第4話

 未知のルートの先は霧に覆われ視界が悪い。

 地面がどのくらいの位置にあるのか適当なものを投げて反響音で推測するしかなかった。

 ロープを伝い下に降りて瞬間に感じたのは地面が硬いということだった。

 私の知る限り、この『森』はどの場所に立っても靴からは植物特有の接地感で柔らかさを感じるものだったが、この場所はまるで岩場に立ったような硬さを感じた。


 私は後続の為にさっさとその場を離れると待機している隊員たちの近くに行き、そしてその場にしゃがんで足元を確かめる。

 苔に覆われている部分もあるが、撫でるように触れるだけで下から地肌をむき出しにする。

 まるで黒曜石のような黒さで人工物のような滑らかさがあり、苔生しているものの痛んでいる様子はない。


 私はテレビで見た画像を思い出していた。

 そして隊員たちも何かに気が付いて空気がざわついている。

 全員が降りてきたことを確認し捜索を再開してすぐ、幾らも置かずに隊員の一人が声を上げる。


 私たちが見つけたのは四つの躯。

 どれもが腸を食い荒らされ、頭部を踏みつぶされていた。

 それらが折り重なるようにして墓標のような黒石の根元に積み重ねられていた。


「これは……脳みそを食っているのか?」


 死体を回収袋に収めていた隊員がそんなことを口にしていた。

 私は死体の頭部を見た瞬間、変形し辛うじて原型が想像できる形状に頭を殴られたような衝撃を受けた。

 潰れて眼窩から押し出された眼球が私を見ているような気がしたのだ。

 そして漂ってきた破れた内臓の残り香だろう、糞便と吐しゃ物の混ざったような口に出すのも憚られる匂いを吸ってしまい嘔吐した。


 一度吐いて落ち着いた頃には遺体の収容が終わっており、残りの三名を探すため班長同士の話し合いが行われていた。

 人命最優先という意見と未知の敵性生物が存在するため一度戻って応援を頼むべきだという意見で割れていた。


 私としてはさっさと逃げ出したい気分で一杯だった。

 学生の死体。

 潰された頭部よりも、腹部。

 鋭利な刃物で切り裂かれたような傷跡が作業に専念する自衛官越しに見えた。

 噂のオークとやらは見たことが無いが連中は刃物を持っていないという話だった。

 あくまでもネットの噂や、未踏査区域管理庁のホームページから得た情報だが……。

 ならば完全に未知の生物が、それも簡単に人を殺して餌にできる生物がそこに居たということだ。


 死体を検めていた隊員の一人は「まだ暖かく殺害されてそれほど時間が経っていません」という報告をしていた。

 周辺を警戒する隊員たちも情報を共有しているのだろう、少し前までとは違った緊張感が漂っている。

 私と佐々木さんは不穏な空気を感じつつ所在なく話し合いが終わるのを待っていた。

「お二人とも、銃などは持ってますか?」

 長田君がやってきて銃を持っているようなら直ぐに撃てるように確認しておくように言ってきた。

「ですがお二人が撃つのは最後の最後です。万が一原生生物と交戦状態になったら攻撃は我々自衛隊が行いますので」

 彼らが何を想定しているのかは何となくわかる。

 私も何度かネットの動画で見たことがある。

 オークだ。

 だが、私は未だにこの『森』もそうだが、西日本一帯の『森』でオークを見たという話は聞いたことがない。


 何にせよ昔見た動画の情報が正しければ私たちは逃げるだけで手一杯のはず。

 だが、それでも一矢報いねば死んでも死にきれないというもの。

 まさか常日頃から伝説の男、ボブ・マンデンの動画を参考にファストドロウの鍛錬を積んできた成果を見せる日が来ようとは。

 人生初の実銃によるバーストショット、腕が鳴る。


 ホルスターから直ぐに銃を抜けるように留め具を外してグリップを撫でているときだった。

 偶々近くを通りかかった田川は私たちを睨みつけると、

「余計な真似はするなよ」

 吐き捨てるように言う。

 ご丁寧に唾まで吐いていく始末だ。

 最初の印象以上に気分が悪くなるような奴だ。


 それから少しして警戒を密にしながら捜索を続行することで話は決まったらしい。

 どちらにせよ帰り道を見つけ出すためには周辺の探索が必須だったのも大きな要因だ。


 探索は幾つかのチームに分かれて行われた。

 私達は相変わらず長田君の班に率いられる形で拠点ポイント周辺を捜索する。

 私は神経を尖らせ気配を読むことがここ最近では得意になってきている。

 何となくではあるから人にこういうのが得意だとかそういう自慢話にはならないが、この先に何か嫌なものが居る、とか敵意の無い誰かが近づいているとかそう言ったことが察せられるようになってきたのだ。


『森』には小型の原生生物がそれなりに居るのだが、毒を持っている生物、攻撃的な性質を持つ生物等は見れば何となく察せられるのだ。

 それと同じで人が近くに居ると何となくわかる。

 そのことをそれとなく話してみたら、

「実は私もなんですよ」

 佐々木さんと長田君もだった。


 どうやら長く『森』で活動している人はそういう勘が育つ人が多いらしく、余程鈍い人でない限り近づいて来る人の気配くらいは何となくわかるようになるのだそうだ。

 これは長田君から教えてもらったことだ。

 自衛隊、というよりは長田君の所属する駐屯地では「根拠は無いが効果がある」として訓練の一環として駐屯地で管理する『森』に定期的に隊員を送っているそうだ。


 長田君は隊員の中には気配を消すのに長けている人がいて、そう言った人たちにはこの「勘」が働かないのだと悔しそうに言っていた。

 訓練の時にいつも後ろを取られるのだとか。


 そんな時だった、私は周囲の微風に混じって血の匂いが流れてくるのを嗅ぎ取った。

 うんざりした気持ちになってそれを伝えると、匂いを辿ることになった。

 数メートルも歩けば、長田君が気配を感じたらしく進むスピードが上がる。


 向かった先には、私たちと同じく気配を辿ってきた別班と救助されている二人の少年の姿があった。

 少年は地面から突き出た卵の殻のような物体の内側に身を潜めていたと最初に発見した班の隊員が話していた。

 殻の表面は奇妙な文様が描かれていて、どことなく縄文土器やケルトの入れ墨を思い出す。

 その卵の殻の内側には壊れた機械のようなものがあって、円筒形の筒のようなものやケーブルらしいものも見えた。


 それらのデザインに私は見覚えがあった。

 何時頃からか、安部ちゃんが首から下げていたペンダントトップによく似ているのだ。

 変わった材質で宝石のようなものも付いていたように思う。

 佐々木さんも思い至ったのか少し難しい顔をしていた。


 少年たちの処置がある程度終わり一度拠点に戻ることになった。

 一人は自力で歩ける程度だったが、もう一人は血まみれで意識が無かった。

 応急手当をして止血等を行ったが手持ちのキットではこれ以上の治療を行えず、命を救うには速やかに地上に戻り緊急搬送する必要があるとのことだ。


 幸いにも救助した少年たちがこの周辺の地図を持っていた。

 その地図に書き込まれた文字は安部ちゃんのものに間違いなかった。

 怯え震えるだけの少年に私たちは問いただそうとしたが隊員の人達に止められてしまった。

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