第2話 ヒーローと刑事

 一日が終わり、俺は帰り支度をしていた。


 その日、黒奈が俺に話しかけて来ることは無かったけれど、帰りになって、ようやく黒奈は俺のところにやってきた。


「深紅、一緒に帰ろう?」


 にこにこと、何が面白いのか笑顔で言う黒奈。


 こういう、俺の気持ちを知りもしないで脳天気な所も気に食わない。自分が迷惑をかけているとも思っていないような顔が腹立たしい事この上ない。


「……ああ」


 苛立ちを腹の奥底に押し止め、短く言葉を返して、勉強道具の入ったかばんを持ち、歩き始める。


 俺が歩き始めると、黒奈はひな鳥のように俺の後ろをついて来る。


 俺と歩幅が合わないので、黒奈の歩き方は少しせわしない。


 昇降口で靴を履き替え、帰路に着く。


「ねえねえ深紅、ニュース見た?」


「なんの?」


「多摩川にまたアザラシだって」


「へー」


 そういえば、クラスの女子がそんなこと話してた。


「同じアザラシじゃなかったら、たまちゃん二世とかになるのかな? それとも、ジュニアとか」


「そうだな」


 そんなことどうでもいいだろう。そんなくだらないことはテレビ局の連中が勝手につけるさ。俺達があれこれ考えたところで、その名前が世に出回るわけじゃない。至極、どうでも良い。


「あとね、猫カフェ特集がやっててね、やっぱり、猫って可愛いなぁって思った」


「そうだな」


 それも、クラスの女子が言ってた。


「でも、犬も可愛いよね。一緒に散歩とかしてみたい」


「そうか」


「でも、犬の散歩って楽しそうだけど、ちゃんと躾とかしないと、飼い主を引きずって走り回ったりもするから、大変そうだよね。俺、あんまり大きいと引きずられちゃいそうだし」


「そうだな」


「そういえば、深紅のおじいちゃん家って犬飼ってるよね? 深紅、散歩したことある?」


「ああ、何度か」


「どうだった?」


 どうだったって……。


「別に、普通」


 ああ、でも。花火の日に散歩したときは、怯えちゃって大変だったな。結局、俺が抱っこして帰るはめになったし。


「そっかぁ」


 適当に答えたのに、黒奈は納得したように頷く。


「あ、そうそう! 連続殺人事件も起きてるって! 気をつけなきゃね!」


 それも、クラスメイトから聞いた。


 俺は思わずこぼれそうになる溜め息をぐっと堪える。


 黒奈との会話の内容は、俺にとっては基本的に二度目の内容になる。


 俺が黒奈を避けるようになってから、テレビでやっているような内容の会話は、基本的にクラスメイトから先に聞いてしまっている。


 俺としてはニュースになんて興味は無いから、一回聞けばそれでおしまいだ。他人と語り明かしたい内容でもなければ、吹聴したい内容でもない。


 黒奈は俺にとって終わった話を蒸し返すだけなのだ。


 それが、また苛立ちとして俺の中に蓄積する。


 黒奈の話を聞いて苛立ちを蓄積させながら歩いていると、不意に声をかけられた。


「あれ、深紅と黒奈じゃーん」


 間延びした女の声。


 俺はその声に更に苛立つ。


「あ、真由里まゆりさん!」


「やあやあ黒奈、元気ー?」


 黒奈が嬉しそうな声をあげながら手を振る。


 黒奈が手を振る方を見れば、そこには見知ったやつがいた。


 夏服のセーラーを身に纏い、手にはビニール袋をもつ女。


 やつの名は和泉いずみ真由里まゆり。俺の姉だ。


 制服を着ていると言うことは、姉さんも学校の帰りなのだろう。


 姉さんはビニール袋をがさごそと漁りながら俺達の方に来る。


「コンビニでアイス買ったんだけどさ、二人も食べる?」


「え、良いんですか?」


 アイスという単語に目を輝かせる黒奈。


「良いよ。ほれ、アイス」


 そう言って姉さんが黒奈にアイスを渡す。


「わーい! ありがとうございます!」


「ほれ、深紅も」


「俺はいいよ」


「遠慮しなくてもいいんだよ?」


「してない。今はそういう気分じゃないんだ」


「そっか」


 特に言及してくることもなく、姉さんはアイスの包装を破くと、アイスを口にくわえる。


 黒奈もアイスの包装を丁寧に開けて口にくわえている。


 アイスを食べながら歩く二人の後に着いていこうとした、その時。


『深紅、ファントムの反応アル!!』


 俺の契約精霊のアルクがファントムの出現を知らせる。


 数十年前に突如として現れたファントムという謎の生物。


 奴らは人の感情を奪っていく。その目的も使用用途も不明だが、ファントムによって被害が出ていることは事実。


 そんなファントムと戦える存在が、精霊と契約をしている俺達みたいな人間、ヒーローや魔法少女などと呼ばれる存在だ。


 俺と黒奈はそのヒーローと魔法少女だ。


 アルクのもたらした報告に、俺は思わず溜め息を吐く。


 面倒な……。


 ファントムも面倒だが、それ以上にこの後の黒奈の反応が面倒だ。


 アイスをかじりながら、黒奈が懇願するように俺を見る。


 黒奈も契約精霊のメポルからファントムの反応が出たことを知らされたのだろう。


 なら、さっさと出撃すれば良いと思うだろうが、黒奈はあまり魔法少女になりたがらない。


 その理由は至極単純なものだ。


 黒奈は男だ。だから、あまり少女の姿になりたくないのだ。それならなぜ魔法少女なんて選んだのだと常々思うが、黒奈が妹の花蓮ちゃんを喜ばせるために魔法少女になったことを思えば、致し方ないことなのだとは思う。馬鹿だなとも思うけれど。

 

 そして、黒奈は自分が魔法少女であることを隠している。ばれたら応援してくれた人達を幻滅させるとかなんとかで。その、正体を隠すべき対象は姉さんも含まれている。


 だから、黒奈はここでは変身することはできない。


 それが分かっているから、黒奈は目で訴えてくる。お願い、と。


 自分じゃ何も出来ない癖に、人に頼ろうとする所も嫌いだ。戦わないならそんな力捨ててしまえば良いのにと思う。


 俺は苛立ちから、黒奈から目を逸らすと、変身する。


「イグニッション!」


 俺の身体を紅蓮の炎が包み込む。


 そして、炎は一瞬で消え去り、姿を現したのは炎を象徴したような装甲とライダースーツに身を包んだ一人のヒーローの姿だ。


 クリムゾンフレア。それが俺のヒーロー名だ。


 俺は変身をすませると、黒奈や姉さんの反応を見る前にその場から離れる。


 今は、二人に何を言われても苛立ちそうだったから。





 アルクの案内のもと、俺はファントムが出現した現場に到着した。


 現場にはすでに一人のヒーローがおり、ファントムと交戦していた。


 俺は必要無いかと思ったけれど、様子を見てみればヒーローは苦戦しているようだった。


 俺は少し考えた後、隙を見てヒーローとファントムの間に割って入ってファントムの攻撃を防いだ。


「なっ!? お前、誰だワラ!!」


 ワラビーのようなファントムが距離を取ってから問うてくる。


「通りすがりのヒーローだ。おい、あんた、大丈夫か?」


「あ、ああ。すまない」


 ファントムの問い掛けに答えながら、俺は背に庇ったヒーローに声をかける。


 ファントムと戦っていたヒーローは所々ダメージを受けていたけれど、どれも致命傷とは程遠いものだった。


「手を貸す。さっさと倒そう」


「ああ! 助かる!」


 二人並び立ち、構えをとる。


「二人になったところで、ワラが負けるわけ無いワラ!!」


 構えをとる俺達に、ファントムが果敢に攻め込んでくる。


「僕が防ぐ!!」


 ヒーローは前に出ると、ファントムの拳を両手に一つずつ装着した小さな盾で防ぐ。


 しかし、頑張って防いではいるものの、ファントムの拳は素早く、防御の隙間をいとも容易くすり抜けてくる。が、素早いだけなのか、一撃は重くない。だから、致命傷にならずにすんでいるようだ。


「くっ!」


 対してヒーローの方は、防御系だが、動体視力が高いわけではなく、盾で攻撃の全てを防ぎきるのは不可能らしい。それに、盾も小さい。二つ合わせて身体の四分の一もカバーできていない。盾というよりは、ちょっと大きな籠手こてのようだ。


 っと、呑気のんきに観察してる場合じゃない。ファントムの注意を引き付けてくれている間に、俺がさくっと倒してしまおう。


 俺はヒーローの背後から飛び出すと、攻撃を放って隙だらけのファントムに向かって炎の弾を放つ。もちろん、ヒーローには当たらないようにだ。


「フレア・バレット!!」


「――!! 危ないワラ!!」


 俺の攻撃に気付いたファントムは咄嗟に後方に跳びすさり、炎弾を回避する。


 ちっ! 勘の良い奴だ!


 いったん距離を置き、盾のヒーローだけでなく、俺のほうも警戒してくるファントム。


「僕が盾役になるから、君は攻撃を頼む!」


「言われなくても!」


 俺達は二人同時に駆け出し、ファントムに肉薄する。


「一人増えたところで無駄だワラ!」


 盾のヒーローよりも先にファントムの目前まできた俺は、彼よりも先に仕掛けた。


 インファイトがお望みならやってやる!


 拳に炎を纏い、ファントムの拳をかい潜り、カウンター気味に拳を打ち出す。


 しかし、インファイトが得意なだけあって、ファントムは俺の拳を容易に防ぎ、即座に拳を繰り出してくる。


「くっ!」


 ファントムの拳が頬をかすめる。


 こいつ……!


「注意力が散漫ワラ!」


「しまっ!?」

 

 カウンターの対処に意識を持って行かれ、その後の攻撃に注意を向けていなかった。


 完全にボディを捉えるその一撃は、しかし、俺とファントムの間に入った盾のヒーローによって防がれる。


「今だ!」


「あ、ああっ!」


 俺は無理矢理ファントムと距離をつめ、ファントムの顔面を両手で掴む。


「むぐっ!?」


 慌てたファントムが拳を繰り出そうとしてくるが、それよりも俺が技を出す方が早い。


「フレア・エクスプロージョン!!」


 両手のてのひらから小規模な爆発が発生する。これは通常は大技なのだが、周りへの被害を考えて今回は出力を抑えている。


「ワラッ!?」


 顔面で爆発を起こされたファントムは、爆発の威力に負けて後方へ大きく吹き飛ばされた。威力を抑えているとは言え爆発の衝撃がどこにも逃げることなく直に当たったのだ。ダメージは相当なものだろう。


 俺の考えからたがわず、吹き飛ばされたファントムは起き上がってくる気配が無い。顔から煙りを上げて路上に倒れている。


 数秒経っても起き上がってくる気配の無いファントム。


 ファントムが戦闘不能であると判断した俺は変身を解いた。


「ふぅ……」


 俺が変身を解くと、盾のヒーローも変身を解いた。


 盾のヒーローの素顔は眼鏡をかけた真面目そうな青年だった。


「やあ、手を貸してくれてありがとう。助かったよ」


 青年は朗らかに笑うと、俺にお礼を言う。


「こっちこそ、防御してくれて助かった」


「ははっ、僕にはそれしか出来ないからね」


 俺もお礼を言えば、青年は自嘲気味に笑う。


「そうだ。折角だし、自己紹介しようか。僕の名前は花河はながわじん。ヒーロー名はディフェンドだ。よろしく」


 そう言って青年――花河は俺に手を差し出してきた。


 俺は花河の手を握り返しながら名乗る。


「和泉深紅だ。ヒーロー名はクリムゾンフレアだ」


「やっぱり! そうなんじゃないかなって思ってたんだ!」


 花河は俺の手を両手で掴むと、上下にぶんぶんと勢いよく振る。


「僕、こっちに来たら一度は君に会ってみたかったんだ! まさかこんなに早く会えるなんて思わなかったよ!」


「お、俺に?」


「ああ! 若手の中でも実力があるヒーローだって聞いてたから! 僕も同じ年代だから、一度は会って話をしてみたかったんだ!」


「そ、そうなんだ……」


 実力のあるヒーローって……いったい誰がそんなこと言ってるんだ……?


「ていうか、思ってた以上に若いね。今いくつなの?」


「十四。中学二年」


「ああ、道理で! でも凄いね! その歳で有名になるほど強いって!」


「い、いや、俺なんかまだまだで……」


「ははっ、謙虚だな、君は!」


 笑いながら俺の肩をばしばし叩く花河。


 謙虚なわけじゃない。俺の実力なんてまだまだだ。実際、さっきの攻撃も俺は花河がいなかったら二撃目をくらっていた。ファントムの言った通り、俺は注意力が足りなかった。


「あっ、そう言えばそろそろ時間だ! すまない和泉くん! 僕はこれで失礼するよ! ありがとう!」


 何かを思い出したかのように慌てた後、こちらの言葉も聞かずに慌ただしく去っていく花河。が、途中で振り返るとこちらに戻ってきて、二つ折りにされた紙を渡してきた。


「これ、僕の連絡先! 何かあったら連絡頂戴! それじゃあ!」


「え、あ、ちょっと!!」


 彼を止めようと声をかけたが、花河は振り向くことなく走り去って行った。


「何かってなんだよ……」


 俺は呆然と花河の去って行った方を見る。


 もうすでに花河の姿は無く、追って紙を返すこともできない。


 この紙、どうするか……。


 連絡先が書いてある紙をそこらへんに無用心に捨て置くわけにはいかない。が、別に取っておくほどのものでもない。


 はぁ……家まで持って帰ってから処分するか。


 俺はそう決めると、紙をポケットに突っ込んだ。


「いやあ、さすがの戦いっぷりだったな、和泉くん」


 さて帰ろうと思ったところで声をかけられた。


 聞き覚えのある声に、俺は彼にばれないように少しだけ溜め息を吐く。


「溜め息とは酷いねぇ。僕と君の仲だろう?」


 聞こえてんのかよ……。


 一度聞かれたのなら隠す必要も無い。


 今度はこれ見よがしに溜め息を一つすると、彼の方に振り向く。


「どんな仲なのかは知りませんけど、お久しぶりですね、たちばなさん。なるべくなら会いたくなかったです」


 俺が笑みの一つも見せずにそう言えば、彼――橘はへらっとだらしなく笑った。

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