第8話 かわいい馴れ初め談

 エッセイを毎週書いていると、「今日のエピソードはつまらないかもしれないんですけど」とか「急いで書いたので文章があらいんですけど」とか、冒頭で言い訳したくなることがままあるんですが、グッとこらえます。


 というのも、あるプロ作家さんのブログで、「読者さんというのは、書き手が思っているよりもはるかに素直に文章を読まれるので、『つまらないかもしれないんですが』と前置きすると、『つまらないんだな』と思って読んでしまうんですよ」的なことが書いてあったからです。


「つまらないかもしれないんですけど」と言い訳をしたところで、つまらなさが軽減するわけはなく、むしろ増大するってことですよね。うぎゃー! なので「今日も大したこと書いてないな」と思っても、心の中にしまって、まーいっか、と公開しています。


 そんなエッセイ書きさん、案外多いんじゃないかと思うんですけどどうですかね。


 さて、リモート会議では毎週会ってるのに、実際に会ったことのない同僚がいます。ちなみに、ロックダウンの後、勤務先がリモートワークとオフィスワークのハイブリッドになったので、オフィスに行く曜日が違う同僚とは、ずーっと会えないままだったりします。


 その同僚(仮にローズさんとします)、部署が違うこともあって、頻繁に会議で顔をみる割にはあまりよく知らない方でした。話し方や表情が可愛らしい人で、勝手に二十代前半だと思っていました。


 いつもニコニコと感じが良く、どんな仕事も嬉々としてこなしてくれて、しかも仕事が速いのです。なので「最近の若者はやはり優秀で性格もいいな」と感心していました。


 ひょんなことから、彼女が結婚していて子どもがいることを知り、「えー! 子どもがもういるの? 若いのに」と驚きました。


 するとローズさんの方もびっくりして「私、全然若くないよ。四十五歳だよ」と言うではありませんか! リモート会議でどんな若返りのフィルターかけてんのかと思いましたよ。


 そこから世間話に花が咲き、ローズさんと旦那様の馴れ初めを聞きました。


 約五年前、ローズさんは故郷のシンガポールでIT企業に勤めていらっしゃいました。四十歳にもうすぐ手が届きそうな当時、未婚で恋人もおらず、もう結婚することはないんだろうなと思っていらっしゃったそうです。ご本人いわく「結婚の波に乗り損ねた」と。


 シンガポールの家族とは仲が良く、お友達もたくさんいて、恋人はいなくても楽しい生活だったそうです。


 そんな中、今の旦那様(仮にブルースさんとします)が出張でシンガポールにいらっしゃいました。ブルースさんは水曜日から金曜日までの出張だったので、帰りの便を日曜日の夜にして、土日にシンガポール観光を予定されていました。


 金曜日の夜、会社のみんなで飲みに行った時、ローズさんはブルースさんと出会います。一目で「おお、イケメン」と少しときめきつつ、ブルースさんはローズさんより十四歳年上で五十代半ば。「既婚者だろうな」とローズさんは思いました。


 ところが、ローズさんの同僚が「ローズ、こちらはオーストラリア支社から来たブルースさん。今は独身でフリーだよ。ブルースさん、こちらはローズ。彼女も今恋人がいなくて募集中なんです」と冗談めかして紹介してきたそうです。


 そんな紹介にお互いに照れつつ、和やかに飲み会は進行しました。ローズさんとブルースさんは連絡先を交換することなく解散となり、「もう会うこともないんだろうな」と、ローズさんはちょっと残念に思っていました。


 しかし翌日、例の同僚からローズさんに電話がかかってきました。「ローズ、今週末なんか予定ある? ブルースさんをシンガポール観光に連れて行く約束をしてたんだけど、急に出張が入っちゃって。代わりに連れてってもらえない?」と。


 特に予定のなかったローズさんは、喜んでブルースさんを観光に連れて行ってあげました。


 それが縁で国をまたいだ遠距離恋愛が始まり、その半年後には結婚してオーストラリア移住、さらにその半年後に子どもに恵まれて今にいたります。


 ローズさんの同僚は、飲み会でローズさんとブルースさんがいい雰囲気だったのを察知して、「急に出張が入った」だなんて、実は大嘘をついたのでした。すばらしいキューピッドぶりですね。


 人生って本当になにがあるかわからんな、と思ったかわいい馴れ初め談でした。


 

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