妹のために魔法少女になりました ーSide:Crimson Flareー
槻白倫
第1話 俺はあいつが
とある休日の昼下がり。
喫茶店の窓際の席に座り、コーヒーを飲む。
喫茶店の名前は「リ・フィール」。俺のお気に入りの喫茶店だ。
別におしゃれぶっているわけではない。コーヒーは好きだし、なんならブラックではなくミルクもガムシロップも入れてる。決して、喫茶店でブラックコーヒーを飲むというおしゃれなシチュエーションに憧れたわけではない。
では、なぜ喫茶店に一人でいるのか。簡単な話が、呼びだされたからだ。
今日は用事があったのだが、向こうも今日しか空いてないというので、俺は渋々待ち合わせ場所に指定したこの喫茶店に足を運んだわけだ。まあ、向こうは時間を過ぎてもやって来ないけど……。
そもそも今日呼び出された用件すら何も聞いていない。
向こうが何も言っていなかったから、会ってから話すという事なのだろうと考えたけれど、何も説明されないと変に身構えてしまう。
ていうか、来ないなら帰ろうかな……。
そう思っていると、ドアベルが鳴り、俺を喫茶店に呼び付けた人物がようやく顔を見せた。といっても、その顔は大きなサングラスで隠されているので、あまり表情を伺うことはできないけれど。
向こうも俺に気づき、こつこつとヒールを鳴らしながら近付いて来る。そして、なんの迷いもなく俺の前に座る。
「遅れてごめんなさい。ちょっと電話が長引いちゃって」
「いや、いいよ。君は忙しいだろうしね。それに、待つのも男の甲斐性だ」
「……あんた、本当にキザったらしいわよね」
「そんなつもりは無いんだけどな……」
じとっとした目を向けて来る彼女――星空輝夜に、俺は乾いた笑いを浮かべながら言う。
俺としてはキザな言動をしているつもりは無いし、相手の好感度を稼ごうとも思っていない。単に、相手を気遣かっての言葉だ。それ以上の意味は無い。
「それで、俺を呼んだ理由って?」
「ちょっと待ってよ。アタシ、飲み物頼んでないんだけど? あ、この本日のケーキセットっていうのください。飲み物はアップルティーで」
水とおしぼりを運んできたマスターに星空さんは即座に注文をする。
マスターは一礼すると下がる。
星空さんは水を一口飲むと、外を見て嫌そうに顔をしかめる。
「ねぇ、もっとマシな席なかったの? 日差し強いし、ここじゃあ外からまる見えなんだけど?」
「別にやましい事があるわけじゃないだろ? それに、俺はこの席が好きなんだ」
「やましくは無いけど、結構真剣な話するんだけど?」
「なら、個室に場所を変えるか?」
「それこそ嫌よ。あなたと変な噂でも立ったら嫌だもの」
心底嫌そうな顔をする星空さん。俺、嫌われるようなことしただろうか……?
「ま、いいわ。遅れたのはアタシだし」
なら言わないで欲しい。
口に出したら確実に数倍にして返されるので、決して口にはださないけれど。
俺が黙ったからか、しばらくお互い無言になる。
やがて、マスターがアップルティーとケーキを持ってきた。
星空さんはアップルティーを一口飲むと、口を開いた。
「それで、今日あなたを呼んだ用件だけど」
「ああ」
「黒奈のことよ」
「黒奈の?」
「ええ」
「黒奈のことなら、黒奈に聞けばいいだろ? わざわざ俺を通して、しかも、休日にこっそり会わないといとできない話なのか?」
「ちょっと言い方が悪かったわね。黒奈を見るあなたの目について、って言えば良いかしら?」
「目……?」
目って言われても、俺は普通の目をしてるけど……。
俺は星空さんの言っていることがわからず、思わず少し首を傾げる。
そうすれば、星空さんは少しだけ目付きを鋭くして俺を見た。
「分かってなさそうね。あなた、時折黒奈を見る目がやばいわよ」
「や、やばいって、どういう意味だ?」
いきなり不名誉な事を言われ、思わずたじろぐ。
「うーん……何と言うか、たまに、友達って言うより、庇護対象を見る目になるのよね。それも、凄く情の深い感じの。ううん、情だけじゃない。なんか、もっと別の……感情以外が入り混じったような……」
言っていてわからなくなったのか、星空さんはうーんと唸りながらケーキを一口食べる。
「ともかく、言っちゃ悪いけど、それがアタシには異常に見えた。あんたが何か抱えてるなら、話くらいは聞いてあげようと思ったのよ」
彼女自身でも正確には把握していない。けれど、気味の悪さを感じた。
自分の感性だけを頼りに話をしに来たのか……末恐ろしいな、本当に……。
「一応、あんたもアタシ達のために戦ってくれたわけだし? それに、一緒に黒奈を叱った仲だしね。うん、アタシにしては珍しく、あんたはアタシの男友達だと思ってるしね」
気味が悪いから糾弾する、というわけではないらしい。
相談相手になる。それができなくとも、話を聞くくらいはする。という事だろうか。
「……そいつは、光栄だね」
「なら、話してみなさいよ」
「……そうだね」
時効と呼ぶには早過ぎる。けれど、俺一人で抱え続けるのも限界だとも感じる。
俺自身、黒奈を見る目が友人のそれでない時があるのは本当は理解している。そして、そうなった原因は、とても明るい空気で話せるものではない。
けれど、黒奈には、
……うん、なら、星空さんも巻き込もうか。
「じゃあ、聞いてもらおうかな」
「そうこなくっちゃね」
「でも、聞いたら星空さんも共犯だから。そこのところよろしく」
「げっ……一気に聞く気の失せることを……」
「呼び出したのは星空さんじゃないか」
「ううっ……分かったわよ。アタシも覚悟を決めるわ」
「よろしい。じゃあ、移動しようか。話は道中するよ」
「ちょっ、アタシまだケーキ食べてないんだけど!?」
「待つよ。急かすつもりは無い」
「アタシが急ぐっての! 話をねだっておいてゆっくりできないでしょう!?」
そう言うと、星空さんは味わう様子も無くケーキを急いで食べる。
そして、アップルティーを勢い良く飲み干すとテーブルに音を立てて置く。
「ごちそうさま! さあ、行くわよ!」
「はいはい」
俺達は席を立ち、会計を済ませると喫茶店を後にした。
外に出ると、太陽が肌を焼き、アスファルトが熱気を上げる。六月に入ったとあって、少し蒸し暑くなってきた。
俺はどこに行くとも言わずに歩きはじめる。星空さんは、俺の後ろをついて来る。
「それで、外でして良い話なわけ?」
「通行人は俺達の会話になんて興味は無いさ。それに、今は歩きたい気分なんだ」
「そ。あなたがそれで良いなら良いけど」
さ、聞かせてと星空さんが視線で訴えて来る。
俺は昔を回顧するように思い出を手繰り寄せる。
「三年前……中学二年の頃の話になる。俺は――」
――俺は、黒奈が嫌いだった。
〇 〇 〇
俺、和泉深紅には幼馴染みが三人いる。
二人は女の子。一人は男。
二人は兄妹。一人は一人っ子。
如月黒奈と如月花蓮が兄妹で、浅見碧が一人っ子。
幼馴染み三人の中でも、同じ男とあって俺と黒奈はとりわけ仲が良かった。
小さい頃からよく遊んだし、小学校に上がっても遊んだ。もちろん、中学校に上がっても遊んでいた。
けど、いつしか俺は、黒奈を鬱陶しく思うようになってきた。
というか、本心で言えば、俺は黒奈が嫌いだった。
いつも俺の後ろをついて来る。なにをするにも俺と一緒に居たがる。
黒奈が俺の側にいるせいで、他の友達が黒奈に遠慮してあまり近寄って来ない。
俺より黒奈が優先されてるみたいで、俺はそれが気に食わなかった。そして、俺じゃなく黒奈を優先する友人にも嫌気がさして来ていた。
日に日に黒奈に会うのも、黒奈が居る学校に行くのも億劫になってきていた。
けれど、そんな事で学校に行かないなんて家族に知られるのも癪だ。だから、俺は嫌気を我慢して毎日学校に行っている。
今日も今日とて、そんな嫌気のさす一日がやってきた。
学校に行く準備を整え、階段を降りる。
「あら、深紅。ご飯は?」
玄関に着いたところで母さんが俺に気付いた。
「いいよ、腹減ってない」
「ちゃんと朝ご飯食べないと、力出ないわよ?」
「大丈夫。俺、低燃費だから」
母さんの言葉に適当に返す。
元気が出る出ないよりも、俺は黒奈が家に迎えに来るのがやなんだ。
さっさと靴を履いて家を出る。
いつもは黒奈と一緒に学校に行っているけれど、最近それも億劫になってきたので、俺は待ち合わせをすっぽかして先に学校に行くことがしばしばある。
待ち合わせといっても俺の家の前に集合なので、俺が出てこなかったら黒奈は母さんに確認したりできる。それに、何回かすっぽかしてるけど、黒奈は一度も遅刻した事は無い。
まあ、追い付かれる可能性もあるわけで、俺はその可能性を考慮して早足に学校に向かった。
学校に着き、机の横にかばんをかけて、教科書等を引き出しにしまう。
教室にはもうすでにクラスメイトが登校しており、それぞれがそれぞれのコミュニティーで談笑をしている。
俺のところにもすぐに人が集まり、俺は彼らと談笑を楽しむ。黒奈が居ない時は、彼等は俺の事だけを気にかける。それが酷く心地好い。
しばらく、クラスメイトと他愛のない話をしていれば、登校時間ぎりぎりになってようやく黒奈が登校してきた。
ちらっと黒奈を見れば、俺の方を見て一瞬安堵したような顔をした後、自分の席に歩いていった。
……なんだ、今の?
俺は先に行ってしまったのに、黒奈は怒ることなく、むしろ安堵したような笑みを浮かべた。
黒奈のよくわからない行動に首をひねるも、黒奈がよくわからないの今に始まったことじゃない。
俺は黒奈の行動についての考えをすぐに思考から追いやりクラスメイトとの話に集中する。
「おーい、お前らー、予鈴なるぞー」
予鈴のなる一分前に担任が教室に入ってきた。
俺達の担任はルーズなところは結構多いけれど、時間に遅れたりはしない。うまく力を抜いて仕事をしている、そんな印象だ。
「今日の日直は……安達だな。号令頼む」
担任に言われ、安達が嫌そうな顔をしながらも従う。
「起立、礼」
「「「「「おはようございます」」」」」
覇気もなにもあったものではない挨拶。皆が皆、気怠げに挨拶をする中、黒奈は愛想良く挨拶をしていた。他数名の真面目な生徒もしっかりと声を出している。
朝からよくやるわ……。
朝はどうにもやる気がでない。いや、朝に限った話ではないけれど、一日の中で朝が一番やる気が出ないのだ。担任も手を抜いているのだ、俺達だって手を抜いても良いだろう。
「はい、おはよう。俺が言えたことじゃないが、お前ら元気ねぇなぁ……」
怒るでも、呆れるでもなく、ただただ事実を言葉にする。
「まあいいや。それじゃあ、出席取るぞー」
担任が怠そうな声で点呼をする。
俺はその声を聞きながら、窓の外に視線を向ける。
特に意味なんて無い。ただ、窓から見える景色がちょっと好きなだけだ。授業中も、面倒臭い教師の話中も、俺は時折窓の外を眺めて聞き流している。
「和泉」
「はい」
聞き流してはいるけれど、自分の名前を呼ばれればさすがにわかるので、適当に返事をする。
担任も、特になにを言うこともなく、点呼を続ける。
こうやって、何もなく時間が過ぎていくのが一番落ち着く。
煩わしいことも、苛立つこともない時間。静寂では無いけれど、程よく静かなこういう時間が、俺の安らげる時間だ。
「今日の連絡事項は特に無し。じゃあ、一時現目の準備ちゃんとしとけよー」
点呼も連絡事項も終わると、担任は教室から出て行った。
途端に、クラスに静寂とは程遠いざわめきが生まれる。
俺の周りにまた人が集まる。
少し億劫に思いながらも、愛想良く返す。
適当に返事をしながら、ちらっと黒奈を見れば、黒奈は一人で本を読んでいた。
……協調性の無いやつ……。
周りに完全に従えとは言わないけど、もうちょっと周りと馴染む努力をしろよ。だから友達の一人もできないんだよ。
黒奈の姿を見ていたら無性に苛立ってきたので、俺は黒奈から視線を外した。
その後の会話の内容は全く憶えていない。特に、記憶に残るような話をしていないからだろう。
それでも、ありふれた、日常会話を楽しんだことだけは憶えていた。
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