第29話 グレートバリアリーフ

 ケアンズあたりへ行くと、グレートバリアリーフ行きのクルーズやボートがたくさんあるのですが、夫が選んだのは、海上で一泊できる小さなボート。ネットで調べて評判が良かったので決めたらしいのですが、私は最初「わざわざ一泊しなくても……」と思っていました。


 ダイビングやらシュノーケリングって、半日もすればヘトヘトに疲れそうじゃないですか。それに、ボートで寝るだなんて、いかにも窮屈で不便そう。私たちはともかく、子どもたちが船酔いでもしたらかわいそうだな〜と。途中で帰りたくなっても、海のど真ん中なので留まるしか選択肢がありません。


 でも、「一生に一度のことだから!」という夫の熱意に押されて、心中では懐疑的なまま、夫のおすすめに従ってみることにしました。


 港で集合して出発したのですが、高級そうなピカピカのヨットや大型のクルーズを横目に、私たちが誘導されたのは、くたびれた(失礼)小さなボート。


「今夜寝る所です」と案内されたのは、ボートの底の端っこの一角でした。両壁にベッドが二段付けられていて、高さが二メートル、幅も一番広いところで二メートルくらい。ボートの端っこなので、先端が尖って狭くなってます。


 昔の夜行バスのボート版みたいな感じでしょうか。カーテンの代わりに、ナイロン製のロープからシーツがダラーンとかけてあったのが、よく言えばチャーミングでした。


 豪華とは対極にある必要最低限の設備しかないボートで、ただでさえ懐疑的だった私はさらに不安になりました。が! もう乗っちゃったもんは仕方がないので、なんとかなるさと腹を括りました。


 結果的にどうだったかと言いますと、本当にすばらしかったです。間違いなく一生の思い出になりました。


 大型クルーズって、百人くらいいっぺんに人をグレートバリアリーフまで運んで、グループ単位で効率よくダイビングやらシュノーケリングやらやって、数時間したらまたウワーッと集団でケアンズに戻ってくる……という流れだそうです。


 それに比べて、私たちが乗っていたボートは、従業員クルーが四人、お客さんは私たちを入れて11人という少人数。アットホームな雰囲気で、いろいろと自由がきき、のんびりできました。


 従業員さんたちは、ダイビングインストラクターになってまだ一年という、若くてきれいな女性をのぞいて、みなさんその道三十年というベテラン。ベテラン勢の三人でボートとビジネスを共有しているらしいのですが、それぞれにキャラが濃くて!


 みなさん、ガラが悪いんですよ(笑)。しゃべり方も乱暴だし(←たぶん土地柄)、サングラスかけてるし(←日光を遮るため)、カリカリに日に焼けていて、Tシャツ、半ズボンにサンダルばき(←仕事着)です。


 一見、カタギじゃない雰囲気の面々でしたが、仕事はいたって本気でやっていらっしゃいました。みなさんご自分のお仕事を心から好きだとおっしゃっていたのが印象的でした。


 ベテラン従業員の一人が料理担当だったのですが、彼の作るご飯がむちゃくちゃおいしかったです。ボートで提供されるご飯なんて、飛行機の機内食みたいな、調理済みのものをあっためただけ……なご飯を予想していました。


 そしたらなんと、ボートのキッチンでローストチキンを焼いているではないですか! 小さなボロボートに、まさかオーブンがあるとは驚きでした。チキンだけでなく、お野菜もオーブンで焼いてくださって、それとは別にサラダやガーリックブレッドまで付いてました。


 朝食や昼食も、それぞれお野菜たっぷりで、おいしい上にヘルシーでした。普通の家庭で食べるようなご飯で、それがかえって嬉しかったですね〜。子どもたちも大喜びでした。そんなオフクロの味を提供してくださったのが、ガラの悪い中年男性だったっていうのが、さらにポイント高かったです(笑)。


 さてさて、肝心のダイビング&シュノーケリングです。これはね〜、ほんっとすごくて(←語彙力崩壊)、リアル竜宮城でしたよ。


 映画の『ファインディング・ニモ』をご覧になったことはあります? グレートバリアリーフが舞台で、美しいアニメーションに世界が驚愕した作品ですが、本当にあのまんまでビックリしました。


 しかも、ダイビングなんてしなくても、顔をちゃぷんと水面につけるだけで、360度あの世界が広がってるんです。豊かなサンゴ礁の中に、数え切れない種類の熱帯魚がゆらゆら泳いでいます。


 人間を怖がらないので、自分から数センチの距離を泳いで行くのです。ニモのモデルになったカクレクマノミを始め、色鮮やかな魚たち。大きさは1センチ以下のものから、1メートル以上のものまで、形も様々。エイやタコに巨大ナマコ、2メートルほどのサメも見ましたよ。


 一泊の旅だったので、時間をかけて陸から遠く離れたサンゴ礁まで行くことができ、数カ所違うポイントでダイビングやシュノーケリングを楽しめました。また、夜、早朝、日中と、一日の中でも時間帯が変われば海の表情が変わりますが、それぞれ堪能できました。


 ダイビングなどをしていない時間は、ボートの中でおしゃべりや読書をしたり。昼は海を眺め、夜は星を見上げ、疲れたら昼でも夜でも横になってうたた寝しました。


 夫も私も子どもたちも、旅行が大好きであちこち行ってますが、今回の旅は本当に特別でした。そして、何回旅行に行ってもうれしいのが、帰ってきて「我が家が一番」と思うことです。そこまでで旅は1セットなんでしょうね。


蛇足:このエッセイ、いつもの時間に公開できずにすみません。日光で脳までローストされちゃったのか、頭の回転が普段よりもさらに遅くて、エッセイを書くのも通常の数倍の時間がかかりました。日常のペースに戻るまでにあと数日かかりそうです。ヤレヤレ。

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