト達は誰が可愛い、誰が恰好良いなどと、中学生が大好きな会話に花を咲かせる。
俺も皆の会話に混ざるべく、黒奈達から視線を戻そうと思ったその時、碧が一瞬俺の方を見て鋭い目付きで睨みつけてきた。
が、本当に一瞬のことで、すぐに黒奈と楽しそうに話をしだした。
おそらく、俺しか気付いていない。俺だけが気付くようなタイミングで睨みつけてきたのだ。
なんなんだよ、いったい。
「どうした、和泉?」
「いや、なんでもないよ」
睨みつけて来る碧に苛立ちながら、俺はそれを隠してクラスメイト達の会話の輪に入った。
お昼も食べ終わり、午後の授業も全て終了し、後は帰るだけとなった。
帰りのしたくをしていると、携帯にメールが届いていることに気付いた。
宛先を見れば、橘葉一と表示されている。
連絡先は以前、殺人犯を取り押さえたときの聴取で教えているので、メールが来ることに不思議は無い。
ていうか、橘が俺の連絡先を知らなかったら、俺から連絡しなくちゃいけなかったのか。その可能性をすっかり失念していた。
ともあれ、連絡が来たということは、お願い事とやらの事だろう。
メールを確認してみれば、内容は駅前で落ち合おうという旨のものだった。
俺は携帯をかばんにしまうと、早足で教室を出た。
お願い事とやらに気乗りはしないが、引き受けた以上はやるしかない。さっさと終わらせて、お役御免になりたい。
そんな心中で、俺は橘との約束の場所に向かった。
「で、ちょっとお高いお店でケーキって言ってましたけど……」
「おや? ちょっとお高いお店じゃないか。それに、君みたいな中学生はこういうところ好きだろ?」
「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃなく……なんでおっさんと二人でケーキバイキングに来なくちゃいけないのかってことです」
橘と駅前で落ち合い、橘に案内されるがままについて来てみれば、なんかピンク色の内装をした、いかにも女子が好きそうなお店に連れて来られた。
確かに、バイキングは結構お金を取られる。別に来れないことも無いけど、俺達中学生の財布事情は細々としているので、容易に来れる場所ではない。まあ、俺は雑誌の取材とか、モデルの撮影とかで結構稼いでいるけど、俺は例外中の例外だ。あと、中学生でアイドルやってる星空輝夜も例外だ。あれは俺以上に稼いでるだろうしな。
ともあれ、おっさんと二人でケーキバイキングとか……周りの女性陣の視線が痛い。後、場違い感がはんぱじゃない。
「いやあ、僕、こういうところは初めてでね。一度は来てみたかったんだよ」
「じゃあプライベートで来てくださいよ。なんで俺を巻き込んだんですか」
「ははっ、まあ良いじゃないか」
笑いながら、ケーキを食べる橘。
よれよれのスーツに身を包んだオッサンが美味しそうにケーキを食べる。うん、違和感が仕事をし過ぎている。率直に言おう。似合ってない。
しかし、それを今更言っても仕方がない。もうお店に入っちゃたし、ケーキも食べはじめている。
俺も観念してケーキを食べはじめる。
モンブランを一口食べる。
む、意外と美味しい……。
「それで、俺にお願いしたい事ってなんですか?」
「ああ、そのことね。まあ、簡単な事だよ。中学生って噂話とか好きだろ?」
「まあ、そうですね」
俺は別に好きではないが、クラスメイト達はよく噂話を会話の種にしている。
噂話といっても、誰々が誰々に告白したとか、誰々と誰々が付き合ってるとか、そんな可愛らしいものだ。
「君には、君の人脈を使って殺人犯の噂話を集めてほしいんだ。僕達警察じゃあ限界があるからねぇ」
橘の口にした殺人犯という言葉に、周りの人達が少しぎょっとしたような顔をする。
「ちょ、橘さん! 場所を考えてください!」
「ん? ああ、ごめんよ」
俺が小声で橘に文句を言えば、橘はへらっと笑って謝る。
こいつ……謝る気無いだろ……!
こんな場所で警察官であることを喋ったら、気にする人は凄く気にする。
役職を隠して生活しろとは言わないけれど、周囲への配慮をもっとしてほしい。警察と知るだけで身構えてしまう人もいるんだぞ?
それに、こんな楽しげな場所で殺人犯とか物騒なワードを本職が話していたら、気にしちゃうだろうが。
俺の苦言の意味をわかっているのかわかっていないのか、橘は呑気に紅茶を飲んでいる。
……ここで説き伏せるのは無理だな。それに、周りへの迷惑になりかねない。さっさと用件を終わらせて帰るしかないか。
「それで、お願いっていうのはそれだけですか?」
「ああ、それだけだよ。噂話を集めて、その内容を僕に教えてほしい」
集めるって……結構面倒なお願い事だな。
「分かりました、やりますよ。ケーキも奢ってもらっちゃいましたからね」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ。それじゃあ、僕は署に戻るね」
「え、ちょっと!」
言うが早いか、橘はそそくさと店を後にした。
橘のあまりに早い行動に、俺は呆然とその背中を見ていることしかできなかった。
「まじかよ……」
可愛らしい内装のお店に、一人残される。とても、居心地が悪い。
「ていうか、片付けてけよな……」
橘は自分の食べた分を片付ける事もなく帰ってしまった。
橘の置いて言ったゴミを一カ所に集める。男一人でこんなところにいるのは居心地が悪いし、なにより、警察官と話をしていた俺がお店にいては他のお客さんも楽しめないだろうからだ。
元は取れてないが、しょうがな……嘘だろ……?
俺はゴミを集めていた手を思わず止める。
そして、橘が置いていったケーキのゴミの数を数える。そして、数え終わった後、俺は呆れたように呟いた。
「あのオッサン、食い過ぎだろ……」
ゴミの数、十二個。
橘葉一。見た目に似合わず、甘党なようだ。
今日一番にいらない情報を得てしまった。
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