第3話

「免許持ちと言っても民間人だろう」

 その男は私と佐々木さんを見るなりそんなことを言った。

 その目に見下すような感情があって私たちが同道することを不愉快に感じており、それを隠そうともしていなかった。

 長田君は何とか納得してもらえるようにとりなしてくれたが、私としてはここで追い返してくれても良かった。

 だが、長田君の努力のお陰で私と佐々木さんは彼らの捜索に付いて行くことになった。

「この先のルートは恐らく地図には載っていません。私たちならそれが分かります」

 佐々木さんの言葉も大きかった。

 追いかけるにしても果たして学生連中が安部ちゃんのルートをそのまま利用しているのか怪しいものだ。

 前提が崩れたとき、私たちは間違いなく足手まといになる。


 加えて違っていたら地上に戻るのは結構歩かねばならないし、正直なところ私としてはこれ以上の協力は必要ないとも考えている。

 だが、結果は先の通り。


 この結果を受けて先ほど敵意を見せた自衛官は露骨に舌打ちをして、

「足を引っ張るなよ」

 私たちをひと睨みした。


 彼の名前は田川というのだと長田君が教えてくれた。

 長田君と同期で部隊内ではかなり真面目な人物だということだった。

 私としてはそうは思えないが部隊内の評価ではそうだということだ。

 釈然としない気分のままロープを使って下に降りると痕跡探しを再開した。


 地面に落ちていた携帯食のゴミは丁度七人分で、彼らの滞在は間違いなかった。

 私も佐々木さんもゴミを捨てていったことに眉をしかめるが、マナーの悪さが彼らにつながったこともあるし、分かり易い目印を残してくれていたことに感謝しておく。


 彼らの足取りだが、流石自衛隊と言うべきか、合流した班の数名が地面のコケの削れ具合で進んだ方向を割り出していた。

 私たちは痕跡を辿って地図上のあいまいな部分を修正しつつ辿る。

「やはり彼らは安部ちゃんのルートを使っているみたいですね。ですが、あの子はこういう情報を人に話すようには思えないのですが……」

 佐々木さんはしきりに首を傾げていた。

 私も同意だ。

 このルートを私含め数名が教えてもらったが、それはあの子が地元を離れる少し前になってようやくだったのだ。


「その安部さんという方は凄いですね。我々が調査した際に想定していなかったルートですよ」

 長田君は、これから下に降りようとしているポイントもそうだと語った。

 ここは今いる枝からでは分からないが、三メートル程下に降りると今足場にしている枝に隠れるようにして蔦が絡まって足場になっているのだ。

 そこをポイントに壁を伝って今いる樹の真裏まで移動する。

 慣れている我々なら装備の少なさもあって移動は楽なものだが、自衛隊員が装備を担いだ状態だとそれも難しい。

 移動の際に背嚢があちこち引っかかるのだ。


 何とか安全を確保し移動を完了したが、想定以上に時間がかかってしまった。

 一度だけ一人の隊員が足を滑らせて滑落したが、どうやら苔が集中して生えている場所に足を掛けたようだった。

 彼は宙にぶら下がった状態であったが、下方にアウトドアメーカー製のカバンが落ちていたのを発見した。

 何か手がかりがあるかもしれないと言うことでロープを緩めそのままを送ってみたところ鞄の中から財布が出てきて、捜索中の学生の持ち物であることが分かった。

 ただ、良くないことに鞄には血痕があり、何かしらの外傷を負っていることが分かり捜索チーム内に緊張が走った。


 ここまでルートが同じであれば、と言うことで私と佐々木さんは彼らを先導することになった。

 安部ちゃんのルートはかなり複雑なので地図や情報、痕跡を辿るだけでは余計に時間がかかってしまうからだ。

 私たちはこのルートが泊りがけ前提の深さまで潜るためのルートだと知っている。

 行は早いが、地上に戻るためには結構長いルートを歩かなければならないのだ。

 最初にこのルートを案内してもらったときは何度か休憩を挟まなければついていけなかったが、何度か通ううちに休憩しなくても下まで行けるようになったのは私と佐々木さん中年組の密かな自慢だ。


 探索拠点となる広場に降りたのは捜索開始から十時間程経過した頃だった。

 ここからが分からない。


「ここを中心に調べるぞ」


 班長が指揮をして隊員があちこちに散らばってゆく。

 広場の中央には傷を洗ったであろう空のペットボトルと濡れて血の染みたタオルが捨てられていた。

 他にはスナック菓子のゴミもあった。

「ここを離れてからそんなに経ってはいなさそうですね」

 長田君が濡れた地面を睨んで残留物を回収していく。


 ここのエリアは上から降りてきて採集に移る前に一時休憩するために使っているエリアで、良く知っている場所だ。

 ここから何処へ向かったのか、そう思案した時だった。

 隊員の一人が班長を呼ぶ声。

「ここから更に下に降りたようです」

 隊員が示す先には薄汚れたロープとそれに結わえ付けられたカラビナ。

「あの結び方はあの子のものですね」

 佐々木さんは人垣の向こうに見えるオレンジのロープを見る。

 よくよく見れば、薄汚れ曇ったカラビナの表面だが、一部、ロープが擦れたであろう場所は光沢を取り戻している。


 少なくとも私が知る限りここから下に降りたという者は居ないし、安部ちゃんに案内された時もこの下には行っていないし、教えてもくれなかった。

「ここから先は我々には未知の領域です」

 佐々木さんは隠すことなく長田君に報告する。

「わかりました。ですが、ここから上に戻ってもらうにしても……」

 我々も最後まで手伝わせてもらいます、と伝える。

 それに、なぜ彼らがこのルートを知っていたのか、それを明らかにしないとどうにも気持ちが悪いのだ。

 連絡の為に隊員二人を走らせると私たちは下に降りるためのロープの準備に取り掛かるのだった。


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