第2話 ビジネスチンピラ


 俺こと、三下古里は英雄に憧れていた。


 戦隊やヒーロー、ファンタジーの勇者や最近話題の異世界モノの主人公等…悪を打ち倒し、正義を貫く。


 そんなヒーローに、俺は憧れていたのだった。


 だが、現実はなんとも悲しいもので、英雄やヒーローになるには才能がいるし、まずそんな状況に陥ること自体ほぼゼロに近しい確率だろう。


 つまりは、ただの一般人である俺にはそんな英雄になるのは不可能だというわけだ。


 そう思っていた俺は…なんの因果かそんなチャンスを手に入れることになったのであった。


 いつものように仕事を終え、帰宅中の出来事であった。


 ぼーっと夜道を歩いていると、一人の真っ白な少女が道の真ん中でフラフラと歩いていたのだ。


 髪も、肌も、その瞳も何もかもが真っ白な女性だった。普通なら幽霊だ!とかそんな反応なのだろうが仕事で疲れていた俺は完全スルー。


 しかも関わるのも怖いので無視して横を進もうとしたのだが、フラフラと道の真ん中を歩く女に向かって大型のトラックが減速せずに前進していたのが目に入った俺は…何故か彼女を助けるために道に飛び込んだ。


 正直、なんて馬鹿な真似をしたんだと後悔している。


 彼女はどう考えてもこの世のものではなかっただろうし、見知らぬ誰かのために命を懸けるなんて馬鹿げている。


 だが俺はなぜか飛び込んでしまったのだった。彼女を思いっきり突き飛ばし…そのまま引かれた。


 最後の瞬間は思い出したくもない。トラックにぶつかったときの衝撃は、今までの人生で一度も経験したことがないような痛みであった。それに即死でもなかったの地面に転がったときにも痛みもあって…もうぐちゃぐちゃであった。


 そして気がつくと俺は白い世界に立っていた。


 そこで目の前に現れた女神様に、貴方は異世界に転生する権利を得たと言われ、一つの能力、つまりチートを与えられることになる。


 人を助けたのが条件だったのか、あの白い女を助けたことが条件だったのか…正直全く検討もつかないが、そんなこんなで異世界に転生することになったというわけだ。


 そして俺は、異世界に転生しもう10年の月日が経過した。そんな感じで結構異世界にも馴染んできた俺が今何をしているかというと…


「てめェみてェなガキが、竜を討伐したいだァ?無理にきまってんだろ!」


 冒険者ギルドで、初心者狩りをしていた。


「……貴方に何かを言われる筋合いはありません」


 目の前にはフードで顔を隠した小さな少女。


 多分14歳くらいだ。そんな彼女は、俺のガンつけにも全く怯まない。


 一体何をしているのか?見ての通り冒険者ギルドで馬鹿なことを話していた子供に絡んでいるのである。


 いや、別に好き好んでやってるわけじゃないんだ。


「目の前で自殺しようとしてるガキがいたら止めるに決まってるだろ?」

「自殺…?」

「ああ、そうだよ自殺だ。しかも他人を巻き込んでの無理心中なんて、誰でも止めるに決まってんだろォ?」


 ニヤニヤと、小馬鹿にするように話しているが、本当に好き好んでやってるわけじゃないんです。信じてください。


 これは仕事なのである。


 五年前、異世界に転生した俺は冒険者になった。冒険者といえば、異世界転生の定番だろう?


 龍や神狼といった最強の生物を打ち倒し、英雄になることを夢見て、俺は冒険者になったのだ。


 だが、現実はそこまで甘くはなかった。低ランク冒険者では、街の土木工事の手伝いや薬草採取、討伐であればうさぎやゴブリン程度しか相手にさせてもらえない。


 とはいえチートを手に入れていた俺には、このくらい街に魔物が攻めてくるとかの何か大きなイベントがあれば一気にランクが上がると謎の自信を持っていたのだが、討伐依頼を初めて受けて外に出た俺が知ったことは…俺はゴブリンにすら苦戦するほどの雑魚だったという現実。


 身体強化なんて、現在の身体能力の3倍になることくらいの出力しかなかったのである。


 え、別に強くない?と思うやつもいるだろう。だが妄想と現実は全く違う。ただの生身の人間が化物に対しての勝率は、身体能力がいくら上がったところで変わらないのである。


 どうにか死ぬ物狂いで訓練し、生身の身体能力を鍛える。常時身体強化を起動したりと、沢山の努力もした。


 そして、5年間冒険者として戦い続け、ギルドの中でもとても早く辿り着いたBランク冒険者だったが…もう潮時であったのだった。


 身体強化は倍率を上げることでいくらでも伸びたが、魔力の量には才能という名の壁があった。


 身体強化以外何一つ魔法を使えない俺は魔法使いにもなれず、武器を扱えるほどの器用さもない。


 俺は、身体強化を使い戦斧で力任せに相手を叩き潰すということしか、5年間で身に着けられなかったのだ。


 英雄になりたいなんて願いも、とうの昔に冷めきっていた。不可能、才能がないということを、はじめの一年目で理解してしまったからだ。


 そして、Bランク冒険者となってから一年、俺は冒険者を辞めることにした。身体強化は、土木関連ではとても優秀であったためだ。


 異世界に転生したときの年齢が14歳。それから5年が経過し、年齢は19歳。まだまだ冒険者としては現役ではあったが、俺にとっては周りが優秀で、なんというか居場所がなかったのだ。


 そんなときに舞い降りた転職のチャンス。人間関係も悪くなく、是非ともうちに来てくれないかと打診ももらっていたため、いい機会だと思っていた。


 だが、そんな俺はギルドマスターによって引き止められた。君の力をここで活かしてみないか?という話だった。


 断ろうとした俺だったが、ギルドマスターは思った以上に熱心に俺を勧誘してきた。


 そのため、仕方なくということで一年だけ契約を結んだのであった。


 その仕事内容は、若い冒険者や今から冒険者になろうとしている子供に痛い目を見せる仕事であった。


 何を言っているのかわけがわからないだろう?俺も当時は目を丸くした。だが、その仕事はギルドマスターに説明されると、そんな馬鹿みたいな仕事は意外にも重要な仕事であったことがわかったのである。


 冒険者とは命がけの職業だ。街の中の仕事でも、高いところから落下して怪我をすることもあるし、外に出れば依頼とは違う魔物が数多く存在する。森に偶然現れたはぐれの魔族なんてものも現れたりするのだ。


 そのため、少年少女の無理はギルドでどうにか止めたいのだが、冒険者になることをギルド側が拒否することはできない。


 ランクを上げないということもできなくはないが、そんなことをすれば才能ある者たちを潰してしまうことになるし、信用問題にも関わる。

 

 というわけで、無理をする者たちを諌める役が必要というわけで、そんな仕事に俺は勧誘されたというわけだ。


 冒険者としての怖さを教えながら、無理だということをわからせる。そういう仕事というわけだ。


 最初の頃はとても辛かった。嫌われ役であったし、他の冒険者から突然どうしたと困惑されることもあった。


 だが、そんな仕事も一年が経過し最後の日、初心者冒険者が、とんでもない速さでCランク冒険者となった。


 俺とはまさしく別物の、才能のある英雄の卵。彼なら大丈夫だと、俺は彼に絡まなかった。それが間違えだった。


 実力を過信した彼は、Cランクになったその次の日、パーティで受けることが前提のダンジョンに単独で突入したのだった。


 俺がそのことに気が付き、ダンジョンに向かったときにはもう手遅れだった。足に怪我を受け、動けなくなったところに生きたまま内臓だけ喰われ殺されていた。


 その時、俺に浮かんだ感情は後悔であった。


 彼を鍛えたことなんてない。彼と話したことなんてない。彼に絡んだことなんてない。


 だが、俺は彼が前日に、パーティメンバーに実力を試すために一人でダンジョンに行くという話をしていたのを近くの席で聞いていたのだ。


 耳に入ったその話を…俺は彼なら大丈夫だと思ってしまったのだ。


 その結果がこの結果だった。


 仕事だったはずなのに、俺は自分の適当な判断で、未来ある少年を殺してしまったのであった。


 俺は…仕事の期間を延長した。


 口調を変え威圧感を出すことにした。


 銀色の髪と鋭い目つき、それと冒険者をやっていたときに受けた顔の傷のせいで、半グレのチンピラのようになってしまったが、それも冒険者に絡むには都合が良かった。


 実力以上の依頼を受けようとする者たちを煽り、俺達ならできるなんて幻想を抱いている者たちをいざとなれば暴力を振るってでも止める。


 冒険者は実力主義だ。それに、あまりにも無謀な挑戦だけを止める俺に文句を言う人達も少なくなってきた。


 それから4年。俺は今もこの仕事を続けている。


 それに、今はモチベーションもあるのだ。


 周りに視線を向けると、とあるシスターの少女がこちらの方を見ていた。


 彼女は『黄金の流星』というパーティのヒーラーの少女だ。


 現在冒険者三年目で、最速でAランク冒険者になった、このグローリアの看板冒険者パーティでもある。


 黄金の流星、彼らは俺がこの仕事を始めて二年目で出会ったパーティだ。


 彼らがDランク冒険者だったころ、何故か彼らはCランク冒険者用の討伐依頼を受けようとしていた。1ランク上くらいなら、特に問題はなかったのだが、彼らが受けようとしたのはほぼB級に足を踏み入れているくらい難易度の高い、メデューサと呼ばれる魔物の討伐依頼であった。


 そんな無謀な挑戦をしようとした彼らを止めるため俺は冒険者ギルドで絡んだのだが、実力はまさかの互角。そのときはDランク冒険者にすら追いつかれたのかと絶望したものだ。


 それで、結局俺にすら満足に勝てないのなら、お前らはメデューサを倒すのは無理だとギルドマスターに説得してもらい、彼らを止めることができた。


 そのときは、もしかしたら勝てたかもしれないのに止めてしまって申し訳ないことをしたなと思っていたのだが、その後討伐されたメデューサは変異種だったことが判明、推定ランクはなんとA級。もし彼らがあの頃挑戦していたら…そう思うと今でもゾッとする。

 

 そして、その後彼らは僕達を止めてくれてありがとうと、お礼を言いに来てくれたのだ。それからはご飯を偶に共にするくらいには仲良くなり…


 あれは、今でも俺のモチベーションに繋がっている出来事だ。こんな自分でも、しっかりと誰かの役に立っているんだと、そう思えた。


 俺は英雄にはなれない。だが、英雄になる者たちを助けることはできるのだと。

 

 そんなこんなで、俺は今日もいつものように無謀な挑戦をしようとしいる少女に絡んだというわけだ。


 そんなパーティの一人が見ているのだ。しっかりと演じないとな。

 

「邪魔をしないでください。私はこの竜を討たなければ…!」

「いいか?テメェみてェなガキ、俺は今まで沢山見てきたんだよ…なんの理由があるかなんてわかんねェけどよ?周りを巻き込むんじゃねェ。テメェがミスりゃ、俺らが尻拭いする羽目になるんだぞ?」


 そう言い、彼女の持ってきた依頼書を破り捨てる。依頼書には、竜の谷の中位竜の討伐と記されていた。


 竜の谷の中位竜。難易度は推定A。中位竜だけであればAランク目前のBランクパーティでも勝てるだろうが、竜の谷となると話が変わる。そこには他の竜も住んでいるのだ。


 簡単に言えばA級の中でも上位の実力のパーティでなければ勝てない強敵である。しかも、逃せば街に群れで復讐しに来るというトラップ付きだ。


 どんな理由があってもこの依頼書を貼らせるわけには行かない。ギルドは依頼を断れないし、受けようとする者も断れない。つまりこの依頼を見て行けると思った者たちが受けて、失敗すれば…どうなるかは簡単に予想できる。


 最後に竜の谷の竜がグローリアを襲ったのは3年前。街を襲った竜の数は3匹で犠牲者は13人。その中には民間人も混じっていた。


 この街に住んでいるのなら誰でも知っている話だ。つまり街の外から来たのだろう。


 どうしても竜の谷の竜を討伐したいのなら領主様にお願いして王都から騎士団を派遣してもらわないとならない。


 そのことを伝えようとするが、彼女は勢い良く冒険者ギルドを飛び出していった。


「クソッ…流石にヤベェか」


 これで無謀にも挑戦しようものなら、街にも被害が出るし、彼女一人で生き残れるとも思えない。そう思い慌てて彼女を追いかけようとギルドを出ようとすると、後ろから声をかけられる。


「待ってください、コザトさん!」

「ん!?なんだ!!」


 振り返ると、そこには心配そうな顔でこちらを見る黄金の流星のシスターの少女。


 プラチナブロンドの美しい髪と紫色の瞳、顔立ちはとても整っていて、すれ違えば10人中10人が見惚れるくらい可愛らしく美しい。


 名前はシリア。外見も綺麗で名前も可愛いなんて反則である。


「なんだよっ!俺は急いでんだよ!止めんじゃ…いや、お前のほうが適任か…?」


 慌てていたため冷たく突き放そうとしたが、冷静に考えると、俺が止めに行くより、彼女に任せたほうがいいかもしれない。


 同じ女性であり、彼女は教会の聖女でもある。話を聞くのは得意だ。俺のような顔面ヤンキーがぐだぐだと説教したところで、伝わらない可能性のほうが高いだろう。


「おい、シリア。テメェがあのガキと話しやがれ」

「私が…?はい、任せてください!」


 俺がそう言うと、彼女は特に理由も聞かずにそう快諾してくれる。


 冒険者たちの前ではこのキャラを演じているため、その口調は何かをお願いする態度ではないのだが、こんな言い方でもちゃんと承諾してくれる聖女様様である。

 

 そして、新たな仲間を加えた俺は、急いでギルドを飛び出したのだった。

 

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