第5話
一度拠点となるポイントに集合した後、それぞれの捜索の結果が示された。
一人は行方不明のまま見つからず。
私たちが今いる場所は楕円形の台地のようになっていて、隊員が歩数でカウントしたところ直径は凡そ500メートル前後だそうな。
台地の中央にはオベリスクのような黒い石柱が立っているとのこと。
また、台地の高さは不明で、下に100mロープを垂らしてみたが底に着いた感触は無かったとの話だ。
もし、不明の一人がこの先に落ちたのなら救助の為に上に戻って装備を整えてからでなければ難しいことが分かった。
安部ちゃんの地図の写しを利用して私たちはこの先の進むべきルートを決めて移動のための準備を始めた。
もう一人の少年については助けた少年から逃げた方向が別だという事だけ辛うじて聞き出すことができていた。
示された方向は既に別の班が捜索を終えていて気配一つなかったという。
より詳しい話を聞こうという話もあったが、少年は酷く怯えておりまともに言葉を発することもできない状態だ。
今も隊員が付きっ切りで安心させるために声を掛け続けている。
担架に固定された意識不明の少年とその脇に座って震え歯を打ち鳴らしている少年をみやる。
目の前で仲間があんな殺され方をしたら仕方のないことなのかもしれない。
なんなら獣に食われている最中を見ていたかもしれないのだ。
荷物の確認も終わり、隊列を組んで移動となった直前、圧迫するような気配に包み込まれる。
自然とホルスターに手が伸びる。
瞬間、隊長が号令をかけ気配の方向に向けて銃火器を構えさせ班ごとに散会する。
霧の向こう、影が揺らいだ瞬間、大きな人型が現れる。
上背は三メートルはあるだろうか、剝き出しの発達した犬歯、血走った黒目の目立つ見開かれた瞳、頭部には血管が浮かび上がり、潰れた鼻に皺が寄り耳は尖っている。青白い肌をし、全身が筋肉に鎧われて分厚い。
その姿を見た瞬間、私はホルスターに伸ばした手を下ろし、何時でも逃げ出せるように腰を落とした。
八号事件のとき化け物を切り捨てていた剣術家の動画が流行ったが、冗談じゃないあんなもの真正面から向かって行けるか。
手にした棍棒を振り上げて化け物、オークは雄たけびと共に振り下ろそうとして……手首から先が弾け飛んだ。
同時に幾つもの発砲音。
胸と頭部を中心に穴が穿たれ皮膚はめくれ上がり、肉が弾け砕けた骨が露出する。
赤黒い血を溢れさせながらオークはその場に頽れた。
誰もが動くことを忘れたかのように無音の数拍。
気が付いた隊長が指示を出す。
どうやらオークの死体を検めるようだ。
倒せたからいいじゃないか、ということ話を私と佐々木さんがしていたら、
「我々の火器が想定以上の結果を出したので念の為の調査です」
長田君が教えてくれた。
自衛隊の使用する小銃はオーク相手に殆ど効果が薄いというのが件の動画によって知られていた。
しかしそれでは駄目だということで改良が行われていたのだ。
今回使用している小銃は弾薬を改良したもので一定の効果が認められるが、ああまで容易く倒せるほどではないと長田君は語っていた。
八号事件の時は、弾薬が旧来のものだったためか多くの自衛官が犠牲になったという。
「最初のひと当てで効果が薄ければ皆さんだけは先に逃げてもらうことになっていました」
とも言っていた。
自衛官がオークの死体の周りでざわついているのが遠目に見える。
「これは……早くこの場を離れる必要がありそうだ」
言葉とは裏腹に酷く落ち着いた口調で隊長はあらためて指示を出す。
どうしたのか、と聞いてみたら、
「あの死体、背中に致命傷になるような切り傷があったんです。つまりオークを獲物にできる化け物がどこかにいるんです」
「少年たちの傷に似ていましたから、間違いないでしょう」
深刻そうな顔で年若い隊員が教えてくれた。
それからは無言の行進が続いた。
自衛官の半長靴が地面を叩く音だけが響く。
霧の向こう、薄っすらと目的の上に向かうルートが浮かび上がった時だった、私たちは濃密な気配に包まれる。
圧倒的で暴力的で嗜虐的な空気に圧迫され、私は息をするのを忘れてしまった。
脳の奥が痺れ、手足の感覚が遠のいていくような、背筋が背骨が何者かに鷲掴みにされたような感覚。
ずっと前の方で誰かが「走れ」声を上げていた。
私は遠くに聞こえる声を聴いて夢の中に居るような感覚で足を動かした。
先頭の隊員が小銃を構え走っていて、上に向かう枝まであと30メートル、そんなところだったか。
差し掛かった瞬間、枝の根元のあたりから青黒い影が飛び出した。
狼のような頭部をした化け物が見えた。
それが発達した前腕を振るいながら先頭集団に突っ込んでゆく。
まるで紙のように、本当に笑ってしまうくらい容易く、獣の爪は隊員たちを引き裂いた。
輪切りになった肉体が、積み木がバランスを崩してバラバラになるように地面に転がった。
鍛え上げられた屈強な男が悲鳴を上げつつ銃の引き金を引き絞る。
だが、彼らも踏み潰されては染みとなる。
「お前たちは先に行け!」
誰かの、恐らくは隊長の言葉に動かされて私たちは数名の自衛官と共に走り抜けた。
後ろで誰かの叫び声と銃声が聞こえ続けていたが、それも次第に聞こえなくなっていった。
私たちは走った。
彼らがどんな最後を迎えたのか想像したくはなかった。
嫌な想像をしないために何も考えずに走った。
少し霧も薄らいだ辺りで広場に差し掛かり、私たちはそこで漸く足を止めた。
この辺りは私たちのような専業の探索者が降りてくる下限ライン。
この辺りを下に行くと全ての電子機器が使用できなくなる。
スマホで地図アプリ(オフラインで使えるもの)を利用する者達はここまでで折り返すのだ。
本来ならここから下は手書きの地図を作って地道に進む必要があるのだ。
頭上を見上げれば、見知ったルートを見つけることが出て私は安堵を覚える。
息を整えつつ、
「地上に戻って応援を呼びましょう」
長田君が提案する。
「ここからならば私が最短ルートを案内出来ます」
佐々木さんも声を上げる。
この場に逃れられたのは私と佐々木さん、救助者の学生二人に加えて自衛官8名。
この人数ならば休まずに走り続ければ十時間もあれば地上に戻れることを伝える。
しかし、
「ダメだ。それは出来ない」
反対の声が上がる。
強い口調で反対したのは田川だった。
「お前たちも地上には戻せない」
憤りを孕んだ表情で私たちを睨みつける。
「班長、私もこのまま地上に戻るのは反対です」
他の隊員の中にもそういう者があった。
何をふざけた事を言うのだ、私は怒りを覚えた。
しかし彼らの反対の言葉を聞くうちに足の裏から染み込んで来るような悪寒に近い無視できない感覚を感じ取って彼らの主張に納得してしまった。
「我々は間違いなくヤツに付けられています」
これなのだ。
だから田川達は強く主張する。
私たちが帰還すれば間違いなく奴も上まで匂い或いは気配を辿って付いて来る。
そうなれば、今日は土曜日、週末探索者で賑わう浅層に化け物を解き放つことになる。
「我々はここで全滅するかヤツを完全に殺すかしなければならないのです。奴に地上までのルートを教えるような真似は絶対にできない」
私たちに悩む時間は多くは与えられなかった。
足元からの圧迫感がいや増してゆく。
私は、できればこのまま帰って素知らぬ顔でいつもの定食屋に行って一杯ひっかけたかった。
だが、きっとその酒を美味く感じないだろう。
私は覚悟を決めると顔を上げて皆を見た。
全員覚悟が定まった顔をしていた(要救助者を除く)。
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