第2話
未踏査区域である『森』を何時ものルート半分手前で切り上げて査定を終えて換金してもらった帰り。
今日はラッキーだった。
一発目のポイントで一抱えもある大振りの樹結晶が手に入ったのだ。
一定の大きさを越えた樹結晶は取引価格が高めに設定されており、一抱え二十万で売れた。
五十キロくらいある塊を持ち帰った甲斐があるというものだ。
探索者の中には今回私が手に入れた大物狙いの者も少なくはないが、巨大な樹結晶を安定して手に入れるのは難しく、人気の『森』では縄張り争いが酷いことになっているそうだ。
ホクホク気分で定食屋に入ると普段は飲まない地酒と刺身を皮切りに珍しく深酒をすることになった。
その時、昼の番組でやっていたのは自衛隊と複数企業が共同で立ち上げた調査機関が行っていた合同調査隊が二週間ぶりに帰還したという話だった。
彼らの撮影した画像の一部には森の中に埋もれ横たわる巨大構造物が映り込んでおり、その内部までもが記録されていた。(一定の深さまで潜ると電子機器が誤作動を起こしてしまうため、深い場所はシンプルな構造のポラロイドカメラ等が利用される)
ニュースで報じられたその画像に日本どころか海外も沸き立った。
私も例にもれず凄いこともあるものだと妙に興奮してしまい、それが酒の勢いに拍車をかけたのは間違いない。
気が付けば顔なじみの探索者連中とテーブルを囲んでいて、閉店時間まで未知の発見について盛り上がっていた。
翌日、朝から『森』に出かけてみれば、自衛隊の車両が幾つも停まっていて、辺りには報道関係者らしい人々も集まっていた。
邪魔くさいと思いつつ人だかりを避けてゲートを目指すが、運悪く入場制限がかけられたばかりだという。
「学生共が昨日の昼過ぎから出てこないらしい」
とは私と同じくほぼ毎日『森』に通っている佐々木さんから聞いた話だ。
偶に出てくる時間が重なる時があって、食堂で一緒に一杯やったりすることもある。
歳の近い中年探索者同士の交流というやつだ。
佐々木さんの話ではどうやら高校生たちが例の巨大構造物を見ようと『森』に入っていったという情報があるとか。
ここの『森』にそれがあるとは限らないのに若者の勢いというのは凄いものだ。
半面で面倒な、と思いつつも仕方ないので酒でも買って帰って長編アニメでも見ようかと思い浮かべたところ、顔見知りの自衛官に声を掛けられた。
どうやら捜索の協力者が足りないので捜索隊に加わって欲しいとのこと。
本格的な捜索は自衛隊が手分けをして行うが、彼らが捜索に入らなかった重要度の低そうなルートの穴埋めをやって欲しいとのことだった。
私と佐々木さんはそういう事なら、と参加を表明した。
まぁ、自衛隊から正式な形で要請されたら我々探索者は断れないのだが。
入場ゲート脇の駐輪場の屋根の下には市内の高校の駐輪許可証が張られた自転車が七台停まっていた。
自衛隊の捜索隊が出発し終えてから私たちは出発した。
ある時期まで捜索は県警や消防の仕事だったが、関東の八号事件での先例もあって『森』から最寄りの駐屯地から普通科が派遣されてくるようになったのだ。
派遣されてくる人数は森の規模によるが、今回は50人程が派遣されたようだ。
人情なら直ぐに捜索開始、としたいところだが『森』に関しては捜索前のミーティングが念入りに行われる。
というのも、この『森』の中は電波が通らないため無線どころか通信機器が軒並み利用できないのだ。
更に悪いことに電子機器自体がこの『森』の中では役に立たない事が多い。
出入口付近ならまだいいが、下の方に降りてゆくと誤作動を起こす頻度が高くなっていき、ある境に近づけば電卓ですら誤作動を始める。
その先に行ってしまえば電子制御のない機械式のものしか作動しなくなるのだ。(だから深いエリアまで潜る者は機械式の腕時計や手書きのマップを用意している)
そういった事情もあり予め捜索ルートをチーム毎に決めておいて、定期的にゲート前の拠点へと状況報告の為に伝令を走らせる必要がある。
どうしたって人手が必要になってくるし連携も重要になってくるのだ。
私たち以外にもこの『森』をホームにしている探索者が数名追加で呼び出されていた。
案内やアドバイザーとしての仕事を期待されているのだろう。
みんな二日酔いでしんどそうだった。
「そういえば、お二人ともどこのハーネスを使っているんですか?」
私たちのチームが出発して捜索予定のルートに入った際に同じチームとなった顔なじみの自衛官が尋ねてくる。
長田君といって人懐っこい感じの若者で、良くここの歩哨に立っていて、偶に食堂にふらりと現れては私たちの卓に混ざることがある。
国が出しているガイドラインではハーネス着用を推奨しているし、そもそも、ここは安定して採取の行える開けた場所は少なく、どうしたってラぺリングの真似事をしなければならない。
「私はモムートですね」
佐々木さんが使っているのは探索者向けに最近販売されたフルハーネスで結構お高かったはずだ。
最新のデザインの為か長田君はとても羨ましがっていた。
対して私はゾマゾンで買った中華製のクライミング用で安物だ。
長田君は私のハーネスを見て微妙そうな顔をしていたが、今までこれを使っていて死にかけたことは無いのでいいのだ。
だいたい、ハーネスなんか滅多に使わずに肩がらみで下に移動するし。
それに近々3Fのフルハーネスに換える予定でもあるし。
悔しくなんかないさ。
暫く歩くと分岐点があり、主幹には青色のガムテープが張られていて部隊を示す記号が書いてある。
「私たちはこっちですね」
チームのリーダーが脇に逸れるルートを指さし、白い布テープに何やら記号を書いて幹に張り付ける。
こうやってお互いの捜索するルートを示し、迷い込まないようにするのだ。
私たちが進んだのは下っているルート。
一見すると下に降りているように見えるが、このルートは百メートルくらい先で途切れているのだ。
だから自衛隊はここを外れのルートにしたのだろう。
だが、
「これアタリかもしれませんね」
佐々木さんは難しい顔をして呟いた。
私もその言葉に大きく頷く。
今私たちが歩いているのは安部ちゃんがかつて使っていたルートで、採集ポイントまで行くためのショートカットだ。
安部ちゃんとは少し前までこの『森』をホームにしていた学生のことだ。
そして行方不明になっている学生たちは安部ちゃんの学校の後輩。
もしかすると彼らは安部ちゃんのルートを聞いたかして知っていたのかもしれない。
だが、あの子は学校の友人の話をしたことが無かったし、性格上友人を求めるタイプでもなかったように思う。
そう言う意味で疑念が私の心の中に生まれる。
佐々木さんの視線の先、五十メートルくらい進んだあたりでツタに絡まれた太さ二メートルくらいの枝がクロスする場所がある。
普通なら枝の下をくぐって向こう側に行くものだが、絡んだツタの一部に派手な色のロープに結わえられたカラビナが見えた。
安部ちゃんは良くここから十メートル以上下の幹にまで降りていた。
だが、そこにあるのは……
「下手くそですね、あの子ならこういう雑な結び方はしません」
佐々木さんは一目見て別人が残したものだと看破する。
加えて、何よりもロープが新しい。
あの子はもう何か月も前に東京の大学に進学したのだ。
「ここから下に降りたってことでしょうかね」
長田君が蔦に手をかけて下を覗き込む。
私も下に目をやれば、携帯食の包装が転がっているのが見える。
彼らはここから下に降りたのは明白だ。
少なくとも私も佐々木さんも安部ちゃんが居なくなってから何度かここに足を運んでいるが、その時にはゴミが転がっているなんてことは無かった。
「一度連絡を入れてから判断を仰ぐ」
班長の判断で指示が来るまでは一時待機となった。
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