第7話
私を治療してくれた医者の言うところによると生きていたのは奇跡だという話だった。
あの時、私は人狼に腹を引き裂かれていた。
『森』に入るにあたって探索者向けに売られている防刃性能のある比較的丈夫な上着を着ていたが引き裂かれ、私の年相応に脂の乗った腹部も切り裂かれ腸がコンニチワしていたのだが、不思議と内臓は完全にとはいかないがほぼ無事だったそうだ。
それに、私は怪我をしたのが腹部だけだと思っていたら、目や耳の毛細血管が破裂していて中々スプラッタなことになっていたらしい。
伝聞でしか知らないのは、私は帰還から数えて三日ほど記憶が曖昧でその間の事を余り覚えていないのだ。
寝たり起きたりを繰り返していたのは覚えているのだが……。
「ああまで深く切り裂かれていて内臓に傷がないぞうって運が良かったね」
医者からしょうもないギャグを聞かされる羽目になった。
未知の感染症や寄生虫とかそこら辺の検査も細かく受けたがその度に私を担当した医者はこの調子だった。
最初に私のところに見舞いに来てくれたのは佐々木さんだった。
私がはっきりと意識を取り戻した翌日の事で、耳が早いなと驚いたが何のことは無い、隣の病室で世話になっているそうだ。
佐々木さんも私と同じように毛細血管が破裂したりえらいことになっていたそうで緊急搬送されたそうだ。
今のところ体を動かすのに支障はないそうだが、傷を受けたのが頭部と言うこともあって中々解放してもらえないのだとか。
頭部が包帯でグルグルに巻かれていて喋るのもしんどそうで、そんな恰好じゃ病院出ても生活できないだろうと言ったら、
「買い物なんかは家内に任せるし、森に行くだけなら問題ない」
言ってのけた。
そんな佐々木さんが教えてくれたのだが、同じ病院に救助された少年二人が入院していて一人は何度か見掛けたそうだ。
看護師さんとの会話の中で、一人は心を病んでまともに会話ができない状態で食事も碌に取らないと言っていた。
もう一人は何とか一命を取り留めたが未だに目を覚まさないそうだ。
佐々木さんが気分転換に中庭を散歩していた時にどこで彼の存在を知ったのか、救助された少年の両親からお礼を言われたという。
「正直なところ私は大したことをしていないから、どんな顔をしてその言葉を受け取ればいいのか困りましたよ」
やりきれないような何とも言えない表情で佐々木さんは言った。
佐々木さんが私の病室を訪れてから幾日も経たないうちに班長さんと長田君も見舞いに来てくれた。
田川にはいい印象が無かったが最後は彼に助けられた。
親族の方にはいずれお礼を言いたいし、線香の一つでも上げてやりたいということを告げたのだが、
「田川なら生きてますよ」
苦笑と共に告げられた。
最後、人狼に飛び掛かってダメ押しをした際、落下する人狼と共に死ぬつもりだったらしいのだが、囮になった隊員が近くにぶら下がっていてその人物に助けられたのだという。
どちらにせよ彼が飛び掛かってくれたおかげで助かった命だし、もし会うことがあれば是非ともお礼をしたいものだ。
それと班長さんは懲戒処分を受けて停職となったそうだ。
自ら自衛隊を辞したい旨を伝えたらしいのだが、上官からの説得を受けて残ることを決めたそうだ。
事情はどうあれ救助者を重大な危険に晒した上に、自らの指示で隊員を死なせてしまったのだからその責任を少しでも取るつもりだったらしい。
だが、
「今回の経験を全体で共有し活かすことこそ死んだ者達への餞にもなるだろう。そのためにも君に辞めてもらう訳にはいかない」
そう説得されては残らない訳にはいかなかった、そう語る班長の表情は以前にもまして使命感を帯びているように見えた。
私がネコババしようとしていた人狼の爪だが、隠し持っていたのが帰還の最中にばれてしまっていた。
が、今回の報酬の一部として貰えることになった。
班長さんが見舞いに来た際に、汚れを落として綺麗な状態になった爪を渡してくれた。佐々木さんも記念に爪を一つ貰ったと言っていた。
そんな班長さんと長田君は私に、
「これはまだ公に出回っていない話ですが……」
前置きしてからその後の事を少し教えてくれた。
二人の語ることによると、私たちが地上に戻ってすぐに応援の部隊が派遣されたそうだ。
その中には新設された『抜刀隊』と呼ばれる部隊からも数名が遣されてきたのだという。
抜刀隊は第一空挺や特殊作戦群と並ぶエリート部隊なのだそうな。
作戦等に関わることを口外してもいいのか、二人を心配して問えば、
「抜刀隊関連はどちらかと言うと積極的に広めたいみたいですね。話せることが多いんですよ。勿論線引きはありますけど」
そういう答えが返ってきた。
それで彼ら抜刀隊は取り残されていた自衛官や学生の遺体を回収しに潜ったのだが、その際に例の人狼も回収、見分を行ったという。
「あの人狼、人を捕食した痕跡が無かったそうです」
腹を開けて出てきたのはオークの肉ばかりだったそうだ。
「ですので、探索者の方には浅層で活動するようにと警告が出ています」
加えて国が『森』への門を頑なに閉じようとしないことに対して班長さんは憤りを隠そうとせず、「今の国はどこかおかしい」唸るように呟いていたのが印象的だった。
私が病院のベッドで療養している間も、『森』の下層では件の『抜刀隊』を中心にした山狩りが行われていたそうだ。
そんな山狩りの成果を聞いたのは私が退院する二日ほど前。
入院してから一月経った頃だった。
小型の、といってもサラブレッドほどの体躯がある人狼を三頭、抜刀隊が駆除した。
人狼の腹の中からは、今度こそ人由来の組織が出てきたという。
それを教えてくれた長田君はどこか安堵した表情をしていた。
ただ、相変わらず残りの一人は見つからず、今も捜索は続いている。
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