第2話 母の母国サンタル国で帝国貴族に殴られそうになりました
「どうされました、お嬢様!」
アリスが慌てて聞いてくれたけど、
「いや、何でもないわ」
私は慌てて、首を振った。
出立にあたって義理の父は私に多くの騎士と侍女をつけると言ってくれたが、私は丁重に断った。
私はアルナス子爵家に入ることになったのだ。当然昔からそこにいる騎士も侍女もいるはずだ。それなのにそんなに多くの者を帝国から連れていくわけには行かないだろう。それに郷に入れば郷に従えということわざもあるのだ。
そう言うと父はキョトンとしていたからおそらくこの世界のことわざではないみたいだったが……
一人も連れて行かないと言うと許されないみたいだったから、私は専属の侍女のアリスと騎士のセドリックを連れて行くことにしたのだ。
二人共帝国に親兄弟がいなくて独身だからというのもあったが……
「そうですか? なら良いんですけど。お嬢様は時たまとんでもない事をおっしゃられますから、驚かせないで下さいね!」
アリスが酷いことを言ってくれたけれど、今はそれどころではない。
エリーゼ・アルナス子爵令嬢って、私が昔やったことのあるゲーム、『サンタルの光』っていう乙女ゲームの悪役令嬢だったのだ。普通は悪役令嬢って、公爵令嬢とか侯爵令嬢で、落ちても伯爵令嬢なんだけど、このゲームの悪役令嬢は何と子爵令嬢だった。子爵って言っても、こんな辺境の国でも、貴族は全人口の1%未満。特権階級なのは変わらないのだけど、貴族のなかでは下の方だ。そんな下位貴族が何故、悪役令嬢になれるんだろう? って、ゲームやる前はとても不思議だった。でも、ゲームやってみて良く判った。エリーゼは帝国の威を借りる狐もとい令嬢で、二言目には『帝国の叔父様に言いつけるわよ』だった。
ゲームやっている時は帝国の叔父様って誰だよと突っ込んでいたんだけど、今なら良く判る。
叔父様っておそらく父の実家のロザンヌ公爵だ。父は、自分の父のロザンヌ公爵の反対を押しきって、勘当同然で母と結婚したそうだ。まあ、母の実家は属国の子爵家だもの。次男とはいえ大帝国の公爵家の嫁になれる身分ではないのだ。何しろ公爵家の領地の広さは母の母国のサンタル王国よりも広かったのだから。
でも、最初は許さんと息巻いていた祖父も、私が生まれた途端に、180度態度を変えて、私の家に入り浸ったと聞いている。ロザンヌ公爵家は女の子はいなかったのだ。母が、今の父と再婚する時も、連れ子の娘は苦労するかもしれないから、公爵家においていけばどうかとそれはしつこかったそうだ。
今回の私のサンタル行きも当然ながら義理の父と一緒になって反対してきたのだ。まあ、私に取ってはお祖父様なんだけど、それがゲーム上は叔父様になっているんだろう。
まあ、サンタル王国は帝国のほとんど属国みたいな感じだし、エリーゼがその威を借りる気持ちも判るのだが、さすがにゲームでその鼻にかけた態度は酷かった。私でもゲームをやっていてそう思ったのだ。
エリーゼは元々帝国に訪問して来た王子の容姿をみて恋に落ちて、その叔父に頼んで無理やり、王子と婚約したらしい。その後も中々心までなびかない王子にしびれを切らして、王子の周りの貴族令嬢達に対して嫌がらせをしまくるのだ。
王子は帝国の力が圧倒的に強いのでエリーゼの我儘にも仕方無しに付き合っているのだが、エリーゼが破落戸を雇って王子の幼馴染のセリーヌを襲わせようとしたことで、堪忍袋の尾が切れて卒業パーティーでエリーゼを断罪して、その配下の取り巻きもろとも処刑して帝国に反旗を翻して独立するというゲームだった。
私はゲームをやっている時には、エリーゼの態度に腸が煮えくり返ってヒロインの健気なセリーヌを応援したのだ。
けれど、私がその悪役令嬢本人になってしまったとなると話は別だ。
絶対に断罪は阻止しなければ。流石に処刑されるのは嫌だ。
私は心に誓ったのだ。セリーヌに意地悪はしないし、嫌味も言わない。他のセリーヌの取り巻きたちとも仲良くしようと。その上で王子と仲良くなって帝国との礎になろうと思ったのだった。
しかし、それは全てうまくいかなかった……
「お嬢様、朝ですよ」
私の優雅な朝はアリスに起こされて始まらなかった。
昨日殿下に言われた事でどよーーーーんとしていた。
『お前を卒業パーティーでエスコートすることは出来ない』
夢の中でも殿下は何回も出て来た。
せっかく帝国から何の身寄りもないこんな辺境のサンタルまで来てやったのにそんなことを言うのか? 婚約者なんだからせめてエスコート位しろよ、と私は言いたかった。学園の卒業パーティなのだ。女の子ならば大人になる前の思い出に婚約者にエスコートされて出てみたいと思うのが普通だ。というか婚約者をほって他の奴をエスコートするってありなの? これは婚約破棄される前振りに違いない。私の努力が全て海の泡と化して消えそうになっている?
「ああああ、ごめん、早く起きてスクランブルエッグ作る約束していたのに」
「いえ、お嬢様。既に作りました」
アリスは笑ってそう言ってくれるんだけど、私が寝坊したのだ。今日は私の当番だったのに!
何故、私達が料理をしているかって? まあそれはおいおい話していく。
私達は狭いリビング兼キッチンで慌てて朝食を駆け込むと急いで外に出る。丁度学園の迎えの馬車がアパートの前に着くのと同じだった。
「「おはよう、エリー」」
同じクラスの級友が迎えてくれる。
「おはよう。シャロット、マガリー」
私は平民の友人に手を上げて馬車に乗り込んだ。
後ろから乗ってきたアリスはもうはしたないなんて注意もしてくれなかった。
馬車は校門の中の馬車止まりで私達を降ろしてくれた。
アリスはここまでだ。
普通はアリスは侍女たまりで待ってもらうことになる。今は別のことを頼んでいるのでアリスはそのまま馬車に乗って帰っていったが。
そして、私達は皆で靴箱の前に行く。
「さあて、行くわよ」
私の合図で靴箱を開けると
ダーーーー
とゴミが一斉に落ちてきた。
遠くでこれを見ている貴族たちが笑ってくれるんだけど……
「あちゃー、本当にアイツラこんな下らない嫌がらせ良くやるよね」
シャロットが呆れて言ってくれた。
本当に毎度毎度良く飽きないものだと私も呆れていた。
そうなのだ。私が帝国の威をかりる狸になって公爵令嬢達を虐めないようにしようと思っていたんだけど、最初からそんな心配はなかった。というか、全く逆だったのだ。
何でもサンタル王国の貴族たちにしてみれば、30年前の戦争で負けて帝国の属国になったのが許せなかったみたいで、帝国から送り込まれてきた?私は格好の憂さ晴らしの標的になっているんだけど……
私が嫌がらせしないどころか、私が嫌がらせを受けているのだ。
最初は怒り狂ったアリスらが学園長室に怒鳴り込んでいたのだが、学園長はナシのつぶて。
「いやあ、この地で帝国の論理を振りかざされても通用しませんぞ」
逆に学園長に言い返される始末。
帝国の大使に話しても、
「まあ、このサンタル王国には王国のやり方がございますからな。サンタル家の子爵令嬢のエリーゼ様ならご理解頂けるかと思うのですが」
ニヤニヤ笑いながら太ったガマガエル似の大使は言ってくれた。
お義父様に訴えると息巻くアリス等に、流石に大事になると私が困るからと止めさせるのが大変だった。
それに王宮の対応もしかりだ。元々、私をアンドレ第一王子の婚約者にと望んでいた王太后様が病気がちになると陛下も王妃様も態度が豹変。何しに来たのといった感じなんだけど……
殿下にした所で月に一度のお茶会も最初の二三回あっただけ、後は完全にナシのつぶてというか、昨日はいきなり、卒業パーティーもエスコートしないとか宣告されるし、どういうことなのよ!
そもそもこの王立学園のクラス分けも私はいきなり一番下のCクラスだった。
完全な平民クラスだったのだ。普通はAクラスのはずなのに。こんなの絶対にお義父様等に報告できない。過保護な父達は何をやらかすか判らないのだ。私は精一杯、殿下には大切にされてクラスの皆(平民の方々)とも仲良くしていますと書き送ったのだ。
もっとも平民と言っても大きな商会の子や魔道具工房の子、ドレス工房の子なんかもいて結構金持ちの子供が多かった。
でも、これでは第一王子と会う機会なんてほとんどないではないか? 仲を深めるなんて絶対に無理だ。そもそも私を呼んだ祖母自体が病気がちで私がこちらに来た年に亡くなったのだ。祖母は王太后様とも仲が良かったみたいだが、祖母がなくなった途端に伯父の家族から私は屋敷を追い出されたのだ。
もう最悪だった。
アリスたちにとって見れば。
ても、私は初めてのひとり暮らしが出来るととても嬉しかったのだ。幸いなことにお金は義父達が嫌ほど持たせてくれたし不自由はしなかった。
前世で私は大学は東京に行って一人暮らしをしようと思っていたのだ。その前に亡くなったけれど。
まあ、侍女のアリスも騎士のセドリックもいるけれど私達だけの生活はとても楽しかった。
実家にいたら危険だからと包丁も持たせてもらえなかったのが、持たせてもらえたし、この国の料理ってどちらかと言うと濃すぎて合わなかったのが、自分で味付けできるようになって本当に美味しい料理が作れるようになったのだ。
私は前世は母に料理だけは一から徹底的に鍛えられていたのだ。
まあ、下らない嫌がらせはしょっちゅうだったけれど、それ以外はそんなこんなで私は青春を謳歌していたのだ。
「小娘、この髪の毛は何だ!」
貴族の男が髪の毛を手に叫んできた。
「まあ、酷い。このレストランは料理に髪の毛を使うの」
一緒につれてきたけばけばしい女も一緒になって叫んでいるんだけど。
私は頭を抱えたくなった。ここは放課後に私がアルバイトしてる今王都で人気のレストランだ。
その髪の毛の色はその貴族の男と同じ青色だった。そして、今日は青髪の子はレストランにはいないのだ。
元々この男は帝国から来た事を鼻にかけて予約もないのに個室に案内しろとか並ばさずに入れろとか煩かったのだ。こんな奴がいるから帝国の人間が嫌われるのだ。新たな大使館の職員だろうか?
本当に鬱陶しい。
「申し訳ありません。お客様。当店では料理には細心の注意を払っております。髪の毛の混入は考え難いのですが」
「何だと、貴様帝国貴族の俺様が嘘を言っていると言うのか」
「いえ、そうは申しませんが、その髪の色はお客様の髪の色と同じではないかと」
私が指摘すると私達の声を聞いていた他の客席から失笑が漏れた。
「なんだ。自分の髪の毛を入れたのか」
馬鹿にしたような声が聞こえた。
「何だと。貴様帝国貴族をばかにするのか」
男が手を振り上げたのだ。
やばい、殴られる!
私は頭を抱えた。
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エリーゼの運命やいかに?
本日もう一話更新予定です。
この先が気になったらフォロー等して頂けたら嬉しいです(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾
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